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【3-1】 新たな居場所

 ラグナの屋敷での生活は、想像していたよりずっと穏やかだった。


 表向き、私はラグナの屋敷に居候する「訳ありの旅人リナ」だ。正体については使用人にも伝えていない。聖女であることを知るのは、ラグナと補佐官のオズワルドだけだった。


 「リナちゃん、よろしゅう。ラグナの保護者のオズワルドや。オズって呼んでや」

 「保護者ってなんだ。補佐官だろ」

 「ラグナ、あんたが問題起こす度、尻ぬぐいしてるのは誰や。保護者の方が正しいやろ」


 オズは、ピンク色の髪に金縁の眼鏡、整った顔立ちをしていた。

 だが、それに似合わず、商人のような(ちょっと懐かしさを感じる)訛り口調で話す。


 「ここだけの話、ラグナのやつ、リナちゃんのこと相当心配してたで? 王国をぶっとばすって言って慌てて止めたくらいや」


 初めて挨拶した日にそう耳打ちされて、思わずラグナの顔を見た。ラグナは微妙な表情で視線を逸らしていた。


 「おい、余計なこと言うな」

 「嘘は言うてへんやろ」

 「……ふふっ」

 「おい、笑うな」


 その様子があまりに人間らしくて、また笑ってしまった。前の世界でラグナについて聞いた時、大陸最強の大公というイメージばかりが先行していた。実際にこうして一緒にいると、もちろん圧倒的な強さは感じる。でも同時に、ぶっきらぼうで不器用で、オズワルドにからかわれると困ったような顔をする——そういう人間的な部分もたくさんあった。


 (前の世界で、もっと彼のことを知れていれば、あんなことには――)


 そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。


***


 魔王討伐のため、ラグナと訓練するのが日課になっていた。


「っ——」


 ラグナの大剣が横薙ぎに飛んでくる。木製の訓練用の刃だが、当たれば痛い。私は身をかがめて回避し、すぐさま杖の先を前に突き出す。

 だが。 


「前に出すぎだ」


 ラグナが言い切るより早く、杖が払われた。手から離れた杖が砂地を転がっていく。

 私は舌打ちしたい気持ちを押し殺して、後ろへ跳んだ。


「杖なし、どう動く」


 追ってくるラグナの動きに、私は答える代わりに魔力を練る。足元に風の足場を作り、高く跳躍した。そして上から。


雷鳴撃(サンダーバースト)


 雷魔法を詠唱する。

 あたり一面に雷撃が走る。


「ハッ……相変わらずやべぇな。杖なしでこれかよ。だが――」


 ラグナは跳躍し、私への距離を一気に詰める。


「前に出すぎだ」


 慌ててシールドを張るが、それすらも破られる。地面に叩きつけられる。砂が口に入った。

 ローレの砂は細かくてほんのり塩辛い。何度目だろう、この味。


「ここまでだ」


 ラグナの声が真上から降ってくる。見上げると、木剣の先が私の首筋のすぐ傍に止まっていた。

 私はゆっくりと上半身を起こし、砂をはたいた。


「……参りました」


 ラグナは剣を収め、私に手を差し伸べた。私はその手を取りながら立ち上がる。硬い、大きな手だ。


「あんた、いつまでこんな自己犠牲的な戦い方するつもりだ。こんなんじゃいつか死ぬぞ」

「……自己犠牲?」

「そうだ」


 ラグナは腕を組んで、正面から私を見た。赤い目に、何か引っかかるものがある時の色が浮かんでいた。


「攻撃を受ける前提で戦うな」


 私は黙っていた。


「自分の身を囮にして相手の注意を引く。最悪、自分が被弾することを前提にして動いてる。魔法使いの戦い方じゃない」


 ラグナの声が、少し低くなった。怒っている、と気づいた。


「仲間がいる前提で動いてない。お前は最初から、自分一人で全部やろうとしてる」


 私は砂地を見た。

 否定はできなかった。


「ずっと……一人で戦ってきたから」


 自分でも驚くくらい、素直に言葉が出た。

 一度目の世界では、本当に一人だった。仲間がいなくなっていく中で、それでも戦い続けなければならなかった。 その癖が、まだ抜けていない。


「……長い間、そうしてきたから。染み付いてるの」

「じゃあ、俺が徹底的に直してやる」


 ラグナは一歩踏み出して、私に手を差し伸べた。


「俺がいる。あんたは一人じゃない。次から、自分を守る戦い方をしろ。いいな」


 私はしばらく、ラグナの赤い目を見つめた。

 この人が、一度目の世界でどんな最期を迎えたか、私は知っている。私が彼を殺した感触を、今でも忘れることができない。


 (自己犠牲なのは、私だけじゃないけどね)


