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第四章 ③⑧

複数の足音が僕達のテントの前で止まった。さっきまで聞こえていた囁き声は今はない。僕はナイフを握りしめた。


テント内は暗いが外の松明の灯りによって僕達の影が外に映し出されている可能性はかなり高かった。


2人が腰を落とし丸まっている姿も、恐らくバレているのではないだろうか。もしそうであるなら、布一枚隔てた箇所にいきなり鉈を振り下ろしてくる事だって考えられた。


その事を重美さんに伝えたかったが、今は外に誰かがいる為、出来そうになかった。

額に汗が滲み、重美さんの呼吸が早くなっている。

こうしているのもそろそろ限界か。


そう思い立ちあがろうとしたその時、僅かにテントの出入り口が開いた。


「大魚さん、重美さん、起きていますか?」


マーラさんからだった。


「起きています」


出来る限り小さな声で答えた。


「ヤカラ達が列挙して村へやって来ています。

今すぐ荷物を纏めてここから逃げてください」


「ヤカラが?村の人達ではなくて?」


「何を言っているんですか!お2人にヤカラを追い払う力がないからと言って、私達一族が多大な恩義のある人間殿を襲ったりする筈がないでしょう」


「す、すいません。ヤカラがちょくちょくやって来ていたという話の中での僕達の無力ですから、さぞガッカリされただろうと思ってしまって……」


「説明は後です。さぁ。早く」


僕は振り返り重美さんに頷いて見せた。重美さんも同様に返した。


「今、出ます」


立ち上がりテントの出入り口に手をかけようとしたその時だった。重美さんがその手を掴んだ。

頭を振り、鎌のようなナイフを握った腕を持ち上げている。


「まだですか?時間がありません。早くこちらへ」


マーラさんの言葉を聞いた重美さんが僕を後ろへと押しやった。ナイフを掲げたままいきなり布を大きく捲りあげた。


松明の炎の灯火を背負ったマーラさんの姿が顕になった。大きく開かれた口には滑った牙が剥き出しになっていた。


だがそれ以上に目を引いたのはマーラさんの身体が僕が知るマーラさんの身体より3倍近く横へと大きくなっていた。


見るとマーラさんは内蔵系を傷つける事なく、身体が真っ二つになっていた。



重美さんは一瞬の躊躇も無かった。迷う事なくナイフを握っていた腕をマーラさんの額へとを振り下ろす。


生え際に突き刺さったナイフを引き抜く為に重美さんは片足をあげ前蹴りの要領でマーラさんの腹部を蹴り倒した。


蹴られた衝撃により後方へと退くてマーラさんの額からドス黒い血飛沫が舞う。


「大魚行くよ!」


「あ、は、はい!」


行くよと言われたが、何処へ向かえばこの村の出口なのか僕にはわからなかった。


僕達はこちら側のぐるぐるの出口の所で倒れている所をこの村人達に助けられたという。


それはひょっとしたら最初から僕達を食い殺す為だけに村へと連れ去っただけだったのかも知れない。


僕と違い重美さんは迷わず左手の方へと向かっていった。そちら側ははこの村の長である村長のテントがある方向だった。


僕は倒れたマーラさんを飛び越え重美さんの後を追う。走りながら重美さんが松明を掴んだ。


「大魚も取って!」


ヤカラを追い払う為に必要だという事か。僕は返事をせず近場の松明に手を伸ばした。


その時、暗影からヌッと伸びた手に二の腕を掴まれた。悲鳴をあげると横目に重美さんが止まったのが見えた。僕は大声で叫びながらその手に向かって刃を振り下ろし


上手く刺さり引き抜くと同時にもつれるように横倒しになった。松明がくべてある鉄籠が倒れ、地面にぶつかり火の粉が舞った。松明が四散する。


その炎の先に見えたものに僕は言葉を失った。そこにはマーラさんと同じようにやたら横に大きくなった村人が数名いた。


その者達の身体は真っ二つに割れているが、割れていなかった。つまり割れた部分には臓器がギリギリに繋がり血を滴らせながら動悸を打っているのだ。


胃や腸が血を滴らせながらだらしなく垂れ下がっている。肺や心臓がゆっくりと動き、まるで自分が生きている人間を解剖し楽しんであいるマッドドクターのような気分にさせられる。


