第九話 後編
そういった経緯でブラックウッド家に調査のために派遣された訳だが、俺は素直に家庭教師の役割を果たすつもりなど毛頭なかった。
家庭教師として入り込めば、調査を進めながらその都度に報告義務が生じ、調査が終わった後も師弟関係が続くことになる。
それに、魔術師にとって「師」とはそいつの魔術師としての人生に大きく影響を与える存在だ。
そんな重要な役割に俺をあてがわれるのも、調査の片手間に教えられるのも、その子にとってもは気の毒な話だろう。
だから家庭教師を他の宮廷魔術師の奴らに任せて、俺は賓客として数日間潜入し、調査は短期で終わらせて王都に戻ることを目標とした。
こうすれば短期間で問題を解決でき、宰相の密命を果たすことができる。
そして、俺はいつもの日常に戻る事ができる。
そう考えた俺はわざと遅刻し、第一印象で「こいつに教えてもらうのは嫌だ」と思わせることで、家庭教師として迎い入れる事を拒んでもらおうと行動に移した。
しかし、結果は想定した物とは程遠く、何を吹き込まれたのかブラックウッド家の一人娘に気に入られてしまった。
何がこの子の琴線に触れたのかわからないが、俺に強いのかと聞いてくるくらいには世間知らずで面白い子供だった。
俺もつい興が乗って素で受け答えしていたら、いつの間にか家庭教師を断れる雰囲気ではなくなり、仕方なく引き受けることになった。
嬢ちゃんの瞳は今すぐにでも魔術を学びたいと訴えていたが、俺には日が暮れる前に済ませておきたい調査があった。
なので俺は「授業の準備が必要だ」と嬢ちゃんに言い訳をして、散策に出た。
ブラックウッド家の屋敷は町から少し離れた場所にあり、広大な庭を囲むようにして柵が巡らされている。
屋敷に続く道は衛兵が巡回しており、散策している途中で何度かすれ違ったが、すでに俺の事は共有されていたのか会釈だけで済まされた。
手入れの行き届いた庭から少し外れ、人目の届かない雑木林の奥に向かってしばらく散策を続けていると突然、異臭が漂ってきた。
「なんだ、この臭い」
腐臭に誘われるように臭いのする方へ足を向けると、そこには予想通り動物の死骸があった。
だが、それだけではなかった。
原形をとどめぬほど損壊した小さな木彫りの彫刻が、禍々しい意匠の短剣に貫かれたまま、死骸と並べて放置されていたのだ。
すぐ傍には、死骸から流れ出た血を使って描かれた、見慣れぬ文字のようなものが地面に刻まれている。
それらは明らかに人の手によるものだったが、死骸の状態や周囲にを見るに、犯行からはすでにかなりの時間が経過しているようだった。
「嫌がらせにしてもタチが悪いな」
俺は呟きながら、死骸と彫刻をじっと観察した。
魔術にも動物の死骸を使うものは存在する。
しかし、これらからは魔力やその痕跡もないことから魔術以外の用途で使われていたと予想できる。
「どちらにせよ、こんな不気味なもの、見ていて気持ちのいいものではないな」
なので俺は火葬の意味も込めて魔術でこれらを焼き払った。
炎が消えて、灰だけになったことを確認すると土を掛け、その場を離れることにした。
屋敷に戻る頃にはすでに日が沈み、外は薄闇に包まれていた。
屋敷に入ると近くで作業していたメイドが作業を止め、出迎えてくれた。
彼女に案内され、客室に通されると俺は軽く荷を下ろして一息つくと、ふと明日の授業のことを思い出し、準備の為に書庫へ向かった。
「魔術について書かれた著書もいくつかあったし、これならいけるだろ」
俺も魔術を教えるからには手を抜く気はなかった。
ブラックウッド家の嬢ちゃん―――レイラに出す課題はすでに決めていた。
それは、特殊な加工がされている魔鉱石を一週間以内に自力で変色させきるというものだ。
この課題には「最も適性のある魔術属性の判別」と「魔力操作の練習」、「課題に対しての問題解決能力」を測るといった嬢ちゃんの才能を見極める意味を持っている。
机に並べられた魔鉱石は、瞬時に魔力を吸収し、持ち主の最も干渉しやすい属性に対応する色を映し出す加工を施されている。
「けど、今回の課題で使うならこっちだな」
そんな特徴を施された魔鉱石の中から、わざと魔力の吸収率を落としたものを用意することにした。
こうすることで、魔力操作が未熟な初心者は魔力の出力が思うように上げられないので、自身の魔力操作を向上させるやり方を模索することになるからだ。
「初日で気づくとは思えないが、念のため補助具も作っておくか」
補助具とはその名の通り魔術を行使するのに補助を促すもので杖や指輪、ピアスなど様々な形状のものがある。
本来なら、覚醒直後はこの補助具を使って魔力操作の感覚を学ぶことになるのだが、今回は問題解決能力を測る事も兼ねているので、補助具の存在も俺から教えるつもりはない。
もちろん、ヒントはやるつもりだが、この補助具の存在に自力で気づくことができるかが、嬢ちゃんが一週間と言う短い期間で課題をクリアするためのカギになる。
「まぁ、粗悪品とは言え、十日もすれば自然に変色しきるんだが……その時は他の進路を進めてやるか」
そんなことを思いながら補助具の準備をすることにした。
――――――――――――――
翌朝、外に出ると授業の準備や調査内容をまとめたりし、徹夜した身に染みわたる朝日が俺を迎えてくれる。
授業に向かう道中、昔のことを思い出す。
