第4章:魔法使いの依頼と古の遺跡
第4章:魔法使いの依頼と古の遺跡
1. 嵐の前の静けさ
E級冒険者になって三日が経った。
アレンは毎朝の修練を欠かさず続け、午後はE級のクエストをこなしていた。E級になると受けられる依頼の幅が広がり、報酬も格段に上がった。採集クエストだけでなく、街周辺の魔物討伐や護衛依頼なども受けられるようになった。
「だいぶ稼げるようになってきたな」
アレンは宿屋の部屋で、革袋の中の硬貨を数えながら呟いた。銅貨が銀貨に変わり、少しずつ金貨も混じり始めている。
剣技の方も着実に上達していた。セリアとの毎朝の打ち合いでは、以前は一度も反撃できなかったのが、今では五回に一回ほど有効打を入れられるようになっていた。
「まだまだだが、確実に縮まっている」
セリアはそう言って、珍しく満足そうな表情を見せた。
魔力制御も、日々精度が増している。《炎刃》は今では安定して発動でき、魔力の圧縮も意識せずにできるようになっていた。《魔力感知》も、半径十メートル以内であれば生き物の気配を感じ取れるようになっている。
「次は火球の習得だ」
セリアが修練の合間に言った。
「火球?」
「火属性の基本魔法だ。魔力を凝縮して球状にし、それを放出する。剣技と組み合わせれば、遠距離と近距離の両方に対応できるようになる」
「それは習得したい」
「今日の午後から始めよう。ただし、火球は制御を誤ると周囲に被害を出す。修練場の端にある石壁を的にして練習する」
「分かった」
その日の午後、アレンは修練場の端で火球の練習を始めた。
魔力を手のひらに集め、それを球状に成形する。《炎刃》とは異なり、魔力を剣に沿わせるのではなく、空中に独立した形を作る必要がある。
「……難しい」
何度試しても、魔力が球状を保てずに霧散してしまう。
「焦るな。魔力の表面張力をイメージしろ。水が球状になるように、魔力も表面を張ることができる」
「表面張力……」
アレンは水の球をイメージしながら、魔力を操った。
すると、手のひらの上で橙色の光がふわりと球状に固まった。
「あ……できた!」
「よし。次はそれを放出してみろ。的に向けて、押し出すイメージだ」
アレンは石壁に向けて、魔力の球を押し出した。
橙色の球が飛んでいき——石壁に当たる前に霧散した。
「……消えた」
「放出の瞬間に魔力の形が崩れた。放出しながらも、球状の形を維持する意識を持て」
何度も試行を繰り返した。十回、二十回、三十回——。
三十五回目の試みで、ついに橙色の球が石壁に到達し、小さな爆発を起こした。
「できた!」
「まだ小さいが、形にはなった。あとは威力と精度を上げる練習だ」
アレンは興奮しながら練習を続けた。
しかし、その日の修練が終わる頃、ギルドから使いが来た。
「アレン・クロイツさんに、ギルドマスターからの呼び出しがあります」
「ギルドマスター?」
アレンは首を傾げながら、ギルドへと向かった。
2. ギルドマスターの部屋
ギルドの二階には、普段冒険者が立ち入ることのない区画があった。
受付嬢に案内されて上がった先には、重厚な木製の扉があった。扉には「ギルドマスター室」と書かれたプレートが掛かっている。
「どうぞ」
中から太い声が聞こえた。
アレンが扉を開けると、そこには広い部屋があった。壁一面に本棚が並び、大きな机の向こうに、初老の男性が座っている。
年齢は六十代ほど。白髪混じりの短髪に、鋭い目つき。体格は大柄で、かつては相当な戦士だったことが一目で分かる。
「アレン・クロイツだな。座れ」
「失礼します」
アレンは椅子に座った。
「私はオルガ・ハンマーフィスト。このエルディリアの冒険者ギルドのマスターだ」
「はじめまして」
「単刀直入に話す」
オルガは机の上に一枚の羊皮紙を置いた。
「三日前、街の南門から一人の魔法使いが入ってきた。名前はクロエ・ルーンスクリプト。年齢は十七歳。Bランクの魔法使いだ」
「B級……」
「彼女は、我々に一つの依頼を持ち込んだ。街から南に二十キロの場所にある『古の遺跡』の調査だ」
「古の遺跡……」
「その遺跡は、百年前に封印された場所だ。かつてそこには、強大な魔法使いが住んでいたという。彼女はその遺跡の中にある『魔法書』を回収したいと言っている」
「なぜ、俺に?」
オルガは少し間を置いてから答えた。
「クロエは、遺跡の調査に同行する冒険者を探している。しかし、遺跡の内部は危険で、多くの冒険者が断った。そんな中、彼女がお前を指名してきた」
「俺を? 会ったこともないのに?」
「お前の噂は街中に広まっている。F級で迷宮ボスを単独討伐し、十日でE級に昇格した異世界人。彼女はその話を聞いて、お前を指名した」
アレンは少し考えた。
「その依頼を受けるかどうか、俺が決めていいのか?」
「もちろんだ。強制ではない。ただ……」
オルガは声を低くした。
「その遺跡には、古代の魔法が眠っている可能性がある。お前の成長速度を考えれば、そこで何かを得られるかもしれない。私はそう思って、お前に話を持ってきた」
「古代の魔法……」
アレンの胸の奥で、何かが疼いた。
「分かりました。依頼を受けます」
「よし。クロエは今、ギルドの一階で待っている。会ってみろ」
3. 謎の魔法使い・クロエ
一階に下りると、ギルドの隅のテーブルに一人の少女が座っていた。
