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第三章 ②⑦

偽内田裕也ジジイの指した方向へ進んで行くと、水の流れる音が聞こえて来た。無意識に足速になり、重美さんを追い抜いた。


「転んで怪我をしても介抱してやんないからね」


重美さんはヒールの為、足下にはかなり注意しながら歩いている。


「大丈夫です」


とは言うものの地面は凹凸でおまけに湿っていて油断すれば簡単に足を滑らせ転んでしまう。


一応、裸電気が置かれてあるとはいえ全体が明るい訳じゃない。当然、重美さんの言うように慎重に進まなければならなかった。捻挫したり骨折なんかしたら目も当てられない。


頭ではわかっているが水の音が聞こえたからには気持ちが逸るのを止められなかった。


岩壁に手を添えながら山なりの岩の地面を登った。


上まで登ると、狭かった道幅が一気に開け、更に水の流れる音がはっきりと聞こえてきた。


降った先には明かりが灯り、その明かりの中に動く影をみつけた。その影はきっと干し柿大佐という人物のものだと思った。


降る時はより気をつけなければなら無い為、僕は重美さんが来るのを待った。ヒールを脱いで裸足になればもっと歩き易い筈だが、どうやらそれを良しとはしないらしい。


「何?」


山なりの岩の上で待っていた僕に重美さんはそのように言った。


「降りなので危ないかなぁと思ったので、待ってました」


「そんな事いいながら、私と手を繋ぎたかっただけじゃないの?」


「手を繋がなくても僕の服を持っていれば済みますよ」


「嘘だね。私の握った手の温もりがある内にチンコを触ろうって思ってんじゃないの?」


「僕を偽内田裕也ジジイと一緒にしないでください」


「いや、マジそれな。さっきのジジイ、キモかった」


「完全にイカれてましたね。けど重美さん、キモいって言いつつもモデルみたいな事してましたよね?」


「は?何の事?意味わかんない」


しらばっくれながら、ニヤっと微笑んだ。きっと暇つぶしの相手には丁度いいと考えたのだろう。


そう思うと偽内田裕也ジジイに同情心が沸かないでもなかった。


僕が手を出すと重美さんは差し出した手を掴むと顔へ近づけた。匂いを嗅いだ後、渋々といった風に僕の手を握った。


「まぁ一応、大魚のチンコ臭はしてないわね」


「どんだけ僕のチンコの匂いを知ってるんですか!」


「あんたが寝てる時、散々嗅いで記憶してるからね」


「それをする方がヤバ過ぎるでしょ!」


勿論、冗談という事はお互い理解している。


でも、このような会話が時に必要なのは段々、僕にもわかり始めていた。


希望が見出せない世界にあってくだらない会話ほどメンタルを安定させてくれるものはない。


現実逃避と言えばそれまでだけど、逆境に置かれた時こそそのような会話が必要な気がした。


もしこれが僕1人であったなら、こんな風に頑張れていなかったかも知れない。


守らなければ、守ってあげたいという存在が側にいる事は物事を前向きに捉えられるという事に僕は重美さんから教わった気がした。


「私が指なんか絡めたら出ちゃうだろうから、これくらいがギリだと思うんだよね」


「幾ら何でも手を握られたくらいでイクわけないじゃないですか」


「本当に?」


「本当です」


そう言い切る僕に対し重美さんは悪さしそうな表情を浮かべた。握った手の指を動かし手の平を撫でたり這わせたりした。


僕は気にせず繋いだ手を離さないよう、壁に背中を向け右足から山なりの岩を滑るようにゆっくりと降りていった。


先に降りると手を握ったまま身体を反転させた。重美さんが足を滑らせても大丈夫なように受け止められるよう体勢を整えた。


そんな僕を重美さんはチラ見したが、何も言わず、更につま先に重心を乗せ何とか自力で降りて来た。


「そう上手く私を抱き止められると思うなよ」


憎まれ口を叩かれるのは慣れて来たが、まるで子供の言い訳のようで、何だか笑えて来る。


「何笑ってんのよ」


「あ、いえ、別に」


きっと重美さんの憎まれ口は照れ隠しからつい出てしまうのだろう。そう思うと歳上とはいえ、重美さんって可愛いなと思った。


「誰かいる!」


突然、いい、僕の背後を指差した。


頭だけで振り向いた瞬間、重美さんが僕の股間を鷲掴んだ。


「この野郎!バッキバキに勃起してんじゃねーか!」


「あ、いや、これは、その」


「言い訳すんじねぇよ」


「僕は手を握ったくらいでは出ないとは言いましたが、勃起はしないとは言ってませんから!」


「同じようなもんだろ!」


僕はその声を無視して1人影の方へと歩き出した。




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