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星渡りの石列編 105話 リシアの一歩はどこへ

石列の夜、リシアとリーネは小屋の外へ出て、銀笛を持った石守りの師匠ハルヴァを小屋の明かりまで戻そうとした。

石列は師匠の足音を真似し、ピオの銀笛を使って少年を外へ誘おうとする。

リシアは、歌えば笛に乗って悪化すると判断した場面では歌わず、シルの鈴型焼き菓子の音や、ピオの母親の呼びかけ、サージの踏みとどまる声を使って場を支えた。

最後はリーネの数える声とリシアの歌が重なり、ハルヴァは小屋の明かりまで戻る。

だが、石列はリシアの歌も足音も覚えていた。

ハルヴァは、夜明けまでにリシア自身の足音を見つけなければ、石列はリシアの歌を帰り道にしてしまうと告げる。


 ハルヴァが小屋へ戻ってからも、夜の石列は静かにならなかった。むしろ、老人が戻ったことで小屋の明かりを囲むように足音が集まり、ざり、ざり、と砂を踏む音が幾重にも重なっている。ピオは母親に抱かれたまま泣き疲れて眠り、サージは扉の内側で自分の足を踏みしめていた。リーネは師匠のそばに座りながらも、手元の小石を動かし続けている。泣き止んではいない。けれど、泣きながらでも数えていた。


 リシアは小屋の入口に立ち、石列の奥を見ていた。月は高く、白い石柱は骨のように青白く光っている。その間から、ときおり自分の歌の端が返ってきた。〔リシアの一歩は、どこへ〕。それは問いかけの形をしていたが、優しい問いではなかった。答えられない者を、答えの代わりにどこかへ連れていこうとする音だった。


「座れ」


 背後から、ハルヴァの低い声がした。


 老人は毛布を肩にかけ、壁に背を預けている。顔色は悪く、唇も乾いていたが、目だけは石のように鋭かった。彼は戻ってきたばかりの人間とは思えないほど厳しい顔で、リシアの足元を見ている。


「立ったまま考えるな。石列は、迷っている足から先に拾う」


 リシアは小屋の入口から半歩下がり、床に腰を下ろした。シルはその隣へ降りると、粉々になった鈴型焼き菓子の残骸を名残惜しそうに見つめた。銀笛の穴を塞いだ時にほとんど崩れてしまい、もう食べられる形ではない。それでもシルは欠片を一つ拾い、前足で大事そうに抱えた。


「シル、ありがとう」


 リシアが小さく言うと、シルはぷいと横を向いた。けれど尻尾は少しだけ揺れている。照れているのか、それとも菓子を失った悲しみと戦っているのかは分からない。たぶん両方だ。


 ハルヴァはその様子を見て、片眉を上げた。


「妙なリスだな」


「よく言われます」


「ただのリスか」


「たぶん、本人はそう主張すると思います」


 シルが胸を張った。


 ハルヴァはそれ以上追及しなかった。ただ、銀笛をちらりと見たあと、低く息を吐く。


「笛は朝まで吹くな。あれは子どもの足音をよく覚えている。音を鳴らせば、また坊主を呼ぶ」


「はい」


「それと、お前の歌だ。今はもう、石列の中に混ざっている。歌術師の歌は普通の声より道になりやすい。心に触れる歌ならなおさらだ」


 リシアは膝の上で手を握った。


「私の歌が、誰かを引く道になるんですね」


「なる。だが、もうなってしまったものを悔やんでいる暇はない。足音を見つけて、歌の向きを自分で決め直せ」


 ハルヴァの言い方は容赦がない。けれど、責めるための言葉ではなかった。リシアが歌ったからハルヴァは戻れた。その事実も、歌ったことで石列に覚えられた事実も、どちらも消えない。なら、次に何をするか。彼はそこだけを見ている。


 リシアはゆっくり頷いた。


「どうすれば、自分の足音を見つけられますか」


「石列へ入る」


 サージが顔を上げた。


「今からかよ」


「今からだ。夜明けまで待てば、足音は薄れる。ただし、薄れた音は本人より道をよく知るようになる。そうなれば、歌術師の声を使って他人を誘う」


「つまり、今行かないとまずいってことか」


「そうだ」


 小屋の中に沈黙が落ちた。ピオの母親が眠る息子を抱きしめ、リーネは小石を動かす手を止める。リシアは石列を見た。夜の奥から、自分の足音が聞こえる。ざり、と軽い音。けれど、それが本当に自分のものかは分からない。石列はもう、アイシャの声に似たものまで聞かせてきた。


