【1-5】一度目の終わり
それから私は一人で魔王討伐に向かった。
私は聖女としてこの世界に召喚されたからか、歳はとらなかった。
聖女としての責務を果たすまでは死なせない。そんな呪いのようにも感じた。
幾度となく魔王と戦い、幾度となく敗れ、その度に私は逃げた。
それでも諦めず、何度も戦った。戦い続けた。
その戦いは何年も、何十年も続き、そして――
一瞬の隙は、百年目の春に訪れた。
魔王の城。玉座の間。
何度も通い慣れた場所だった。
「お前も大概諦めが悪いな。聖女よ」
「あなたも随分と長生きね、魔王。そろそろ隠居してはいかがかしら」
「隠居、か。お前が魔王を継ぐというのか?」
「まさか。冗談でしょう」
「いいや、よく考えれば適任だ。お前と私は同類だからな」
「……同類、ですって?」
魔王は笑う。
「そうだ。お前も私も、世界を滅ぼす厄災だろう。違うか?」
「……その通りね。私は、私の行いによってたくさんの人々を殺した。だけど、それも終わりにする。あんたを倒してね」
私は杖を構えた。白髪を後ろに束ねた手が、微かに震えた。
魔王の攻撃が来る。私は防いだ。
百年で覚えた、魔王の癖があった。
大きな魔法を放つ前、ほんの一瞬――隙ができる。
私はシールドを展開した。だが、容赦のない攻撃はそれを壊し、私の元に届こうとする。
いよいよ手数がなくなり、私は防戦一方となった。
「終わりだ」
その命がけの防御ですら、魔王には敵わなかった。
魔王の攻撃が、私に届いた。
大きな爆発で体が吹き飛んだ。
「いよいよ終わりか、聖女よ。もう杖も動かせまい。今となっては残念なものだ。お前は私の理解者になれたかもしれぬのに」
(今だ)
私は動いた。
魔王の懐に、一気に踏み込む。杖の先を、その胸に向ける。距離、ゼロ。
「――光よ、貫け。聖なる槍!」
音もなく、白い光が炸裂した。
魔王の巨体が、揺れた。
「……貴様……なぜ……! シールドは貫いたはずだ。致命傷を負ったはずだぞ」
「ええ。いつも通りのシールドだったら、貫通していたでしょうね」
「まさか、シールドの強度を偽装し続けたのか……! 自分の弱さを、逆手に……! 命を守るシールドに手心を加えるなど、正気ではない!」
「そう……ね。何度も死にかけたわ。でも、これくらいやらないとあなたを欺けないと思ったから」
「貴様……!」
「おかげさまで百年かかったわ。……でも、ようやく届いた」
魔王はよく分からないものを見るような目で、傷だらけの私を見た。
「……なぜだ。なぜそこまで……お前には、何も残っていないだろう……」
「残ってるわよ。まだ私がすべきことは残ってる」
魔王の気配が、薄れていく。
玉座の間に、静寂が降りた。
私は床に膝をついた。
全身から力が抜けていった。
***
気づくと、私は白い場所にいた。
床も、壁も、天井も、全て白かった。いや――それらがあるのかも分からなかった。ただ、無限に広がる白の中に、私は立っていた。
「……よく来たわ、里奈」
声がした。
振り返ると、女がいた。
白い衣をまとった、年齢の分からない女だった。目は金色で、髪は光そのもののように白かった。
「女神……様?」
「そう。久しぶりね。あなたを召喚した以来だったかしら」
女神はゆっくりと歩み寄ってきた。
そして、静かに微笑んだ。
「おめでとう、里奈。あなたは帰還の条件を満たしたわ。あなたの召喚の使命は、『魔王と呼ばれる者』を倒すこと。あなたは元の世界に帰ることができる」
「……世界がこんなにめちゃくちゃになってでも、ですか。それで、聖女の使命を満たしたと?」
「聖女?……ああ、人間たちはあなたのことをそう呼んでいるのね」
「……?」
なにかが、かみ合わない。
「あなたの使命を決めたのは、私ではないわ。人々よ。召喚とはそういうルールなの。女神である私にできるのは、魔力の高い異世界人を呼び寄せ、不老の力を与え、願いを叶えたら元の世界に送り届ける。それだけ」
「これが……人々の願いですって?」
私は怒りに手が震えた。
だが、女神はその理由がわからない、というようにきょとんとしている。
「どうして怒っているの?『魔王と呼ばれる者』を倒す。その 願いは叶えてあげたじゃない。そしてあなたも元の世界に帰れるのよ」
(……よく分かった。なぜ聖女召喚なんて歪んだシステムがあるのか。それは女神と人の歪みでしかない)
「私は女神だから、世界に直接干渉することはできないの。だから人々の願いを叶えてあげるには、こうするしかないのよ」
(この女神が悪いわけじゃない。女神は人々の願いを叶えようとしただけだ。そこに悪意も善意もない。ただ、それだけだ)
「……一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「百年前の世界に、送り届けてもらうことはできますか」
女神の目が、細くなった。
「何のために?」
「私はたくさん間違えた。エドを死なせ、ユリウスを壊し、そして、ジークを手にかけた。それだけじゃない、たくさんの人を死なせた、だから――」
もう、迷わない。
「……それを、やり直したい」
「どうやってやり直すの?」
「最初から、悪女として動く。聖女として期待されなければ、人々は最初から自分で立つしかない。私が助けなければ――誰も私に依存できない」
女神はしばらく黙っていた。
「私があなたを送れるのは一度限り。元の世界には戻れなくなるわよ。そしてあなたに与えた不老の力もなくなり、あなたはただの人になる」
「分かってます。全て、覚悟の上です」
「一つだけ聞かせて。なぜそこまでするの? この世界のために、あなたは元の世界を捨てようとしている。なぜ?」
「……私は私の望みを叶えたいだけです。誰かに叶えてもらうんじゃなくて、自分の力で」
(誰かに願いを託すなんて、間違っている。願うだけのものではなく、叶えるものよ)
「なるほど、ね。そういう考えの人もいるのね」
女神は微笑んだ。
「あなたの望み、叶うといいわね」
そう言い残して、女神は消えた。
白い光が、私を包んだ。
目が閉じていく。
(さあ、もう一度。今度こそ――ちゃんとやってみせる)
目を開けた時、私はまたあの神殿の中にいた。




