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箱庭から歪んだ愛を君に。  作者: 泉出流
第3章【そして疑いの花は咲き誇る】
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●-第9話「食い違う話」

 場に変な空気が流れた。

 不穏まではいかないけれど、少し胸がざわつくような嫌な空気感だ。

 私は再度、繰り返す。


「私はシュウを呼びになんて行ってないよ」

「そうなの? じゃあシュウの聞き間違いかしら」


 勘違いかもしれない、なんて話がまとまりかけた時、


「僕は聞き間違ってなんてないよ」


 と、それを否定するシュウの声が割り込んできた。タイミング良く目覚めたようで、眠そうに伸びをする姿はさながら猫のようだった。

 声はまだ眠気を含んでいるのに、はっきりと断言する響きがあった。


「確か21時半頃だったと思う。僕の部屋にミヤが来たんだよ。”チハヤ先生がシュウを呼んでる”って」


 全く身に覚えのない話に首を傾げる。

 時計を見ると今はちょうど23時45分を過ぎたところだった。

 思っていたより時間が経っていたことに驚くが、今はそれどころではない。


「多分……その時間だと私、迷いの回廊にいたと思う」


 事実を言っただけのつもりだったが、その私の発言に今度は皆に困惑の色が広がった。


「お前、あそこに入るとか……」

「つい、うっかりよ。わざとじゃないの」


 呆れた様子のイブキにけして故意ではないことを強調して伝えるが、余計呆れたような顔をされた。


「ミヤ、いくら悲しかったからといって自分で命を絶つのは良くないよ」

「違う」


 真剣な顔でコハクが肩に手を置いてくる。何か勘違いをされているようだったので、すかさず否定する。


「俺、話聞くよー?」

「だから違うって言ってるでしょ」


 トウマまで苦笑いをしながらこちらを見てくる始末だった。


「……」


 エンジュはウイの部屋で別れた後、迷いの回廊に入ったことを察したようで沈痛な面持ちで何か言いかけるも、口を閉じて何若干目を伏せただけにとどめていた。


「私が迷いの回廊に入ったのは時計を見ていないから時間は分からないけど明るい時間だったの。そこからついさっきまでそこにいたのよ。だからシュウを呼びに行けるはずないでしょ?」

「でもミヤの声だったのに……」


 納得がいかない様子のシュウに腕組みをしたイブキが問う。


「姿は見たのかよ?」

「ううん、扉を開けた時にはもういなくて」

「他の奴の声と聞き間違えたんじゃないのー?」


 続いてトウマが欠伸を噛み殺しながら言った。

 確かに誰かの声を聞き間違えたとかはありそうだが、それもシュウは否定した。


「だって女性の声だよ? 女性なんてミヤとネネとウイしかいないよ」

「アタシは?」

「エンジュは……エンジュは女性、かな? でも僕に声掛けに来てないでしょ」

「来てないわね」

「僕、ウイほどじゃないけど耳はいい方だから人の声を聞き間違えたりなんかしない」


 そう言い切るシュウはよほど自分の答えに自信があるようだった。

 けれど、私は本当にシュウに声を掛けていない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、今度は私へとイブキが問いかけてきた。


「お前、本当に迷いの回廊にいたのかよ。普通あそこに迷い込んだら出れねぇはずだろ」


 シュウに問いかけた時とは違い、明らかに疑ってる様子の声音と態度だった。

 

「イヌが助けてくれたの」

「イヌが?」

「余計嘘くせぇ」

「嘘じゃないもの。イヌが証人になるわ」

「そのイヌを捜すのが困難なんだよ」

「僕もメイが一緒にいたから、メイがミヤの声だったって言ったら証明になる?」


 はたして、一体どういうことなのだろう。

 不思議な事態に各々何かを考えているようだが、これ以上解決は望めないような問題に感じた。

 広間に設置してある柱時計の鐘が0時を回ったことを知らせた時に自然と解散する流れになったのは必然だったと思う。


「ほらほら、もうこんな時間。頭も回らなくなるし、今日はお開きにしよー」


 軽口ではあったが、その一言が合図になった。

 皆がそれぞれ仕方ないと納得したように息を吐き、広間から立ち上がる。

 イブキは最後までコハクを睨んでいたが、結局何も言わずに背を向けていった。


 私も皆に倣って広間を出る。けれど、足取りはどこか重かった。


(結局、何もはっきりしなかった……一体どういうことなの?)


 広間を後にしても、釈然としない気持ちは未だ胸の奥にもやもやとした形で残ったまま。

 それはきっと私だけではなく、あの場にいた他の皆も同じ気持ちだっただろう。

 シュウを呼んだ“私の声”も、迷いの回廊のことも、謎は残ったまま。

 前へ足を踏み出せばまだしつこく靴に残る水気がぎゅっと嫌な音を立てて、私は思わず眉間に皺を寄せる。


 皆と別れた後の廊下はしんと静まり返っていて、さっきイヌと別れた時と同じだと感じた。

 あれほど人の気配で満ちていた場所を離れた途端、音という音がすべて消えてしまったように思える。

 耳に残るのは、さっき柱時計が鳴らした低い鐘の余韻と歩くたびに私の靴が立てる水音だけ。

 その静けさが、胸の奥に残ったもやもやや不安感を一層大きくする。


(今日は眠っても、どうせ誰かに呼ばれる気がして……目を覚ましてしまうんだろうな)


 自嘲するように吐いた息はやけに重たく、廊下の闇に溶けて消えた。


(今日は眠れそうにないわね)


 そうして、内容の濃い一日はひっそりと闇に沈んでいった。


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