 リーネが立ち上がった。


「私も行きます」


 ハルヴァが即座に言った。


「駄目だ」


「師匠」


「見習いが夜の石渡りに付き添うな。足音を二つ増やすだけだ」


「でも、数えないと」


「小屋から数えろ。お前の耳なら入口から三十歩までは拾える」


「その先は?」


 ハルヴァは答えなかった。


 リーネの顔が歪む。リシアはそのやり取りを見ながら、石列へひとりで入る自分を想像した。怖くないわけがない。だが、全員を連れていけば、それだけ足音が増える。サージもピオも今は守られる側だ。リーネまで危険に晒すわけにはいかない。


 それでも、完全に一人で抱え込むのも違う。


「リーネは小屋から数えてください。ハルヴァさんは、偽物の音を教えてください。サージさんは、もし私の足音があなたのお母さんの声に似たものを使ったら、違うと言ってください。ピオくんのお母さんは、ピオくんが起きそうになったら名前を呼んでください」


 リシアは一人ずつ見た。


「私は石列へ入ります。でも、私だけで戻るわけではありません。皆さんの声を聞きながら、自分の足音を探します」


 ハルヴァの目が細くなる。


「歌術師のくせに、ずいぶん人を使う」


「一人で歌うと、石列に拾われすぎるので」


 リシアがそう答えると、ハルヴァは喉の奥で短く笑った。


「少しは分かっているな」


 リーネは悔しそうに唇を噛んだが、やがて小石の列を作り直し始めた。小屋の入口から石列の奥へ向かうように、細い道を模した列を置く。白い石はリシア。黒い石は偽物。灰色の石は聞き分けられない音。リーネは説明しながら石を置き、最後に一番小さな白い石をリシアの前へ差し出した。


「持っていてください。戻るためではなく、今どこにいるかを忘れないためです」


 リシアはその石を受け取った。冷たい石だったが、手の中に置くと、わずかに温かく感じる。誰かが長く触れてきた石なのだろう。数えるための石。足を縛るためではなく、迷った時に今を確かめるための石。


「ありがとうございます」


「礼は、戻ってからでいいです」


「分かりました」


 リシアは立ち上がった。シルが肩へ乗ろうとする。だが、ハルヴァが低く言った。


「そのリスは置いていけ。小さい足音ほど石列は拾いやすい」


 シルがぎょっとした顔でハルヴァを見た。リシアも思わず肩を押さえる。


「でも」


「連れていけば、お前は自分の足音より先にリスを探す。石列はそれを使う」


 言い返せなかった。シルがいなければ不安だ。けれど、だからこそ危ない。リシアはシルへ向き直り、そっと両手で抱き上げた。


「シル、ここで待っていて」


 シルは即座に首を横に振った。小さな前足でリシアの袖を掴む。その力は弱い。けれど、離れたくないという気持ちは痛いほど伝わった。


「大丈夫、とは言わないよ。怖いし、迷うかもしれない。でも戻る。あなたの焼き菓子、まだちゃんとお礼してないから」


 シルの耳がぴくりと動いた。焼き菓子という言葉に反応したのか、戻るという言葉に反応したのかは分からない。リシアは少し笑い、粉々になった菓子の欠片を一つ、シルの前足に戻した。


「それ、守ってて」


 シルはしばらくリシアを見ていたが、やがて不満そうに欠片を抱えた。納得はしていない。けれど、今はリシアが行くと分かったのだろう。リシアが立ち上がると、シルは小屋の入口で尻尾を膨らませたまま座った。


 リシアは扉を開けた。


 夜の風が頬に触れる。石列の白い道は、さっきよりもはっきり見えた。いや、見えすぎている。まるでリシアのために道が整えられているようだった。誘われている、と感じた瞬間、足が前へ出そうになる。


