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第54戒 闘技場の悪魔

 星のように光る右手、それを一言で言うなら綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。その一言しか出てこない。でも、それは軽率で甘い考えだと2人は思い知ることになった。


「あ、先に謝っておくけど、左目の能力は使わないよ。でも、使わないからと言って手加減する訳じゃないから」


 ごくんと唾を飲み込む音が聞こえる。2人はより一層気構えた。なにか来る。体の全部が言っている。降参した方がいい。逃げた方がいい。諦めた方がいい。


「死なない程度にいたぶってやるよ。諦めるべきだね」


 その通りだ。前より殺気が強い。この場の誰も気づいてない。この2人にしか気づけないよう直接送ってきている。ぶつけてきている。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


「でも!諦めたくない!」


「でも!勝ちたい!」


『どんな恐怖でも、勝ちたい!諦めたくない!』


 そう高々と言い放った。


「うん、いい返事だ。せいぜい足掻いてみろ!アハハハハハ!」


 その声とともに歓声が上がった。だが、その歓声はすぐに止んだ。なぜなら、目の前に・・・観客も含めた全員の前に青白く光る巨大な女悪魔が現れたから。


「見たか?わかったか?俺が武器がいらないって言ったわけが。・・・そうだな・・・この技は魔法じゃないんだが、”エイシェト・ゼヌニム”こう命名しよう。安直だがいい名前じゃないか?」


『そ、そんなこと言われたって・・・』


 それは女悪魔だった。それは、恐怖だった。なぜあの時こんなにも怖いと思ったのか、それがわかった気がした。目の前の青白く光るものは女悪魔だ。それを一言で言うなら、やはり綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。綺麗だ。・・・でも、それ以上に、その女悪魔の前にいる陽炎が、いや、魔王が恐怖以外の何者でもなかった。


『う・・・あ・・・そんな・・・』


「来ないのか?来ないなら、こっちから行くよ。”エイシェト・ゼヌニム””ネガティブオーラ”」


 女悪魔は羽を広げた。すると、青白い光が陽炎を中心として2人を覆いこんだ。


『・・・』


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 何も起こらない。その場がざわめき出した。


「何が起こったんだ?」


「何?全然わかんないわ」


 ガヤガヤ、ザワザワ、ガヤガヤ、ザワザワ・・・


「・・・かーくん・・・」


「・・・どんな気持ち?あ、今は喋れないかな。叫びたかったら叫んでもいいよ」


「・・・あぁ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!やめて!やめてぇぇぇぇ!」


 突如、2人が狂気に満ちた叫びをあげた。その言葉でざわめきは消え、畏怖と、驚異に包まれた。不可思議な光は2人をおかしくしてしまった。そう観客達は思った。だが、それはその通りだった。


「ぎゃあああぁぁぁぁ!もうやめて!苦しいの!痛いの!辛いの!怖いの!」


「やめてぇ!やめてくださいぃぃぃぃ!無理です!こんなのもう無理ですぅ!」


 遂に2人は泣き出した。顔をぐしゃぐしゃにして涙を流している。身体中から冷や汗が吹き出し、我慢などできるはずもない。小さい方、大きい方、どちらも漏らし徐々に精神は崩壊していく。


「流石にここまでか・・・っ!?」


 人はいつも変化をしていく生き物だ。例えば、今日生きていた人が明日は生きていないかもしれない。今日友達に慣れた人は明日は敵かもしれない。そして今陽炎は目の前でその変化の1つを見ることとなった。


