【3-2】勇者との邂逅
「なんで俺がこんな最前線に……」
オズが馬の背でぼやくのは、出発してから何度目だろう。
「頭脳派やのに。俺の才能は情報収集と交渉と、あとまあ、美しい笑顔やろ。こんな鬱蒼とした森に持ってくるもんちゃうで」
「黙れ。魔物の餌にするぞ」
ラグナが一言で切り捨てる。
私はその二人の後ろで馬を走らせながら、木々の合間から見える空を仰いだ。幻翅の森特有の黒みがかった枝葉が絡み合い、昼間でも光を遮る。空気が湿っていて、土の奥から何か古いものが滲み出てくるような匂いがした。
「こっわぁ……この森嫌いやぁ……リナちゃんも怖いよなぁ?みんなで帰ろうや」
「こいつがこんなんでビビるようなタマか。いざとなったら魔法で森を燃やし尽くすくらいやるだろ」
「それは流石に無理だよ」
私は笑って続ける。
「全部せいぜい半分が限界かな」
「……」
「……」
謎の沈黙。
「……え?」
「オズ、こいつを怒らせるのはやめた方がいい」
「ああ。森よりリナちゃんの方が怖い」
「ちょ、ちょっと!」
そんなこんなで言い合いをしながら、なんとか目的地にたどり着いた。
***
勇者パーティと合流したのは、幻翅の森の入り口に設営された王国軍の野営地だった。
天幕が並び、騎士たちが慌ただしく動き回っている。その中心に、見知った顔が三つあった。
金髪の少年。茶色い髪の騎士。緑の長髪に眼鏡をかけた魔法師。
私はフードを目深にかぶったまま、少し後ろで馬を止めた。
ジークはラグナを見るなり、わずかに目を細めた。
「大公閣下。お越しいただけて光栄です」
「光栄に思う必要はない。公国の領土にも接しているからきた、それだけだ」
ラグナの声は、最初から剣みたいに尖っていた。
「俺はお前たちを許してない」
野営地の空気がざっと変わった。エドワードが反射的に一歩前へ出る。ユリウスが眼鏡の奥で視線を揺らす。
「聖女召喚なんてモンをして、異世界人ひとりに世界の責任を押しつけておいて、気に入らなければ剣を向ける。そういうやり方を、俺は許さない」
「な——殿下になんてことを!」
エドワードが声を荒げた。
「大公、言葉が過ぎます。殿下は王国の勇者として——」
「エド」
ジークが静かに制した。
エドワードが動きを止める。ジークは視線をラグナに向けたまま、表情を変えなかった。
「……大公の言う通りです」
その声は、思ったよりずっと落ち着いていた。
「自分の間違いは、自分が一番よくわかっている」
胸が、きゅっと痛んだ。
フードの陰から、私はジークを見ていた。まっすぐに立って、ラグナの言葉を正面から受け止めている背中。幼い頃から勇者として育てられて、失敗を許されないまま大きくなった少年。
彼は、自分を責めることが得意だ。一度目の世界でもそうだった。
『僕が弱いから。僕が足りないから』
そうやって全部自分に押し込んで、それでも前を向こうとして——最後には壊れた。
今度は、壊れさせない。
「俺はお前たちに協力するつもりはない」
ラグナが続けた。
「幻翅の森の攻略も、魔王軍への対処も、俺の好きにやらせてもらう。お前たちの指揮下には入らない」
エドワードが唇を引き結ぶ。反論したいのが手に取るようにわかった。
しかしジークは、少し間を置いてから頷いた。
「……わかりました。それでも、感謝します」
それだけ言って、ジークはこちらに視線を移した。
ラグナの後ろに控える、フードの人間へ。
「同行者の方も。幻翅の森は危険です。お気をつけて」
私はわずかに頭を下げた。
言葉は出なかった。出せなかった。
ジークたちは踵を返し、野営地の奥へと消えていく。エドワードが最後に一度、複雑な顔でラグナを振り返ってから、それも見えなくなった。
しばらく、足音だけが遠ざかった。
気づいたら、拳を握っていた。
手のひらに爪が食い込んでいる。いつからそうしていたかわからない。
「……」
「リナ」
低い声が呼んだ。
顔を上げると、ラグナが馬上からこちらを見ていた。
「ごめん、ちょっとボーっとしてた。行こう」
ラグナは何か言いたげにこちらをちらりと見て、視線を前に戻し、馬を進めた。
私もゆっくりと手を開いた。
爪の跡が、四本、くっきりと残っていた。




