第五章 ④④
「大魚が私の事を好きでいてくれたら、私も大魚を好きになるかも知れない」
卑怯な言い方だ。これは惚れた弱みにつけ込むって奴で悪質すぎじゃないのか。
だがその僕の反応より先に重美さんが言った。
「ひっでぇ女だよなぁ。大魚さ。こんな風にいう女は信じちゃだめだからね」
「自分が言ってるじゃないですか」
「例えばの話だよ 例えばのさ」
「なら今のは例えばの話という事で?」
「そうだね。私はそんな風には言わないから。大魚の気持ちは伝わってるよ。ただ今はそんな風には思えないってのが本音。大魚の事は全然好きだけど恋愛感情があるかって言われたらさ、大魚のチンコ、ちょい柔らかいからさ。私もうちょい硬いのが好みなのね。だからもっと硬さがあれば、恋愛感情が沸くかもなぁ」
チンコの硬さ×恋愛感情=はぁとかよ!
「わかりました。1日100回、チンコで岩打ちしして鍛えます!ガッチガチにしてみますよ」
重美さんが吹き出して笑った。なんかまんまと重美さんのペースに乗せられてしまった感はあるが、その笑いのお陰でギクシャクせずに済みそうだった。
「そこの白骨くんさ」
「ええ」
「やっぱ鳩三郎の所に立ち寄った人間かな?」
「もしくは元管理人でしょうね」
「そうよね。もろ私達が知ってる白骨くんだもんね。骨に変わった所も歪感もないし」
「確かに。という事はこの人、無事に元いた世界に帰る事は出来なかったようですね」
「つかさ。餓死しそうならどうしてこの洞穴から出て食べ物がありそうな場所か探しに行かなかったのかな?」
「それもそうですね。ただ黙って死ぬのを待っていただなんてどう考えてもおかしいですよね」
「うん」
重美さんの話を聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのが、耳にした遠吠えの事だった。
「この地に入ってから直ぐ遠吠えが聞こえたの覚えています?」
「覚えてる」
「遠吠えの主が狼だとしてですよ」
「うん」
「その狼が洞穴の中の人間を食おうと出口で待ち構えていたらどうです?逃げようにも逃げられ無いじゃないですか?」
「そうだけど、狼なら洞穴くらい入ってくるんじゃない?」
「そこは、衣類が畳まれていたのが答えです」
「あぁなるほどね。狼に襲われたら衣服もズタボロになっている筈だてっ事ね」
「はい」
「でも実際はズタボロどころか綺麗に畳まれていてその被害はない。着ていた服で追っ払ったから裸族だったてのも、洞穴の中に服がある以上、あり得ない」
「そうです」
「つまり仮に遠吠えの主が狼だとしたら、この中へ入ってくる事は出来ないぽいから……え、待って。それって私達もヤバいって事じゃないの?」
遠吠えが仲間を集める為であったなら、今頃、このピラミッド山の周りには狼の群がなしている可能性はある。既に集まって僕達が出てくるのを待ち構えているかも知れない。けれど狼がこのような峡谷地帯に棲息しているだろうか。そもそも食べるものすらままならない筈だ。まだダスターズ一族の付近で棲息している方が腑に落ちる。だが遠吠えが聞き違いとは思えなかった。重美さんだって耳にしているのだ。間違いなく狼的な存在がこの峡谷付近にいるのは確かだろう。
「ちょっと外を見て来ます。最悪、今すぐここから出なくちゃならないかもですから、その準備だけしといてください」
「やだぁ。あんなに雨降ってんのに外に出るなんて絶対嫌だからね」
「餓死してもいいんですか?」
「とりあえず食糧無くなったら、大魚が死んでくれるでしょ?私はその肉を食べてしばらく生きながらえるけど、それでも狼が去らなかったら内蔵とかさ。脛肉とかを放り投げてその隙に逃げるから大丈夫だって」
生きる為なら人肉を食す事も厭わない。
カニバ重美ここに降臨。
「だとしてもどの道逃げるなら狼がいない方が良くないですか?」
「んー。だとしても今は嫌。仮にそうなってさ。私が大魚を食べる事になったとするじゃん?」
「ええ」
あり得ないけど、重美さんがやけなカニバ重美にこだわっているようだから仕方なく話を聞く事にした。
「その時はちゃんと童貞だけは卒業させてあげる。だからね。今から私の為に死ぬ覚悟をしといてね」
