第四章 ④⓪
「お腹空いてない?」
3人共、床に寝転んでしばらくした時、ふいに花葉がそう言った。
「夕食は食べられたから、僕は大丈夫」
「私はめちゃくちゃ減ってる」
それもその筈だ。酔っ払って胃の中の物を全て吐いたのだから。寧ろ今まで、腹減ったから何か寄越せと言わなかったのが不思議なくらいだ。
「私も」
花葉はいい上半身を起こした。
「祭壇の裏に料理場があるんだ。皆んながヤカラに変身している間、私がお腹が空かないようにってお母さんが数年かけて作ったの」
「そこは花葉だけの秘密の場所なの?」
「うん。多分村の皆んなは多分知らないと思う」
「なら私も手伝ってあげるから、花葉一緒に作ろっか」
「良いけど、食材が沢山あるわけじゃないから、普段のような食事しか作れないけどそれでも平気?」
「勿論」
重美さんと花葉は手を取り合って祭壇の後ろの方へ向かった。祭壇の架台の後ろの下の方にカーテンのような飾り付けがされてあり、花葉がそれを捲ると架台の下に小さな扉が取り付けられていた。重美さんより先に花葉が身体を屈め中へと入って行く。重美さんも続いた。僕も中を見てみようと思ったが、とりあえず止めておく事にした。束の間の女子会を邪魔しちゃ悪い。
それに僕達は花葉のお母さんを殺害したのだし、今後、近い内にこの村から出て行かなきゃならないのだ。
僕達同様、花葉には出来る限り良い思い出を作って貰いたかった。例え、マーラさんが死んでいたとしても、僕達がマーラを殺した事を元の姿に戻った村人達がそれを覚えている事はなく、だから花葉も僕達の仕業だなんて事を知ることは出来ないだろうけど、それでも花葉には人間との良い記憶を心に止めて置いて欲しかった。自分でも得て勝手で都合良すぎると思うけれど、こればかりはどうしようも出来ない事だった。
だから思い出の一つくらい持ってもバチは当たらないだろう。そのきっかけとして2人一緒に食事を作るという共同作業はうってつけだ。
2人が料理を作っている間、僕は今後の事を考えようと思った。ヤカラから元の姿に戻るまで大体、7日から10日かかると花葉は言った。
その期間にここから出てこの村を後に出来れば良いのだけど、そう都合よく行かないのが人の人生ってヤツだ。ヤカラはこの寺院に近づくと人体発火なのか燃えてしまうらしい。だからこそ、この場所を離れずにいる事が最善であるのは間違いはなかった。
ただ、食料の問題もある。実際の所、後何日分持つかは2人の判断に任せるしか他ないのだけど、個人的には早くこの村から出たかった。命の脅威に晒されているというのはやっぱり気分が良い物ではないからだ。
まぁそれでも寺院の周りを囲まれていない補償は何処にもないわけで、その中を突破する大変さを思うと、やはり待つのがベストなのかなぁなどと思ったりもする。マーラさんだって、実際には僕が倒した訳じゃない。ナイフを振り抜いたのは僕に守って欲しいと訴えた重美さん自身だ。
僕と言えば全くと言って良いほど、役に立っていない。
手コキを期待していた訳じゃないが、こんな事じゃ自分自身、先が思いやられる。
それでも今は安全な場所に居る時だからこそゆっくり休もうと思った。ふと視線を上へ向けると祭壇の上に僕のスーツ等一式が重美さんのスーツ等と一緒に祀られてあるのが目に止まった。
それを見て、ダスターズ一族の人々は心から人間を尊敬しているのかと思うと、何だか気まずくなる。人間だって大した事ないし碌なものじゃない。ヤカラに変身はしないけど、決して良い人ばかりじゃ無い。幸か不幸か彼等はヤカラに変身していない姿の時はそのような人間と出会っていないようだ。僕達に法術が出来ないからとはいえ、村長達には悪いイメージを持って欲しくなかった。少なからずこのまま良いでお別れしたいというのが本音だった。
いっこうに2人が戻って来ない事に、さすがに不安になった。僕は起き上がり祭壇の戸を潜り抜けた。そこは寺院の内部になり、建物の枠組みや梁などが見られた。僕がいた場所付近から見たら対面に微かな灯りが見えた。そちらに調理場があるに違いない。僕は枠組みなどに触れながらそちらへ向かって行った。
調理場につくと2人は食べ終えたのか、床の上で抱き合って眠っていた。その姿を見て心底ホッとした。
「ヤカラに攫われたかと思ったじゃん」
しゃがみ込み2人の寝顔に見惚れながら僕はそのように呟いた。
この感じ、まるで結婚した夫婦みたいじゃん。
仕事で帰りが遅くなってしまい、娘と一緒になって僕を待っていたが、眠ってしまったみたいなそんな妄想が頭の中に浮かび上がる。
この世界に来るまではそう言うありふれた生活に幸せがあるなんて思った事もないけど、これが僕が妄想した世界だとしたら、うん。悪くない。寧ろ良いなと思った。
僕達がいるべき元の世界へ戻れたら僕と重美さんの関係はどうなるのだろう。勿論、告白するつもりではいるけど、あんな性格だし、まともに取り合って貰えないかも知れない。それでも僕は告白するつもりだ。
重美さんは僕の人生で初めて告白したい、しないままで後悔したくないと思えた初めての女性だ。結果がどうなろうとやっぱり好きだと伝えるべきだ。
そしてもし望みが叶い、将来結婚するような事に慣れば、こんな場面に遭遇するかも知れない。僕は花葉の横に寝転んだ。2人に腕を回し目を閉じる。
こんな将来を僕が望むだなんて思いもしなかった。けれどそれは心から好きになったと感じる女性が出来たからに違いない。
こうしている事で僕の気持ちはとても穏やかだった。まるで波のない海の上で眠っているような気持ちだ。僕は2人とも幸せになって欲しいと思った。
思ってから直ぐ、瞼が重くなり僕は緩やかに深い眠りに落ちて行った。