「目付きが・・・変わった。フッ、乗り越えたか。なら、現実でも地獄を見せてやるよ。やれ、”エイシェト・ゼヌニム”」


 すると、再び女悪魔が現れた。なにか来る。ていうか、確実にビンタの構えだ。あの大きさで食らったら一溜りもない。避けないと・・・


『て、早っ!?・・・ブフェッ!』


 かなり飛ばされた。闘技場の壁に体をうちつけた。


『カハッ!』


 肺の空気が一気に押し出された気分だった。体中が悲鳴をあげる。もう動けない。


「フハハハハハ!これこそ我が体にみちる覇道!俺の前にひれ伏すがいい!」


 そして、一瞬の沈黙の後大きな歓声が上がった。


『魔王!魔王!魔王!魔王!魔王!』


 魔王という歓声はその場を包み込んだ。


「これが魔王・・・」


「これが陽炎・・・」


 2人は目の前の男に声も出せなくなってしまった。


「どうする?まだやるか?これ以上は俺も手加減は出来ない。この技は制御が難しいんだ」


「そんな・・・っ!?ちょっと待って、手加減って・・・ずっと手加減してたの!?」


「してるかしてないかで行けばしている」


「な、なぜ?私達と本気で戦うって言ったじゃない!」


「嘘ついたの!?正々堂々戦うって言って嘘ついたの!?」


 2人は言う。たくさん言う。自分達は手も足も出なかったのに手加減されていた。そんな屈辱を味わってしまった。だから2人は言う。


『ねぇ、答えてよ!』


 2人は怒る。陽炎に対して。でも、陽炎は優しく言う。


「これから妻にするって言う人を殺そうとするか?」


『え?・・・』


 それは2人の怒りをすぐに収めた。それに、謎の感情がわき出てくる。なにか分からない熱い感情がわき出てくる。


「何?この熱い気持ちは・・・胸の辺りがきゅ〜って苦しいの・・・」


「何?なんでこんなに苦しいの?」


 2人は混乱した。顔を真っ赤に火照らせ頬に手を当ててブツブツ言っている。


「アハハハハハ!俺にひれ伏・・・いや、降参してくれるかい?」


 やはり優しく言う。穏やかに、包み込むように、優しく・・・


『もう・・・ずるいよ』


 そして、戦闘は終わった。2人は降参をした。観客の中で不満はあった。しかし、その不満もすぐに消えた。2人は嬉しそうに顔を赤らめ、涙を流すとそのまま意識を失った。


「消えろ”エイシェト・ゼヌニム”」


 その言葉で青白い女悪魔は消えた。


「審判!」


「あ、あぁ、フェルル、ファルル、両者とも行動不能。よって、魔王様の勝利!」


『うぉぉぉぉぉぉぉ!』


 観客から大きな歓声が上がった。それを聞いて陽炎は不敵な笑みを浮かべた。


 ━━目が覚めるとそこはベットの上だった。あれだけ受けた傷も既に完治している。ついでに言うなら服は脱がされている。


「ここは・・・?」


「おはよう。やっと目が覚めたね。もう2日も寝ていたんだよ。ずっとうなされてたから心配したよ」


 後ろから女の子の声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。振り向くとそこにはルーシャがいた。


「ん・・・あ、あれ、ここは?」


「ファルル、あなたも目が覚めたのね」


「お姉ちゃん・・・?」


 どうやらまだ状況が仕え冷めてないらしい。それに寝ぼけているのか、それとも素が出たのかいつもと違う雰囲気だ。


「2人とも目が覚めてよかった。もう、かげくんったら張り切ってあんな大技使っちゃうのよ。あの後なんかお腹空いた〜ってうるさかったんだから」


「あ、あの・・・私たちのこと見てくれてたのですか?」


「あ〜良いよ〜そんな敬語なんて使わなくても。それと、そうだよ。かげくんがお願いって頼んできたんだもん」


「そ、そうなんです・・・なの。ありがとう・・・」


「まぁ、実際ね私にしか出来なかったんだ」


 ルーシャが突然そんなことを言ってきた。


「な、なんで?」


 フェルルは目を見開いて驚いた。ファルルは未だ状況が掴めていない。ルーシャはそんな2人に説明した。


「この世界の治癒魔法は目に見える傷しか治せないの。だから、精神的な傷は自然に治すか占い的なやつじゃないと治らないの。でもね、私は出来るんだ」


「まさか・・・」


「そう、そのまさかだよ。おかしいと思ったでしょ。あれだけ怖い思いをしたのに全く心の傷なんてないことに」


 それを聞いてさらに驚いた。そう、起きてからずっと不思議だった。あれだけ怖い思いをしたのに、起きてみるとまるで夢だったかのように怖くない。


「でもごめんね。かげくんも予想以上だったらしいんだ。制御がなかなか効かなかったんだって」


「・・・一体あの技はなんだったの?」


「うんとね、かげくんが言うには、高密度の魔力で女悪魔の形を作ったところに、召喚魔法で女悪魔を宿したんだって」


 そんな魔法があったなんて、フェルルの頭にそんな考えが浮かんだ。だが、それと同時にもう1つ頭に浮かんだ。


「じゃ、じゃあ代償は何!?悪魔を降ろすなんて命を差し出してもおかしくないよ!」


「あまりわかんないんだけどね、魔力を多く持っていかれるくらいで大丈夫だって」


「そんな・・・無理だよ。絶対に」


「でも、かげくんがそう言ったから。なんかね、契約だって言ってた。俺が勝ったんだから契約は果たされただろって言ってた」


「それじゃあ、契約を魔王優先で果たしたってことなの!?嘘でしょ・・・」


 道理で強いはずだ、そんな芸当ができる人なんて魔王くらいだもん。なんだか惚れちゃうな。


「あ、そう言えばだけど、かげくんが結婚式は3日後だから2人とも準備しといてくれって言ってたよ」


 何気なく発せられたその言葉で2人は顔から火が出そうなほど真っ赤になった。さらに、ファルルは今やっと目が覚めて初めて聞いた話がこれだ。そして、2人とも先の決闘で陽炎に対して恋心を芽生えさせたばかりである。そんな時に爆弾投下のような告白が来てさらに頭が追いつかなくなってしまった。


『う・・・う・・・う・・・ボンッ!』


 遂には頭がパンクして、顔を真っ赤に染めて気を失ってしまった。


「やっぱりこうなるか〜。だよねぇ〜♪」


 ルーシャは笑顔でそう呟いた。

読んでいただきありがとうございます。

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