 リーネの声が背中から飛ぶ。


「リシア、一つ」


 その声で、リシアは自分の足が一歩目を踏んだことに気づいた。ざり、と砂が鳴る。足音はすぐには返らない。少し遅れて、石列の奥から同じ音がする。ざり。


「返り、一つ。まだ近いです」


 リーネが数える。リシアは胸元の徽章に触れず、歌詞帳にも触れなかった。今は道具に頼るより、自分の足に意識を置く。手の中の白い小石を握り、二歩目を踏む。


「リシア、二つ」


 ざり。


 遅れて、返り。


「返り、二つ」


 石列の奥から、王都の石畳の音が混ざる。かつん、と懐かしい硬い音。リシアはそちらを見ないようにした。見ると、きっと何かが立っている。歌術隊の宿舎かもしれない。慰霊の丘かもしれない。アイシャかもしれない。


「リシア、三つ」


 三歩目で、風が変わった。


 白い石柱の間に、朝の王都が見えた。中央広場ではない。もっと小さな場所。歌術隊の訓練場だ。まだ入隊したばかりのリシアが、外れた音を何度も直されていた場所。石畳の端には、金色の髪の少女がしゃがみ込み、退屈そうに頬杖をついている。


「リシア、また隊長に怒られてる」


 アイシャの声だった。


 リシアの足が止まる。止まったのに、返りの足音だけが近づいてくる。ざり。ざり。リーネの声が遠くなる。


「返り、三つ。リシア、止まらないでください。止まるなら、足を決めて止まって」


 足を決めて止まる。リシアは白い小石を握り、右足に重さを置いた。訓練場の幻は消えない。アイシャは頬杖をついたまま笑っている。あまりにも自然で、胸が痛くなる。


「ねえ、リシア。戻っておいでよ。まだ何も知らない頃に」


 その言葉に、喉の奥が震えた。


 戻りたい。


 何度も思った。戦争の前へ。進軍詩が罪の形をしていなかった頃へ。アイシャが笑っていて、リシアの歌をただ好きだと言ってくれていた頃へ。そこに戻れたら、どれほど楽だろう。


 だが、サージの声が小屋から響いた。


「違う! その声、本当にそう言いそうか!」


 リシアは息を呑んだ。


 本当に、アイシャはそう言うだろうか。戻っておいでよ。まだ何も知らない頃に。そんなふうに、今のリシアの歩いてきた道をなかったことにするだろうか。


 リシアは目を閉じなかった。幻のアイシャを見たまま、静かに言う。


「アイシャは、私に戻れとは言わない」


 幻のアイシャが笑みを深くする。


「どうして分かるの?」


「あなたは、私を置いていく側だったから」


 言った瞬間、胸が痛んだ。けれど、それは責めではない。アイシャはいつも先へ行った。怖くても、泣きそうでも、誰かを守るために一歩前へ出た。リシアが追いつけずに困るくらい、勝手に進んでいった。


「だから、もし本物のあなたなら、戻っておいでじゃなくて、早く来なよって言う」


 幻の顔が揺れた。


 訓練場の石畳が砂に戻る。アイシャの姿は消え、代わりに足元で返りの足音が一つ乱れた。リーネの棒が鳴る。


「偽物、一つ崩れました。リシア、四つへ」


 リシアは四歩目を踏んだ。ざり。今度は、別の景色が石柱の間に現れる。雪の町、セレスタ。白い道。小さな手。リシアが旅で出会い、歌を形にしてきた人々の顔が、次々と夜の石列に浮かぶ。ラグナの炉、沈黙の少女の風、名前を失った村、境界で泣いていた子守唄、灰鐘修道院の鐘。どれも戻りたい場所ではない。けれど、置いてきたままにはしたくない場所だった。


 心歌が重なる。『忘れないで』『また来て』『歌って』『歌わないで』『助けて』『もう大丈夫』『まだ聞いて』。リシアの胸の中で、無数の声が絡み合う。すべてに答えたくなる。すべての場所へ戻りたくなる。けれど足は一つしかない。歌も一度にすべてへは届かない。


 リシアは思わず歌おうとした。皆を結ぶ歌を。置いてきた声を、もう一度照らす歌を。だが、喉に乗りかけた旋律を止める。ここで歌えば、石列はその声を全部拾う。善意ごと、責任ごと、帰り道に変えてしまう。