「そういえば、あのクソ爺も最初に約束をさせたっけな……」
思い出したくもないが魔術を教える前にさせる約束の有用性については一定の効果があると経験則として理解しているのでレイラにも結ばせることにした。
レイラと三つの約束を結んだ後、予定通りレイラに魔鉱石を変色させる課題をやらせた。
予想はしていたが数年前、魔術学院の孤児院にいたあいつの様に見様見真似で一度の挑戦で染めることはできなかった。
(まぁ、あいつは目見えなかったけどな。)
レイラを見た感じ、魔力操作が一切できていない。
これは時間がかかるだろうなと感じたので、来る時に隠しておいたビーチチェアとパラソルを設置し気長に待つ事にした。
そんな俺を見てお付きのメイドが抗議しにきたが、この課題の意味を教えてやったら不満そうな顔をしながら戻っていた。
当の本人は何か言いたそうだったが気にせず、俺は今後の調査方針についてでも考えることにする。
(やっぱり、一冊も見当たらなかったのは引っかかるよな)
昨夜、課題の準備するついでに書庫で婚約関連の資料やブラックウッド家の来歴について書かれた書籍を探したが、それらしいの物は一冊も見つけることはできなかった。
あらかじめそれらの資料は別で保管しているのか、派遣依頼していた魔術師が来ることを警戒し隠したのか、様々な可能性が考えられる。
(それらを隠すとしたら……)
そのどれもが発見されるリスクを増やしてまで資料を分散して隠すとは考えにくい。
だとするとひとまとめにされている資料が隠されているのは執務室か寝室か、まったく違う部屋にあるのか。
「いったいどこにあるのかねぇ~」
考え事をしていて全く内容が入ってこない本を視界から退け。
ビーチパラソルの布から僅かに見える太陽の光を虚ろに眺めながら、簡単には進まなそうな調査を憂うのだった。
――――――――――――――
数時間たったが相も変わらず、レイラは課題に悪戦苦闘しているようだ。
一向に課題が進まないことが納得いかないのか、飯を餌に交渉してきたのでヒントとして現状を教えてやることにした。
「それはそうだろうな。ただ持ってるだけじゃそいつは変色しねぇ」
レイラは何の成果も出せず無意味なことをしていた事実を告げられ、困惑しているようだった。
「でもどうやったら。私、魔力を吸収させる方法なんて知らないのですが」
「書庫でも行って調べてみればいいんじゃないか?」
魔鉱石に魔力を吸収させる方法を聞いてくるが、俺は突き放すように書庫へ行くように告げた。
するとレイラは溜まっていた不満が爆発したようだったが、それでも俺はあえて突き放し、この課題の期限を突き付けた。
突き放され、追い打ちを掛けられたレイラはどう出るかビーチチェアから様子を伺っていると。
俺の理不尽な要求に怒りを向けているせいか、素直に書庫には向かえてはいないようだ。
だが、課題自体を投げ出すことはなく、その後も試行錯誤を続けている様子なので、少なくとも魔術師として成長できる資質は持ち合わせているようだ。
俺は人に魔術を教えた事は無いが、人に指示された通りにやって成功しても意味がないと思ってる。
(きちんとその物の理屈や本質を理解し、咀嚼して初めて身につくってもんだしな)
それに、俺がいる時や俺が知っていることはそれでいいかもしれないが、そうじゃなくなった時、こいつはどうやって問題を解決する?
こいつは目指してるのは入学試験でいい成績を取ることじゃなく、卒業するまで、いや、もし王妃になるんだったらその後も優秀な成績や成果を取り続けなきゃいけない。
(そんなことができる奴は人に教えを乞うだけの奴じゃなくて、自分で道を切り開ける力がある奴だ)
だから、俺は課題に関しては極力、自身で考え解決させることにする。
今は間違えることを恐れずにチャレンジさせるべきだと思うからだ。
(もし、俺の教えで間違ったことをして問題が生じたら俺が責任取ればいい、それだけの事だ)
――――――――――――――
魔術を教え始めてから五日が経過した頃、俺がいつものようにパラソルの下で本を読みながら時間を潰していると、突然、勢いよく足音が近づいてきた。
音のする方へ目を向けると、レイラが息を切らしながら駆け込んでくる。
そして、レイラの手にはあの魔鉱石の結晶が握られていた。
その魔力鉱石の色は魔力の吸収していない透明なものではなく――黒が混じったような、暗い青に染め上がっていた。
「思ったより早くできたじゃないか」
俺は軽く笑いながらそういうと、レイラは胸を張り、誇らしげな顔で答える。
「どうです、私だってこれくらいできます!」
その自信に満ちた顔を見はまるで勝利宣言でもするかのようだった。
良く自力で補助具の存在に気づき用意したものだなと感心して……。
「ん?お前それどうやって染めたんだ?」
俺はレイラをじっと見つめ、首をかしげた。
レイラには、補助具を使ったような痕跡がまるでなかった。
普通、魔力覚醒をしたばかりの子供じゃ魔力操作が十分にできないので短期間で結晶を染めるのは相当困難だ。
(ビーチチェアで見ていた限りは特別なことをしていた様子はなかったはずだが)
「それはですね……」
レイラは俺の質問に、ニヤニヤとした表情を浮かべ、まるで秘密を明かすのを楽しむように語り始めた。
さて、どんな方法を使ったのか、こいつの口から聞いてやろうじゃねえか。




