第四章 ③⑤
僕の[来た]とは少し違うが、重美さんは木陰の前で激しく嘔吐していた。
僕が来るまで散々吐いてスッキリしたのか、今は周囲にゲロ臭を撒き散らしながら木にすがるようにもたれていた。そんな重美さんの下へ駆け寄り、背中を摩った。
「大丈夫ですか?」
頷く重美さんの身体を支えるととりあえず僕のテントへと連れて帰った。本来なら重美さんのテントへと思ったのだが、僕はその場所を知らなかった。
だから自分のテントへ連れていくしかなかった。世の中には介抱という名の元に乱暴を働く男がいるが、僕はそうようなタイプの人間ではない。
お前だって男なのだから、ムラッとしないと言い切れるか?出来ないよな?という悪魔の囁きが微かに耳元で囁いたが、さすがに呼吸をする度にゲロ臭を撒き散らす女性に対し欲情などする筈もなく、僕はあっさりと悪魔の囁きを払いのけ、重美さんに寄り添いテントへと向かった。
中へ入り、寝かせつけると
「大魚ありがとう。今からディープキスしてあげてもいいよ?」
そのような言葉が出させるなら大丈夫そうだと思った。
「ディープキスしながら大魚とキスしてる?って思って又、吐くだろうけど、私の事が好きならゲロを飲み干すくらいは出来るよね?それが出来たら初めて愛してるって言ってもいいよ」
「正々堂々とお断り致します」
「男らしさが微塵もねぇ」
憎まれ口を叩くと重美さんはフッと笑うと瞼を閉じた。
直ぐに規則正しい呼吸に変わると僕は少しホッとした。気持ちもようやく落ち着けた感じのようだった。
寝ている側を離れテントの外へ出た。村の人達の行動が気になって、そうしたのだが、皆んなはまだ朝食中なのか1番違いテントから話し声が聞こえた。
どうやらまだ僕達にヤカラを倒せる力がない事は伝わってないらしい。僕は再びテントの中へ戻り今後の事を考える事にした。
僕の言葉に村長がどれだけショックを受けたかはわからない。今頃は、せっかくもてなしたのに!と頭に来て暴れているかも知れない。
僕達をこの村から追い出す為に若い者を集めているかも知れない。
どちらにせよ、重美さんの具合が良くなり次第、ここからは出ていった方が良さそうだった。
いても役立たずな人間ならいない方がよっぽどマシだ。そう考えるのは必然な気がした。
そのような事を考えている内に僕もいつしか眠ってしまっていた。目が覚めてしばらくするとマーラさんがお昼の食事を持って来てくれた。
そんなマーラさんの言動を見て、とは言ってもベールを被っている為、表情は殆どわからないが、口調からして僕達にはヤカラを倒せる力のない事を既に耳にしているようだった。
「マーラさん、ありがとうございます」
「いえ……」
「すいません。皆、皆さんの期待に応えられなくて」
「そんな風に言わないでください。私達も悪いのです。人間殿が皆、私達の為にだけ現れてくれるだなんて思っていた事が、そもそもの間違いですし、思い上がりもいいとこです。そんな事に何十年と気付けないのですからね。情けないですね、私達ダスターズ一族は皆んな。傲慢だったのでしょう。危険が迫って来たら人間殿が来てくれるだなんて気楽に考えていたりして、その間、私達は自分達の力でヤカラを退治する手段や方法すら考えなかったのですから」
「誰でもそう思うと思います。一度でもスーパーヒーローが現れたら、皆んな期待しちゃいますからね。過去にヤカラを倒したいう法術を使えた人もしかり、人間が現れる度、この村を手助けして来たのですから、そう思ってしまうのも無理ないですよ。寧ろ、村に対して少しも力になれない僕達こそ、このようにおもてなしを受ける資格はありません。なので重美さんの体調が戻り次第、ここから立ち去るので、その旨村長へ伝えて頂ければと思います」
僕が言うとマーラさんは黙って僕を見返した。しばらく見つめた後、口を開いた。
「やっぱりずっとここに居るわけにはいかないのですね」
「はい。人間の住む世界に戻る方法を見つけなければいけないので」
「そうですよね……わかりました。私の方から村長へお伝えしておきます。お2人が話せば、ここに居るよう説得にかかる可能性もありますから」
僕が頷くとマーラさんは言った。
「食べ終わったものはテントの外へ出しておいてください。時を見て私が片付けに参りますから」
「お手数おかけして申し訳ございません」
僕が言うとマーラさんは再び僕を見つめた。その瞳はまるで心変わりして欲しいと訴えるようなとても寂しげな眼差しだった。




