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悪役令嬢は妖刀と生きる  作者: 高塚 ミヤビ
第一章

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第八話 後編

私は結晶を受け取り、エヴィン先生がやっていたように結晶がすぐに色付くのかと思っていたが、一向に変わる気配はない。


「……まぁ、こんなもんよな」


エヴィン先生はそう言い残すと離席し、どこかへ行ってしまった。

何か気分を害してしまったのかと不安に思っていると、すぐに戻ってくる。

しかし、その両手には折りたためるフルフラットのビーチチェアと大きめのパラソルのような物を抱えていた。

何かを予見してあらかじめ準備し、隠していたのか、それともどこから持ってきたのか不明だが、そのビーチにフル装備で来た観光客のような格好に、開いた口がふさがらなかった。


「えっと…これは……」


近くに控えていたアトラさんに視線を送ると、彼女もこんな状況になることは聞かされていなかったのか、私と同様に困惑しているようだった。


この状況に置いてきぼりな私やアトラさんからの視線や、この微妙な空気感にはお構いなしに、テラスから少し離れた場所に持ってきたパラソルなどを設置し始める。

配置に強いこだわりがあるのか、何度か位置調整をしていると納得する配置になったのか、こちらに戻ってくるとエヴィン先生は一言告げる。


「ここまで懇切丁寧に説明してやったからな、ここからは自分でやってみろ」


エヴィン先生はそうとだけ言い残すとビーチチェアを設置した位置に戻り、本を片手に寝転がると、風に揺れるパラソルの下で完全にくつろぎ始めた。

急に放任されて困惑していると、アトラさんがエヴィン先生に説明を求めに行く。

遠くて二人が何を言い合っているのかは聞こえないが少し不満そうな表情をしながら戻ってくるアトラさんを見るに、納得せざるを得ない回答は得られたようだ。


「私からは何もお教えできませんが、エヴィン様より伝言を承りましたのでお伝えさせていただきます」


何か口止めをされたのだろうか。

アトラさんはそう前置きをし、エヴィン先生からの伝言を淡々と語る。


「結晶を使用する時は俺の目の届くところでやれよ、それ以外は自由にしていいから。との事です」


伝言を受け、エヴィン先生に視線を送るも、寝返りを打つながら読書をつづける彼の姿を見て、私は息がこぼれそうになる。

しかし、アトラさんがアレ以上追求していない状況からするに、何かしらの理由があるように思える。

なので、できるところまでやってみようと腹をくくり、思いつく限り、結晶を変色させる方法を実践してみることにした。


「ふん……ッ、はぁ…はぁ…変化なし、次は…」


強く握ってみたり、念じてみたり、振り回してみたり、思いつく限りの試行錯誤を繰り返したが、この結晶は変化はない。

結晶を空に浮かぶ太陽にかざせば、濁りは一切なく、屈折した光が分散し地面に虹を映し出している。

それはつまり、まったく結晶が変化してないことを証明していた。


「もう、あんな位置に太陽が。始めて三時間くらいは経っているのかしら」


集中していた為か、山側にあったはずの太陽の位置はすでに頭上を越え、少し傾き始めていることに気づく。


「なのに成果がこれっぽっちもないだなんて、さすがに落ち込むわね」


そんな独り言をつぶやいているとテラスで控えていたアトラさんに声を掛けられる。


「お嬢様、軽めの昼食を用意していますので、そろそろ休息を挟まれてはいかがですか?」


確かにお腹は減っていたのでアトラさんの提案に乗ることにした。

テラスに戻ると、そこには三段のケーキスタンドにサンドイッチやスコーン、マカロンが用意されていた。

私が席に着くとアトラさんが手慣れた所作で紅茶を入れてくれる、


入れてくれた紅茶に口を付けた後、気になっていたタマゴのサンドイッチに手を付ける。


「ん~おいしい、以前、食べた時より私好みの味になっているわね」


エヴィン先生が来るより前に、前世の味付けが恋しくなり厨房に忍び込んだことがあったのだが、その時に仲良くなった料理長のカーズさんが、時折、教えたレシピの再現してくれているのだ。


