第三章 ②⑤
「その時のおじさんの家が、こんな風だったの」
重美さんはいい、土足のまま家の中へと上がって行った。止める事はしなかった。きっと重美さんはこの家にも地下牢があるのでは?と考えているのだろうと思ったからだ。
しかし給油をしろという看板があるくせに給油所すら無いとはどういう事だろう。確かに看板は埃がかぶっていて、最近掃除をした形跡は見られなかった。
だとしても廃墟になるならなったで給油所自体はあって良さそうなものなのだけど、それすら無いというのがどうにも解せなかった。
それに道だって舗装道路から赤土に変わっていたし、その道の先にはこの平屋があったのだ。
赤土の道がこの先の峡谷まで続いているとは到底思えなかったし、車だと絶対に通れない。だって平屋が邪魔しているから無理だった。
オフロードバイクでやっと通れるんじゃないか?と思われるくらい、赤土の道も荒れていたし、道幅も狭くおまけに周りの木々も鬱蒼と茂っていた。
「地底人っていると思う?」
ヒールで床を強く踏みつけながら家の中を移動している重美さんがいきなりそんな事を言った。
「いないですよ。あれはあくまで作り話で、SFの中の世界ですね」
「でも、今現在でも地球のコアの部分の近くに地底人が暮らすコミュニティがあると信じている人もいるのよ?」
「そういうのは都市伝説ですよ。地中の中での生活だなんて、あり得なくないですか?生物なら酸素も必要とするだろうし、食糧だっているわけですからね。まさか地上に出てきてセブンで買ってるなんて言わないでくださいよ?」
「まぁミミズとか鳩三郎とかは地中で生きてる動物なんだろうけど」
「鳩三郎さんを一緒にしたら可哀想です。あの人、みためはデッカいモグラかも知れませんが、中身は人と大差ないのですから」
「それもそうね」
重美さんはいい、尚も床を確かめ続けていた。
「多分さ」
「はい」
「地底人っておじさんみたいな人を偶然見てしまった人達が広めたんじゃないかしら」
そう聞いて重美さんはそれを言いたくて地底人の話を持ち出したのだと思った。確かに何も知らずに手足が無く喋る事も出来無い人間が、見知らぬ人を見たら助けを求める筈だ。
だけど唸るしか出来ない人間を見て、その人はどう思うだろう。逃げられないように鎖で縛られ牢獄みたいな地下に閉じ込められている人を床下や、洞穴なんかで見てしまったら、化け物や地底人と勘違いしても不思議じゃないだろう。そう思った。
が、今、この話をしたと言う事は重美さん的に、この平屋の床下にも何かしらの秘密が隠されているかも知れないと感じているからだろうか。
幾らモラルが欠けている重美さんとはいえ、ただ雰囲気がおじさんが監禁されていた平屋と似ているからって勝手に土足であがり、床をどんどん踏み付けたりはしない筈だ。
ましてやここは僕達にとっては未開の地であり、見知らぬ世界なのだから。何を疑ってもおかしくない。いや、疑わない方がおかしいのだ。だから僕も重美さんに習って土足で上がろうとした。その時だった。
「大魚はダメ。外に出て見張りをして頂戴」
「何か見つけたんですか?」
重美さんは首を振った。
「ひょっとしたらこの家の住人が戻って来るかも知れないから」
と言われたもののこの家の中は明らかに生活臭も生活感もないのだ。あちこち埃が溜まっているわけだから2、3日、いやもっと長い期間帰って来ていないといえた。けど重美さんが言うのだからと僕は仕方なく外で見張りをする事にした。
「戸は閉めておいてね」
その意味がいまいち理解出来なかったが、まぁ家主が戻って来た時、不法侵入を疑われないよう重美さんは、家主と僕の声を聞いてから何処かへ隠れるか逃げ出す方向で考えているのだろう。僕は言われた通りに引き戸を閉めた。
しばらく経っても重美さんは出て来なかった。
家主らしき人物も戻ってくる気配もない。
それでも何か見つけられるかも知れないと期待を込めて、もう少し待ってみる事にした。
体感的に4、50分は待っただろうか。流石に長すぎると思った僕は、家の中へ戻る事にした。
だがそこには重美さんの姿は無く、畳が一枚、ずらされた形で置かれてあった。
「ったくあの人は!見つけたら見つけたでどうして何も言わないんだよ。床下なんか何がいるかわからないのだから1人で入ったらダメだろう!」
僕はずらされた畳の下を見下ろした。畳で隠されてあった床板には2つの把手がついている。
しっかりハマってないのは更に下へ降りた時、中からその床板を動かしたからだろう。余りに遅いので心配になった僕が外された床下の蓋の存在に気付かず足を踏みはずして、落ちないよう気を使ったのかも知れない。