そう言われたら、それも1つの人生だしアリだなって思ってしまった自分がなんとも情け無い。
「最悪、狼がいたとしても、突破して見せますよ。こっちにはナイフだってありますから」
「ナイフ一丁で大群をどうにか出来るものかなぁ。それより私の考えの方が現実的で素敵じゃない?」
「童貞卒業は素敵ですが、それで死んだら意味がありません。なので何とかします」
僕はいい、ライトを持って洞穴の出口の方へと向かって行った。
その時、背後でカチッと音がした。振り返ると重美さんの顔の前で炎が揺らいでいた。暗闇に切り取られたように重美さんの顔だけがぼんやりと宙に浮かぶ。タバコを吸い込みゆっくりと吐き出していた。そうだ。重美さんってタバコを吸うのだった。本数的には一般の喫煙者より少ないのだろうけど、とても美味しそうだし、何よりタバコを吸っている佇まいがカッコよかった。変に着飾っていないし、キザっぽくもない。ナチュラルな重美さんを始めて目にした気がした。
「タバコ美味しいですか?」
「そうね。私は好きだよ。周りには嫌いな人が多いから、外出先では吸わないかな」
「我慢し続けてると、吸いたくなったりしません?」
「するよ。けど嫌な気分にさせる方が嫌だしさ。それなら私が我慢した方が楽かなぁ」
「そうなんですね」
「ていうかいきなりなんなのよ」
「いえ、カッコいいなって思ったんで」
「タバコ吸ってる私が?」
「ええ。冗談抜きでそう思いました」
「そ。ありがとね」
「いえ」
僕はライトを出口の方へ向け直した。
出口付近までくるとライトを消した。身を低く保ち、ピラミッド山の洞穴の出口へ近づく。大雨の降り注ぐ中、目を凝らして周囲を見渡した。
いた!と思った。だがそこには狼ではなく、
バクの群勢が岩と岩の間からちょこちょこと顔を覗かせていた。食べる動物が何故、こんなにも集まっているのだろうか?遠吠えもこのバクの仕業なのか?
僕は拍子抜けしたのと同時に肉食獣でなく代わりにバクがいる事で、気持ちが混乱していた。直ぐに洞穴の中へと引き返す事にした。
「バク?」
「はい。あの顔は恐らくバクだと思います」
「夢を食べるって言われてるあのバク?」
「そうですね」
僕が言うと重美さんは横たえた身体のまま、両手を叩きわかった!と叫んだ。
「何がわかったんです?」
「白骨くんが何故、白骨になったか、その理由がわかったって言ってるの」
まさか夢を食べられた分だけ肉体が疲弊しやがて痩せ細って行ってって、なんて言わないでくださいよ?
「バクが夢を食べたからよ」
ほら来た!
「夢を食べられたくらいで痩せ細って行くだなんて有り得ないでしょう」
「そこが落とし穴なのよ」
「じゃあどう言う理由でそうなるんですか?」
「そんなの私が知るわけないじゃん」
「知らないのに、バクが原因って……無茶苦茶な」
「良いから死にたくなきゃ夢見ちゃダメよ?わかった?」
「わかりましたって言えば夢見ないのですか?というか覚えてないだけで夢は必ず見てるって言いません?そんな話聞いた事ありますけど」
「夢診断専門の人じゃないからわからないし」
「そんな占い的なものじゃなくて脳科学とか医学的にわかっているって話ですよ」
「まさかXから仕入れたネタじゃないわよね?」
「えーーー。似たようなものですかね」
「ならガセ確率は高いわね」
いやいや重美さん方こそ、ガセ話でしょう。
「とにかく眠る時は注意しなくちゃだわ」
完全に思い込んでいるのは、僕を揶揄う為なのか、マジなのか、重美さんの考えが全く検討もつかなかった。
「でも夢を食べるバクと動物のバクは別物ですからね。だから外にいるバクが夢を食べる事はないですよ」
「大魚さぁ。今まで何を見て来たのよ?」
「というと?」
「巨大モグラが喋ったりしてたのもう忘れた訳?」
「あ、鳩三郎さん」
「そ。今、私達がいる世界の中は何でもありな世界なわけよ。寧ろ無いという事の方が珍しいんじゃない?」
確かに言われてみればそうだ。何だってあり得る。という事は重美さんの考えは完全には否定出来ない。いや、寧ろ正しいう可能性が高いと感じ初めて来た。
「だから気をつけよ?ね」




