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第五章 ④③

何処からかの遠吠えと共に空からポツリポツリと雨が降り始めて来た。ここまで来る間、僕達は無言のまま数時間を歩く事に費やして来た。だがそれも中断せねばならないようだった。


「大魚、あれって洞穴じゃない?」


重美さんが指差した前方右手側に、花崗岩で出来たピラミッドのような三角の大きな岩山があった。その下付近が確かに穴が空いているように見えた。


「雨も降り始め出したので、とりあえずあそこで一息いれますか」


「そうね」


重美さんは言ってからマーラから貰った竹細工のような水筒に口をつけた。僕も重美さんにならって足を止めた。滲み出る汗を袖口で拭いながら渇いた喉を水で潤した。思った以上にまだ冷えていて思わず一気飲みしそうになるのを必死に堪えた。


幾らつなぎの泉の水が樽の中にあるとはいえ、やはり水脈を見つけない限り、頻繁に水分を補給する事は避けたかった。


「さっきのは狼かな?」


「どうでしょうか。僕達という異物がこの地に入って来たという仲間への連絡の遠吠えなら、嫌ですよね」


「そういう事いうな」


「いや、だって普通にそう思いません?」


「思うけど、口に出さないでよ」


「あれ?重美さんひょっとして犬嫌いとか?」


「大好きよ。肉は旨くないけど」


「え?嘘。マジで犬食べた事あるんですか?」


「冗談だって。犬を食べた事なんてある訳無いじゃん」


と言いながらヨダレを拭く仕草をする所なんか、重美さんらしくて面白いけどそういうのがいざ事実だったとしたら、やっぱ怖い人だなぁって思ってしまうだろうな。


「とにかくあのピラミッド岩山まで急ぎましょう」


そう声をかけて僕達は少しだけ歩く速度を速めた。


ピラミッド岩山に着くと意外とその大きさに驚かされた。それ以上に積み重ねられた花崗岩がみな菱形で統一されていた事に更に驚き思わず言葉を失ってしまった。


「どうやったら菱形の岩でピラミッドなんて建設出来たのでしょうね」


「んなの底辺×高さ÷12で答えが出るじゃん」


「三角形の面積の話をしている訳ではありません。それに12ではなくて、2、ですから」


「うっせ〜よ。冗談をマジで返すんじゃね〜って」


重美さんはいい、僕の腕を掴んだ。

やっぱりさっきの遠吠えのせいなのか、重美さんは心なしか落ち着きがなかった。やっぱり狼を恐れているようだ。ま、そういう自分め野生の狼に出会したら飛び逃げるだろう。


「私のナイトよ。今宵結ばれる運命にある2人だけれど、その前に洞穴の中を調べて来なさい」


キャラもセリフもグダグダだが、僕はわかりましたと返事をし、前で抱えていたバックパックを下ろし、中から鳩三郎さんから貰ったライトを取り出した。おまけに空気はぐんと冷え込んで来ている。焚き木が出来れば良いけどと思ったが肝心の火がなかった。とりあえずそれは後回しにして僕はライトを持って洞穴の奥へと足を踏み入れた。その時、背後から衣服が引っ張られた。重美さんが僕の服を掴み、振り返った僕に対し無理矢理に作った笑顔で迎えてくれた。まるで笑ったゴールデンレトリバーのような愛嬌のある笑顔だ。稀に弱さを隠す為に強がって見せたりしたら、そりゃ見せられた男は重美さんに惚れるっつうの。


「ゆっくり入っていきますよ」


「私にインサートするつもり?」


「そっちの思考回路を一旦切断してください」


「大魚も大概だと思うけど」


僕は丁寧に上下左右を照らしながら安全を確認しながら奥へと向かった。


「重美さん、あれ」


「何さ」


「ひょっとしてですけど、、、人間の白骨死体じゃないですか?」


「う………マジか……えぇ〜ガチめぽいじゃん」


「とりあえず側まで行ってみましょうか」


渋々頷く重美さんの手を取り、僕は油断せずにそちらへと近づいて行った。


僕が思った通り、そこには綺麗な白骨死体が転がっていた。側には火を焚べた後もあり、ここを棲家として使っていたのかも知れない。周りには缶詰の空き缶が山ほど転がっている事から、食事が取れず餓死した可能性が高いと考えられた。ただそうだとしても不可解な点があった。この白骨死体は一枚も衣服を身につけていないという点だ。例えば狼などに襲われて死んだのであれば、衣服が引きちぎられた形跡が残っていておかしく無い。けど肝心の衣服と言えば、


