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第一章 ②

「何だか人間ペットみたいで可愛い」


その女性はいい、クスクスと笑った。

僕は完全に遊ばれたようだった。


けれどもこのまま起き上がり、女性に向かって「何て失礼な人だ!」と言うのも違う気がして僕は雄犬がするように片足を上げオシッコをする真似をした。


「それは間違いだわ。貴方は人間ペットであって犬じゃないんだもの。普段から四つん這いでオシッコなんてしないでしょう?」


めんどくせぇなと僕は思った。こちとら小馬鹿にされた事に怒りもせず、むしろサービスする事で少しでも喜ばせようとしてあげたのに全否定かよ。まぁいい。僕は何事もなかったかのように立ち上がり、両膝と両肘についた汚れを払った。


「人間ペットですか。まぁ確かにそれだと、犬のようにはオシッコはしませんね」


僕の言葉にその女性は幾度も頷いた。


「それは良いとして、貴女は何故、僕になんかに声をかけて来られたんです?」


「声をかけた訳じゃありません。背中を触ったら、無意識に声が出てしまったんです」


ん?は?何を言ってるんだ?そもそも道端で四つん這いになり植え込みに頭を突っ込んでいる人間に対し、背中を触ってやろうという回路になる事自体、ヤバい奴の思考回路だ。これ以上関わると碌な事にならない気がする。


「そうなんですね。よくわかりました。ありがとう」


僕はいい会釈をして立ち去ろうとした。そんな僕に対し、その女性は道を阻むように前に立ちはだかった。


いざこうして目の前に立ってみると、この女性は中々、身長が高いようだった。僕の目の高さに女性の目があった為、173センチはあるみたいだ。足下はピンヒールを履いている訳でもなく、ただの茶系のパンプスだ。


裾の丈の短い細めのパンツスーツに薄いブルーのワイシャツをラフに着こなしている。ボーイッシュな短髪に厚みのある唇にはオレンジのグロスが塗られ、ほんのりと香る香水はとても優しい匂いがした。


ふくよかな耳たぶには小さな翡翠色したピアス。ネックレスはしていなかった。ボタンを止めず胸元付近ではだけたワイシャツから豊満な胸の谷間が見えた。


「行かせません」


「はい?」


「行ってはなりません」


「あの、貴女は何を言ってるんです?僕は今から急いで仕事へ行かないといけないんですよ。ちょっとしたトラブルのせいで、時間が大幅に減りましたが、まだ間に合わない時間でもないんです」


「行っても無駄です」


「無駄って。貴女に何がわかると言うんですか?本当無礼な人ですね。これ以上、僕を止めるならこちらにだって考えがあります」


「それは何ですか」


「力づくで貴女を退かし駅に向かうと言う事ですよ」


「それも無駄な事です」


僕は女性に向かって鼻で笑い、片手で女性の身体を横へと押しやった。そのつもりだった。だがその女性はびくともせず、ただ未だに僕の前に立ちはだかっていた。


「え?」


「だから無駄だと言ったじゃないですか」


「あれ?何で?どう言う事だ?」


「理由を知りたいですか?」


そう言っている間も、僕は女性の身体を横へと押しやろうとした。当然、両腕でだ。だけど1ミリだって動かす事が出来なかった。


「お、教えてくれませんか?」


「理由、いえ原理は自分にもわからないんです。ただ、起こせる原因は恐らく貴方と同じ筈です」


「原因が同じ筈?何の事を言ってるのかよくわからないんだけど……」


「私、人助けをしたら私の身体の重さを自由に変えられるようなのです。つまり、四つん這いになった貴方を見て私は心配しました。きっと気分が悪くなり吐いているのだろうと思いました。それで貴方の背中に触れたのです。つまりその私の行為が人助けとなり、私の身体の重さを自由に変えられるようになった訳です。因みに何故私が貴方と同じ理由だと思うかと言った事についてですが、それは同じ症状を持っている人、どんな些細な事でもそれが人助けとなったなら、自分の身に何かしらの異変が起きてしまう人が対象となった場合に限り、私はその人の症状がわかってしまうんです」


「何ですか。そのわけのわからない能力」


「貴方の場合、嘔吐ですね」


「ずばり的中ってやつです」


「それはさぞお辛い事でしょう。ちょっとした事でも吐いちゃうなんて……足の不自由なお年寄りをおぶって運んであげても嘔吐。レジに並ぶのを譲ったりしても嘔吐してしまう。ひょっとして考えただけでなったりしますか?」


「いえ、まだそこまでは……」


「それは良かった」


「どうなんでしょう?嘔吐ですら人助けした瞬間に襲ってくるから、そりゃもう大変ですよ。それが考えただけでなったりしたら、もう一歩も外には出られなくなります」


「解除方法はあるのですか?」


「解除方法?どう言う事です?」


「私の場合、重さを解除するには、人に向かって汚い言葉、もしくは傷つく言葉を吐けば、重さは解除出来る仕様になっているようです」


「因みに今は重たい状態ですよね?」


「ええ」


「その重たくなった身体を自分で動かす事は可能なんですか?」


「どうでしょうか。試してみた事がありませんからわかりませんが……」


その女性はいい、片足を上げようとした。だが動かす事は出来なかった。


「あの、ちょっと試させてもらって良いでしょうか?」


「ええ。どうぞ」


さっき僕はこの女性を退かして行くと言った。それに対し女性は無駄だと返した。それなら僕が僕を追いかけてみろと言えば、そのままの重さで動く事が出来るのではないだろうか。勿論、汚い言葉を吐けば重さは解除されるのだろうが、それだと何だかつまらなく思ったのだ。そう説明するとその人は面白そうですねと返事を返した。


「僕を追いかけてみろ」


「良いでしょう」


その女性が言った。僕は少しばかり歩いて女性から距離を取った。そんな僕に向かって女性は身体を動かした。


「ドスンっ!」


とてつもなく大きな音がしたと思ったら、女性の踏み出した足が膝下辺りまで地面に埋まってしまっていた。


周りにいた人達も、何だ?何だ?何の音だ?とちょっとした騒ぎが起こった。


「うわっ。すげぇ。今の貴女は一体、何キロあんだよ!」


僕はかがみ込み地中に埋まった女性の足を見ながらそう言った。


「この拭き残し野朗!」


片足が埋まっている事の恥ずかしさと、物珍しく見ている僕に腹が立ったのだろう。女性は僕に暴言を吐き、重さを解除した。そして僕に向かって手を差し出した。


「私1人では足を抜く事が出来ないわ。助けてくれない?」


僕は仕方なく女性の手を掴み、引き上げであげた。瞬間、「来た」が現れた。と同時に女性が拳を握りしめ、僕の腹へパンチを喰らわせた。

不意打ちもいいとこで、僕は惜しげもなく音を出しながら植え込みへ向かって嘔吐した。


「私を揶揄った罰です」


「ただの冗談じゃないですか」


「わかってます。でもこんなに人がいる中であんな風にされたら、恥ずかしいじゃないですか」


まぁ確かにそれもそうだった。僕は嘔吐しながら女性に謝罪した。


「酸っぱい臭いを撒き散らしながら謝られても困ります」


「ごめんなさい」


再び臭いを撒き散らしながら、僕はその女性に対して謝罪した。


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