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悪役令嬢は妖刀と生きる  作者: 高塚 ミヤビ
第一章

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第三話

お父様との面会から十日ほどが経った日の朝。


「……ん、朝か」


窓から差し込む光で目を覚ました私は、片腕を上げてゆっくりと背を伸ばした。

起き抜けの頭はまだ重く、思考がはっきりしない。

それでも、メイドさんの誰かが私の身支度を手伝いにやって来るので、その前に軽く身なりを整えておきたいのでベットから降りる。


「よし」


転ばずに着地できた事に思わず口元が緩む。

なにせ、最初の頃は何もない所で転び、立ち上がろうと何かに手を掛けようとすれば空をつかみ、再び転がるなんてことが続いていた。


「この調子なら、もうアトラさん達に心配をかけることはなさそうね」


そんなことを思いながら、ドレッサーの前に移動すると、しまってあった櫛を手に取り、寝ぐせを治していく。

その時、鏡に映る自分の表情が少し疲れている様に見えた。


「……やっぱり、ここ連日の徹夜が原因よね」


視線を窓際のテーブルに移すと、そこには昨夜課題に使用した分厚い教本やノートが置かれている。

これらは、父との面会した翌日から再開した、レイラが貴族の令嬢として学ぶ必要のある授業で出された課題の一部だ。

ノートのページを捲れば、そこには貴族の家紋を書き写した図や補足の為の注釈などがびっしりと書かれており、昨夜の私の頑張りが見て取れる。


「昨夜も思ったけど……このポンコツキー家だとかドヤルコフ家だとか、もっと他に良い名前はなかったのかしら」


彼らには申し訳ないけれど、思わず笑いが漏れる。

前世とはきっと意味合いは違うのだろうが、この名前のインパクトのおかげで彼らの家紋だけは覚えていられる自信はあった。


「それにしても、この量……本当にたった二年で、全部詰め込むつもりなの?」


目線を本棚に向ければ、これから学ぶことになるだろう大量の本が隙間なく並べられているのを見て、ため息が出てくる。

寝込む前まではここまで詰め込んではいなかったそうだが、二年後の春に魔術学園への入学が決まってしまったため、大幅に前倒しをしなければいけなくなったからだそうだ。

そのせいで私は朝起きてから就寝時まで、みっちりと勉学の予定が詰まっていた。


「こういう疲れてるときは美味しい物でも食べてリフレッシュしたいわよね」


前世でこんな風に疲れている時は、美味しいスイーツを食べたり、がっつりラーメンとか焼き肉を食べてストレスを解消していた。

多用すると体型管理が大変だから、たまにしか出来なかったけど、良いリフレッシュにはなっていた。


「でも、こっちの味付け嫌いじゃないけど前世のものと比べて味気がないのよね」


美味しくない訳では無いのだが、前世の味付けを知っているとどうしても比べてしまう。

けれどそれは、調味料や食材が前世の時のほど豊富ではないから仕方のないことかもしれない。


「いっそのこと、今夜にでも厨房に忍び込んで勝手に作るのもアリよね」


さすがに急に厨房に行っても追い返されるだけだろうから、皆が寝静まった頃にこっそり忍び込むのが良いかもしれない。

食べた事のない味を教えるのも作ってもらうのも大変だし、怪しまれても困るので、自分で再現してしまうのが手っ取り早い。


「難しいものでなければ私でも作れるだろうし、適当に置いてある材料から作れそうなものを考えてみましょう」


そんなことを口ずさんでいると、ドアがノックされる。

突然のノックに独り言を聞かれていないか不安になるが、入室を許可すると、いつもの様に入ってくるのはアトラさんだった。


「おはようございますレイラお嬢様」


「おはようアトラ」


私はドレッサーからアトラさんの丁寧な挨拶に軽く微笑んで応じた。

アトラさんは持参した複数のドレスの中から一着を私に選ばせると、それに似合うアクセサリーや香水などを提案し、準備を整えていく。

その様子を横目で見ながら、私は今日の予定を頭に思い浮かべる。


「今日はこの後、すぐに礼儀作法の授業だったかしら」


「はい、前回の復習も兼ねて本日は入室から食事終了までを朝食で実践することとなっております」


アトラさんにそう告げられると、前回の授業での事を思い出してしまう。

私のお世話をしてくれているアトラさんは高位の貴族家、出身で奉公の為にブラックウッド家で使用人をしてくれている。

そんな彼女が私の礼儀作法の先生を務めてくれているのだが、その授業に関して私は点で駄目であった。


それもそのはず、座学の時の時とは違い、一般家庭で生まれ育た私には貴族の礼儀作法なんて知りえるはずもなかった。

前世で知っているマナーと言えば、外側から内側にフォークなどを使うとか、ナプキンを膝にかけておくとか、そんな程度しか知らない。