「几帳面な人だったんだね」


突き当たりの奥の台座のような丸い石の上に丁寧に畳んで置かれていた。つまりこの白骨死体はこの中では裸でいたという事になる。


そんな事はあり得るだろうか。


「エッチしてたんじゃない?」


「はい?」


「いやだからさ。この白骨さん、エッチの最中に死んだんじゃないの?」


確かにそれなら衣服を着用していない理由にも辻褄が合う気がする。


「でも、それならもう一つ白骨さんがいて良さそうだよね」


「確かにそうですね」


「あ、わかった。この白骨さん、ただの裸族だったのよ」


「裸族、ですか……けどこんな洞穴の中で裸族しても寒いだけと思いますよ?」


「裸族に寒いとか暑いとか関係ないの。裸を他人に見せたい欲求の方が強いんだから」


「他人に見られる前提で裸族をやってたって事ですか?」


「裸族ってそれをしたいから裸でいるんじゃないの?あ、見られてる。いつものあの高校生が双眼鏡で私を覗いている。ヤダ。興奮しちゃう。もう可愛いんだから。そんなに私の裸が見たいの?ならちょっとだけ大胆なサービスしちゃうぞ〜的な事が好きだから裸族やってんでしょ」


僕の知り合いに裸族はいないからわからないけど、それは違うと思う。


「とにかく、ここで生活していたのは間違いないですね」


話を裸族から引き戻し僕は白骨死体の側にしゃがんだ。餓死したのであれば、髪の毛くらい残っていても良さそうだけど、それも無い。まるで人骨フィギュアのようだ。標本にするならもってこいと言わんばかりの綺麗な白骨死体だった。


「これってやっぱり人間のものですかね?」


「じゃないの?」


重美さんは洞穴の奥へ進み畳んであった衣服に手をかけた。一枚手に取り次々と地面の上へ敷いていく。厚手の芥子色のセーターを持ち上げ広げると匂いを嗅いだ。


「カビ臭くはないからこれでいいか」


そういうと故人となった白骨死体の遺品である芥子色のセーターを着込んだ。確かに少し肌寒くはあるが、それでもよく着れるなぁと思った。

寒さを凌ぐ為なのだろうけど、それは致し方ない場合であって、速攻で着れる重美さんに少し感心した程だ。この人ならどんな世界線に飛ばされたって生きて行けるだろうな。自分の欲求に対しての行動に迷いがない。冷え込んで来たから、羽織る物が欲しい。手持ちにはない。あ。服があった。臭くない。だから着る。至ってシンプルだ。


このような行動は、この世界にいるのであれば見習わなければならない。だって重美さんはいつも自分より早くこの世界の住人と仲良くなってしまうからだ。相手からしたらとっつき易いタイプなのかも知れない。パーソナルスペースも気にして無さそうだし。むしろ相手の事を何も知らなくても自ら心を開く事で相手の警戒心を解し、気づいたら仲良くなっている感じなのだ。


後、やっぱり他者を惹きつける魅力があるのが1番だろう。綺麗である上に下ネタも平気で口走る。いや自らフッてくる程だ。異性に対してそれが出来るとやっぱり強いと思う。おもしれー女だなぁと思っていたら気付くと好きになっていた、みたいな。重美さんはそんなタイプの人だ。


なのに会社では凄く駄目な社員のような扱いを受けている印象だ。でなければ例の古びた喫茶店の中で上司からの電話にあんなに頭を下げるわけがない。今となってはそれも凄く不思議だった。

なのにこちらの世界に来てからの重美さんならソファにふんぞり返り声音を変えて口先だけで謝罪するタイプにしか見えないのだけど。

猫被りしていたのって言ってはいたけど、極端過ぎだろ。でも僕は喫茶店での重美さんより今の重美さんの方が数倍好きだった。


白骨死体をそのままに、僕は洞穴の出口の方へ視線を向けた。さっきから降り出した雨は今はかなりの強さで降っているようだ。中にまでその音が反響し始めて来ている。


「結構、本降りになってますね」


「みたいね」


雨にも白骨死体にも興味が無いという風な口調の重美さんは、地面に敷いた衣服の上に座り脹脛をマッサージしている。両足を終えると僕に向かって「肩揉んで」と注文して来た。


「あ、滑ってしまいました!なんてベタな言い訳で私の胸に触らないでよね?」


まだ誰も肩を揉んであげますとは言っていないのにあり得ない不謹慎な未来まで勝手に作り上げて、ったくという感じだが、断れば永遠に肩揉んでと言い出しかねないので僕はわかりましたと返事を返した。