「……わかった」


 私はラグナの手をとった。

 返事の声が少しだけ掠れた気がしたけれど、ラグナは指摘しなかった。


「よし。もう一本やるぞ」


 ラグナが木剣を構え直す。私も杖を拾いに行こうと踵を返した、その時だった。


「お二人さん、精が出ますなぁ」


 のんびりとした声が訓練場の入り口から飛んできた。

 振り向くと、オズが門柱に背を預けて立っていた。眼鏡の奥でにっこり笑って、手元でなにか書類を弄んでいる。


「訓練の見せどころがきたみたいやで」


 オズは肩を竦めて、訓練場に入ってきた。


「伝令が来た。王国軍から正式な要請や」

「……幻翅の森か。ついに王国側も動くことになったか」

「ああ。三日後に幻翅の森南端での共同戦線。王国軍が勇者パーティを中核に据えてくる。ローレには側面支援を求めてきてる」


 ラグナは無言で書類を受け取った。

 私は、胸の中で小さく息を吸った。

 勇者パーティ。

 ジーク。エドワード。ユリウス。

 あの三人が、三日後に幻翅の森で戦う。

 一度目の世界で、私が一緒に戦った仲間たちが。私が、守れなかった人たちが。

 砂地を見たまま、少し黙ってしまっていたのだと思う。


「リナ。お前は城にいていい」


 顔を上げると、ラグナがこちらを見ていた。


「勇者パーティとの接触が増えれば、正体がばれるリスクが上がる。それに——」


 そこで言葉を切った。残りは言わなかった。けれど私には、なんとなく分かった。

 勇者パーティと聞いて、私の顔色が変わった、と思ったのだろう。


「ううん」


 私は答えた。


「私も、行くわ。聖属性の力があった方が便利でしょう」


 ラグナが何か言いたそうに眉を寄せた。私はそれより先に続ける。


「幻翅の森には呪い魔法を使う蝶がいるでしょう。強い聖属性の魔法しか呪いを浄化できない。私が適任よ」


 オズが眼鏡を押し上げながら、口を開いた。


「リナちゃん、詳しいな」


 さらりとした口調だったが、その奥に確かめるような色があった。

 私は表情を変えなかった。


「聖女召喚をされるとき、この世界の知識が頭の中に入るの」

「へぇ。それは便利やな」


 嘘だ。本当は前の世界で幻翅の森に行ったことがある。今回は共同戦線という形になっているが、元の世界では私と勇者パーティ―だけで討伐にいったのだ。

 オズはそれ以上追及しなかった。ただ少しだけ、視線が私の横顔で止まった気がした。

 ラグナは書類に目を落としたまま、しばらく沈黙していた。

 押しつけがましくも、引き下がりもせず、私はただ待った。


「……わかった」


 ラグナが、ぼそりと言った。


「ただし、無茶はするな。さっき言ったことを忘れるな」

「忘れてない。……それにラグナだって結構無茶をする場面があると思うけど?自己犠牲的と言えばラグナもそうだよ」

「俺は前衛だからいいんだよ。後衛を守るために傷をうけるのは前衛の役割だ」

「なにそれ。私だってあなたに怪我してほしくないんだけど」


 オズがくつくつと笑う声がした。


「相性いいな、お二人さん」

「「よくない」」


 ほぼ同時に言った。オズはますます楽しそうに笑った。

 私は杖を持ち直して、訓練の続きを促すように構える。


「もう一本、やろう。今度は負けないから」

「……ああ」


 ラグナが木剣を握り直す。

 三日後、幻翅の森で。


 今度こそ一人で戦わなくていいのだと、まだ信じきれていない部分がある。けれど、信じようと思うことくらいなら——


「来い」


 ラグナの声に、私は踏み込んだ。

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