そんな状態で始まった前回の授業では、それは散々な有様で、一挙手一投足、何かをするごとに指摘されていた。


「レイラお嬢様、支度が整いましたので朝食へ向かいましょう」


アトラさんが最後の仕上げに髪を軽く整え、柔らかな笑みを浮かべた。

彼女の言葉に、私は少し緊張した面持ちで頷く。


「え…えぇ、行きましょうか」


指摘された箇所は隙間時間を見つけては修正し、練習をしたので、前回の失敗が繰り返されずに改善されていることを願いながら、私は朝食会場へと向かった。


―――――――――


「前回の授業での事が嘘かの様で指摘させて頂いた所は完璧にできていました。頑張りましたね、お嬢様」


朝食会場での礼儀作法の実践が終わり、アトラさんがそう言って微笑んだ。


正直、この結果には自分でも驚いていた。

入室から食事を終え席を離れるまで、前回の授業では指摘ばかりだった所作が、今日は自然にできていた。

他の授業でも課題など出されていて礼儀作法の練習時間が十分に確保できていなかったので、ここまで上手くいくとは思ってはいなかった。


なぜ、少ない時間で出来るようになったのか。

考えられる理由としては、レイラの体がすごいその一言に尽きるのではないだろうか。

努力ももちろんしているが、学習スピードと言うのか、学んだ事の定着率が異常にいいのだろう。


これは座学の時から薄々感じていた。

さすが主人公の恋敵を担うスペックの持ち主なのだなと実感する。


「きっと日々頑張られているレイラお嬢様の姿を亡き奥様も褒めてくださっていますよ」


私は彼女の何気ない言葉に含まれた事実に驚いた。

どうやら、レイラのお母さんはすでに故人だったようだ。

確かに、私がレイラに転生してから様々な人と出会ったが、一度もお母さんに当たる人物とは顔を合わせたことがなかった。

てっきり、私はどこかへ旅行中なのか、それとも別居をしているのかとも思ったが、そうではなかった。


「アトラ、もし、お母様がいたら……礼儀作法の授業に付き合ってくれたかしら」


レイラの母についてもゲームでは語られていなかった情報だったので、話題を広げ情報収集する事にした。

それは、レイラとして今後、生きて行くなら、彼女の事を理解して行くことも重要だと思うからだ。


「断罪」される未来を回避するには、レイラがどんな環境で育って人格を形成し、どう感じていたから世界を滅ぼすという選択を取ったのかを知らなくてはいけない。

私の予想通り、嫉妬や逆恨みからその選択をしたのなら、転生した私には無縁なので問題がない。

しかし、それ以外の理由があったのなら「断罪」の回避が難しくなるのでレイラの背景を知ることは、生き残るためには重要なのだ。


私の問いに、アトラさんは記憶を懐かしむように答えてくれた。


「奥様は枠にとらわれない方でしたから、少し困った顔をなさるかもしれませんが、きっとそばで応援してくださっていたと思いますよ」


アトラさんの回答から、レイラの母は自由奔放で、厳格な礼儀作法には向いていなかったのかもしれない。

でも、頼まれれば拒否せず、そばで応援してくれる様な人なら、きっと良い人だったんだろうな……そんな想像が、胸にほのかな温かさを生む。


「そうだったんですね……私、お母様の事をあまり覚えていなかったので聞けて嬉しかったです」


「お嬢様が生まれて間もなかった頃に病気で伏せられてしまったので、覚えておられなくとも無理もございません」


「……会ってみたかったな。お母様に」


知らない母への思いが、こんなにも強いとは自分でも驚くほどだった。

アトラさんは私の言葉を聞き、静かに微笑んだ。


「でしたらお会いになられますか?」


アトラさんの提案に、私は一瞬言葉を失った。

そう告げるとアトラさんはある部屋まで案内してくれた。

そこには、今より若かった頃のお父様と赤ちゃんを抱えている女性が一緒に描かれた肖像画が飾られていた。


「お母様…」


私が亡き母の肖像画をみて寂しがっていると思ったのだろうか、アトラさんはそっと寄り添ってくれる。

彼女から親愛のようなものを感じる。


「レイラお嬢様、私たち従者は皆、後妻を迎えられなかった旦那様と共に、お嬢様の成長を見守ってまいりました。亡き奥様のご存在には遠く及びませんが、もし心細くなられました折には、遠慮なくお声がけくださいませ」


彼女の言葉は、屋敷の使用人たちがレイラをどれほど大切に思っているかを物語っているようだ。

彼女を筆頭にこの家の使用人の人たちは皆、なぜこんなにも良くしてくれるのだろうと疑問に思っていたが、使用人たちはレイラの事を自分の娘のように思ってくれているのかも知れない。

そんな、前世では描写されていなかったレイラの温かい家庭事情を知ることとなった。


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