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第三章 ②⓪

明けない夜の森からやっとの思いで抜け出し、明るい世界へと飛び出した所までは良かった。


重美さんを背負いながら、水場を求めてとりあえず左右か前進するから考えあぐねた挙句、僕達は真っ直ぐ進む道を選んだ。


それが間違いかも知れないと気づいたのは、奇跡的に水場を発見してから直ぐの事だった。進んだ先には峡谷のような緑豊かな峰々が聳え立っていた。


「今度は山かよ」


僕の肩に顎を乗せた重美さんが溜め息混じりにそのように言った。


「ただの森じゃさそうだけマシじゃないですか?水場もあるかもしれませんし」


「よく平気でそんな事が言えるね。私は無理だわ。だってあの針葉樹の森のように一歩中へ入ったら何が起こるかわからないんだよ?」


確かにそうだ。重美さんの言う通りに間違いはないのだけど、でも結果的には何一つ悪い事は起きなかった。


「夜が明けない森よりはマシかなぁと思っただけですよ」


「いや、だからさ。それは入ってみないとわからないでしょって」


言葉のニュアンスを変えただけで、似たふうな事を言った僕に対して重美さんは強めの口調で否定した。


「そうでした。そうですよね。わからないです」


そう言う僕は重美さんと違いかなり楽観的だった。それは鳩三郎さんやヒヨリさんとの出会いがあったからだ。


そりゃ2人、と言っても良いだろう相手と最初に出会った時は確かにかなりビビった。僕らのいた世界の中では決して人ではない動物というカテゴリーに分類されている生き物が、僕達の見知らぬ世界の中ではその大きさもさる事ながら僕達日本人と同じ言葉を話したからだ。


勿論、この訳の分からない世界の中にあってはどんな人種も動物も、生物という括りから逸脱していなければ、会話は出来るのかも知れない。


何の証拠も確信もないけど、そう言う世界なのかなぁってくらいには思える程、少なからずこの世界に慣れ始めて来たのは確かだった。


執拗に危険性を説いてくる重美さんとそのような会話をしながら先へと進むと、そこが峡谷への入り口なのか、所々がヒビ割れ隆起したり陥没している箇所があるが、一応は舗装されたているような道と出会した。


この道は僕等の世界でいう所のアスファルトなのだろう、確かに古びてはいるが歩くのにはさほど不自由は無さそうだ。


これなら重美さんも歩けるのではないだろうか。その道の側には立て看板があり、風雨に晒され過ぎたのかペンキのような物で書かれた説明文のような言葉は、剥離し文字が薄れ掛けていた。


「大魚、何て書いてあんの?」


僕は重美さんを背負ったまま看板に触れてみた。

瞬間、身体のバランスが崩れ、右側へと転げそうになった。


「ちょ、重美さん。右足、右足!」


「右足が何よ?」


「だらーんっしないでくださいよ」


「大魚が私の白魚のような肌のヴェルベットの肌触りのするムッチムチな太腿から手を離すからじゃん?こんな事言いたくないけどおんぶはオプションに含まれてるからね?」


「なんですかそれ」


「私の肌に触れたら金銭が発生するオプションの1つよ。太腿は30分7000円。2つ触れてたから14000円になる……わね」


「下ろしますよ?」


「太腿はサービスにしといてあげる」


僕は再度重美さんを背負い直すように身体を持ち上げた。その拍子に重美さんの右足が僕の胴体に巻きつけられた。


それを剥がすように持ち直した僕は


「両手塞がってるんで、重美さん読んでくれません?」


舌打ちされた事は聞かなかった事にした。


「こんな埃っぽいもの触ったら肌荒れしちゃうじゃん」


と文句はいいつつも重美さんは看板の埃を払った。その後でしっかり僕のジャケットで拭く事も忘れなかった。



「この先、道を通るものは必ず給油をお忘れないようお願い致します。尚、仮にここで、、、ったくこいつ字が汚ねーんだよ。読みにくいったらないわ。……んで、何だっけ?あ、給油を逃しますとそれからしばらくは給油所はありませんので、何卒、お忘れにならないよう気をつけて下さいませ。もし給油をお忘れになられ途中で動けなくなりましても当方は責任を負いかねます?責任負えよ。給油しろってお前が命令してんだから、責任あんだろ」


重美さん。怒っておりますな。


「ちょ、大魚、もうちょい左に寄って」


僕は言われた通り左へずれた。


「……レッカーなどの移動設備やテレフォンナンバーもございませんので、給油はあくまでも自己責任でご判断下さって構いません。ですが、親切心で申し上げますと、やはり特に先をお急ぎの方やそうでない方も[必ず給油を行って]から先へと向かってくださいとしか言いようがありません。だってさ。余計なお世話なんだよ。お節介やくならとことんやれっての。中途半端にするくらいなら責任負えませんとか言わないで、ほったらかしにしとけば良いんだっつう話」


