星見台追跡編 67話 星が返す声
リシアとシルは、灰鐘修道院の記録に残されていた旧星見台跡イオラへ向かう道に入った。
星形の白い石が並ぶ道には、黒譜の痕が残されていた。
途中の休み場で出会った老人は、星見台では願い歌に声が返るようになり、聞きたい声を持つ人ほど帰れなくなると語る。
さらに、近くの集落の女性が、弟トーリを探してほしいと駆け込んできた。
母を亡くしたトーリは、その声を聞けるかもしれないと星見道へ入ったらしい。
リシアは、アイシャの声を知りたい気持ちを抱えながらも、まずはトーリを連れ戻すため、星見道を登り始めた。
星見道は、木々の間を細く縫うように続いていた。
白い星石が、道の端に一定の間隔で埋め込まれている。昼の光を受けて淡く光るその石は、遠目には優しい道しるべに見えた。
けれど、近づくと違う。
ところどころ、星の角が黒く欠けている。
譜面線のような細い痕が、石の表面を走っていた。火で焼けた跡ではない。墨でもない。音の流れだけを黒く固めたような痕だ。
リシアは、足元の木札を見下ろしていた。
半分に割れた星形の木札。
そこには、子どもの字でトーリと刻まれている。
拾いたい気持ちはあった。
けれど、すぐには手を出さなかった。
木札の周りには、小さな靴跡が残っている。その横に、黒い譜面線のような跡が寄り添っていた。
足跡ではない。
だが、誰かが隣を歩いていたように見える。
サリアが後ろで息を呑んだ。
弟を探してほしいと頼んできた女性は、休み場で待つことができなかった。老人は止めたが、彼女は木札を握りしめて首を横に振った。
呼ぶ声が必要になるなら、自分も行く。
そう言った時の顔が、リシアには忘れられなかった。
「これは、トーリのものです」
サリアは震える声で言った。
「母さんが、私とあの子に一つずつ作ってくれたんです。二つ合わせると星になるように」
彼女の手の中には、もう片方の木札がある。
割れた片割れと、形が合いそうだった。
リシアは頷く。
「ここで立ち止まったみたいです。でも、争った跡はありません」
「誰かと一緒に歩いたんですか」
サリアの声が細くなる。
その奥で、短い心歌が揺れた。
『私が手を離したから』
リシアは顔を上げなかった。
その言葉を聞いたからといって、すぐに慰めを返してはいけない。
今サリアに必要なのは、責めなくていいという言葉より、弟の足跡を追うことだ。
「まだ先へ進んでいます。歩き方も、急いで走った感じではありません」
リシアは木札を指差す。
「これは、目印として残ったのかもしれません。落としたのか、落とされたのかはまだ分かりません」
シルが木札の周りを回り、鼻を動かした。
そして、道の奥へ向かって低く鳴く。
ちい。
「分かった。進もう」
リシアは木札をその場に残した。
サリアが驚いたように見る。
「持っていかないんですか」
「帰りに必要になるかもしれません。今は、トーリさんが通った証として残しておきます」
サリアは唇を結び、頷いた。
星見道は、進むほど静かになった。
鳥の声はある。
葉擦れもある。
けれど、それらの音が、道の外側へ押しやられているように感じる。灰鐘の沈黙とは違う。あちらは音を眠らせる場所だった。ここは、音を待っている場所に見える。
誰かが何かを呼ぶのを、じっと待っている。
リシアは歌詞帳へ手を伸ばしかけ、止めた。
まだ開かない。
この道は、歌に反応する。
老人はそう言っていた。
歌術でなくても、願い歌に返ってくると。
なら、歌詞帳を開くこと自体が、呼び水になるかもしれない。
シルが肩の上で、彼女の指先を軽く叩いた。
分かっている、とリシアは小さく頷いた。
しばらく進むと、道は石段に変わった。
古い石を積んだ階段だ。ところどころ欠け、苔が生えている。白い星石は石段の端に埋め込まれ、上へ上へと続いていた。