 代わりに、リシアは歩いた。


 五歩目。


 ざり。


「リシア、五つ」


 六歩目。


 ざり。


「リシア、六つ」


 声はまだ聞こえる。戻りたいというより、振り返りたい場所たちだ。リシアはそれらを否定しなかった。消そうともしなかった。ただ、一つずつ胸の中で名前を呼び、足は前へ置いた。


 七歩目で、石列の奥に慰霊の丘が見えた。


 王都の外れの丘。白い花。アイシャの名が刻まれた石碑。そこに、旅立つ前のリシアが膝をついている。銀色のリスが現れる直前の、歌を閉じたままの自分だった。


 リシアは足を止めた。


 これは他人の声ではない。


 過去の自分の足音だ。


 丘の上のリシアは顔を上げない。風に揺れる花の中で、ただ石碑へ向かって呟いている。


「私、まだ歌術師でいていいのかな」


 その声は、今のリシアの胸から出たものとほとんど同じだった。石列が作った偽物だとしても、そこにある痛みは本物に近い。リシアは一歩も動けなくなる。リーネの声が聞こえる。


「返り、七つ。近づいてます。リシア、止まるなら数えて」


 数える。今を確かめる。リシアは手の中の白い石を握った。


「リシア、七つ」


 自分で言った。声は震えていたが、確かに言えた。


 丘の上のリシアが顔を上げる。


「歌えば、また誰かを傷つけるかもしれない」


「うん」


 今のリシアは答えた。


「歌わなければ、助けられない時もある」


「うん」


「どちらを選んでも、怖い」


「怖いよ」


 認めた瞬間、胸の奥にあった硬いものが少しだけほどけた。石列は答えを求めていたのではない。戻りたい場所を使って、答えられない足を止めようとしている。なら、完璧な答えを出す必要はない。怖いまま、今の足を数えればいい。


 リシアは息を吸った。


 今度は歌う。


 過去を消すためではない。幻を否定するためでもない。自分の足音を、自分のものとして数え直すために。


〔戻れない場所よ、灯であれ。


 戻りたい声よ、鎖になるな。


 置いてきた涙も、受け取った歌も、


 今の一歩の重さになれ。〕


 石列が震えた。


 歌はすぐに返ってくる。けれど、リシアはそれを待たずに八歩目を踏んだ。ざり。リーネが小屋から叫ぶ。


「リシア、八つ! 返りが遅れました!」


 丘の幻が薄れる。過去のリシアは、まだ石碑の前にいる。完全には消えない。消えなくていい。あの朝があったから、今の自分がここにいる。


 九歩目。


 ざり。


 リシアの足音が、石列の奥ではなく、自分のすぐ後ろで鳴った。遅れてはいる。けれど、もう引いていない。ついてきている。


「リシア、九つ。返り、九つ。距離、二歩!」


 リーネの声に、ハルヴァが続けた。


「いいぞ。見つけかけている。だが気を抜くな。足音は追いつく時が一番甘い声を出す」


 その言葉通り、十歩目を前にして、リシアの耳に声が届いた。


「リシア」


 セレナの声だった。


 厳しく、低く、懐かしい。


「もう十分だ。お前はよくやった。歌術隊へ戻れ」


 リシアの目の前に、王都の門が見えた。旅を終え、全部を誰かに預けて帰る道。セレナがいて、王都があって、歌術隊の部屋がある。そこに戻れば、もう一人で判断しなくていいのかもしれない。責任を分けてもらえる。失敗した歌も、怖い夜も、誰かが整理してくれる。


 けれど、リシアは小さく笑った。


「セレナさんは、そんな優しく逃がしてくれません」


 幻のセレナは黙る。


「本物なら、戻るなら自分の足で戻れ。逃げ帰るなら扉の前で一晩立っていろ、くらい言います」


 ハルヴァが小屋の中で咳き込みながら笑った。


「ひどい師匠ばかりだな」


「本当に」


 リシアは十歩目を踏んだ。


 ざり。


 その瞬間、石列の奥から返ってきた足音が、リシアのすぐ後ろで止まった。


 ざり。


 近い。


 あまりにも近い。


 けれど、怖さはさっきほどではなかった。これは追ってくる敵ではない。遅れていた自分の足音だ。王都も、アイシャも、旅で出会った町も、セレナの言葉も、閉じた歌の朝も、全部を置き去りにしたわけではない。背中に絡めるのでもなく、足元に重さとして乗せている。


