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第三章 ②⑨

「ところで干し柿大佐」


「なんじゃ」


「大佐は何故、干し柿大佐って呼ばれているのですか」


杖をつきながら歩くその速度は高齢の老人のそれでとてもゆっくりとしたものだった。


その速度に合わせたると一向に前へと進んだ気にならないが、かと言って早く歩けなんて言える筈もなかった。重美さんなら言いそうだよなと思いチラ見するが何食わぬ顔で干し柿大佐の側を歩いている。


「お前達に似た奴等が来た時にな。ワシが夜這いをかけたんじゃ。その頃にはこの村には若い男がおらんでの。久々に見たからワシもついムラムラしてしもうて、それで必殺技の歯無し口を引っ提げて、裸で近寄ったんじゃ。するとそいつがワシの乳をみて、婆さんの乳はまんま干し柿じゃねーか!って言い出してな。それからそいつが村におる間は、ずっとワシの事を干し柿大佐って呼びよってな。それでいつしか干し柿大佐に変わって、皆からそう呼ばれるようになったんじゃ」


「ババァ、よく見たら爆乳だもんな。それだけ大きければ、垂れるのは仕方ないよね。そいつも干し柿なんて良く言ったもんだと思うよ」


「で、その人とはどうなったんですか?」


「1夜のアバンチュールじゃ。腰が抜けるまで吸い尽くしてやったわ」


「ババァやるじゃん」


「当たり前じゃ。ワシはどんだけババァになろうが女を忘れちゃおらんからの」


「ババァのくせに良い事言うじゃん」


「ババァは余計じゃ」


その言葉で僕は無意識に重美さんのババァ姿を想像し、獰猛な性獣に化した重美さんを思い描いてみた。


想像だからと言って侮っていけない。重美さんのその姿も中々恐ろしいったらなかった。


おまけに歳を取ると口うるさくなるというし、今でさえ充分口が悪いのだからお婆さんになったら、口悪オババとか呼ばれていそうだ。


「着いたぞ」


干し柿大佐が言うように川沿いを歩いてしばらくすると、鍾乳洞の岩壁が削られたように窪んでいて、その中に、水が溜まっていた。


近づくとつなぎの泉と呼ばれる場所からは仄かに甘い香りがした。僕は背負っていたバックパックを下ろし、中から樽と柄杓を取り出した。


「これに汲んでも良いですか?」


「構わんよ。好きなだけ飲むなり汲むなりすればええ」


干し柿大佐が言うと重美さんはすかさず僕の手から柄杓を取り上げるとわれ先にとつなぎの泉へ柄杓を入れ掬うと素早く飲み干した。


「砂糖水みたい」


重美さんは一杯、飲むと僕へ柄杓を突き返した。


「そうそう沢山飲めるものじゃないわね」


僕は柄杓を受け取り、同じように飲み干した。


ただ僕は重美さんとは渇きの度合いが違う為、立て続けに3杯飲み干した。


だがそれ以上はさすがに飲めず、後は樽の中へ満杯に汲んだ。それをバックパックにしまう。


「ねぇオババ。川の水は本当に飲めるの?」


「飲めるさ」


ババァからオババに言い方が変わったのは干し柿大佐への敬意の現れではないだろうか。そんな事は無粋だから聞かないけど、きっとそうだろう。


干し柿大佐はいい、川縁へ近づき、救って飲んでみせた。


「このつなぎの泉がある成果はわからんが、何故かここだけは水も冷たく魚もおるんじゃよ」


言われて川面を覗くと確かに沢山の魚が泳いでいた。ただ不思議なのはその川の底は見えずおまけに海水魚、つまり鯖や飛魚、鯵やマグロ、イカやタコまでも泳いでいる事だった。


勿論、鮎やイワナ等も泳いでいた。普通の川なのに何故、海水魚までいるのだろう?不思議でならなかった。でもあまりにも澄んだ水のせいか、魚達の姿がハッキリと見ることが出来た。まるで水族館にいるみたいだった。