サリアの息が少し荒くなる。
リシアは歩調を落とした。
「大丈夫ですか」
「はい。大丈夫です」
答えは早かった。
けれど、彼女の手は木札を強く握りしめている。
リシアは少しだけ足を止めた。
「無理に強く言わなくて大丈夫です。今は急ぎます。でも、倒れたらトーリさんを呼ぶ声も届かなくなります」
サリアは目を伏せる。
「すみません」
「謝らなくていいです」
リシアは水袋を渡した。
サリアは一口飲み、深く息を吐く。
その時、石段の上から小さな声が降ってきた。
「サリア」
サリアの体が跳ねた。
リシアも顔を上げる。
声は、女性のものだった。
柔らかく、少しかすれている。
サリアの目が大きく開く。
「母さん……?」
リシアはすぐにサリアの腕を掴んだ。
強くではない。
ただ、足が勝手に前へ出ないように。
「待ってください」
サリアはリシアを見る。
その顔には、驚きと恐れと、どうしようもない願いが混ざっていた。
「今の、母の声です」
「分かります」
「でも、母は」
「亡くなっているんですね」
サリアは頷いた。
石段の上から、また声がした。
「サリア。トーリを連れてきて」
優しい声だった。
責める調子ではない。
命令にも聞こえない。
ただ、昔からそう呼んでいたような自然さで、彼女の名前を呼んでいる。
だからこそ、危ない。
サリアの唇が震えた。
心歌がこぼれる。
『もう一度だけ、呼んでほしかった』
リシアの胸が痛んだ。
聞かなかったふりはできない。
けれど、その心歌をそのまま歌にして返すこともできない。
リシアはサリアの腕から手を離し、彼女の前に立った。
「呼び返さないでください」
「でも」
「声は聞こえました。でも、今ここで応えると、道があなたの声を覚えるかもしれません」
サリアは息を止めた。
リシア自身も、自分の言葉に緊張していた。
確証はない。
けれど、星見台が声を返すなら、こちらの声も拾うはずだ。
老人が言っていた。
誰かと一緒に歩いている気がしても、振り返るな。
リシアは石段の上を見た。
誰もいない。
ただ、白い星石だけが薄く光っている。
シルが低く鳴いた。
その声に、サリアは木札を胸へ押し当てる。
「じゃあ、どうすれば」
「今は、私の声だけ聞いてください」
リシアはゆっくり言った。
「あなたのお母さんの声に似ていても、まだ本物だと決めない。偽物だとも決めない。ただ、今は返事をしない」
サリアは苦しそうに目を閉じる。
リシアは、それ以上言葉を重ねなかった。
しばらくして、石段の上の声は消えた。
風が戻る。
葉が揺れ、遠くで鳥が鳴いた。
サリアは膝から崩れそうになったが、どうにか踏みとどまった。
「ごめんなさい。私、行きそうになりました」
「行かなかったです」
リシアは短く返した。
「それで十分です」
サリアは木札を握り直す。
その指はまだ震えていたが、目は少しだけ戻っていた。
再び歩き出すと、石段の途中に小さな布切れが落ちていた。
子どもの上着の端だろう。
サリアが駆け寄ろうとしたが、今度は自分で止まった。
リシアを見る。
「触ってもいいですか」
「待ってください。先に周りを見ます」
リシアは膝をつき、布切れの周囲を確認した。
足跡が乱れている。
ここでトーリは走り出したらしい。
黒い譜面線の跡も、足跡の横から少し前へ出ている。
誘導している。
そんな言葉が浮かんだ。
リシアは布切れへ手を伸ばす。
今度は触れた。
残響を開くほど深くは触れない。
ただ、布に残った温度を確かめる。
新しい。
今日のものだ。
その瞬間、耳の奥へ短い声が触れた。
『母さん、待って』
トーリの心歌だ。
幼く、必死で、少し嬉しそうですらある。
リシアは布を離した。
サリアが不安そうに見ている。
「トーリさんは、ここで声を追って走り出したと思います」