 リシアは振り返った。


 そこに人影はなかった。


 ただ、砂の上に足跡が一つ残っている。自分の靴跡と同じ形だった。少し遅れてついてきたその足跡が、今、リシアの足元へ重なる。


 歌詞帳が熱を持った。


 腰のポーチの中で、白紙のページが震える。石列の上空に星が一つ、雲の間から覗いた。ミレネで得た道標の光とは違う。もっと乾いて、近くて、足元へ落ちる光だった。


 リーネが叫ぶ。


「リシアの足音、追いつきました! でも、引いてません!」


 ハルヴァの声が続く。


「なら戻れ。足音が本人に重なった時が、一番道を選びやすい」


 リシアは小屋の方を見た。


 戻る。


 この言葉を石列は好む。


 けれど今の戻るは、過去へ戻ることではない。小屋にいる人たちのもとへ、自分の足で帰ることだ。


 リシアは息を吸い、最後に一節だけ歌った。


〔私の一歩は、今ここから。


 過去を背にせず、過去を踏まず、


 連れて、選んで、朝へ行く。〕


 歌は石列に広がった。


 だが、今度はすぐに返ってこなかった。白い石柱の間で、音はしばらく揺れ、やがて足元へ静かに落ちる。リシアは小屋へ向かって歩き出した。


 一歩。


 ざり。


 すぐ後ろで、同じ足音が重なる。


 二歩。


 ざり。


 今度は遅れない。


 三歩。


 小屋の明かりが近づく。シルが入口で身を乗り出し、欠片を抱えたまま必死に鳴いた。ちい、ちい、と短い声。リーネは小石を数え続け、サージは扉の横で片手を伸ばしている。


 リシアはその手を取った。


 小屋の明かりの中へ戻った瞬間、外の足音が一斉に遠のいた。完全に消えたわけではない。けれど、さっきまで小屋を囲んでいた近さはない。


 シルがリシアの腕へ飛びついた。


「ごめん、待たせたね」


 シルは欠片を抱えたまま、リシアの袖に顔を押しつけた。それから、少しだけ怒ったように頬を膨らませる。リシアは笑いそうになったが、喉が痛くて息だけが漏れた。


 リーネは白い小石を受け取り、床の列へ戻した。


「リシア、帰着」


 その声を聞いた時、歌詞帳がひときわ強く震えた。


 リシアはポーチから歌詞帳を取り出す。ページがひとりでにめくれ、ミレネで得た道標の次の白紙で止まった。そこに、淡い星の線が走る。まだ断章ではない。けれど、確かに星へ近づく一節だった。


 文字が浮かぶ。


 ――戻る道は、過去へ続くとは限らない。


 ――足音は、今の自分を迎えに来ることもある。


 リシアはその言葉を見つめた。


 星の断章には、まだ届いていない。


 けれど、星渡りの石列が何を問いかけているのかは、少しだけ分かった気がした。


 その時、外で銀笛が小さく鳴った。


 シルが飛び上がる。


 ピオの母親が息子を抱きしめ、サージが扉へ向き直る。リーネは小石を握り、ハルヴァは険しい顔で外を見た。


 リシアも歌詞帳を閉じる。


 石列の奥で、今度は子どもの足音ではない、もっと古い足音が鳴っていた。


 ざり。


 ざり。


 ざり。


 ハルヴァが低く呟く。


「星渡りの中心が、起きたか」


 リシアは小屋の外を見た。


 白い石柱の一番奥、月明かりの届かない場所に、淡い星の輪が浮かんでいる。


 その輪の内側から、誰のものでもない足音が、ゆっくり近づいてきていた。


お読みいただきありがとうございます。


今回は、リシア自身の足音を探す回でした。


石列は、アイシャの声、旅で出会った人々の声、過去のリシア、セレナの声に似せた音で、リシアを戻りたい場所へ引こうとします。


リシアはそれらを否定せず、でも戻る道にせず、今の一歩の重さとして受け止めました。


星の断章にはまだ届いていませんが、星へ近づく新しい一節が歌詞帳に浮かびました。


そして次は、石列の中心そのものが目を覚まします。


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