書物
家には誰もいない。
出来ることは自分でするを旨とする姫は、必要な時以外侍女を使わなかった。
俺は広間や姫の執務室を見て回る。
とても物の少ない家だ。
家出する時、必要最低限の物しか持ち出さなかったのだろう。
書斎は無かったものな。
だが、家で本を見た気がする。
姫の私室を見たときだった。
小さなテーブルが有る。
そうだ。
姫は分厚い本をテーブルに置いた。
覚えが有る。
俺は両前足をテーブルにかけて立ち上がる。
これだ。
黒い表紙に金色の幾何学模様が書かれた古い本が乗っていた。
俺は本を読もうと、後ろ足で体のバランスをとる。
厚紙で作られた固い表紙に爪をかけ開いてみた。
見た事もない文字が大きく書かれている。
本のタイトルだろう。
読めない。
この本から何か知ることは出来ないだろうか。
よく読まれている箇所を探ってみるか。
本の中程を狙って、慎重に爪を差し入れる。
ゆっくりと開く。
年季の入った本だ。何度も開かれるページは背表紙の糊が剥がれて開きやすくなっているはずだ。
まとまって開かれるページ。
その間に、平らに開かれる箇所が幾つも有る。
思った通りだ。
しかしどのページも読めない文字で埋め尽くされている。
本のはじめの方を開く。
このページはかなり傷んでいるな。相当に読まれている証拠だ。
これは記号か。
説明らしき文字の連なりの先頭に絵のような物が書かれている。
六個有る様だ。
これは火だろうか。ならばこれが水か。これは風かな。
形から連想してみる。
しかし想像が付かない物も有る。
姫の気配。帰ってきたんだ。
「シェパードがいるの」
兵士と話す姫の嬉しそうな声が聞こえた。
俺は尻尾を振りながら玄関に向かった。