「母の声を?」
「たぶん」
リシアは言葉を選ぶ。
「でも、まだ自分で歩いています。連れ去られたというより、呼ばれて進んでいる」
サリアの顔が歪む。
その方が余計に辛いのかもしれない。
無理やりなら、奪われたと言える。
でも、自分で歩いているなら、どう止めればいいのか分からない。
リシアは白い星石の先を見る。
「だから、呼び戻す声が必要です」
「私の声で」
「はい」
サリアは頷いた。
まだ怖さはある。
けれど、先ほどよりも少しだけ、自分の役割を理解した顔だった。
二股杉は、さらに上にあった。
老人が言っていた通り、一本の根から二つの太い幹が伸びている。枝は空へ向かい、その間から昼の月が薄く見えた。
二股杉の根元には、古い祠がある。
祠の前には、星形の木札がいくつも積まれていた。
願い札だろう。
名前の刻まれたもの。
願いだけが書かれたもの。
何も書かれていないもの。
その中に、黒く染まった札が数枚混じっている。
リシアは立ち止まった。
ここから先は声が返りやすい。
老人の言葉がよみがえる。
シルがリシアの肩で身を低くした。
小さな体に緊張が走っている。
サリアも、何かを感じたのだろう。木札を握ったまま、声を出せずにいる。
祠の向こうから、歌が聞こえた。
子どもの声だ。
旋律はたどたどしい。
けれど、確かに歌っている。
「星よ、星よ、声を返して」
サリアが顔を上げる。
「トーリ」
リシアは彼女を止めなかった。
ただ、目で合図した。
まだ小さく。
呼ぶなら、自分の声で。
サリアは震えながら息を吸う。
「トーリ」
返事はない。
歌だけが続く。
「母さんの声を、もう一度」
リシアは祠の横から先を覗いた。
石段の先に、小さな広場がある。
その中央に、少年が立っていた。
十歳くらいだろうか。
細い肩。
栗色の髪。
片手に、星形の木札の片割れを握っている。
トーリだ。
彼の前には、誰もいない。
けれど、少年は誰かを見上げるように、少し上の空間へ視線を向けている。
その目は泣いていなかった。
笑ってもいなかった。
ただ、夢の続きを見ているようでもある。
リシアは胸元の歌詞帳に手を置いた。
歌わない。
ここで歌えば、星見台が拾う。
でも、声は必要だ。
リシアはサリアを見る。
彼女は青ざめている。
それでも、逃げていない。
トーリの周りには、黒い譜面線が薄く輪を描いていた。
完全な拘束ではない。
でも、彼が一歩前に出るたび、その輪も少しずつ上へ動く。
星見台の方へ。
リシアの耳に、また心歌が触れた。
『置いていかないで、母さん』
今度ははっきり分かった。
トーリのものだ。
リシアは息を整える。
この子は、死を理解したいのではない。
別れを受け入れたいのでもない。
置いていかれたくない。
ただ、それだけの小さな願いに、星見台が声を返している。
サリアが一歩前へ出る。
「トーリ」
少年の歌が止まった。
ゆっくり振り返る。
目が合った。
トーリは姉を見ても、驚かなかった。
それどころか、少し困ったように言った。
「姉ちゃんも来たの?」
「迎えに来たの」
「まだだよ」
トーリは星見台の方を指差す。
「母さん、上で待ってるんだって」
サリアの顔が歪む。
「母さんは」
亡くなった。
そう言いかけて、言葉が止まる。
その言葉を、今ここでぶつければ、トーリはもっと遠くへ行く。
リシアにも分かった。
サリアにも分かったのだろう。
彼女は木札を握りしめ、別の言葉を探した。
「トーリ。私も、母さんの声を聞きたい」
少年の目が揺れた。
「じゃあ、一緒に行こう」
「でも、私はあなたの声も聞きたい」
トーリは黙った。
黒い譜面線が、彼の足元で少しだけ乱れる。
リシアはその瞬間を逃さなかった。
サリアの言葉は届いている。
母の声を否定しなかった。
