第三章 ②⑧
明かりが広がる場所へ出ると目の前には澄んだ川が流れていた。すぐさま僕は川へ近づくと跪き水を手で掬った。
飲もうとしたその手を重美さんが掴んだ。
「大丈夫な水かどうかわからないわよ?」
「これだけ澄んだ水ですよ?大丈夫でしょ?」
「一見、そう見えるけど……」
「けど、何ですか?」
「忘れたの?ここは私達の知ってる街じゃない。安全な日本かどうかもわからないでしょ?」
「そうですけど、僕、喉カラカラなんですよ。何故、カラカラかわかります?」
「さぁ。どうして?一緒にいる私がそれほど喉は渇いてないのに大魚だけカラカラって……あ、わかったわ。大魚、地上で平屋の周りを探索してる時、シコったでしょ?余りに興奮してハァハァ言い過ぎたから喉がカラカラなんだよ。絶対そうね」
この人は隠れて自分だけ樽の中の水を全部飲んくせに僕が喉が渇いているのをエロい事をしたせいだなんて言ってくる。
よくもまぁスラスラとそんな話が出来るよな。尊敬に値するレベルだよ。
ていうか重美さんの口から出る言葉ってエロい事が多いけど、実は重美さん自身が欲求不満じゃないのか?それを言ってやろうとしたが止めた。言った後の自分の未来が見えたからだ。
重美さんは僕を突き飛ばし、この綺麗な川へ落とすに決まっている。飲みたきゃ好きなだけ飲めばいいでしょ?くらいの捨て台詞は吐きそうな気がした。
「その話はひとまず置いておいて、確かに安全かどうかはわからないですね」
「魚でもいれば、不安は解消出来るんだけどね」
重美さんはいい掴んでいた僕の手を離した。立ち上がり周囲を見渡している。
「結構長そうな川だね」
「降っていけば、外へ出られそうですね」
重美さんを見上げながら言った。
「来た道を引き返しあの平屋に戻っても良いけど、あの梯子の強度がいまいち信用出来ないからなぁ」
その事に重美さんも気づいていた事に僕は何故かホッとした。
両膝に手を添え立ちあがろうとしたその時、
「ここの水は安全じゃ。好きなだけ飲めばええ」
声の主がいつからそこにいたのかわからないが、声をかけられるまで気配すら感じなかった。
いつの間にか足音もさせず僕達2人の側に立っていた。
「今、声がしたけど、何処から聞こえて来たのかしら?」
重美さんは絶対気づいている。なのにわざとそのような言い方をして、声の主をからかっているのだ。
「お主、中々性悪なビッチじゃな」
そのように言うと、いきなり重美さんの脛を蹴飛ばした。
「痛えーな!クソババァ!」
「ここにおる事を教えてやったまでじゃ」
そういう老婆の身長は重美さんの胸辺りまでしかなかった。あの喫茶店でみた小人症の人と同じくらいの身長かも知れない。
痛がる重美さんを他所に老婆は地面を引き摺る程の長い白髪を片耳へかけた。もう片方の手には老婆の背丈ほどの杖が握られている。
「貴方が干し柿大佐ですか?」
「ガンダルブがそう言ったのか」
「ガンダルフ?え?あのさっきの老人、ガンダルフって名前なんですか?重美さん、あの偽内田裕也ジジイはマジで魔法使いかも知れませんよ?だって名前がガンダルフって……」
「バカ?同じ名前なら幾らでもいるでしょうよ」
「お主ら2人、人の話はよく聞くもんじゃ。あやつの名はガンダルフではない。ガンダルブじゃ」
「ガンダルブ?ブ?ブ?」
「大魚、あのエロジジィと魔法使いガンダルフとは一字違いって事みたいね」
「はい。それはわかります。いえわかりましたけど……」
「ど?何よ」
「いえ。何だか一字違うだけであぁも人間としての違いが出るのかなぁって思いまして……」
「ガンダルフは架空の人物じゃん。ガンダルブは実際に存在するエロジジィだよ。けどさ。もしガンダルフが実在していたら、ガンダルブと同じようなエロジジィだったかも知れないじゃん?人ってわからないもんだからね」
「まぁ。そうかもしれないですけど。でも物凄く残念な人だなぁって思ってしまって」
