第四章 ③⓪
真っ赤な絨毯の上に僕は裸で座っている。とても幼い僕はまだ言葉を喋る事は出来ない。
手にしている物はガラガラではなく人骨だ。恐らく大腿骨だろう。それをまるで小さな子供の鼓笛隊の指揮者のように僕は振るっている。
口元は赤く、何かを食べた事を示唆しているが、当の本人である僕は何を食べたのか覚えてすらいない。
まるで空飛ぶ絨毯のように僕が座っている赤い絨毯が波打ち始める。僕はそれが楽しくて手にした大腿骨の骨を放り捨てた。
波打つ絨毯は僕を振り払うと何かに引っ張られるかのようにどこかへと吸い込まれて行った。だが赤い絨毯が無くなった後もそこは真っ赤なままだった。
僕は裸でそこに立ち呆然とその赤さに見惚れていた。ふと視線を下げると僕の足は膝下までその赤い物に浸かっていた。
足を動かしてみるとそれが水だとわかった。海水なのか淡水なのか水道水なのかまではわからない。
ただ溜まっている水は赤く、底も見えなかった。時折、白っぽい肉片のようなものが、ぷかぷかと浮かんでは去って行った。
立っているという事は、最初に座っていた僕より少しだけ大きくなったのかも知れない。つまり僕は急速に成長しているようだ。
両手をみると骨を掴んでいた手よりは明らかに違っていた。確かに大きくなっている。四方を見渡す限り、そこには赤い水しかなかった。
僕と赤い水。そして死んだクラゲのように浮かぶ沢山の肉片。その数は次第に増えていっていた。やがてそれは肉片から骨へと変わった。
それらが折り重なり水の上を漂っている。それに混じってむしり取られたり、剥がされ焼き払われたような多種類の色を持った髪の毛が僕の膝下に絡みつく。
髪の毛はまるで生き物のように僕の身体の方へと上がって来る。全身くまなく触診した後、再び水の方へと下がっていった。そして肉片や数多くの骨などを髪の毛が集め始めていった。
やがてそこには人体模型のような僕が出来上がっていった。完璧には程遠い僕だが、空洞の眼窩からこちらを見返すその無き瞳の力に思わずゾッとした。
形成されつつある僕は僕を見ながら不敵に笑う。その間にも髪の毛の触手は止めどなく動き回り、水の中から足りない僕の部品を探し出して身体へ繋ぎある部位はガチリと嵌め込んで行った。
だが出来上がったのは胸の膨らみがある女の子だった。その女の子は僕の存在に気づくが、何かを話しかけて来たり、近づいて来たりする事はなかった。
ただひたすらに髪の毛に身を任せている。時折、その髪の毛が女の子の口の中へ入った。そのせいでお腹の中に別な生物を飼っているかのように腹部が凹凸に動き回っていた。
恐らく髪の毛は僕の中身を作り上げているのではないだろうか。女の子の完全体といえる僕が出来上がるとその子は血の海の中をゆっくりと歩きながらこちらへと近づいて来た。
女の子は内部へ侵入していた髪の毛をゆったりと吐き出し始めた。黒髪だったそれは赤黒く染まり、所々、脂肪の塊がビーズ玉のように付着している。
女の子の身体から離れた髪の毛は再び、赤い水の中へと沈んで行った。それを見届けた後、女の子はスッキリした表情で僕を見つめ返した。
「今回は私のようみたい」
「君が言っている事はいまいちよくわからないけど、多分そうみたいだね。だって僕の足にはほら」
僕はいい、下を指差した。そこには数本の髪の毛が絡みつき僕の足の肉を切り刻んでいた。
「良かった。私、随分長い間待ったんだもん」
「そうなんだ?」
女の子はクスッと笑い頷いた。
そして僕の意思とは無関係に言葉がついて出る。
「又、会えるかな?」
「どうかな。私にはわからない」
「そっか」
「だって私は私。君は君。私達2人はこの赤い水から同じような手順を踏んで作られたの。だけど同じじゃない。枝分かれした樹木のように、同じ幹から生まれても、2人は別物なんだと思う。本質的な意味では同じなのだろうけど……2人は2人であって、1つじゃないの。2人は2つ。1つのもので出来上がったけど。ほら。私には胸がある。けど君は違って私にない物を股間にぶら下げてるでしょ?」
「そうだね。これはチンコって言うんだ」
「私、何もそのぶら下がっている名称を聞きたかった訳じゃないわ」
「そうだよね。ごめんなさい」
「まるで私にその名称を言わせたかったみたい」
「そんなつもりはなかったんだ」
「ま、どちらでも構わないけど、とにかく今回は私の番だから」
「うん」
「じゃあ。お先に」
「あ、ちなみに君は順番が来るまでどれくらい待ったの?」
「果てしない時間。長すぎて覚えていられない程、長い時間よ」
「そっか。それは大変だ」
「退屈過ぎるけど、それも中々、悪くないわ」
「そうなの?」