「ここの魚達がオババ達の食糧なの?」


「そうじゃよ。じゃが自ら魚達を取ったりする事はせん」


「ならどうやって食糧に出来るのよ」


「不思議なもんでな。毎朝、ここへ来ると必要な分だけ、魚が打ち上げられておるんじゃよ。60近く家族がいた頃からずっとそうじゃった」


「へぇ。でも今は1匹も打ち上げられていないね」


「そりゃもう夕方やからな。今日の分は頂戴したからじゃ」


「そうなんだ」


言った先から重美さんのお腹が鳴った。つられて僕もなった。


「なるほどな」


干し柿大佐が言う。


「何がなるほどなわけ?」


「今朝はやけに打ち上げられておった魚が多かったんじゃ。それはつまりお前達が来る事がわかっておったからじゃろう」


干し柿大佐は飯を食おうやといい、僕達を鍾乳洞の縁へと連れて行った。そこには自然で出来た洞穴があり中にはとても静かな発電機が鍾乳洞の岩壁に埋め込まれていた。


「この機械はどうしたんですか?」


「機械?」


干し柿大佐が聞き直した為、僕は発電機を指差した。


「おぉ。それは大昔からあったそうじゃよ」


干し柿大佐はいい、積み上げた石を円形に囲った手製の囲炉裏の側へ行き、洞穴の隅から川へ垂らしていた網を引き上げ、その中にいた魚を引っ掴んだ。


木の棒で口から串刺し、そのまま囲炉裏に火をつけ魚を焼き始めた。


「塩はないの?」


重美さんが尋ねるが干し柿大佐は首を傾げた。

塩という物を知らないらしい。


だけど焼けた魚を一口頂くとしっかりとした塩加減で、とても美味しかった。


「この塩っぱさはじゃな。つなぎの泉の魚だからじゃ。あの泉に生息する魚は皆が皆、身体に甘みが染み込んでおるんじゃ。じゃがな。こちらが食べる分には何故か焼くと塩っぱくなるんじゃよ。泉から出されたら、そうなるんじゃろうな」


「調味料いらずじゃん。ね?」


重美さんは鮎の頭から齧り付き嬉しそうな顔でそう言った。


「でも、毎日魚ってのも、飽きないですか?」


素朴な疑問をぶつけると干し柿大佐は首を横に振った。


「この村には言い伝えがあってな」


「はい」


「その昔は、こんな場所にも鹿や猪がおり、山もあったんじゃ」


「鍾乳洞の、いえこの中にですか?」


「そうじゃ。じゃけどな。村の若い衆が食う為じゃなく、殺す事を楽しむ為だけに狩猟をしよった。そうするとあっという間に鹿や猪はおらんようになり、若い衆は手持ち無沙汰になってな。今度は仲間のノイドの連中を殺すようになってしもうたんじゃ。そのせいかは知らんが魚も打ち上げられんようになった。捕まえようにも魚は深い場所から決して上がって来んかった。食い物が無くなった若い衆達はな。村のノイド達を殺して食うようになってしもうたんじゃ。生き残った最後の3人になった時、それは若い衆と村民の若い嫁と子供だけじゃったらしいが、若い衆は空腹に耐えかねて先ずは若い嫁から食おうとした。どうやらロイドの肉を喰らうと幾ら食うても満腹にならんらしい。じゃから若い嫁を襲おうとした時、突然、山が焼け、その姿を真っ黒に焦がした。それを見た若い衆は恐れをなしてここから逃げようとしたが、出来んかった。何故か若い衆の身体から炎が吹き出し、焼け死んだからじゃ。それ以来、この村では猪や鹿などは2度と現れんかった。ワシ等が強く望んでも叶わぬかった。若い衆がやらかした事はこの村の中に呪いをかけたんやな。それ以来、ワシ等ノイドの先祖もそしてワシ等も魚以外口にはしておらん。きっとしちゃならんのや」


「ここにはそのような言い伝えがあるんですね」


言いながら鍾乳洞の中に山?鹿や猪?とは思ったが、発電機等がある以上、何かしら外部の力が働いているのは間違いないらしい。


最初から[あった]となればそこで暮らす人達がそれを不思議に思い、何故?と感じる事はそうそうない。何故なら最初から[あった]ものだからだ。だが他の世界もみてみたいと鍾乳洞の内部の村を捨て外へと飛び出した言った連中の中にはその疑問を持った、持っていた人もいたのではないだろうか。


