第5章:刺客の影と古代魔法の覚醒
第5章:刺客の影と古代魔法の覚醒
1. 古代魔法の修練
古の遺跡から帰還した翌日から、クロエによる古代魔法の指導が始まった。
修練場の隅に設けられた専用の区画で、アレンはクロエと向き合った。クロエは魔法書を膝の上に開き、細い指でページを繰りながら説明を始めた。
「古代魔法の基礎は三つよ。一つ目は古代語の理解、二つ目は魔力の多層構造制御、三つ目は術式の記憶と展開。この三つが揃って初めて、古代魔法は発動できる」
「昨日、壁の文字が自然に読めた。古代語の理解は、ある程度できているのかもしれない」
「そうね。あなたの場合、《限界突破》の影響で言語野にも何らかの変化が起きているのかもしれない。通常、古代語の習得には最低でも一年はかかる。でも、あなたは初見でかなりの部分を理解していた」
クロエは魔法書の一ページを開いた。そこには複雑な術式の図と、古代語の説明文が記されている。
「まずは最も基礎的な古代魔法、《光の灯火》から始めましょう。魔力を光の属性に変換して放出する、攻撃力はほぼゼロだけど、制御の練習には最適な魔法よ」
「《光の灯火》……」
アレンは術式の図を見た。複雑な魔法陣のように見えるが、よく見ると規則性がある。
「術式を頭の中に展開して、そこに魔力を流し込む。術式が完成した瞬間に、古代語で発動の言葉を唱える。それが古代魔法の基本的な発動手順よ」
「術式を頭の中に……」
アレンは目を閉じ、術式の図を記憶しようとした。複雑な線と記号が、頭の中で揺れる。
「焦らなくていい。最初は術式を完全に記憶するだけでいい。発動は後でいいわ」
「分かった」
アレンは術式の図を繰り返し見つめた。五分、十分、十五分——。
「……見えてきた」
術式の図が、頭の中で立体的に展開し始めた。線と記号が、三次元の構造を形成していく。
「それよ。術式は平面ではなく、立体的な構造を持っている。それが見えてきたなら、次の段階に進める」
「次は?」
「術式に魔力を流し込む。均一に、全ての線に沿って」
アレンは術式の立体構造に魔力を流し込んだ。最初は均一にならず、一部の線に魔力が偏ってしまう。
「均一に……」
「水が低い方に流れるように、魔力も流れやすい方向に偏る。それを意識的に制御する必要がある」
何度も試みた。十回、二十回——。
三十回目の試みで、術式全体に均一に魔力が流れた。
「《ルクス・フラマ》」
アレンが古代語で発動の言葉を唱えた瞬間、手のひらの上に柔らかい白い光が灯った。
「できた……!」
「初日で発動できるとは……やはり、あなたは規格外ね」
クロエは静かに言ったが、その目には明らかな驚きがあった。
「これが古代魔法か。《炎刃》や《火球》とは、全く違う感覚だ」
「そうよ。古代魔法は、魔力を術式という型に流し込むことで発動する。現代魔法が即興演奏なら、古代魔法は楽譜通りに演奏する感覚ね」
「楽譜……なるほど、その例えは分かりやすい」
「次は、もう少し複雑な術式を教えるわ。でも今日はここまで。初日に《ルクス・フラマ》を発動できただけで十分よ」
「もっとやりたい」
「駄目よ。魔力の使いすぎは、術式の習得に悪影響を与える。脳が疲弊すると、術式の記憶が定着しにくくなる。今日は休んで、明日また続けましょう」
クロエの言葉は厳しかったが、正しいと感じた。アレンは素直に頷いた。
「分かった。明日も頼む」
「ええ」
クロエは魔法書を閉じながら、少し表情を緩めた。
「……あなたと修練するのは、悪くないわね」
「そうか?」
「私はずっと一人で研究してきた。誰かに教えるのは初めてだけど……あなたは飲み込みが速いから、教えがいがある」
「それは光栄だ」
クロエは立ち上がり、修練場を後にした。その背中が、昨日より少し柔らかく見えた。
2. 街の異変
修練から三日が経った頃、街に異変が起きた。
朝、アレンが宿屋の食堂で朝食を取っていると、外が騒がしくなった。