でも、弟の声も必要だと伝えた。
リシアは半歩だけ前へ出る。
「トーリさん」
少年がリシアを見る。
「誰?」
「旅の歌術師です」
「歌術師なら、母さんの声、聞こえる?」
その問いはまっすぐだった。
リシアの胸に刺さる。
聞こえるかもしれない。
聞こうと思えば、拾ってしまうかもしれない。
でも、それを答えにしてはいけない。
「聞こえる声もあります。でも、それがあなたにとって本当に今聞くべき声かは、まだ分かりません」
トーリは眉を寄せる。
「分かんないなら、邪魔しないで」
声が強くなる。
その足元の黒い輪が、少し濃くなった。
サリアが一歩踏み出しかける。
リシアは手で制した。
ここで説得を急げば、押し合いになる。
トーリは今、母を追っているのではない。
母を奪おうとする者から逃げているつもりなのかもしれない。
リシアは膝をつき、少年の目線に近づいた。
「邪魔はしません」
「じゃあ」
「でも、上まで行く前に、一つだけ聞かせてください」
トーリは警戒したまま黙っている。
「その声は、あなたに何と言いましたか」
少年の表情が少し緩んだ。
嬉しそうに。
それが、サリアには辛そうだった。
「トーリ、こっちへおいでって。星がきれいだからって。寒くないよって」
「他には?」
「もう泣かなくていいって」
少年は木札を握る。
「もう寂しくないって」
リシアは静かに聞いた。
声の内容は優しい。
だから危うい。
悲しみを責めず、寂しさを消すように言う。
灰鐘の眠りと同じだ。
苦しみを減らす顔をして、選ぶ力を奪う。
リシアはサリアを見る。
彼女は泣きそうになっていた。
それでも、口を押さえて耐えている。
トーリがまた星見台の方へ向く。
「だから、行く」
黒い譜面線が光った。
トーリの足が、一歩上へ進む。
その瞬間、シルがリシアの肩から飛び降りた。
白い星石の上に着地し、トーリの足元へ走る。
そして、少年の前で両前足を広げるように立った。
ちいっ!
トーリが驚いて止まる。
「リス?」
シルは真剣だった。
小さな体で道を塞いでいる。
まるで、これ以上はまだだと言っているように。
黒い譜面線がシルへ伸びかけた。
リシアは息を呑む。
だが、線はシルに触れる寸前で避けた。
シルの青いリボンが、風もないのに揺れる。
トーリが目を瞬いた。
その一瞬、彼の周りの黒い輪が薄くなる。
リシアはサリアへ小さく頷いた。
今だ。
サリアは木札を胸に当て、震える声で言った。
「トーリ。帰ってきて」
少年の目が姉へ戻る。
「母さん、上にいるんだよ」
「うん。そう聞こえたんだね」
サリアの声は震えていた。
けれど、逃げなかった。
「でも、私はここにいる。あなたの前にいる」
トーリの唇が動く。
声は出ない。
リシアは心歌を聞いた。
『姉ちゃんまで、いなくならない?』
リシアはその心歌をサリアへ伝えなかった。
今は、サリア自身の言葉が必要だ。
彼女が選んだ言葉が。
サリアは、まるで聞こえたかのように続けた。
「私は、ここにいるよ。上じゃない。星の中じゃない。ここにいる」
トーリの手から、木札が少しだけ下がった。
黒い譜面線が、また揺れる。
だが、完全には消えない。
祠の奥。
石段の上。
そこから、女性の声が降ってきた。
「トーリ」
少年の体が震えた。
サリアも息を詰める。
リシアの心臓が強く鳴る。
その声は、先ほどより近い。
甘く、懐かしく、悲しみの隙間へ入り込む声。
「二人とも、おいで」
サリアの目に涙が浮かんだ。
トーリがまた上を向く。
リシアは歌詞帳に触れた。
ここで歌うべきか。
まだ違う。
歌えば、母の声とリシアの声が混ざる。
この場所が待っているのは、それだ。
歌術師の声を取り込み、もっと強い返り声にすること。
リシアはそう直感した。
だから、歌わない。