「谷間なら見て良いから」


「セーター着ててよく言いますね。谷間なんて絶対見れ無いじゃないですか」


「馬鹿だねぇ。谷間ってのは上から胸の膨らみをみて、その人を裸にした所を想像するから良いんじゃない?簡単に見えたら楽しく無いでしょ?」


いえ。簡単に見えた方が良いに決まっています。それに生肌の谷間の方がより妄想に拍車がかかります。もしかしたら?って気持ちが湧きますからね。


「そうですかね」


本心は隠したまま僕は重美さんの方へ近寄り背後に回った。肩に手を置きゆっくりと肩を揉んで行く。


「めちゃくちゃ柔らかいじゃないですか。肩、全然凝って無いでしょ?」


いうと


「そう?凝ってるなぁって感じすんだよね」


「本当は何ですか?」


「本当はって何よ」


「ごめんなさい。言い方が悪かったです」


「ん?」


「肩を揉ませる本当の理由は何ですか?」


「理由?理由なんてないわよ。それでも何かあげろって言うなら、そうだね。従わせているのが心地よい、とか?」


「それって絶対本心じゃないですか!」


クスクスと笑う重美さんを上から見下ろしながら

ここが東京だったら良かったのにと思った。


「ありがとう」


およそ10分程度の肩揉みが終わると重美さんはそのまま横になった。洞穴の天井を見上げながらやっぱりぐるぐるに入っておけば良かったかなと呟いた。


「それはないと思います。出て来た場所から入っても良くてヨバンゾン婆さんの所へ戻るか悪ければここより悲惨な場所へ飛ばされていたと思いますよ」


「根拠は?」


「勘です」


「勘かよ。他にちゃんとした理由はないの?」


「ありますよ」


「何?」


「重美さんが、選択した」


「それの何処に根拠があんのよ」


「良いんですって。重美さんが選択した、それに間違いはないですから。間違えたか?と思うような所にみえても間違いではありません」


「それって何を選択しても全部私が正しいみたいで気持ち悪いんだけど」


「そうです。それで良いんですって」


「あのさぁ。そんなに私を肯定するのってさぁ。ひょっとして大魚は私の事がめちゃくちゃ大好きなんじゃないの?」


咄嗟にここは気持ちをうやむやにしてはいけないと思った。告白は東京に戻ってからと考えていたけど、それはそれとして今は好きなんじゃ無いの?と聞かれたのだ。チャンスだしハッキリと自分の気持ちは伝えないと駄目な気がした。


「ええ。当然じゃないですか。僕は重美さんの事が大好きですよ」


「ふ〜ん。そう。そっかぁ。そうなんだぁ。大魚が私の事をねぇ。ま、私って意外といい女だからさぁ。惚れるのはわかるっちゃわかるかな」


「でしょう?」


今までの僕なら何言ってんですか!と程度の低いツッコミなんか発しただろうけど、今はそのような事が言える余裕がなかった。大好きですよ、でしょう?と言えただけでも勇気を振り絞ったのだ。全知全能の神から拍手と記念盾くらい貰っても良いくらいなのだ。


「なら因みにだけど、私は大魚の事をどう思ってるでしょうか?」


まさかの返しに僕は言葉が出なかった。

重美さんの気持ちは重美さんにしかわからないのだけど、ここで自分の事をネガキャンするのは良くない。自信家とまで言わないけど、自信が無さすぎても駄目な気がした。

それでも……僕は言った。


「僕の事が好きすぎてたまんなーいって感じじゃないでしょうか」


言ったぞ。言ってしまったぞ。知らないぞ。いや自分の事だろ!けど、言ってしまってから重美さんからの返事が怖すぎて耳を塞ぎたくなった。

でも逃げずに重美さんからの言葉を待った。


「私が大魚に対して思ってる事は、ガチで童貞だったのかよ!だよ」


「えぇぇぇ〜」


「つかそれしか無いだろ!何期待してんだよ!」


いや、これガチ目に凹むんですけど。というより、これは完全にフラれたって事になるよな?だよな?え?マジかぁぁぁぁ。


無意識に両手で頭を抱えた僕を見て、重美さんは地面の上で腹を抱えて笑い出した。


笑ったら駄目だろ。振った側から相手の事をみて爆笑って……いやある程度は予想が出来るリアクションではあったけど実際そうなったのを側から見ると自分でもびっくりするくらい落ち込んでしまった。けどこれほどまでにショックを受けてもまだやっぱり僕は重美さんの事が好きなんだなぁと思った。




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