「まぁ。この村はやがて滅びる運命にあるんじゃよ。息子のガンダルブもあんな風じゃてな。外の世界へ向かって出るくらいの気概でもあればまだましじゃが……」


「干し柿大佐をここへ置き去りにしてまで外へ出たくないんじゃないですか?」


「ワシが幾ら言ってもきかんのじゃ」


「ババァは出て言って欲しいの?」


「本心は追って欲しい。じゃが嫁も子供もおらん独り身じゃてな。嫁のなりてもここにはおらん。じゃから外へ出るのがガンダルブの為じゃと思うんじゃがな」


「ガンダルブさんって、あんな風な人ですけど、案外、この村が好きなんじゃないですか」


「ここを守っていきたいのかもの」


「だとしても、あやつが死んだらそれで終わりじゃ」


「その時はその時よ。それより大事な事はババァとバカ息子の思いだと思うよ?」


早くも3尾目に食らいついていた。


「そうじゃろか」


「僕もそう思います。どんなに頑張った所で今、この村にいるのはお2人だけです。この先、僕達みたいな人間が現れてここで暮らしたいと思うかも知れないじゃないですか」


「お主等は、思わないって事じゃな?」


「申し訳ないけど、そうだよね。ね?大魚?」


「はい。僕達は自分達がいた世界、つまり故郷であるその場所へ帰る為にこの世界を旅しています。その方法があるのかはわからないですけど、でも、突然、見知らぬ世界へ飛ばされて来たのだから、帰る事も可能だと僕は思っています。その道中で偶然、干し柿大佐と出会ったという訳です」


「さっきからワシの事を干し柿大佐って呼んどるが、これでもワシにもちゃんとした名前があるんじゃぞ?」


「あ、ごめんなさい。そうですよね」


「余りその呼び名でワシを呼ぶと数十年ぶりにムラムラしてお主に夜這いをかけて、この歯抜けの口で性気を吸い取ってやるぞ?」


「それは勘弁してください」


「見たい気持ちはあるけど、側でやられるのは嫌だわ」


「重美さん、何て事言うんですか!」


「冗談はそれくらいにしてじゃな」


「はい」


「ワシの名前はスカーレットじゃ」


「あ、ババァ、悪い。スカーレットって名前、物凄く清楚で意志が強く弱気を助けるイメージがあるから、今からその名前捨ててくれる?」


「捨てられるかい!」


干し柿大佐、もといスカーレット婆さんは笑いながらツッ込んだ。そのせいで入れ歯が飛び出し慌てて口の中に押し込んだ。


「スカーレットヨバンゾン。この村1番の美女じゃ」


「遥か昔は、そうだったかもね」


また毒舌を吐くんだからと思っていると


「そうじゃ。遥か昔じゃ。過去を持ち出した所で何もありはせん。この村と同じじゃよ。じゃがワシは今はれっきとしたクソババァじゃ。クソババァである以上、死ぬまでクソババァでおってやるぞ」


スカーレットヨバンゾン婆さんは、いや、ま、ハリウッド女優にも似た名前の人はいるけど、あえてその話は持ち出さなかった。


でも改めて名前を考えると、ロイドという種族は、まさにヒューマロイドの通り人間に似ている、まるでコピーされて作られた人種なのかも知れなかった。


それには僕達の知っている世界と繋がっていて人間の情報を常に手に入れられていなければ、成り立たないと思うけれど……僕は魚を齧りながら発電機の方を見た。


やっぱり高度な文明を持った何者かがこの世界へ来たのは間違い無さそうだ。


ただ、スカーレットヨバンゾン婆さんの名前は年齢的にスカーレットヨハンソンとは掛け離れているので、名前は偶然似ているだけだろう。


「それならお主らはいつここを立つつもりじゃ」


「つなぎの泉というのが僕達が見た給油をしなければならないという言葉の答えだとすれば、明日にでもここを立ちます」


「それは間違いじゃない。食事もしてゆっくり出来とるからな」


「それは休息です。僕が言ってるのは」


「大魚、大丈夫。私達は給油された。つなぎって意味を考えたらそうでしょ?給油しなきゃ車は動かない。それは人間も同じ。私達はここでつなぎの泉から水を頂いた。飲みもして今、こうして食事まで頂いている。間違いな訳ないじゃん」