脳みそがUFOキャッチャーに掴まれたぬいぐるみのように宙をブラブラと揺れていた。ヤカラ達は右半身と左半身に辛うじて繋がっている臓器を揺さぶりながら身体を不器用に動かしながら倒れた僕へ向かって近づいて来る。


僕は無我夢中で手足を蹴り上げながら、二の腕を掴んだ村人から何とか逃れる事が出来た。起き上がると側に重美さんが立っていた。


「キモっ!キモすぎるし!」


「そんな事より早く逃げましょう!」


「いや、なるほどなぁ。このナイフの先が湾曲している意味がわかったかも」


「今はそんな事どうだって良いでしょうが!」


村人達はまるで巨人の手により、悪戯に真横に引っぱられギリギリ千切れない所で止められたような惨たらしい身体で尚も僕達に近づいて来ていた。


僕はそいつらふ松明を向けシッシッと叫んだ。


「炎はこいつらに無意味だよ」


「どうしてですか、マーラさんは僕達にそう……」


「そのマーラが化け物だったじゃん!おまけに村人全員がヤカラになってるでしょ!」


重美さんがしっかりしてよ!私を守ってくれるって約束したじゃんと言いながら周りを見渡す。いつの間にか僕等はヤカラに変貌した村人達に囲まれていた。


「つまり、自分達が苦手な物をいう筈がない?」


「当然じゃん!」


「じゃあ、この状況をどうやって逃げるんですか!」


「ナイフの曲がってる箇所で臓器を引っかけて引き千切ってやれば歩けなくなる筈だよ!」


大きなヤカラ達にジリジリと詰め寄られながら重美さんは行った。


なるほど。繋がりを断つって事か。だからナイフの癖に鎌のように曲がっていた訳だ。


それもこれも全てヤカラの臓器を引きちぎる為の物だったとは。


「重美!」


僕達が動き出そうとしたその時、何処からか声した。重美さんが振り返る。向かっていた方角のテントの一つの上なバケツを手にした花葉が立っていた。


花葉は水撒きのようにヤカラへ向けてバケツを振った。バケツの中の液体がヤカラ達へ浴びせられた。


「松明投げて!」


僕達は花葉のその一言でバケツの中身が何かを悟った。僕はすかさずそこへ松明を投げつけた。

炎が触れると瞬く間にヤカラ達が燃え上がった。


「こっち!」


僕達は花葉の言葉を信じて地面の上で炎に悶え苦しむヤカラ達を飛び越え、テントを突き倒しながら、その側を駆け抜けて行った。


僕と重美さんは松明を掲げ前を走る花葉の背中を追った。花葉は雑草を飛び越え雑木林の中へ向かって行く。


その動きに迷いはなかった。一度として後ろを振り返る事はなかった。遅れてヤカラに捕まったら、そいつ自身が悪いと言いたげな花葉の走りだった。


遅れないようくらいつき気づいたら寺院の真横に出ていた。


「ていうか花葉さ……子供の癖に足が速すぎるよ」



「大魚が遅いんだって。あ、水の中じゃないから遅いのか」


「いや、僕は名前は大魚だけどカナヅチなんだ」


「カナヅチ?」


「泳げないって事だよ」


重美さんが花葉の疑問に答えた。


「お前マジか。チンコばっか弄り過ぎだからじゃないの?」


こんな事をまだ幼い花葉が言うって事は絶対重美さんが吹き込んでるヤツだ。ったく。


「花葉ちゃん、女の子がチンコなんて言ったら駄目じゃない」


「大人になったらどうせ大魚のような大人の男に、これ何ていうの?言ってご覧って言われるんでしょ?それなら子供の頃から言ったって悪く無いじゃん」


ごもっともだった。そういう大人はいるし、子供に対して言わせたがるロリコン親父もいる。


ほんとそんな奴等が社会的に良い地位についていたりするのだから、怖いったらありゃしない。マジでそんな世の中だけは勘弁して欲しい。


「重美さん!花葉に何変なこと吹き込んでるんですか!」


「人間の世界にいる男について話してあげただけだよ」


「人間の世界の事を花葉に話したって仕方ないでしょうが」


「何言ってんの?ダスターズ一族は人間を神のように崇め敬っているし、それに花葉は半分人間の血が混ざってるんだから、知ってて損はしないって」


今、重美さんはサラッとすごい事言った?言ったよね?


