表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

【3-3】森での戦い

 馬を進めるうちに、木々の隙間から空が見えなくなった。

 幻翅の森の奥は昼でも暗い。足元の土がじわりと湿り気を帯びてきたと思ったら、ぽつ、と水滴が肩を打った。


「雨か」


 ラグナが空を仰いだ。


「はぁあー、最悪やん」


 オズが心底嫌そうな顔をする。

 私は杖を握り直した。


「雨だけじゃない。――来る」


 木立の奥から羽音が湧いた。


***


 呪い蝶。

 一頭だけなら、さほど脅威ではない。ただしそれは、『一匹だけ』という前提の話だ。

 幻翅の森に棲む呪い蝶は群れで動く。鱗粉に呪いの魔素が乗っており、皮膚に触れただけで痺れる。大量に浴びれば、苦しみにもがき続けながら、死ぬ。


 百を超える羽音が、木々の間を埋め始めた。


「ラグナ、前をお願い」

「任せろ」


 返事と同時に、ラグナが大剣を抜いた。

 私は杖を構え、魔法陣を展開する。風の刃で蝶の群れを薙ぎ払いながら、ラグナが右翼から圧力をかけて密度を上げていく。密集したところに——


「もらうわ。雷鳴撃(サンダーバースト)


 雷が轟く。

 呪い蝶の鱗粉ごと焼き払う。ラグナが下がるタイミングに合わせて、私は追撃の結界を展開した。逃げた蝶が戻れないように、外から押さえ込む形で。

 だが、雨だと威力が落ちる。


「ラグナ、次!」

「ああ」


 言葉は少ない。でも動きはぴったり合う。

 不思議だと思う。一緒に戦ったことなんて、まだほとんどないのに。


「なんちゅー戦いや……」


 木の陰からオズの声がした。


「俺、絶対いらんやろ。完全に蚊帳の外やん。なんで前線に引っ張ってきたんや……」

「うるさい、さっさと撃て」

「撃ってるわ! ちゃんと仕事してます! 」


 バン、バン、と銃声が混じる。オズの射撃は正確だ。文句を言いながら、ちゃんと群れの外縁を抑えている。


 雨が強くなったのは、それからしばらく後だった。

 叩きつけるような雨粒が木の葉を揺らし、地面を叩く。視界が白く霞む。


「この雨だったら、向こうも結構苦戦してるだろうな」

「……ちょっと、勇者パーティの様子を見てくる」 


 私は一度、大きく跳んだ。

 浮遊魔法で木の梢より高く上がり、幻翅の森の全体を見渡す。雨が顔を叩く。フードが風で煽られる。それでも目を細めて、遠くを見た。

 ラグナたちの陣から離れた方角。王国軍の担当区画に、光が密集していた。


 (あれは……!)


 ジークの剣が光っている。エドワードが前に出て盾になっている。ユリウスの魔法陣が展開されては消え、展開されては消える——追いついていない。呪い蝶の群れが、三方から圧縮されるように迫っていた。

 このままでは囲まれる。


「くそ、切り込んでも切り込んでも——!」


 エドワードの剣が、また群れを薙いだ。しかし蝶は減らない。倒した端から新しい羽音が湧いてくる。鱗粉が雨に混じって漂い、視界がじりじりと狭まっていく。


「殿下、左!」

「わかってる——」


 ジークが剣を振った。しかし足元が泥で滑った。体勢が崩れる。蝶の群れが、その隙間に流れ込んできた。


「ユリウス!」

「くっ……雨で炎魔法が——」


 炎の魔法は雨粒に叩き散らされ、構築が崩れていく。泥濘の中に膝をついた彼の周りに、羽音が渦を巻いた。

 三人とも、もう前を向く余裕がなかった。

 その瞬間。

 空が、割れた。


 雷だった。

 いや——雷に、見えた。


 轟音が耳を塞ぐ。白い光が森全体を焼いた。王国軍の区画に密集していた呪い蝶の群れが、一撃で消し飛ぶ。雨と焦げた鱗粉の匂いが混ざって、鼻の奥を刺す。


 静寂。

 ジークは膝をついたまま、空を仰いでいた。


「……なんだ、今のは」


 エドワードが雨に目を細めながら、ゆっくりと剣を下ろした。


「……運が良かったな。大きな雷が落ちた」


 ユリウスは答えなかった。

 眼鏡の奥の目が、落雷の跡ではなく、もっと遠くを見ていた。梢の向こう。雲の切れ間。何かがいた場所。


「……いや」


 静かな声だった。


「あれは――」


***


 公国領側の蝶を倒し切ったのは、雨がひとまず細くなった頃だった。

 私は木の幹に背中を預け、息を整えた。


「ふー、お二人ともお疲れさん」


 オズが地面に腰を下ろした。


「いやほんま、疲れた。リナちゃん。よしよしして」

「リナ、それなら俺の剣を貸すぞ」

「剣のよしよし!? 殺意高ぁッ!」


 私は少し笑いそうになって、口を引き結んだ。

 そのとき、伝令が来た。

 王国軍の兵士が、泥だらけで走ってくる。


「ローレ大公閣下! 至急お知らせを——勇者殿下が、呪いを受けました……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