「うん。だって私、ううん。私以外の番を待っているこの水に存在している人達全てが、最初から最後まで君の物語をずっと見ていられたから」
「じゃあ今度は僕が君の物語を見る事が出来るのかな?」
「私だけじゃないわ。次、いつ君の番が来るかわからないけど、それまではずっと君以外の人達の物語を見る事になるの。だから案外、退屈でもないのよ」
「そうなんだね。なら少しだけ気が楽になったよ」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、僕という姿が、存在が今もこうして髪の毛によって損なわれていっているんだ。これから僕はどうなってしまうのか?って気が気じゃないんだ。でも君の物語を観る事が出来るなら、うん。良かったよ」
「そう?なら私、君に見られているって事を意識してなきゃだね。だって忘れてたら君の股間についているそれを名称で呼んじゃいそうだもの」
僕はその股間についている物を見ようとした。だが既にそれは髪の毛に巻きつかれ徐々に切り刻み千切られていた。
「聞いてみたい気もするけど」
「バカ」
女の子がいうといきにり強烈な睡魔が襲って来た。と思った瞬間、僕は頭を掻きながら「うん」と女の子へ返した。
するとお互い大きなあくびをした。
それが合図だったのだろう。僕は髪の毛の触手によって残りの皮膚を傷つけられ、そこから皮膚を引きちぎられた。
耳の穴から侵入し、脳を這いずった後、中から僕の眼球を突いた。まるでビリヤードの球のように僕の2つの眼球は飛び出し、水の中へ落ちた。
その髪の毛の触手が頭蓋骨を締め付けた。バギバキ。粉々に砕けた頭蓋骨が僕の顔から飛び出し、血が舞い上がった。
その瞬間、全身から力が抜け立っていられなかった。そのまま崩れるように前倒しになった僕の身体には、死体に群がるウジのように髪の毛が集い僕の身体を引きちぎる。
内蔵まで細かく切り刻むと僕はバラバラにされた肉片や骨、内蔵などと一緒に水の底へと沈んで行った。
「次、僕の番が来るのは一体いつだろう」
沈みながら、僕はそんな風に思った気がした……
揺り起こされて目が覚めた。覚めた僕の目の前には重美さんの顔があった。ちょっとでも顔を持ち上げるとキスが出来る距離だった。
キスしたいな。そう思った矢先、重美さんは顔を横へ向けた。
「ほら、言ったじゃん。私が起こしたらこうなるって。な?」
「本当だ。重美って予言者のようだね」
「花葉それは違うよ。この現象は単なるこの男、大魚がクソがつく程、ムッツリでどエロだからこうなるんだ。だからこれは花葉が見てはいけないもの、つまり良くない事だから叩いてやりな」
重美がいうと花葉はうんといい手に持っていたフライ返しで大魚の勃起したチンコを力一杯叩いた。
「痛てえええええぇ!」
僕は飛び跳ねるように起き上がった。
「な、何すんですか!」
僕は股間を抑えうずくまりながら重美さんの方を見た。目から涙が滲み出る。
「あははは!大魚、ウケる」
「ウケるとか言うな!めちゃくちゃ痛いんですからね!」
「いや。本当に痛いのか見てみたかったんだよね?だって私達女の子にはチンコついてないから。ね?花葉?」
重美さんの側におかっぱ頭で目がクリクリした可愛い女の子が正座をして座っていた。その女の子は重美さんを見上げ「うん」と頷いた。
「かもですけど。僕が何か酷い事をしたり、いったりした訳じゃないでしょう!それならまだ仕返しって意味でわからないでもないですが、いや仕返しでもチンコを殴るのは反則ですから。というか僕はただ寝てただけでしょ?それで朝立ちしてただけなのに、いきなり物理的攻撃は卑怯でしょうが!」
「いざって時の予行演習。だから気にしないで」
「するわ!めちゃくちゃ痛いんだから!」
ジンジンと痛む股間を抑える僕を2人は笑いながら見ていた。けど、こうして話せている事に僕は少なからず安堵していた。
ぐるぐるを通過した事、夢の中で見た事、それらが僕を不安にさせていたのだ。でもこうして重美さんを目の前にすると、心から良かったと思った。
今すぐ生存の喜びを抱き合って共有したい。そう思って両手を広げた。
「重美さん、僕達助かったみたいです!」
「そう言うのいらない。だってババァがここが鍾乳洞の出口って言ったんだから、そりゃ何処かしらに出るでしょうよ」
「だからって出た先が、安全かどうかはわからなかったじゃないですか?」
「まあ、そうだけど、私はさほど気にしてなかったよ」
重美さんはいい、花葉と呼んでいた女の子を抱き抱え立ち上がった。
「そこに夕食を用意しておいたから、平気なら食べて」
そう言って布を捲って出て言った。みるとどうやら僕は、何処かの部族が暮らしているような昔ながらの三角テントの中にいるようだった。




