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第二章 ①①

針葉樹を避けつつ、森の中をジグザグに歩きながら僕達は進んで行った。


鳩三郎さんがくれたライトの灯りはとても広範囲を照らし出しくれる優れ物だった。


お陰でかなり遠くまで見通す事が出来た。勿論、一応は森の中な訳だから獣がいる事を想定して進んで行った。


つまり息を潜めなるべく音を出さないように気をつけて、だ。


それでも歩く音や息遣いは嫌でも闇夜の中に響いて行く。フクロウでも鳴いてくれたら誤魔化しも効くのに。


なんて事を考えていると重美さんが喉が渇いたと言い出した。突然、歩く事を放棄しその場にへたり込む。


バックパックを下ろし中から樽を取り出した。小さな柄杓も入っており、つくづく気遣いの細かい鳩三郎さんに感謝せずにはいられなかった。


僕達は交互に一杯ずつ、ゆっくりと水を飲んだ。

もう一杯飲ませろと駄々っ子のように足をバタバタさせる重美さんを説得するのにかなりの時間を要した。


「この先、いつ水が飲めるかわからないんですよ?木の実や果物でもあれば良いですけど、ここは針葉樹の森です。松ぼっくりでも齧りますか?」


「そんな事わかってるわよ!ほっんと、大魚ってムカつく」


「だって重美さん、子供みたいなんですもん」


「周りを気にして静かに移動するのがストレスなんだって!わかるでしょ?!」


「わかりますよ。わかりますけど、何かあってからじゃ遅いでしょ?これから先、運良く鳩三郎さんみたいな優しい人に出会える補償はどこにもないんですからね?」


「うっせっ」


ほとほと呆れてしまい溜め息をつく。それが気に食わなかったのか、重美さんが柄杓で僕の股間を打った。


「痛っ。何すんですか!」


重美さんはフッと笑った後で、


「シッ!今何か聞こえた」


僕は慌ててライトを消し重美さんの側へしゃがみ込む。


「どこら辺から聞こえたかわかりますか?」


「バーカ。嘘だって」


いつの間にか樽と柄杓をバックパックにしまい立ち上がっていた。


「行くよ。とっととライトつけなさいよね」


僕は言われたようにライトをつけた。2人同時に歩き出した。


「今のはマジ洒落になってないですよ」


「ビビった?」


「そりゃビビリますよ。何せここは僕達にとっては未開の地なんですから」


「確かにそうね。うん。ごめん。冗談が過ぎたかも」


「かもじゃなくて、過ぎたんです」


「細けぇ〜大魚って全然モテないでしょ?」


「放っておいて下さい。全然じゃなくて、かなりモテません」


「大魚の周りにいる女って見る目ないんだね」


「え?」


「大魚って自分では思って無いだろうけどさ。そこそこイケメンだよ?清潔感はその伸びた髪の毛のせいでちょいマイナスだけど爪は綺麗に切っているし、初めて会った時は良い匂いした。スーツも皺がないし革靴も綺麗だったよね?今は汚れちゃって見る影もないけど」


「そ、そうですか?」


「うん。あんな出会いじゃなきゃ私大魚に惚れてたかもだよ」


「ガチで?」


「さぁどうだろうね」


重美さんはいいお淑やかに笑った。


「あの重美さん?」


「何?」


「今の重美さんが本当の重美さんですか?」


「どういう事?」


「僕が嘔吐していた時に出会った重美さんってすごく大人しいというか、物静かな人なのかなって思ったんです。仕事を休む電話の時だってお店の中だからでしょうね。声も抑え気味な気がしましたし、何よりあんな風に見えない上司に向かって何度も頭を下げるとは思いませんでした。その姿を見て正直な人なんだなって好感を持ったんです」


「あぁ。あれねぇ」


「ごめん。夢を壊すようで悪いけど、全部演技。あーすれば大魚に良い印象を与えられるって思ったから」


「それはまぁ、大体そんな事かなぁってこの2日で薄々感じてはいました。けど、それならどうして僕なんかに良い印象を与えようって考えたんです?」


「我々詐欺の受け子に誘い込む為よ」


「えぇー!」


「嘘に決まってんだろ、大体我々詐欺って言った時点で気づけ!」


「あ、そっか」


「本当、大魚大丈夫?あんたそのままじゃ、いつか騙されるよ?」


「肝に銘じときます」


「本当だよ。そんなんじゃ一生彼女出来ないからね」


「それは困ります」


「つか婚活サイトとか手を出したら直ぐに、詐欺られるわ」


「悪いですけど、僕だって人を見る目くらいありますからね」


「無いね」


「そんな事ないですよ」


「だって私の演技に騙されてたじゃん?」


何も言い返せなかった。


「私、行きつけのBARがあるんです。行きません?って初めて会ったサイトの女に誘われた挙句、そこがぼったくりBARで100万近く請求されて、支払えないからって消費者金融を梯子させられて気づいたら借金まみれになるんだよ。ガチで気をつけなよ?」