「料理長もあの一件からお嬢様から聞いたレシピを再現するのに夢中らしく、時間が空いた時に試食に来て欲しいとおっしゃっていましたよ」


それは何とも嬉しい話である。

確かに、あの後から教えただけで食べられていないレシピもいくつもあるので、再現ができた料理があるのなら、是非とも食べに行きたい。

それに、まだ教えていないレシピもあるので、今後とも料理長とは仲良くしていきたい。


「ええ、また時間ができたらお邪魔すると伝えてもらえるかしら」


「なんだうまそうなもの食べてるじゃないか」


そんな話をアトラさんとしていると、急に後ろから声がした。

声の聞こえた方に振り向くと、先ほどまで読書をしていたエヴィン先生が、軽食を挟んでいる私の姿を見てつまみ食いをしに来たようだ。


「それはお嬢様のものですので、欲しいならご自分で厨房に行かれてはいかがですか?」


エヴィン先生の手がタマゴサンドに届く前に、アトラさんに声で制止されると、バツの悪そうな顔をしながら私の方を見る。


「別に一個ぐらいかまわないだろ、なぁレイラ」


エヴィン先生はつまみ食いを正当化する為に、私に目配せしてくる。

だが、先ほどまでのエヴィン先生の態度を鑑みるに、すんなりと要求を飲み込む気にはなれなかった。

とはいえ、食べ物に罪はないし、同じものを味わうことで同志が増えるかもしれないということは良いことだと思う。

なので私はこれを交渉材料として利用することにした。


「差し上げるのは構いませんが、タダでは差し上げません」


そう言葉にした瞬間、エヴィン先生は少し意外そうな顔のぞかせるが、すぐにいつものヘラヘラとした態度に戻る。


「なんだ、侯爵令嬢のくせして金でもせびるのか?」


エヴィン先生は大げさに肩をすくめ、ニヤリと笑みを浮かべた。

その仕草と表情から、私をからかうつもりなのだと見て取れた。


「いえ、そろそろ授業に戻ってほしいです。私は現状、考え付くものは全て試しましたが結晶は一向に変化しませんので、講義をお願いしたいのですが」


私の訴えにエヴィン先生は言葉を並べることはなく、即座に拒否すると妥協案を提案してきた。


「授業には戻らんが、何か助言をくれてやろう」


エヴィン先生は意地でも授業に戻る気はないようだ。

しかし、初めからエヴィン先生は授業に戻る事はないと予想ついていたので、現状この課題の突破口を持たない私からすれば助言を貰えるだけでも嬉しくはあった。


「どうぞ」


なので、了承の意を示すためタマゴサンドをケーキスタンドから一つ手に取り差し出した。


「交渉成立だな」


エヴィン先生は満足げに受け取ると、大口でタマゴサンドを頬張った。

前世のタマゴサンドはエヴィン先生の予想していた以上に口に合ったのか、差し出した一切れをあっという間に平らげてしまった。


「うっま、もう一個貰っていいか」


当然のように次をねだってくるがさすが、二個目となると話は変わってくる。

こちらも軽食とはいえ昼食も兼ねているのだ、私の食べる分がなくなってしまうのは許容できない。

なので、自分で食べる分のタマゴサンドを庇うように皿を隠すとエヴィン先生はあからさまに不満そうな顔を出し口を尖らせる。


「なんだよ、ケチだな」


すでに一つ貰っておいてケチと言われるのは心外だ。

どうしても欲しければ、面倒くさがらずに厨房へ行き、作ってもらえばいいのだ。


そんなやり取りを見ていたアトラさんが小さくため息を漏らすと、屋敷の中で作業をしていた同僚のメイドさんに厨房にいる料理長にタマゴサンドを作って来てもらうに伝言を頼んでくれた。