「花葉そうなの?」


「うん。お父さんは人間だってお母さんが言ってた」


だから花葉は人間の血が作用しヤカラに変身していないのか。花葉がそのままの姿なのは、考えられる理由とすればそれしかなかった。


「マーラが花葉のママなんだって」


「嘘?」


「本当だよ。マーラは人間との間に子供をもうけた為に村長の給仕役をやらされていたんだって。つまり監視されていたってわけだよ」


「え?それっておかしく無いですか?人間を敬ってるんですよね?なのに監視するなんて変じゃないですか?」


「人間世界に行く方法を知っていると疑われていたみたい」


「私もよく村長からクルクルの在処を知らないかって聞かれてたし、お母さんから聞いていないかなんて言われてたもん」


「人間の世界へ行こうと考えていたのですかね」


「多分ね。だからマーラは常に監視下に置かれていたんじゃない?花葉のパパからクルクルの場所を聞いていていつか花葉を連れて村から逃げ出すと思われていたんだと思う」


「とても監視されている風には感じなかったけど」


「それは私達がこの村に現れてしまったからよ。だから私達を取り込み、クルクルの場所を聞き出す為にマーラを使わせたのよ。代わりにある程度の自由を与えていたんじゃない?」


何となくだが納得が出来た。だがそれなら花葉はそれまでどういう扱いを受けていたのだろうか。


「村人と同じね。ただ花葉だけは産まれてから今まで一度も変身していないんだって。マーラだけはそれに気付いていたから赤ちゃんの頃から村人全員が変身してしまう頃に花葉をこの寺院の中に隠していたそうよ。一旦、ヤカラになったらどういう理由かわかんないけど寺院に近づくだけでその身体が溶け始めてしまうらしいのよ。だからヤカラに変身している間だけ花葉を隠しておく事が出来た」


それで重美さんはテントを出た後で迷わず寺院の方へと向かったわけか。重美さんはここへはヤカラが近づけない事を知っていたからだ。つまりそれはマーラ、いや花葉に聞いたのだろう。


「期間はどれくらいなんですか?」


「ヤカラになっている期間は個人差もあるみたいだけど、7日から10日辺りらしい」


なるほどそれなら村長や村人がヤカラを恐れていた理由もわかった。変身が解けるには個人差があるから、再び人と同じ姿に戻ったダスターズ一族が、ヤカラを見て驚き恐れるのは当然だった。


それはつまりヤカラに変身している間は元の姿の時の記憶が欠けているという事なのだろう。


そこまで考えて僕は「ん?」と思った。

それならどうして7日から10日の期間だけ変身するとか、わかったのだろうか。


「大魚の考えている事はわかるよ。けどどうして知れたかといえばそれは花葉のパパさんがこの寺院の中にダスターズ一族の真の姿の事を書き残していたの。見つけたのは花葉で、マーラが解読したそうよ」


こじつけ感が否めないけど、現実の秘密なんて知ってしまえばその程度の物なのだろう。


「ならその間はこの寺院から離れない方が良いですね」


「まぁ。そうだね」


「10日間もの間、3人が食べられる食料などあるんですか?」


「その辺りの事は花葉に聞いてよ」


「無いよ。元々、私1人がその期間生き延びられるようにってお母さんが用意してくれていた物だから」


「じゃあヤバいですね」


「今からテントや貯蓄倉庫へ食料を取りに行くってのは流石に無理があるし」


「ですね。まぁバックパックには多少食べ物が残っているから数日は平気でしょうけど、だからって大人2人が10日も持ち堪える程は残っていないですからね」


「だよね」


「それなら、重美さん。どの道、この村にずっといる訳じゃないのだからこのまま旅を続けるってのも手ですよ?」


「いやそれなら村の人達が元に戻った後で食料をお裾分けしてもらっからの方が良くない?」


「花葉はどっちが良いと思う?」


「私は旅とかするつもりないからここに居てお母さんが元の姿に戻るのを待つかな」


「僕達と一緒に来ないの?」


「うん。私、お母さんを見捨てるなんて出来ないし、それに意外とこの村好きなんだぁ」


花葉はマーラさんが死んだ事を知らない。僕と重美さんがマーラさんを殺したのだ。恐らくは。確かめた訳じゃないから確実とは言えないけど。


そんな事など知らない花葉は僕達について来てといい、先に寺院の中へと入って行った。僕と重美さんは互いに見つめ合ってから花葉の後を追った。


何故なら、近くにヤカラ達の呻く声や近づくガサゴトと言う音が聞こえ始めたからだった。


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