94……お客さんなのっ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
ここが世界の果てだ、かつてそう考えたモノがいたのだろうか。ハテノキと――そう呼ばれる巨樹があった。そんな樹がそびえる小高い山の上には小さな村がある。
ふもとの街や遠く別の国の村と比べても本当に小さな村だ。
けれど、住民たちにとって、その村は世界の果てでは決してなく。
みんなが愛する大事な家、小さな世界だった。
♪♪
村はずれにある赤い屋根の小さな家、朝食時のリビングにて。
うう、おかしいの、と赤い癖っ毛の小柄な少女がむぅと口をとがらせた。
「ケチャップついてるぞ。右のほっぺ」
向かいに座る少年に指摘され、少女――ファナはほっぺをこしこし、それからケチャップのついた指をくわえて、なおも口をとがらせた。
「で、なにがおかしいんだ?」
「だって、ここはちっちゃい村なの。なのに、お仕事体験してて誰ともあわないのはおかしいの! ノエルとかレイミちゃんとか……。っ、もしかして、ファナ、避けられてるの?」
「んなわけないだろ」
「でもでも! ファナは毎日違うお店なの。でも、誰もそのお店でお仕事体験してないし」
この村の学校では、十一歳から十五歳の子供たちはここ一週間ほど、村のお店などで仕事体験をすることになっている。どのお店に行ってもいいし、毎日同じでも、毎日別でもいい。
ファナはこの四日間、喫茶店、保育所、パン屋、服屋と回ってきたが、他の子とは出会わなかった。小さな村だから、子供は少ないが、お店の数だって少ない。ファナの疑問はもっとで。
「ま、ならやってみるか?」
「ふえ? なにを?」
「お客さん、だ」
♪♪♪
村の花屋さんにて。
「あ、ファナちゃん。いらっしゃい。今日はどこのお仕事体験?」
「今日はお客さんなの。みんなのお仕事頑張ってる姿を見て勉強するの♪」
村の食料品屋さんにて。
「お、ファナじゃん。全然見かけなかったけどどこで仕事してたんだ」
壁を修理している家で。
「あれ? 自分のお家の壁に色塗ってるの。お手伝い?」
「ああ、クガさんとこだよ。大工? の仕事体験。自分ち直してるからさ、せっかくだし」
村のお店通り(お店が集まっているからそう呼んでいる)や近くの小道を歩けば、学校のみんなはちゃんと仕事体験をしていた。
「……? やっぱりみんなお仕事してるの」
しかも、花屋さんにいたっては服屋さんの隣だ。
じゃあどうして――首を傾げたところで、小道から少女が跳びだしてきた。ファナと同じくらいの背丈、黒い髪を肩まで伸ばした、一見、大人しそうにも見える少女。しかし、襟の大きなブラウスに半ズボン姿と、実はファナにも負けない元気いっぱいの子で。
「あ、ファナちゃん。久しぶり! かな、えっと、四日ぶり? なんだか不思議な気分」
「ノエルっ♪ ……ファナも変な感じなの。ノエルはなんのお仕事?」
「これだよ♪」
見せるのは、肩から斜めに掛けた水色の鞄。珍しく小さな帽子もかぶっている。
「郵便屋さんなのっ♪」
「あ、リトお兄ちゃんにお手紙来てたよ。いる?」
「……あの村はずれに行くのが面倒なら受け取るけど、どっちがいい?」
「えへへじゃあ届けとくね。それじゃ、邪魔はこの辺で。ファナちゃん、またね!」
ノエルはパタパタと駆けていく。小さな身体をいっぱいに使って走れば、鞄ははずみ、ブラウスはひらひらめくれて、その下の白い肌がちらちらと見えた。
その姿は、手紙だけじゃなくて、例えば元気とか、そんなものも配っているようだった。
♪♪♪♪
「お客さんになって歩いてみたら、みんないろんなところでいろんなお仕事してたの」
「そうだな。要するに、ちょっと頑張りすぎてたのかもな」
目の前のことに一生懸命になって、周りを見る余裕がなくて。ある意味で、道端の小花を見落とすのに近い。でも、そこに小花が咲いていることに一度気づけば、世界は一気に広がる。
「もう大丈夫だよ。気づいたんだから、な」
たくさんの人が、たくさんの仕事をして、この小さな世界を回している――。
そのことに気がつくだけで、この小さな世界のことをますます好きになっていけるはずだ。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
何度も書いているこの話のテーマ.
日常の中で,つい見落としがちになるありふれた風景.
街の中のお店であったり,配達の車だったり.
1人1人が社会に欠かせない人なんだと感じます.
……いかにもな郵便屋さん(鞄と帽子)が好きです.
それでは次回,
『95……お泊りのおしごと』
お仕事体験する準備からお仕事は始まってるの!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