「何事だ?」
窓から外を見ると、街の通りを黒装束の男たちが歩いている。五人ほどのグループで、腰に剣を帯びている。その目は鋭く、明らかに一般の旅人ではない。
「あれは……」
「刺客よ」
クロエが静かに言った。
アレンが振り返ると、クロエが窓の外を見ていた。その表情は冷静だったが、目の奥に緊張の色がある。
「知っているのか?」
「ええ。あの紋章——左腕の黒い蛇の紋章。『黒蛇の牙』よ。古代魔法の術式を独占しようとしている秘密結社。私が魔法書を持っていることを、もう嗅ぎつけたのね」
「秘密結社……」
「彼らは古代魔法の術式を集め、それを使って世界を支配しようとしている。私が遺跡から持ち出した魔法書には、彼らが長年探していた術式が含まれているわ」
「それを奪いに来た……」
「そう。予想より早かった。もう少し時間があると思っていたけど」
セリアが食堂に入ってきた。
「外の様子を確認してきた。黒装束の男が五人、街の各所に散っている。おそらく、この宿を包囲しようとしている」
「やはりか」
「クロエ、お前を狙っているのか?」
「ええ。魔法書を狙っている」
「戦えるか?」
「五人なら、問題ない」
セリアの目が鋭くなった。
「だが、街中での戦闘は避けたい。一般市民を巻き込む可能性がある。彼らを街の外に誘き出す必要がある」
「どうやって?」
「私が囮になる。クロエを連れて南門から出る。彼らは必ず追ってくる。街の外で迎え撃つ」
「危険だ」
「一番安全な方法だ。お前とリリスは別ルートで南門に向かえ。合流地点は南門から一キロ先の丘の上だ」
「分かった」
リリスが不安そうな表情で言った。
「私も戦える?」
「お前は後方支援に徹してくれ。解毒薬と回復薬の準備をしておいてくれると助かる」
「……分かった」
四人は素早く準備を整え、二手に分かれて宿屋を出た。
3. 南門外の決戦
南門から一キロ先の丘の上で、四人は合流した。
「追ってきた。五人全員だ」
セリアが後方を確認しながら言った。
丘の下の道を、黒装束の五人が歩いてくる。その動きは統率されており、明らかに訓練を受けた者たちだ。
「リーダーは真ん中の男だ。他の四人は護衛」
クロエが静かに分析した。
「リーダーの魔力が、他の四人と比べて格段に高い。彼は魔法使いね。護衛の四人は剣士」
「俺がリーダーを引きつける。セリアは護衛の二人を、クロエは残りの二人を頼む。リリスは後方で待機」
「了解」
「分かった」
「うん」
黒装束の男たちが丘の上に気づき、足を止めた。リーダーの男が前に出た。
年齢は四十代ほど。細身の体格に、鋭い目。腰には剣を帯びているが、右手には黒い杖を持っている。
「クロエ・ルーンスクリプト。大人しく魔法書を渡せ。そうすれば、命は保証する」
「断るわ」
クロエが静かに答えた。
「……そうか。では、力ずくで奪うまでだ」
リーダーが杖を構えた。
「行くぞ!」
四人は一斉に動いた。
アレンはリーダーに向かって踏み込んだ。
「《炎刃》!」
「《闇の盾》」
リーダーが黒い魔力の盾を展開し、アレンの《炎刃》を受け止めた。
「くっ……!」
「《闇の矢》!」
リーダーが黒い魔力の矢を連続で放ってきた。アレンは素早く横に転がって回避した。
「速い……!」
「お前が噂の異世界人か。確かに、魔力の質は高い。だが、私の闇魔法の前では無意味だ」
「闇魔法……!」
「闇魔法は、光と炎の属性を吸収する特性がある。お前の《炎刃》は私には効かない」
「また属性相性か……!」
アレンは《魔力刃》を思い出した。昨日の遺跡で使った、属性を持たない純粋魔力の刃。
「《魔力刃》!」
「なに……!?」
リーダーが驚いた表情を見せた。
「《魔力刃》だと……! お前、それを習得しているのか!?」
「問題があるか!」
「《闇の盾》!」
リーダーが再び盾を展開した。しかし、《魔力刃》は《炎刃》と異なり、属性を持たない純粋な魔力だ。