でも、何もしないわけではない。
リシアはトーリの落とした布切れを取り出し、サリアへ渡した。
「これを持って、呼んでください。お母さんの代わりではなく、あなた自身の声で」
サリアは布切れを受け取った。
そして、深く息を吸う。
「トーリ」
声は先ほどより大きかった。
「お母さんの声を聞きたいなら、私も一緒に泣く。怒りたいなら、私も一緒に怒る。でも、星の上へ一人で行かないで」
トーリの顔が崩れた。
初めて、泣きそうな顔になった。
「だって、姉ちゃんは泣かないじゃん」
サリアの喉が詰まる。
「泣いたら、トーリがもっと泣くと思った」
「僕、ずっと泣いてた」
「うん」
「母さんの声、聞きたかった」
「うん」
「姉ちゃんにも、聞いてほしかった」
サリアは頷いた。
涙がこぼれた。
「聞きたかったよ。私も」
その瞬間、黒い譜面線が大きく乱れた。
星見台の上から降る声が、少しだけ歪む。
「おいで」
同じ言葉なのに、さっきより遠い。
トーリは揺れている。
戻りきってはいない。
けれど、もう一人で上へ向かう顔ではない。
リシアはようやく、歌詞帳を少しだけ開いた。
星見道の空気が反応する。
白い星石が淡く光った。
だが、リシアは歌わなかった。
ページの端に、短い言葉だけを見つける。
返る声に、名を渡さない。
呼ぶ声は、ここにいる人から。
リシアはその言葉を胸の中で読むだけにした。
そして、トーリへ手を伸ばす。
「戻りましょう。聞きたい声を、聞きに行くためじゃなく。ここにいる声を、なくさないために」
トーリはリシアを見た。
それから、サリアを見る。
シルはまだ小さな体で道を塞いでいる。
少年の手が、少しずつ下がる。
星形の木札が、かたりと石段に落ちた。
その時、上からの声が消えた。
完全にではない。
遠くへ引いた。
まるで、次の機会を待つように。
トーリはその場にしゃがみ込んだ。
サリアが駆け寄り、弟を抱きしめる。
トーリはしばらく動かなかった。
やがて、細い声で言った。
「母さん、怒るかな」
サリアは泣きながら首を横に振る。
「怒らないよ」
「本当に?」
「たぶん」
その言い方に、リシアは少しだけ目を細めた。
たぶん。
その曖昧さが、今は優しかった。
絶対と言わないこと。
分からないことを、分からないまま抱いてもいいこと。
トーリは姉の腕の中で、ようやく泣き始めた。
リシアは歌詞帳を閉じた。
星見台は、まだ上にある。
エルバの痕も、黒譜の線も、消えていない。
トーリを連れ戻せたとしても、この場所の問題が終わったわけではない。
むしろ、今分かった。
星見台は、失った声をただ返しているのではない。
聞きたい人の願いを使って、上へ呼んでいる。
そして、おそらくリシアにも。
木々の間から、風が降りてくる。
その風に混じって、ほんの一瞬だけ、懐かしい声がした。
「リシア」
アイシャの声に似ていた。
リシアは振り返らなかった。
拳を握る。
シルが戻ってきて、リシアの足元へ寄り添った。
ちい。
「大丈夫」
リシアは小さく言った。
「今は、振り返らない」
それは自分への言葉だった。
星見台は、まだ上で待っている。
聞きたいなら、登れ。
その誘いは、消えずに残っていた。
今回は、星見道を登り、トーリの足跡を追う回でした。
星見台は、ただ声を返す場所ではありません。
聞きたい声を持つ人の願いに触れ、その人を上へ呼んでいく場所になっていました。
トーリは母の声を追っていましたが、姉サリアの声によって、ぎりぎりのところで立ち止まります。
リシアもまた、最後にアイシャに似た声を聞きました。
けれど、今は振り返らない。
そう決めて、彼女はまだ見えない星見台を見上げます。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。




