【1-6】聖女召喚、再び
大理石の床。ステンドグラスの光。中世ヨーロッパ風の衣装を纏った人々。
全てが「一度目」と同じだった。
そして、同じ神官が同じ言葉を告げた。
「聖女様、よくぞ我らが呼びかけに応じてくださった!」
(ああ、戻ってきた)
泣きたいとか、怖いとか――そういう感情は、もうなかった。
ただ、静かな覚悟だけがあった。
「聖女様、我々は魔王という危機に瀕しております。どうか我々の世界をお救いください!」
中心にいる神官が深々と跪く。
今回は、違う答えを。
「断るわ」
口元に最大級の笑顔を浮かべて、私は告げた。
「……はい?」
「断ると言ったの。あなたたちの世界なんて、私にとってはどうでもいい」
「な……なんて酷いことを! あなたには大切な人たちを失う苦しみが分からないのですか!」
「分かるわよ」
私は声を張った。
「だって私はもう、元いた世界に帰れないのよ。家族にも、友人にも、二度と会えない。あなたたちに奪われたのよ。そんな私に、助けろと?」
「では、我々は、どうすれば」
「簡単よ。自分たちで戦いなさいよ。異世界の他人に責任を押し付けて、自分たちはのうのうと生きてるなんて。そんな性根の腐った人間は滅びればいい」
ざわめきが広間を包む。神官が震え、貴族たちが顔を見合わせる。そして――
「なんてやつだ! こちらがこれだけ頭を下げているというのに!」
「聖女ではない! この女は悪魔だ!」
「こんなのは聖女ではない! 殺せ!」
殺せ、殺せと人々はわめく。そうだ、それでいい。
「……みなさん! お静まりください!」
人々の間から前に出てきたのは、金髪の青年――ジークだった。
「聖女様。ご無礼をお許しください。ですが、あなたのことは拘束させていただきます。あなたに罪はない。だが、協力が得られないとわかった以上、危険因子である聖女を放置するわけにはいかないんだ」
ジークは剣を構えた。
「僕は、この国の勇者として、この国を守る義務がある」
ああ、ジークだ。あの頃と変わらない。
(あなたの本心は分かっている。私を殺す流れを止めるために、わざと剣を取るのね)
まっすぐで、強い意志をもったジーク。涙が出そうになるのをこらえながら、私は言った。
「あら。なんて身勝手なのかしら。勝手に召喚して都合が悪くなったら殺すなんて」
「僕たちが間違っていることは認めます。僕は罪から逃げるつもりはない。僕は聖女殺しの罪を背負う」
その言葉に、私は少しだけ目を細めた。
「安心しなさい。あなたが罪を背負う必要はないわ」
私は杖を構えた。
「私の方が強いから。聖なる嵐」
その瞬間、風が大聖堂を切り裂いた。
ステンドグラスは割れ、ガラガラと屋根が崩れていく。
「騎士団一同! 戦闘態勢!」
エドワードの声が響いた瞬間、複数の騎士たちが私に向かって踏み込んできた。
「風の守護」
風の壁が騎士たちを弾く。悲鳴と怒号が混ざり合い、大広間に混乱が広がった。
「化け物め!」
「悪魔だ! 聖女ではない!」
侮辱の声を聞きながら、私は静かだった。
怒りはない。悲しみもない。
ただ――一度目の世界を知っている人間として、これが正しい道だという確信だけがあった。
「聖女!」
エドが槍で踏み込んでくる。速い。さすがはこの国一番の戦士だ。
だけど――一度目の世界で、この人の全ての技を見ていた。
一歩引く。来ると分かっている斬撃を、先読みして避ける。彼の動きを、全てを、私は覚えている。
「……なぜだ。なぜこちらの動きが全て読める」
エドが唇を噛む。
「聖女、俺はお前が許せない。強きものは、弱きものを助けるために戦うべきだ! それだけの力がありながら、私利私欲のために使うなど言語道断!」
(私もそう思っていた。だけど、それは間違いだ)
「……なら、自分を守ってくれる誰かを待ち続けて、弱いまま死ねばいい」
「なっ……!」
エドの動きが、一瞬だけ鈍った。
その一瞬で十分だった。
「氷の楔」
氷の魔法がエドの両足を止める。エドが体勢を崩して膝をついた。
「ぐ……っ!」
「私の仲間は殺させません!雷の守護!」
ユリウスが前に出てきた。彼の魔法が私の攻撃を防ぐ。
(やっぱりユリウスはすごい。さすが私の師匠ね。でも……今は)
「私が勝つわ。終焉の世界樹」
木々が生え、騎士たちを取り囲む。
「この魔法は、一体……どれだけの研鑽を……」
「ユリウス! エド!」
ジークが二人を庇うように立った。剣は抜いていない。青色の目に迷いが滲んでいる。
(ジーク。ごめん)
「最後の頼みだ……君が力を貸してくれれば――」
「しつこいわよ。私の答えは変わらない」
「だけど、このままでは多くの人が死ぬ。君の力があれば、それを防げる。それでも――」
「まるで私のせいで死ぬみたいな言い方ね。あなたたちが招いた結果でしょう」
ジークが言葉に詰まった。
私は続けた。
「あなたたちみたいな弱い人間は、全員滅べばいい」
そう言い捨てて、私は踵を返した。
「待て、聖女!」
エドが魔法の鎖を強引に引きちぎって立ち上がった。
「俺は、必ずお前を倒す!」
私は振り返らなかった。
もう、かつての仲間たちはいない。
彼らは私のことを憎むだろう。それでも、かまわない。
私の頬に、一筋の涙がつたった。それを、誰も知らない。
(……さようなら、みんな。今度こそ。救ってみせる)
光の中へ、私は歩き出した。