「《魔力刃》は属性がない。闇の吸収は効かない!」
アレンは《魔力刃》で盾に斬りかかった。盾がひびを入れ、砕けていく。
「馬鹿な……! 《闇の盾》が破られた!?」
「《魔力刃・極》!!」
アレンは魔力を極限まで圧縮し、リーダーに向けて全力の一撃を放った。
リーダーは咄嗟に横に跳んで回避したが、その右腕に《魔力刃》の余波が当たり、杖が吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
リーダーが右腕を押さえた。
「杖を失った……!」
「降参するか?」
アレンが剣を突きつけると、リーダーは苦しそうな表情で答えた。
「……まだだ。《闇の爆発》!」
リーダーが体全体から黒い魔力を爆発的に放出した。
「くっ!」
アレンは爆発の衝撃で吹き飛ばされた。
「アレン!」
リリスが叫んだ。
「大丈夫だ!」
アレンは地面を転がりながら体勢を立て直した。
リーダーは右腕を庇いながら、後退しようとしていた。しかし——。
「逃がさない」
クロエの声が響いた。
「《石の枷》」
古代語の詠唱とともに、リーダーの足元から石の枷が伸び、両足を固定した。
「動けない……!」
「《雷の裁き(サンダー・ジャッジメント)》」
クロエが杖を向けると、空から紫色の雷がリーダーに落ちた。
リーダーは痙攣し、その場に倒れた。気絶はしていないが、動けない状態だ。
「……終わりよ」
クロエが静かに言った。
セリアの方を見ると、護衛の四人のうち二人が既に地面に倒れており、残り二人も剣を落として降参していた。
「セリアは速い……」
「訓練された刺客でも、A級冒険者の前では無力だ」
セリアが剣を鞘に収めながら言った。
4. 捕虜の尋問
倒れたリーダーを縛り上げ、四人は尋問を行った。
「黒蛇の牙の目的は何だ?」
アレンが問うと、リーダーは苦々しい表情で答えた。
「……話す義理はない」
「話さなければ、ギルドに引き渡す。秘密結社の構成員として、相応の処罰を受けることになる」
「……」
リーダーは沈黙した。
クロエが前に出た。
「一つだけ聞かせて。あなたたちは、古代魔法の術式を集めて何をしようとしているの?」
リーダーはクロエを見た。
「……お前には分からない。我々の目的は、この世界を正しい方向に導くことだ」
「正しい方向?」
「古代魔法の力を持つ者が世界を統治すれば、争いはなくなる。力による平和だ」
「それは支配よ。平和ではない」
「同じことだ」
クロエは静かに言った。
「……違う。力による支配は、必ず反発を生む。本当の平和は、力ではなく理解から生まれる」
リーダーは何も答えなかった。
「ギルドに引き渡しましょう」
クロエが言い、四人は捕虜をエルディリアのギルドへと連行した。
ギルドマスターのオルガは、黒蛇の牙の構成員を引き渡されると、驚いた表情を見せた。
「黒蛇の牙……この街に来ていたとは。よく対処してくれた。報酬を出す」
「報酬は要りません。ただ、この者たちを厳重に管理してください。仲間が他にいる可能性があります」
「分かった。手配する」
ギルドを出た後、四人は宿屋に戻った。
「クロエ、大丈夫か?」
アレンが尋ねると、クロエは少し疲れた表情で頷いた。
「ええ。でも……予想より早く動いてきた。王都に向かうまでの時間が、あまりないかもしれない」
「急いだ方がいいか?」
「もう少し修練を続けたい。あなたの古代魔法の習得が、もう少し進んでから……」
「俺の習得を待たなくていい。弟が優先だ」
クロエはアレンを見た。
「……あなたは、本当に他人のことを優先するのね」
「弟が病気で苦しんでいるんだろ。それより大切なことはない」
クロエは少し沈黙してから、静かに言った。
「……三日後に出発しましょう。それまでに、基礎の古代魔法を三つ教える。それだけあれば、王都への道中でも十分に戦える」
「三日で三つか。頑張る」
「頑張りなさい」
クロエは珍しく、少し柔らかい笑顔を見せた。