エヴィン先生は追加で食べられることを知ると、私のタマゴサンドをあきらめ本題に入ってくれた。


「それで、何の助言が欲しいんだ?」


「ですから、いろいろ試しましたが、先生みたいに結晶を染めることができないんです」


再三と言ってきたことだったので、思わず声が大きくなってしまう。

けれど、エヴィン先生はそんな切迫感には取り合わず、ただ呆れた様に返答する。


「それはそうだろうな、ただ持ってるだけじゃそいつは変色しねぇ」


「っえ⁉」


思わず声が裏返る。

エヴィン先生が実演してくれたときは持っているだけで一瞬で変化したので、勝手に魔力を吸収して染まるものだと思っていた。


「っえ⁉じゃないだろ。俺がそいつを説明した時なんて言ったか思い出してみろ」


そう言われた私は慌てて自分の記憶を探り、言葉を絞り出した。


「えっと、確か吸収した魔力を……」


「そう、それ」


エヴィン先生は短く相槌を打つ。

その指摘から導き出される答えに私は少し苛立ちを覚える。

私は手のひらの中の結晶を見つめ、それが事実なのか確かめるため、質問を投げかけた。


「つまり、私はこの数時間ただこの結晶をいじっていただけで、この結晶に魔力を吸収させられていないっということですか?」


「そういうことだな」


先生は当然だと言わんばかりにあっさりと答える。

この数時間の頑張りは何だったのかと悔しさが込み上げる。

だが、そうだとするとなぜ、エヴィン先生は私が無意味な行為をしているのに気づきながらも指摘しなかったのだろうか。


(まさか、私をからかう為だけにこんな事をしていた訳ではないよな…)


あり得ない事なのに、そんなネガティブなことばかりが湧いて出てきてしまう。


(問題児だとは聞いていたけどさすがにそれは……いけない、これは私の憶測でしかなく、何か確証があるわけじゃないのだ、切り替えなきゃ)


このままネガティブな思考に引っ張られてはいけないと思った私は、平静を保つために課題を解決するにはどうすれば良いのか、という方向に話題を変えることにした。


「でもどうやったら。私、魔力を吸収させる方法なんて知らないのですが」


漏れ出す不満からか、少し声が震える。

すると、エヴィン先生は肩をすくめながら平然と告げた。


「書庫でも行って調べてみればいいんじゃないか?」


あまりにも突き放した物言いに、一度、抑えたものが一斉に思考を支配すると胸の奥がカッと熱くなる。


「ちょっと待てください。この結晶を変色させる課題もそうですが、なぜ、エヴィン先生は最後まで講義していただけないのですか?せめて、教えた範囲内で課題を出してください。先ほどから離れた所で本を読んだり、寝てたりするだけで、エヴィン先生が何のためにここに居るか分からないじゃないですか」


溜まっていた不満が壁を越えたダムの水の様に一気に溢れ出す。

自分でもだんだんと声が大きく、語気が強くなっていっているのがわかった。

けれど、それでも言わずにはいられなかった。


「それはお前が魔力暴走しないかを見張るためだろ」


私の怒りの矛先を向けられても先生は悪びれもせず、そよ風を受け流すように淡々と答える。


「なんにせよ、たかが数時間、試行錯誤しただけで音を上げているようじゃ、学園で上位を維持し続けるどころか、エレナスに入るのも夢のまた夢だぞ」


突きつけられた現実は容赦がない。

そして、エヴィン先生のその言葉に私が反論のする余地はどこにもなかった。


「あと言い忘れていたが、1週間後には別のこと教えるからそれまでには魔鉱石を染めておけよ」


追い打ちをかけるようにそう言い残すと、再び自前のビーチチェアに戻り読書を引き続き始めるのだった。

そんなエヴィン先生の姿を見て私は、何としても自分一人の力でこの課題を一週間とかからずに解決して見せると誓うのだった。

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