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第四章 ③③

翌朝、9時頃に(僅かに電池が残っているスマホで確認。だがこの世界では今が9時かは正格ではないと思われる)マーラさんが僕を呼びに来た。


着替えを持って来てくれて、先ずは僕は水浴び場へと連れて行かれた。その水は鍾乳洞で見た川のように澄んでおり、冷たくて一気に目が覚めた。


小刀で無精髭を剃られ、ダスターズの茶系の民族衣装的な物に着替えさせられた。麻で出来ているのか風通しも良く、スーツを着ている時よりかなり身軽になれた気がした。


靴もぺったんこではあるが、ソールもしっかり付いていて編み目のおかげで足が蒸す事は無さそうだった。


「村からのプレゼントです」


マーラさんはいい、僕が脱いだスーツとワイシャツ、下着に靴下と革靴を持ち、水浴びを終えた僕を連れ立って歩き出した。


「今から村長の家で朝食を頂くのですが、その前に寺院に寄って行きます」


マーラさんはいい、水浴び場まで来た道を戻っている途中、「こちらです」といい横道に逸れた。


村人達が常に寺院へ行き来しているのだろう、そこの地面だけ雑草が生えていなかった。


踏み付けられたおかげで出来た自然の道をしばらく行くと、玉ねぎのような形をした三重の塔がありその側にこじんまりとした寺院が建っていた。


マーラさんは僕の着替えたスーツ一式を持ったまま寺院の正面にある数段の階段を登って行った。


両扉を押し開けると、ジャコウの匂いに似たお香の香りが漂って来た。


「一緒にいらっしゃいますか?」


「僕みたいな余所者が神聖な寺院の中へ足を踏み入れても良いのでしょうか?」


「大魚さんは先程、水浴びをされ心身ともに清められたので問題ありません」


「ですが、それは良いのですか?」


僕はマーラさんが抱え持つ僕のスーツなどを指差した。


「ええ。これらは大魚さんもですが、重美さんの衣服と共に、奉納させて頂いた後、歴史的な物として大切に保管させて頂くつもりでございます。もし、大魚さんがこの衣服や靴などがどうしても必要だとおっしゃられるならば、村長からもそのように申しつけられておりますので、ご返却も厭いませんが。ただご理解頂きたいのは私達、ダスターズ一族は、人間様には多大なる恩義がございますので、人間様の持ち物は終生大切に保管させて頂いているのでございます」


「いえ、むしろ新しい衣服まで頂いたので、汚れたままで良いのであれば引き取って頂いて全然構いません」


とは言ったものの、保管したいからスーツをくれないか?とは言われてないんだよなぁ。言い方は悪いけど、半ば強引に持って行かれた感は否めなかった。


それだけダスターズの方々は人間の持ち物には敬意を払い、かつ夢中になってしまうのかも知れない。だからつい貰った物だと思い込んでしまうのかも知れなかった。


「ありがとうございます」


マーラさんはいい寺院の中へ入って行った。その後に僕も続く。誘われはしたものの本当に入って良いものか迷ってはいた。


けれど保管されるものが僕の物である以上、構わないと僕は判断し、後に続いた。思った通りマーラさんは何も言わなかった。


寺院の中には5メートル強の曼荼羅が垂れ下がっていて、側には様々な形や顔をした像が置かれてある。


見た事がありそうなものといえば、日本的な仏像くらいなものだった。曼荼羅の中央には象が描かれており、その象に頭を垂れる民衆の群れ。蛇身の神らしき姿の者の口には下半身だけの人が咥えられている。


ダスターズの民族が何を神として崇め信仰しているのかは僕にはわかりかねた。そもそもそういう関係のものには疎いし興味すら持った事がなかった。


ましてや異世界の宗教観などわかる筈もない。だからと言って敬意を欠くような真似は出来ないしすべきできではない。


祈りを捧げるのかな?としばらくマーラさんを見ていたが、僕のスーツなどを曼荼羅の前の小さな祭壇に置くと両手を合わせお辞儀を4回しただけで、僕に向き直り「お待たせ致しました」と言った。


寺院を出て村長の家へと向かいながら、僕は黒装束の衣装を着ているマーラさんに尋ねた。


肌が露出している箇所は目の部分しかなく、それは僕にイスラムの女性を想起させた。


「女性が黒装束で身を隠すのは宗教的な理由からなんですか?」


僕が尋ねるとマーラさんは首を振り軽い口調でこう言った。


「違います。私達が信仰している神はとても寛容で戒律もなく男女の区別や差別もありません。あるのは感謝のみ。生きている事への感謝。家族や一族がいる事への感謝。他者の人達によって見識が広がる事への感謝。勿論、食事なども当然含まれております。私達がこの世界にいる事への感謝。全てに感謝というのが私達の信仰する神の唯一の教えです。経典などもありますが、そこには自然に対してや私達に批判的な部族の者達へも感謝する事も教えとしてございます。なので黒装束の衣服を着ている事にも私達女性は感謝しているのです。ですがそれには理由がないわけではありません。昨日、大魚様にもお話したように私達を憎み喰らおうとする「ヤカラ」から身を守る為だからです。「ヤカラ」は夜行性でありながら視力が乏しく、足も遅い。つまり「ヤカラ」から身を守る為に、闇夜に紛れられるようこの衣服を着ているのです。確かな事とは言えませんが、「ヤカラ」にはどうやら黒という色が認識出来ないようなのです。この村に関して言えば男女の割合は6:4で女性の方が多いのです。何故なら子孫を産めるのは女性にだけ与えられた特権でもありますから。なので一族の血を絶やさない為に普段から女性を護る事が男性の1番の仕事と言えます。なので私達の部族は自然と女性の数が増えたのでしょう」


なるほどそのような理由があったのか。ちょっとした疑問だったけれど、僕が考えもつかない理由がこの衣服にはあった訳だ。それならば納得が行く。


村に「ヤカラ」が近づけないよう夜には松明に火を灯しているが、それを破って来られた場合でも女性なら明かりのない場所へ移動すればいい。


勿論、それだけで逃げられるとは僕もこの村の人達も思っていないだろう。普段、男性達がどのようにして女性を護っているのかはわからないが、現状、松明と黒装束の衣装だけで対応出来ているようだから、男側からしたら、助かっているに違いない。だだそれでも中には油断する男性もいるのだろうな。


「そのような理由があったんですね。マーラさん、色々と教えて頂きありがとうございました」


僕が頭を下げると、マーラさんも同じように下げた。


「大魚さんや重美さんと出会うまで、私は1人の人間に会った事があります。幼い頃の話です」


「そんな事があったんですか」


「はい。ですが出会って直ぐにその方は他の地へと旅立った為、この村に滞在する事はなかったのですが、別れ際には今のように私に向かって頭を下げてくださいました。私は頭を下げる意味がわからなかったので、その理由を尋ねました。するとその方は貴女の心に敬意を示しているのですと言いました。相手に向かって、オジギという儀式をするのは敬意の現れだと」


そう言ってマーラさんは立ち止まって再び僕に向かってオジギをした。


その後、2人微笑むと、マーラさんが「村長の家はあそこです」


と指差した。


「さぁ。参りましょう。きっと重美さんも来ている筈ですよ」



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