第二話 後編
ブラックウッド家の事、この世界の詳細、魔術について、――聞きたいことは山ほどある。
しかし、下手に質問して怪しまれるのは避けたい。
今回の面談でもゲームの知識だけではカバーしきれない部分が多く、墓穴を掘る可能性が高い。
なので、私は自室へ戻ることを選択することにした。
まずは面談で得たゲームでは触れられなかった情報を整理し、この世界での自分の立ち位置をしっかりと把握したかったからだ。
「私からは――」
私はその意向を伝えようと顔を上げた瞬間――入室の時にも気になっていた壁に掛けられた一本の刀が不意に目に留まった。
派手な装飾などはなく刀身を見せているわけではないが、なぜか目が引かれる。
「あぁ、これが気になるのか」
私の視線に気づいたお父様はそう言うと、壁に掛けられていた刀を手に取り、テーブルの上に乗せた。
間近で見る「刀」は私の予想より大きく、威圧感を感じる。
刀の全長が私の三分の二ほどの大きさがあり、刀の握る箇所――柄と言うのだろうか――そこは黒い糸で編み込まれ、その最先端から垂れ下がるように紐が伸びている。
鞘には模様もなく艶消しが施してある……。
なぜ自分がこんなにもこの刀に目が惹かれているのか、ふと理解できた。
おそらくこの刀は、ゲームの中でレイラが戦闘シーンで携えていたあの武器だ。
記憶に残る既視感から、無意識に私の視線を惹きつけていたのだろう。
だとしたらこんな刀とは極力関わりたくない。
「これは、刀と言ってこの国が建国されるよりも前、ここより遥か東方に住んでいたご先祖様から代々受け継いできた物の一つだ」
私の心境をよそにお父様は説明を続けてくれている。
お父様の書斎や廊下で見た和風を彷彿させる装飾品の数々は、お父様の趣味ではなく先祖代々の代物だったようだ。
「この刀は特別な力が秘められていると言い伝えられているが、誰にも扱えないのだ」
お父様はそう言うと、両腕に力を込め、鞘から刀身を引き抜こうとした。
その腕は筋張り、わずかに震えるほど力を込めているのが見て取れたが、刀は全くと言っていいほど微動だにしない。
まるで刀自身が拒んでいるかのように、頑なに鞘に収まったままだった。
「父や亡くなった叔父、祖父など歴代の当主は皆試すが、抜けた者は初代様を除いてほとんどいないと言われている。レイラ、お前も試してみるか?」
「え、私がですか?」
突然の提案に、思わず声が上擦った。
レイラの使っていた武器かもしれないのでこの刀には忌避感がある。
だが、それ以上に私よりも明らかに体格のいいお父様でさえ微動だにしなかった刀をこの小さな体で抜くなんて、想像もできなかったからだ。
「私もレイラと同じぐらいの年にやらされたからな。遠慮せずやってみると良い」
お父様の声には、どこか懐かしむような響きがあった。
私が試さなくても結果は予想できているだろうが、まるで自分の幼かった頃にやられた事を自分の娘にやりたかったのだろう。
こういった時の父親は素直に従わないと面倒なことになるのを前世の経験から知っていた私は、素直に父の提案に応じることにした。
「……わかりました」
父から刀を受け取ると、想定していたより重くないことに驚いた。
鞘には当然刀身が入っているので相当重い物かと思っていたが、小柄なこの体でも十分支えることができそうだ。
手のひらで鞘を押さえながら、慎重に柄に手をかける。
「……!」
理解はしていたが、私がどれだけ引き抜こうと力を込めても刀は鞘から抜ける気がしない。
両手で柄を握り、足を踏ん張り、全身の力を振り絞ってみるが、刀はまるで石にでも根付いているかのようだ。
長年誰も引き抜けていないと言うことは、手入れもされていない訳で相当錆びついているのではないだろうか。
「どうだ? 抜けそうか?」
からかうようなお父様の声が聞こえたが、それに答える余裕はないほど身体中に力を込めていた。
だが次の瞬間、背筋が凍るような何かを感じたと思ったら、急に体力が尽きたかのように脱力してしまい、刀を抱えきれず手放してしまった。
ガシャンという金属音が部屋に響き、刀が床に落ちる。
私はハッとして落とした刀に慌てて視線を向けると幸いにも傷や損傷はなさそうだった。
「お嬢様!」
近くにいたアトラが駆け寄り、私の肩を支えてくれる。
私は息を整えながら彼女に小さく微笑んだ。
「大丈夫です、少し張り切りすぎたみたいで……」
肩で息をしながら、なんとか平静を装うが、心の中ではまだ動揺が収まらない。
あの奇妙な感覚が、頭から離れなかった。
「無理はなさらないでください。旦那様、本日の面談はここまでとしてはいかがでしょうか」
「そうだな、無理をさせてすまなかった、レイラ。この後は自室でゆっくり休みなさい」
彼女の提案に、お父様は静かに頷き、謝罪と共に手を差し伸ばした。
私はその手を掴むと、引っ張り上げられるように立ち上がらせてもらった。
「ありがとうございます、お父様」
私は父にお礼を告げるとアトラに手を引かれ、部屋を後にした。
廊下を歩いていると背後で静かに閉まる書斎の扉の音が聞こえ、ふと振り返る。
父の書斎に残されたあの刀のことが、頭から離れなかったからだ。
きっとまたあの刀と向き合う時が来る。
なぜかそんな嫌な予感が、胸の奥で静かに響いていた。