5. 三日間の猛特訓
翌日から、修練の強度が一気に上がった。
朝はセリアとの剣技修練、午前中はクロエとの古代魔法修練、午後は《火球》と《魔力刃》の精度向上、夜は魔力感知の練習——という過密スケジュールだ。
「寝る時間があるか……?」
アレンが呟くと、セリアが答えた。
「睡眠は必須だ。睡眠中に体と脳が回復する。六時間は確保しろ」
「六時間か……」
「それ以上削ると、翌日のパフォーマンスが落ちる。効率が悪い」
セリアの言葉は合理的だった。アレンは素直に従った。
一日目の古代魔法修練では、《光の灯火》の安定化と、二つ目の術式《風の刃》の習得に取り組んだ。
「《風の刃》は、風属性の魔力を薄い刃状に成形して放出する攻撃魔法よ。現代魔法の《風刃》より切れ味が高く、射程も長い」
「術式の構造は……」
アレンは術式の図を見た。《光の灯火》より複雑だが、基本的な構造の規則性は同じだ。
「分かった。試してみる」
「焦らなくていい。今日中に発動できなくても——」
「《ウェントゥス・ラミナ》」
アレンが古代語を唱えると、手のひらから薄い風の刃が放たれ、修練場の的を真っ二つに切り裂いた。
クロエが目を見開いた。
「……また初日で」
「術式の構造が、《光の灯火》と同じ規則性を持っていた。一度規則性を掴めば、応用できる」
「術式の規則性を……初見で見抜いた?」
「なんとなく、だけど」
クロエは少し呆然とした表情でアレンを見た。
「あなたは……本当に、規格外ね」
「それ、何度目だ?」
「何度言っても足りないわ」
クロエは苦笑いしながら、次の術式のページを開いた。
「では、三つ目の術式に進みましょう。《大地の拘束》——対象の足元から石の枷を生成して動きを封じる拘束魔法よ。昨日、私が使ったわ」
「あの術式か。あれは便利だった」
「拘束魔法は、戦闘において非常に有用よ。動きを止めれば、後は好きなように攻撃できる。特に、強力な敵と戦う時は、まず動きを封じることが重要」
「なるほど」
アレンは術式の図を見た。今度は少し複雑で、規則性の把握に時間がかかった。
「……これは難しい」
「そうよ。拘束魔法は、対象の魔力に干渉する必要があるから、術式が複雑になる。今日中に発動できなくても構わない」
「でも、試してみる」
アレンは術式の立体構造を頭の中に展開し、魔力を流し込んだ。
均一に、全ての線に沿って——。
「《テラ・ヴィンクルム》」
修練場の床から、石の枷が伸びた。しかし、形が不完全で、すぐに崩れてしまった。
「惜しい。術式の第三層の接続が不完全だった。もう一度」
「《テラ・ヴィンクルム》」
今度は少し安定したが、まだ崩れる。
「第三層と第四層の接続を意識して」
「《テラ・ヴィンクルム》」
三回目の試みで、石の枷が安定して形成された。
「できた!」
「三回目で安定化……通常なら、この術式の習得に一週間はかかる」
クロエは静かに言ったが、その目には明らかな感嘆の色があった。
「あなたと修練していると、私の常識が次々と崩れていく」
「それは悪いことか?」
「……いいえ。むしろ、刺激的よ」
クロエは珍しく、はっきりと笑顔を見せた。
その笑顔は、クールな外見からは想像できないほど、自然で温かいものだった。
アレンはその笑顔を見て、思わず言った。
「クロエが笑うと、綺麗だな」
クロエの表情が固まった。
「……な、何を言っているの」
「思ったことを言っただけだ」
「……馬鹿なことを言わないで。修練を続けるわよ」
クロエは顔を赤くしながら、魔法書に視線を落とした。
セリアが修練場の端から、その様子を静かに見ていた。
その目には、複雑な感情が揺れていた。
6. セリアの本音
三日目の夜、修練を終えたアレンが宿屋の屋上に出ると、セリアが先に来ていた。
「また眠れないのか?」
「……少し、考えることがあった」
セリアは夜空を見上げながら言った。