「幾ら何でも架空の人物と比べたら可哀想よ。大魚だって碇ゲンドウと比べられたら嫌でしょ?」
「碇ゲンドウと僕では一字も合ってないじゃないですか!」
「ま。そういう事よ」
「そういう事って……」
重美さんの言った言葉が架空の人物と比べられたら?って言いたいのだろうけど、どうしてそこでエヴァの碇ゲンドウが出てくるのかは全く意味不明だった。
「お主ら、まさかワシの存在を忘れてはおらんやろな?」
「大魚?又、声が聞こえたよ?」
重美さんは懲りもせず2回目の煽りをかました。
「小娘がっ!」
干し柿大佐が再び重美さんの脛をめがけ、蹴りを繰り出した。だが、予想していたのか、重美さんは難なくそれを交わした。
「バーカバーカ。同じ手を2回も喰らうかよ。クソババァが!」
言った重美さんは干し柿大佐の脛を目掛け、ヒールの尖った爪先で蹴り上げた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いやないかぁぁ」
干し柿大佐はその場でうずくまり、重美さんに蹴られた脛にフーフーと息を吹きかけていた。
「納得いかないけど、まぁこれでおあいこって事で許してやるよ」
どちらかと言えば、重美さんが蹴られるきっかけを作ったのがいけないのだけど、まぁ、そこは僕には関係ない事だ。2人がそれで良ければ構いはしなかった。
「で、あんたが干し柿大佐?」
勝ち誇った顔で腕組みをした重美さんが老婆に尋ねた。
「ガンダルブの馬鹿息子がワシをそう呼んだのかい」
「多分、そうですね。こっちに干し柿大佐がいるからって言っていましたから」
「ったくどうしようもないドラ息子じゃ」
「そうね。エロジジィだったわ」
「で、ワシに何の用じゃ」
「ん〜大魚、何だっけ?」
「重美さん忘れたんですか?」
「うん」
「この場所はガンダルブさんに不法占拠されているって事と、人間を知っているかって事です」
「そうそれよ。おいババァ。まず不法占拠って本当なの?」
「ババァ呼ばわりとは、ワシも舐められたもんじゃわい」
干し柿大佐はいい、そのまま地べたに腰を下ろした。
「不法占拠かどうかはワシも知らん。産まれてから一度としてここを離れた事はないからのう。昔は60近くの家族がおったんじゃが、時の流れと共に皆ここから出て行きおった。理由は知らん。どうせこことは違う別な世界があるんじゃないか?と誰かが言い出したんじゃろ。その言葉に唆された奴等が次から次へとここを捨てて出て行きおった。まぁその頃のワシも偉いべっぴんでナイスバディなお色気娘やったから、男どもはワシも一緒に行こうだなんて誘いよったが、ワシはここから離れる気は更々なかったわい」
「何か特別な理由でもあったのですか?」
僕が尋ねた。
「ワシには皆に内緒で将来を誓った男がおってな。ただその男は産まれながら病弱でとても旅など出来る体力なんてありはせんかった。食い物だって他の村民から分け与えて貰っていたくらいじゃ。じゃがワシはその男に一目惚れしたんじゃ」
「それほどまでイケメンだったって事ですか?」
「いや、全く不細工やった。ワシ以外の村の娘からいつも不細工やなぁと揶揄われておった。当然、ワシもその男の魅力に気づく前は同じように揶揄っておった。じゃがな。ある時、偶然その男が立ちションをしている所を見かけたのじゃ」
そこまで聞いて僕は嫌な予感がした。重美さんを見ると既に顔がニヤけている。
「便所があるにも関わらず、その男は立ちションをしよった。便所に行く体力すらなかったんじゃろう。じゃが問題はそこじゃない。ワシはな。その男のチンコを見てしもうたんじゃ」
やっぱりそっち方面に話が向かって行くのか。
「で、ババァはその男のチンコに惚れたって事だよね?」
「恥ずかしながらその通りじゃ。パッとみ、ヘチマがぶら下がっておるんかと思ったわ。ま、実際舐めてみるとヘチマは言い過ぎやったが、相当なデカさには代わりなかったのう」
この親ありてガンダルブありじゃねーか!