「わかりました。御金言、痛み入ります」


「分かれば良い。分かればな。そこでじゃ。大魚よ」


「は!姫様!」


「いつになったらこの森の終わりは訪れるんじゃ?」


「姫様申し訳ございませぬ。私の目を持ってしても、終わりは見えて来ぬのでござます」


「使えぬ家臣じゃ。者ども。こやつを下半身だけ晒して市中引き回しの上。火炙りの刑に処した後、打首にして妾の前にその首と節操のないチンコを持って来なさい。こやつの口に切ったチンコを押し込んで蹴鞠として遊んでやるんじゃ」


「とんでもないクズ姫じゃないですか!」


突然の小芝居は僕のツッコミで終わりを告げた。


けどしばらくの間、重美さんが笑っていた事が僕には何より嬉しかった。


この調子で何事もなく針葉樹の森を抜けたい。そうなる事を願ってやまなかった。


無意識に重美さんの手を掴んだ。無意識に掴んだとはいえ、暖かい重美さんの手の温もりに少し恥ずかしくなる。大胆!なんて思っていると


「手握りチャージ料は10分3万円な」


「まさかのぼったくりBAR!」


「失礼な!私の手を握れるんだ!3万でも安いやよ!」


「出世払いでお願いします」


「嫌。東京に戻ったら速攻で消費者金融周りな?」


「ほらやっぱりぼったくるつもりじゃないですか!」


「推しにお金を惜しむのはオタクとして1番恥ずべき行為だよ?言いたくないけどそれって自殺レベルだからね?」


「いや、マジで重美さんが怖くなりそうですよ」


「私だけじゃなくてさ。女って皆んな怖いんだから」


「そうなんですか?」


「そうだよ。そりゃ奇跡的に良い女もいるだろうけど、それだって結婚して子供が出来たらわからないからね?旦那が、子育て手伝わないってブチ切れて夕食にトリカブト仕込むかもだし、グサっと包丁で刺して来るかも知れないしさ」


「それは怖すぎますね」


「まぁ。男もろくでもないのがいるけど、女ほどじゃないよ。男は直ぐに力に打って出るからわかりやすいんだよね。人によるけどバレるのも早い。でもさ。女は違うよ。10年かけて復讐するのなんて余裕だし。旦那や彼氏が病気や怪我なんてらしたらラッキーって思って離婚届を突きつけたり出来るし。一度でも裏切られたり、気持ちを理解してくれなかったりしたら、どんなに好きだった相手でも一切情は湧かない。絶対に同情なんてしないから。その辺の事はよく覚えておいた方がいいよ。もし大魚に彼女が出来た時に私の忠告を忘れたりなんかしてたら、絶対に後悔する羽目になるからね?わかった?」


「はい。気をつけます」


「本当かー?」


「大丈夫です」


「なら女に生理が来たらどうする?」


「側にいてあげてハグして頭をなでて家事などをやってあげる」


「違うね」


「え?そういうのが良いってYouTubeで見ましたよ?」


「馬鹿。ああいうのはサブリミナル効果と同じなの」


サブリミナル効果って映像と映像の僅かな隙間に一瞬だけ違う映像を仕込んでそのイメージを脳内に植え付ける効果があるって物じゃなかったっけ?


「そうすればどんな女の子でも優しいって思って貰えるって男が勘違いするように誘導してるだけ」


「言われてみれば、僕も彼女が生理の時はそうしようと思いましたね」


「でしょ?」


「はい」


「なら何が正解だと思う?」


「わからないです」


「片膝ついて婚約指輪を取り出しプロポーズして、4泊5日カニ食い放題の北海道旅行を、彼女と彼女の家族分の航空チケットを渡す事だよ。勿論、彼氏のは無しで」


「やっぱ重美さんってとんでもねー人だわ!」


「いや、これガチだから」


重美さんはいい、付け足すように


「チンっ!20分経過。手握り料金6万になりました」


と言った。


僕は重美さんの彼氏になる人って大変だなと思いながら、


「最初はレイクから借り入れします!」


と堂々と宣言した。


「キャャャー!大魚くん素敵!それでこそ男ってもんよ!」


闇夜の森に重美さんの声が響き渡る。


とりあえず、東京に戻るのはずっと先で良いやと僕は思った。


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