アレンは隣に立ち、同じように夜空を見上げた。
しばらく沈黙が続いた後、セリアが口を開いた。
「お前は……クロエのことを、どう思っている?」
「どう、とは?」
「仲間として、か。それとも……それ以上か」
アレンは少し考えてから答えた。
「まだ日が浅いから、よく分からない。でも、彼女は信頼できる人間だと思う。弟のために命がけで行動している。それは本物だ」
「……そうか」
「セリアは、クロエのことが気になるのか?」
「……気になる、というか」
セリアは少し言葉を選んだ。
「お前が、誰かに懐いていくのを見るのは……複雑だ」
「複雑?」
「私はお前の師だ。師として、弟子の成長を喜ぶべきだ。だが……」
セリアは言葉を止めた。
「だが?」
「……なんでもない。余計なことを言った」
セリアは話を打ち切ろうとした。
アレンはセリアの横顔を見た。月明かりに照らされたその顔は、いつもの凛とした表情ではなく、どこか迷子のような表情をしていた。
「セリア」
「なんだ」
「俺にとって、セリアは師であり、仲間だ。それは変わらない。クロエが加わっても、リリスがいても、それは変わらない」
セリアはアレンを見た。
「……本当か」
「本当だ」
セリアは少し間を置いてから、静かに言った。
「……お前は、時々、ずるいな」
「ずるい?」
「そういうことを、さらりと言う。私は……」
セリアは言葉を止め、夜空を見上げた。
「……私は、お前のことを、弟子以上に思い始めているのかもしれない」
その言葉は、夜風に溶けるように静かだった。
アレンは何も言わなかった。ただ、セリアの隣に立ち続けた。
「……忘れてくれ。今のは、独り言だ」
「忘れない」
「……馬鹿」
セリアは小さく笑い、屋上を後にした。
アレンは一人、夜空を見上げた。
「この世界は……複雑だな」
しかし、その複雑さが、嫌いではなかった。
7. 王都への出発
三日間の修練を終え、四人は王都へ向かう準備を整えた。
「王都エルシアまでは、馬車で三日の道のりよ」
クロエが地図を広げながら説明した。
「道中には、二つの街を経由する。最初の街はリバーサイド、次がストーンウォール。どちらも冒険者ギルドがあるから、補給はできる」
「道中の危険は?」
「通常の魔物の他に、黒蛇の牙の追手が来る可能性がある。さっき捕まえたのは一部隊だけで、他にも部隊がいるはずよ」
「対処できる」
セリアが言った。
「A級冒険者の私がいれば、通常の刺客は問題ない。ただし、黒蛇の牙には、A級以上の実力を持つ者がいる可能性がある。その場合は、慎重に対処する必要がある」
「分かった」
四人は馬車を手配し、翌朝早くに出発した。
馬車は二頭立ての中型馬車で、御者は初老の男性だ。
「王都まで頼む」
「はい、お任せを」
馬車が動き出すと、リリスが窓から外を眺めた。
「エルディリアを離れるのは、久しぶりね。なんだか、少し寂しい気がする」
「また戻ってくる」
アレンが言うと、リリスは微笑んだ。
「そうね。戻ってきた時には、もっと強くなってるわね、きっと」
「そうなれるよう頑張る」
馬車の中では、四人がそれぞれの時間を過ごした。クロエは魔法書を読み、セリアは目を閉じて瞑想し、リリスは窓の外の景色を楽しんでいた。
アレンは、修練で習得した三つの古代魔法の術式を頭の中で繰り返し展開した。《光の灯火》、《風の刃》、《大地の拘束》——三つの術式が、頭の中で安定して展開できるようになっていた。
「アレン」
クロエが声をかけた。
「何だ?」
「王都に着いたら、まず弟の病院に向かう。術式の解析には、魔法研究所の設備が必要だから、そこを借りる予定よ」
「魔法研究所?」
「王都には、王立魔法研究所がある。私は以前、そこで研究員をしていたから、設備を使う許可は取れるはずよ」
「研究員だったのか」
「十五歳から十七歳まで。でも、弟の病気が分かってから、研究所を辞めて旅に出た」
「二年間、一人で旅を……」
