53……おはよう、リトっ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
……朝、だろうか。
まどろみの中、目をつぶったままでリトは思う。まぶたが重い。けれど、鳥がちゅんちゅん鳴く声がするし、まぶたの向こうもぼんやり明るいような気がする。
昨夜は――そう、一緒に住んでいる少女、ファナが風邪をひき、様子が気になったために、夜中に何度も目が覚めてしまったのだった。
それでだろう。頭が少しぼんやりとしている。
それでも、ファナのことが気になるから重いまぶたを上げる。
すると、
「っ――。えへへ」
同じベッドの隅の方で、ファナがこちらを見て笑っていた。昨日のけだるそうな様子はなく、お日様のような表情で。
「おはよう、リトっ♪」
♪♪
「一応病み上がりなんだからはしゃぎすぎるなよ?」
「えへへ、わかってるっ」
口ではそういうものの、ファナのお尻から伸びるしっぽはぴんと伸び、背中の一対の羽はぱたぱたとそよ風を生んでいた。
そう、彼女は人ではない。竜の子供だ。
屋根を修理していたリトの元に彼女が降ってきたことは記憶に新しい。まだ一か月と経っていないが、彼女はすっかりリトの生活の一部になり、村の子供として溶け込み始めていた。
「……あれ? ファナの着替えは?」
「ここに置いとくと、ここで着替えそうだからって、シエルが隣の部屋に用意していった」
「……べつにリトなら見られても。いっしょにお風呂入ったし、身体も拭いてもらったし」
ちなみにリトは十六歳。ファナは十歳くらいの見かけだから、兄妹とか親子みたいなものだ。それでも、胸がわずかにふくらんでいたりと女の子っぽい成長が始まっていれば、気にするなという方が難しくて。身体を拭くのだって、ほんとうに恐る恐るだった。
シエル――リトの幼馴染の少女は、リトがあらぬ気を起こす心配というよりは、無防備すぎるファナとそれにさらされることを配慮してくれている様子だ。
「そうは言っても、ファナだって女の子なんだからな」
「それはファナが女の子として魅力的だから、どきどきするってことっ?」
「……うん、まあ、そう、かな」
まぶしい笑顔とか、周囲を明るくする元気とか、それらは確かに魅力的だ。
「うう。違う。ほんとに魅力的って思ってるなら、顔を赤くして逸らすはずって聞いたのに」
「誰から?」
「ノエルちゃん」
シエルの妹で、歳が近いのもあって、ファナの最初の親友になった少女。幼い頃のシエル以上にいたずら好きな彼女の、笑う顔が浮かぶ。
「……。って、おい! なんでここで脱ごうとしてるっ」
「ふえ? だって、着るのは向こうでも、脱ぐのはできるし。……だめ?」
「だめ」
♪♪♪
「リトー、新聞と牛乳取ってきたのっ」
リトが朝食を作っていると、ファナが居間に戻ってきた。両手に瓶の牛乳を一本ずつ持ち、しっぽで器用に新聞を掴む。じゃあ牛乳が三本以上になったらどうするんだろうと思って、家族と住んでいるシエルに訊ねたら、
『箱に入れて運んでるけど』
と至極まっとうな答えが返ってきた。が、誇らしげに胸を張るファナに、運び方を変えた方がいいんじゃないかなんて言えなくて。
テーブルに牛乳を並べ、新聞をソファに置いて(リトは食後にここで読むのが日課)から、ぱたぱたとリトのところにやってくる。
「うん。今日もありがとうな」
頭を撫でれば、猫のように気持ちよさそうに笑う。
♪♪♪♪
「……リト。えっと、あーん、してほしいの」
「風邪治ったって言ってなかったか?」
「や、病み上がりだから無理したら大変なのっ」
だめ? と、上目遣いに見てくるファナに、リトは、
「ったく。ほら、あーん」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
風邪が治って(?)ファナが元気になったこともあり,
新鮮な朝がやってきて――という話でした。
着替えとか新聞取りとか,何気なく繰り返していることが,
とても貴重なことだとふと気づいたり.
ただルーチンワークとして日々繰り返すんじゃなくて,
ファナみたいに楽しみながらやらないとなと思いつつも,
やっぱり意識することなく繰り返してしまったり.
……難しい.
それでは次回,
『54……ハテノキ村の何でも屋さん』
「じゃあ一緒にお風呂「だめ」」――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