確かに重美さんねな言う通りだと思った。


「やっぱりこの村から出るには元来た道を戻らなければならないんですか?」


ヨバンゾン婆さんは首を横に振った。


「ここから出られるぞい」


言って洞穴の壁をノックした。2回。一泊置いて3回。するといきなり正方形に切り取られたような洞穴の壁が地面へと下がって行った。


「村の者やここに訪れた人間達は皆、ここから出かけて行ったんじゃ」


今、ヨバンゾン婆さんは人間って言った?言ったよな?それを尋ねようとした時、


完全に壁が目の前にはスカイブルー色した水面のような膜が現れた。


それだけでも驚きなのに徐々に中央から黒点が浮き上がり、右回りへ渦を撒き始め、あっという間に、スカイブルーの中へ渦の絵柄を浮き上がらせた。まるでそれは油のように水壁の上で回っている。


「お主らは運がええ」


「どういう事?」


重美さんが言った。真ん中にヨバンゾン婆さんが立ち、左右に僕と重美さんが立っていた。


「こうタイミングよく、こいつが現れる事は中々ないんじゃ」


「こいつ?」


「そうじゃ。この黒いのはぐるぐるじゃ」


「ぐるぐる?」


「ここから別な場所へ行くにはぐるぐるの中を通らんといかん」


「これじゃぐるぐるっての先に何があるかわかんないじゃん?」


「そうじゃな。ワシも入った事はないから、何があるかは知らん。じゃが間違いないのは、先に進むにはぐるぐるを通過するしかないという事じゃ」


「マジですか」


「みたいだよ。大魚どうする?」


「どうするも何も行くしかないですよね」


「……だろうね」


確かに重美さんの言うように、まるで生き物のようなこの光景を目の当たりにしたら迷わない方がおかしい。


僕達はこの世界から東京へ戻るために、その出口を探している。当然、このぐるぐるという意味不明な物の中へ入って行かなければならない。


それを拒否するという事は死ぬまでこの村で生きるか戻って闇夜しかない森の中で生きて行くか。もしくは鳩三郎さんと管理人を交替してもらうしかない。


出会った皆んなは全員、良い人ばかりだから、それも悪くないと言えばそうかも知れない。でもやっぱり僕は重美さんと元いた世界、東京へ戻りたかった。


戻れば必然的に病の嘔吐も繰り返すだろうし、仕事をミスして上司から怒鳴られもするだろう。


彼女が出来れはまだ生きがいも持てるだろうけど、それが上手くいく補償など何処にもなかった。


良い事ばかりじゃないだろうし、悪い事ばかり降りかかって来るかも知れない。それでも僕は元いた世界へ戻りたかった。


「でも、あれね。さすがの私でも躊躇っちゃうわよ」


「お主らの気持ちはようわかる。ワシはここから出ていく者達をこの目で散々見送って来たからのう。じゃが行かんと先に進む事は叶わん。そうじゃろ?」


「ええ。その通りです」


「なら決まりじゃな」


他人事だと思って決めるのが早すぎだよ。  


「その前にお主らに言っておかねばならん事がある」


「何?」


「お主達は2人で2つじゃ。決して1つではないぞ。1つになる時はエロい事をしとる時だじゃ。だがそれも厳密にいえば1つじゃない。2人で2つなんじゃよ。くれぐれも2人で1つなんて事は思わない事じゃ。さっき食った魚も1つが2つにはならんかったやろ?1人は1つ。2人は2つなんじゃ。決して交わり1つになる事ない。1つ1つは皆独立しとるんじゃ。わかったかい?」


さっぱりわからなかった。僕が首を傾げているとヨバンゾン婆さんは僕の手を取り、重美さんの手を握らせた。


「えーババァ。大魚の手握らないとダメ?手汗でベトついて気持ち悪いんだけど?」


「気持ち悪いって思うくらいが旦那には丁度ええんじゃ」


「丁度いいわけないじゃん!」


「とにかくお主らは似合いの2人じゃ。手を繋いでおっても2つじゃあない。2人は2つじゃ。ええか。お主等は決して2人で1つではないぞ」


ヨバンゾン婆さんがそういうといきなり僕達の背中を突き飛ばした。


「うわっ!何を、、、」


「痛っ!ババァ、テメー!いきなり」


「行ってらっしゃい」


ヨバンゾン婆さんの笑った顔が遠のき、ぐるぐるという真っ黒な渦により歪んで見えなくなった。その瞬間、僕達はぐるぐるの中へと引き込まれて行った。




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