「弟を助けるためなら、何でもするわ」
クロエの声は静かだったが、その中に揺るぎない意志があった。
「必ず助けよう」
アレンが言うと、クロエは少し驚いた表情をしてから、静かに頷いた。
「……ええ」
8. 道中の戦闘
二日目の夕方、馬車が森の中の道を走っている時、突然馬車が止まった。
「どうした?」
アレンが御者に声をかけると、御者が緊張した声で答えた。
「前方に、人が立っています。道を塞いでいる」
アレンは馬車から降りて前方を確認した。
道の中央に、一人の男が立っていた。年齢は三十代ほど。黒いローブを纏い、腰には二本の短剣を帯びている。その顔には、左目から頬にかけて大きな傷跡がある。
「クロエ・ルーンスクリプト。魔法書を渡してもらおうか」
「黒蛇の牙か」
アレンが前に出た。
「お前一人で、俺たちに勝てると思っているのか?」
男は笑った。
「一人? 誰が一人と言った」
木の上から、四人の黒装束が飛び降りてきた。合計五人。
「囲まれた……!」
「セリア!」
「分かっている!」
セリアが馬車から飛び降り、剣を抜いた。
「クロエ、リリスは馬車の中にいろ!」
「でも——」
「俺とセリアで対処する!」
アレンは剣を抜き、《炎刃》を発動した。
「《炎刃》!」
男は二本の短剣を抜き、アレンの《炎刃》を受け止めた。
「《炎刃》か。だが、俺の短剣は魔力を吸収する特殊な金属で作られている。炎属性は効かない」
「なら——《魔力刃》!」
「なに……!?」
男が驚いた瞬間、アレンは《魔力刃》で男の短剣を弾き飛ばした。
「《大地の拘束》!」
アレンが古代語を唱えると、男の足元から石の枷が伸びた。
「古代魔法……! お前、古代魔法を使えるのか!?」
「三日前に習得した」
「三日で……!?」
男が動揺している隙に、アレンは《魔力刃》で男の胸部に一撃を加えた。男は吹き飛び、地面に倒れた。
「ぐっ……!」
セリアの方を見ると、残り四人のうち三人が既に倒れており、最後の一人も剣を落として降参していた。
「さすがだ、セリア」
「当然だ」
セリアは剣を鞘に収めながら、倒れた男たちを縛り上げた。
馬車の中からクロエが降りてきた。
「……早かったわね」
「二人で五人なら、問題ない」
「あなたの古代魔法の使い方、実戦でも安定していた。三日でここまで習得できるとは……」
「クロエの教え方がいいんだ」
クロエは少し目を細めた。
「……お世辞は要らないわ」
「本当のことだ」
「……ありがとう」
クロエは小さく言い、馬車に戻った。
捕まえた男たちは、次の街リバーサイドのギルドに引き渡した。
9. 夜の焚き火
リバーサイドの街を過ぎ、ストーンウォールに向かう途中、日が暮れた。
四人は道端に馬車を止め、野営することにした。
焚き火を囲み、四人が夕食を取った。
「クロエ、弟の名前は?」
リリスが尋ねた。
クロエは少し間を置いてから答えた。
「……レオ。十四歳よ」
「どんな子?」
「……明るくて、元気で、魔法が大好きな子。私に似ず、人懐っこくて、誰とでもすぐ友達になれる」
クロエの声が、少し柔らかくなった。
「私が旅に出る時、『お姉ちゃん、必ず治してね』って笑顔で言ってくれた。あの笑顔を……また見たい」
「必ず見られる」
アレンが言った。
「根拠は?」
「俺たちがいる。それが根拠だ」
クロエはアレンを見た。その目に、珍しく感情が滲んでいた。
「……あなたは、どうしてそんなに自信があるの?」
「この世界に来てから、不可能だと思ったことが、全部できてきた。だから、これもできると思っている」
「……単純ね」
「単純でいい。複雑に考えすぎると、動けなくなる」
クロエは少し笑った。
「……そうね。あなたの単純さは、時々羨ましいわ」
セリアが焚き火を見つめながら言った。
「私も、昔はもっと単純だった。師が死んでから、考えすぎるようになった」
「師の死が、そんなに影響しているのか」