流石にずらした畳を元通りにする事は止めたらしい。それをすれば消えた重美さんを探し出すまで時間を要する事になる。
一見、そういう事は無頓着に見える人だけど、さすがの重美さんも自身に危険が生じる事も加味した上で僕が重美さんの行方に気がつき易いように畳はそのままにしておいたような気がした。
床板の蓋を持ち上げると僅かに冷んやりとした空気が感じられた。そこには錆びた鉄製の梯子があり、所々、裸電球が括り付けられている。数個、明滅しているのは玉が切れかけているからだろう。
顔を近づけ中を覗くと下まではかなりの高さがあった。鳩三郎の家の梯子の高さの2倍、いや3倍はあるだろうか。
そこまで深く地中を掘ったのだとしたら相当な労働力と時間を費やしたに違いない。一段、足をかけただけで足が震えて来る。
頭の中に梯子が折れたり手摺が外れたら?というネガティブな想像が過って怖く感じてしまうようだ。重美さんだって降りたのだからと言い聞かせるが、次の一歩が中々、踏み出せずにいた。
けれど降りずに重美さんを待っている訳にはいかない。この地下で重美さんを待ち受けているものが、全て安全なものとは限らないからだ。
僕は意を決して両足を梯子にかけた。大丈夫。錆びてはいるが折れたり外れたりしない。大丈夫大丈夫と言い聞かせながら、ゆっくりと梯子を降りて行く。
手の平に汗が滲み出て額や脇にも汗が染み出して来る。降りるにつれ温度は下がってより冷んやりとしている筈が、自分の身体だけは緊張と落下するのでは?という恐怖で熱っていた。
口の中が乾き無意識に唾を飲み込もうとするが、唾すら出なかった。下を見るな。下を見ちゃえばより怖くなる。
目を閉じたかったが流石にそれは出来なかった。やっとの事で下まで降りる事が出来ると、僕は腰が抜けたかのように地面へ座り込んだ。長い息を吐いては吸い込む。
数回繰り返してやっと自分が降りて来た梯子を見る事が出来た。
よくもまぁ。降りれたものだと自分自身に感心した。ジェットコースターなどの絶叫マシン系は男性より女性の方が得意な人が多いと聞いた事があるけど、あながちそれは間違っていないかも知れないと思った。
だから重美さんはこの梯子でさえ余裕で降りて行ったのだろう。見ていないからわからないが、そんな気がした。
のんびり座り込んでいる場合ではないのだけれど、ようやく気持ちが落ち着口と周りの物へ意識が向くようになった。
梯子を降りている最中は緊張で熱っていた身体も今では少し肌寒いくらいだ。その要因としては今、自分がいる所と関係があった。
裸電球から垂れている延長コードは梯子の下でとぐろを巻いて、複数のたこ足コンセントに刺されてあった。そのたこ足コンセントは電気工事用の物なのか、電気ドラムへ繋がれている。電気ドラムの長いコードは全て引き出されており、奥へと伸ばされていた。
下に降りるまではこの地下は人工的に作られたものとばかり思っていたがどうやらそれは僕の間違いのようだった。知らないのは当然だが、ここは明らかに自然で出来た鍾乳洞の一部だった。
日本に有名な鍾乳洞が幾つあるかは知らないけれど、小学生の頃、山口県の秋芳洞に行った事があったがその頃の記憶が殆どない為、秋芳洞の鍾乳洞という物が目の前にあるものと似たような物なのかはわからなかった。
ただ凄く涼しかった事だけ鮮明に覚えていて、それが僕にこの場所は鍾乳洞だろうと思わせたのだろう。ただ秋芳洞と違うのは岩壁に手摺等がついていない事だ。
ゴツゴツとした岩肌の地面も歩くのはキツそうだ。ヒールを履いている重美さんにとってはそれはかなりの重労働になると考えられる。裸足になった方がよっぽどマシかも知れない。僕は起き上がると延長コードが伸びている方に向かって歩き出した。
足を滑らせ転ばないよう岩肌に手を付きながら進む。岩肌から水が滲み出てるのか濡れた手の平にその水が滴った。この先へ行けば水場があるかもしれない。
僕は犬や猫のように鍾乳洞の岩肌を舐め渇いた口内と喉を潤そうとした。だが当然、舐めるだけでは解消されないの渇きの欲求がより強くなるばかりで、軽くなった樽入りバックパックに満タンの水を入れる所を思い浮かべてしまい、再度、岩肌を舐めてしまった。
僕は裸電球の淡い灯りを頼りに更に奥へ奥へと進んでいった。時折、重美さんの名を呼んでみるかが返事はなく反対に、異常な程、僕の声が鍾乳洞内で反響した。
響いた今の僕の声が重美さんの耳に届いていますように。そのように信じ、僕は偶に足を取られ何度も転びそうになりながら先細りし始めた道を、延長コードを目印にしながら進んで行った。