給油という事はどうやらこの道は普段から車かバイクが頻繁に利用しているらしい。そのせいで道が凸凹としているのかも知れない。


それなら尚のこと舗装しなおした方が良いと思うが周りを見るがそれらしい乗り物が近づいてくる気配はなかった。


「とりあえず向かって見ませんか?給油所に行けば誰かしらいるかもしれませんし」


「私はいいわよ」


「なら降りてください」


「やり方が一々セコイし汚いんだよ」


「う…まぁセコイってのは確かにそうですね」


「だってさ。私達徒歩だよ?歩き。それもトラッキングシューズを履いてる訳でも無ければ、山ガールと山ボーイの付き合い始めたばかりの初々しいカップルでもないんだよ?わざわざそんな所に立ち寄って何するってのいうのよ」


「水場があるかも知れないじゃないですか?無くても聞けるでしょ?後、このような場所で給油所を営んでるわけですから峰々の事もきっと詳しいと思うんです。新たな場所に向かって行くわけだから情報は多い方が良くないですか?」


「そうだけどさぁ。正直知らない人とは関わり合いたくないのよ。気疲れしちゃうしさ」


鳩三郎さんとサヨリさんに対してしていた事を忘れたとは言わせませんよ。何が気疲れするですか。向こうの方がよっぽど気疲れした筈です。


「話は僕が聞くので重美さんは待っててくれていいですから」


「待っててっていうけど私おぶられてんだから、向こうだって私の事を無視出来ないでしょうよ」


「いつまで僕におぶられてるつもりですか!道は舗装されてるのですから、そこからは歩いてもらいますからね!」


「あ、私が大魚が思った以上にオッパイを押し付けて来なかった事がそんなに不満なわけ?だから捻挫してる私なのに無理矢理歩かせようとさせるんでしょうが!そんなに押し付けて欲しいなら今からオッパイを押しつければいいんでしょ!グリグリって存分に押し付けてあげるわよ!」


変態はこの人の方だ。僕はそんな事一言も言ってないしおんぶした事で、興奮した訳でもない。


なのに重美さんは僕が性怪物のように扱おうと、いや扱っている。こんな所を他人に見られでもしたら、きっと白い目で見られるに違いない。



「いや、そんな事しないでください。そして……」


道に入ると重美さんの両足を持ち上げていた手を離した。それなのに重美さんは僕の背中から降りないよう、足を持ち上げ踏ん張っている。しまいには両腕が僕の首を絞める形になって2人して仰向けで道の上へと倒れてしまった。


「もう!しっかりしてよ!痛いじゃん!」


重美さんはいい僕の身体を押し除けようと持ち上げるとその後で何度も両足で、それもヒールで!蹴り上げ続けた。


余りの痛さに飛び退いた僕に重美さんが「信じらんない!」といい立ち上がると砂埃がついたスカートを叩いた。


「大魚!」


完全に悪さをしでかした飼い犬を叱りつける飼い主の口調で僕に向かって「来い!」と命じた。


ゆっくり起き上がり、仕方なく重美さんの側に行くとスーツについた砂埃を払えと命じて来た。


何も言わず従う僕に重美さんはずっと文句を言い続けていた。仰向けで倒れた時、余程痛かったのかも知れない。僕の全体重も乗っかっていたからそりゃ痛いだろう。


「すいませんでした」


本来は全体重をかけ僕の首を絞めた重美さんが、全面的に悪いのだけど、だからといって頭に来ている状態どそう言ってしまうと関係修復により時間がかかってしまう。


それはどの世界にあっても面倒な事だから僕はとりあえずは謝る事にした。ほとぼりが覚めて冷静になった時に、この時の話を振り返してやる。チクチク嫌味を言って……


「ったくさぁ」


いや前言撤回するぞ?って思った矢先、重美さんがヒールを脱いだ。ごく普通に立って倒れた拍子にヒールが折れていないか確かめている。


再び履くと


「大魚も男なんだから命を賭しても女の子を守る事を覚えた方がいいわよ?」


よっぽど、転んで下敷きになった事が気に食わないようだ。


「わかりました。以後気をつけます」


「本当、そうだかんね」


重美さんはいい1人歩き出した。


「重美さん」


「何」


振り返りもしなかった。


「足、治って良かったですね。酷い捻挫だった筈だけど、あ、ひょっとしたらこの世界で怪我しても直ぐ治るのかも知れないですね」


「あぁぁぁぁ!いっっっったぁぁぁい!」


屈んで足首を摩る振りをしながら痛がって見せる重美さん。


「今更、痛がっても遅いから!」


僕は言い重美さんの側を通り過ぎた。


「ったくさぁ。私ってここぞって所でボロが出ちゃうんだよなぁ。詰めが甘いっていうかさ」


「重美さんらしくて良いじゃないですか。僕はそっちの重美さんの方が好きですけどね」


「なら、おんぶ」


「嫌です」


「ケチ」


「ケチですから僕。さ、行きますよ」


「ったくダリぃなぁ」


僕は重美さんのその言葉は一切聞かなかった事にした。




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