「……ああ。師を守れなかった後悔が、今でも消えない。だから、私は必要以上に慎重になる」
「それは悪いことじゃない」
アレンが言った。
「慎重さは、生き残るために必要だ。でも、慎重すぎると、前に進めなくなる。セリアは今、ちゃんと前に進んでいる」
セリアはアレンを見た。
「……お前は、時々、師のようなことを言う」
「師に言われたことを、そのまま返しているだけだ」
セリアは少し驚いた表情をしてから、小さく笑った。
「……そうか」
リリスが焚き火の向こうから言った。
「みんな、それぞれ色々あるのね。私は……特に大きな悩みはないけど、アレンたちと一緒にいると、もっと強くなりたいって思う」
「リリスも十分強い。採集の腕前は、俺には真似できない」
「そんなの、戦闘の役に立たないじゃない」
「役に立つ。解毒薬がなかったら、俺は何度か死んでいた」
リリスは少し照れた表情をした。
「……そう言ってくれると、嬉しいわ」
四人は焚き火を囲み、夜が更けるまで話し続けた。
それぞれの過去、それぞれの目標、それぞれの想い——。
その夜、四人の絆は、確実に深まっていった。
10. 王都エルシアへ
翌日の夕方、馬車は王都エルシアに到着した。
「これが……王都か」
アレンは馬車の窓から外を見て、息を呑んだ。
エルシアは、エルディリアとは比べ物にならない規模の都市だった。高い城壁に囲まれ、その内側には無数の建物が立ち並んでいる。城壁の上には旗がはためき、門の前には衛兵が立っていた。
「王都エルシア。人口は十万人を超える、この国最大の都市よ」
クロエが説明した。
「魔法研究所も、冒険者ギルドも、王宮も、全てここにある。弟が入院している病院も」
「まず病院に向かうか?」
「……ええ。荷物を宿に置いてから、すぐに向かいたい」
四人は城門を通り、王都の中に入った。
王都の街並みは、エルディリアより洗練されており、石畳の道に立派な建物が並んでいる。人の数も多く、様々な人種や職業の者が行き交っていた。
宿屋を確保した後、四人はクロエに案内されて王都の病院へと向かった。
病院は白い石造りの建物で、入り口には「王立医療院」と書かれた看板が掛かっている。
クロエは受付で弟の名前を告げ、病室に案内された。
病室は清潔で、白いベッドが並んでいる。その一つに、小柄な少年が横たわっていた。
「レオ……!」
クロエが駆け寄った。
少年——レオは、クロエの声に気づき、ゆっくりと目を開けた。
「……お姉ちゃん?」
「ええ、私よ。帰ってきたわ」
レオは弱々しく微笑んだ。
「……お姉ちゃん、来てくれたんだ。心配してたよ」
「私の方が心配してた。レオ、今はどんな感じ?」
「……少し、しんどい。でも、お姉ちゃんの顔を見たら、元気が出てきた」
クロエの目に、涙が滲んだ。
アレンはその様子を、病室の入り口から静かに見ていた。
「……必ず助ける」
アレンは小さく呟いた。
レオと少し話した後、クロエは病室を出た。その目には涙の跡があったが、表情は強い意志に満ちていた。
「明日から、魔法研究所で術式の解析を始める。アレン、あなたの魔力が必要になる時が来たら、声をかけるわ」
「いつでも言ってくれ」
「……ありがとう」
クロエは静かに言い、病院を後にした。
その夜、アレンは宿屋の部屋で今日の出来事を振り返った。
レオの弱々しい笑顔が、頭から離れない。
「絶対に助ける」
アレンは拳を握り締めた。
そして、自分の成長を確認するように、《炎刃》、《魔力刃》、《光の灯火》、《風の刃》、《大地の拘束》——次々と技を発動した。
全ての技が、安定して発動できる。
「まだ足りない。もっと強くならなければ」
アレンは魔力感知を展開し、王都の夜の気配を感じた。
この大きな都市の中に、どれほどの強者がいるのか。どれほどの危険が潜んでいるのか。
「全部、乗り越えてみせる」
アレンの目に、強い光が宿った。
第5章 了 続く
◆ 第5章終了時点 主要キャラクター能力値