僕は溜め息をついて項垂れた。
「ババァ、あんまりデカいチンコって言わないであげてくれる?大魚は素チンだからさ」
「お主は素チンか」
「はいはい。どうせ僕のはヘチマみたいな、イカれデカさなんてありませんよ」
「持ち、はどうじゃ?」
しかしとんでもない事を聞くババァだな。
「そりゃ時と場合で変わって来ますよ。ま、数秒の誤差程度ですけど」
言った自分が情けなく思えて来た。
「ま、数秒持てば立派なもんじゃよ」
「は?ババァ何言ってんの?数秒で終わったら私達女はどうしてくれんのよ!ってなるじゃん」
「いやの。そのデカチン男は数秒も持たんかったんじゃ」
「ギャハハ。マジで?立派なチンコ持ってるくせに数秒すら持たないなんて……あ、なんか私まで悲しくなって来た」
「悲しいのはワシの方じゃ。おまけに1発でガンダルブを孕んだんじゃからの。そやつはそれで子孫が残せると満足したのか、ガンダルブが産まれる前に死によってからに。その後の生活がどえらい大変じゃったわい」
「ご愁傷様です」
重美さんが手を合わし老婆に向かって合掌をした。
「ええか。娘。1つ忠告してやる。ワシの経験から言えば、デカチン男だけはやめておけ」
「ま、1発で決められたら困るわよね」
重美さんは笑いながらそう答えた。
「それだけじゃないわ。そ奴はな。ワシに隠れて他の女にも手を出しておったんじゃ」
「不細工なのに?」
「そうじゃ。あの男は皆から食糧を貰える事を良い事に、わざとチンコを出して待っておったんじゃ。女共はそのチンコをみて、ついつい摘んでしもうた。つまりじゃ。デカチン男はそれが自慢やから、手当たり次第に浮気をするっちゅう事じゃよ」
「釣り針につけられた餌に食いつく魚かよ!」
「あの女共はまさにそんな感じやったわ」
「もしそれがデカチン男の本能なら、大魚は浮気はしないって事になるじゃん?ね?」
「デカチンだろうが、僕は浮気など絶対にしませんよ」
「どうだかぁ」
「そうじゃ。なんならワシがお前のチンコで浮気性かどうか試してみてやろうか?」
「絶対に嫌です!試さなくても結構です!」
僕は頑として断った。
「大魚?良い経験させて貰えるかもよ?」
「よしてください」
「男共はこれがええって言いよったぞ」
干し柿大佐はいい、口に手をあてた。
入れ歯を取り出しくしゃくしゃな口元を僕に見せつる。
「どえらい吸い付きらしいぞ?どうじゃ試したくなって来たじゃろ?」
干し柿大佐は馬鹿笑いし、再び入れ歯を口へと戻した。
「冗談はさておき、お主らは何故、こんな場所まで来たんじゃ?」
僕らは説明した。
「給油所か」
「看板にそう書かれてあって……けど僕らには車やバイク、あ、いえそのような乗り物は持ってなくてですね……」
「いや、心当たりはある」
「そうなんですか?」
「昔、お前達と似たような奴等が来た事があってな。確かその時も給油がどうちゃらって言っておった」
「つまり、人間が来たって事?」
重美さんが言った。
「きっと鳩三郎さんの前にあの地中の家で管理人をしていた人やタバコをあげた人達の事ですよ」
「だろうね」
「人間ってもんが何者かワシにはわからんが、兎に角お前達のような者が来たのは間違いない」
「ていうかババァも、もろに見た目は人間なんだけど」
「ワシらみたいな種族は、ノイドと呼ばれておる。それがお前達のいう人間とやらと同じ生き物かはわからんがな」
「ノイド……重美さんヒューマノイドの略でしょうか?」
「知らないしどうでもいい」
あっさりと言いやがった。絶対今の会話に飽きて来てる筈だ。
「で、その来た人間には何をしてあげたの?」
「つなぎの泉の水を飲ませてやった」
「つなぎの泉?」
「そうじゃ。給油ってのは、それを取り入れないと動かなくなるらしいから、なら、水やなと思ってな。水がないと生き物は死に絶えるじゃろ?じゃからそうじゃないかと思ったんじゃ」
「この川の水も、そのつなぎの泉から流れているんですか?」
「これは違う。つなぎの泉は別な場所にあるんじゃ」
そういい、干し柿大佐はついて来いと僕達に言った。