アレン・クロイツ(主人公)
| 項目 | 値 | 備考 |
| --- | --- | --- |
| 冒険者ランク | E級 | F級から昇格済み |
| 年齢 | 18歳 | 異世界転生者 |
| 職業 | 剣士/魔法使い(複合型) | |
| レベル | 27 | 転生時より急成長中 |
| HP | 1,840 | |
| MP | 2,210 | |
| 筋力 | 148 | |
| 敏捷 | 162 | |
| 魔力 | 195 | 火属性適性:極大 |
| 防御 | 110 | |
| 知力 | 170 | 古代語理解:初級 |
固有能力 | 《限界突破》 | 全能力値の成長速度が常時3倍。限界値そのものを突破できる |
| 習得スキル 《炎刃・極》《魔力刃》《魔力刃・極》《火球》《魔力感知》 | |
| 習得古代魔法 《風の刃》《大地の拘束》 | |
| 習得剣技 《踏み込み斬り》 | |
セリア・ヴァンガード
| 項目 | 値 | 備考 |
| --- | --- | --- |
| 冒険者ランク | A級 | |
| 年齢 | 22歳 | |
| 職業 | 剣士(氷属性付与型) | |
| レベル | 68 | |
| HP | 4,200 | |
| MP | 1,850 | |
| 筋力 | 310 | |
| 敏捷 | 355 | 現パーティ最速 |
| 魔力 | 180 | 氷属性適性:大 |
| 防御 | 290 | 白銀鎧装備時 |
| 知力 | 145 | |
| 固有能力 | 《氷の意志》 | 精神的な動揺を受けた際、逆に能力値が上昇する |
| 習得スキル 《氷刃・連撃》《氷壁》《魔力感知》 | |
| 習得剣技 《見切り》《踏み込み突き》《居合い》 | |
リリス・フォレスト
| 項目 | 値 | 備考 |
| --- | --- | --- |
| 冒険者ランク | 非戦闘員(採集師) | |
| 年齢 | 17歳 半精霊 |
| 職業 | 薬草採集師/調合師 | |
| レベル | 18 | |
| HP | 820 | |
| MP | 1,100 | 精霊の血による高MP |
| 筋力 | 55 | |
| 敏捷 | 140 | 採集時の素早さは群を抜く |
| 魔力 | 130 | 自然属性適性:大 |
| 防御 | 60 | |
| 知力 | 185 | 薬草知識:最上級 |
| 固有能力 | 《精霊の囁き(スピリット・ウィスパー)》 | 植物や精霊と意思疎通できる。薬草の品質・効能を正確に見極める |
| 習得スキル 《高速調合》《応急処置》《解毒》 | |
| 習得魔法 (未覚醒・発動不安定) | |
クロエ・ルーンスクリプト
| 項目 | 値 | 備考 |
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| 冒険者ランク | B級 | |
| 年齢 | 17歳 | 大魔法使い・ルーン・アルカナの子孫 |
| 職業 | 古代魔法使い/魔法研究者 | |
| レベル | 52 | |
| HP | 1,620 | |
| MP | 4,850 | 現パーティ最高MP |
| 筋力 | 48 | |
| 敏捷 | 120 | |
| 魔力 | 420 | 全属性適性:中。古代魔法適性:極大 |
| 防御 | 75 | |
| 知力 | 490 | 現パーティ最高知力 |
| 固有能力 | 《古代の血脈》 | 古代魔法の詠唱時間を1/3に短縮。古代語を完全に理解・使用できる |
| 習得スキル 《魔力探知》《術式解析》 | |
| 習得古代魔法 《雷の裁き》《雷の矢》《氷の枷》《炎の矢》《風の刃》《光の灯火》ほか計12種 | |
| 習得現代魔法 《雷撃》《氷柱》《風刃》ほか計8種 | |
能力値って大事!