年齢は十七歳ほど。腰まで届く銀色の髪が目を引く。肌は白く、切れ長の紫色の目は知性と冷静さを感じさせる。服装は黒いローブで、背中には大きな魔法書を収めた革のケースを背負っている。
彼女はアレンに気づくと、静かに立ち上がった。
「あなたがアレン・クロイツ?」
「そうだ。クロエ・ルーンスクリプトか?」
「ええ」
クロエはアレンを上から下まで観察した。その目は感情を読み取りにくく、何を考えているのか分からない。
「噂通り、若いのね。でも……目の奥に強い光がある。合格」
「合格って……」
「私は依頼を受ける冒険者を選ぶ時、まず目を見る。目は嘘をつかないから。あなたの目は、本物の強さを持っている」
クロエは再び座り、アレンにも座るよう促した。
「依頼の内容は聞いた?」
「古の遺跡の調査と、魔法書の回収だと」
「そう。詳しく話すわ」
クロエは机の上に古い地図を広げた。
「この遺跡は、百年前に大魔法使い『ルーン・アルカナ』が住んでいた場所よ。彼は生涯をかけて魔法の研究を続け、多くの魔法書を残した。しかし、彼の死後、遺跡は封印されて誰も近づけなくなった」
「なぜ封印されたんだ?」
「遺跡の内部に、強力な魔物が棲みついたから。封印は魔物が外に出ないようにするためのものよ。だから、遺跡に入るには封印を一時的に解除する必要がある」
「封印の解除……それはできるのか?」
「私にはできる。私はルーン・アルカナの血を引く子孫だから」
クロエは静かに言った。
「彼が残した魔法書の中に、私が必要としているものがある。それを回収するために、遺跡に入らなければならない。でも、一人では危険だから、護衛を探していた」
「なぜ、俺を指名した?」
「あなたの《限界突破》という固有能力の話を聞いたから。遺跡の内部には、通常の冒険者では対処できない魔物がいる。でも、あなたの能力なら……」
クロエは少し間を置いた。
「可能性がある、と思った」
「セリアとリリスも連れて行っていいか?」
クロエは少し考えてから頷いた。
「構わない。ただし、遺跡の内部では私の指示に従ってもらう。魔法的な罠や仕掛けについては、私が一番詳しい」
「分かった」
「では、明後日の朝に出発しましょう。準備をしておいて」
クロエは立ち上がり、ギルドを出ていこうとした。
「クロエ」
アレンが呼び止めると、クロエは振り返った。
「その魔法書には、何が書かれているんだ?」
クロエは少し沈黙してから答えた。
「……古代魔法の術式よ。現代では失われた魔法が、そこには記されている」
それだけ言い残し、クロエはギルドを後にした。
アレンはその背中を見送りながら、何か大切なことを言っていないような気がした。
4. 出発前夜
翌日、アレンはセリアとリリスに依頼の内容を話した。
「古の遺跡か……」
セリアは腕を組み、考え込んだ。
「その遺跡のことは、私も聞いたことがある。百年前に封印された場所で、内部には古代の魔物が棲みついているという。通常のE級やD級の冒険者では太刀打ちできないと言われている」
「それでも行くか?」
「お前が行くなら、私も行く。お前一人では心配だ」
セリアは素直にそう言った。
リリスも頷いた。
「私も行く。古の遺跡には、珍しい薬草が生えているかもしれないし……それに、アレンたちと一緒の方が安心だから」
「ありがとう、二人とも」
その夜、アレンは出発の準備をしながら、クロエのことを考えた。
彼女は何かを隠している。魔法書に何が書かれているのか、なぜそれが必要なのか——答えは曖昧だった。
しかし、アレンは直感的に、クロエが悪意を持っているわけではないと感じていた。彼女の目には、強い意志と、どこか切迫したものが宿っていた。
「何かに追われているのか……?」
アレンは窓の外を見た。夜の街は静かで、遠くに星が瞬いている。
翌朝、四人は南門に集合した。
クロエは昨日と同じ黒いローブ姿で、背中に魔法書のケースを背負っている。セリアは白銀の鎧、リリスは軽装甲にリュックサック。アレンは革鎧に黒鋼の長剣を帯びていた。
「全員揃ったわね」
クロエは四人を見渡した。
「改めて自己紹介を。クロエ・ルーンスクリプト。魔法使い、B級冒険者。専門は古代魔法の研究と実践よ」
「セリア・ヴァンガード。剣士、A級冒険者」
「リリス。薬草採集師で、半精霊よ」
「アレン・クロイツ。剣士兼魔法使い、E級冒険者だ」
クロエはアレンを見て、少し眉を上げた。
「剣士兼魔法使い……珍しい組み合わせね。でも、あなたの魔力の質は確かに特別だわ。火属性の強い適性を感じる」
「《炎刃》を使う」
「《炎刃》……魔力を剣に付与する技術ね。それを習得しているなら、古代魔法の習得も早いかもしれない」
「古代魔法?」
「遺跡の中で、もし機会があれば教えてあげる。今は先を急ぎましょう」
クロエは地図を確認し、南の方向へと歩き始めた。
5. 古の遺跡への道
街から南に向かう道は、最初は整備された街道だったが、しばらく歩くと未開の荒野に変わった。
草丈の高い草原が広がり、遠くには低い山並みが見える。空は晴れており、太陽が高く昇っている。
「この辺りは、魔物の出没率が高い地帯よ。注意して」
クロエが言いながら、杖を取り出した。細い黒い杖で、先端に紫色の宝石が嵌め込まれている。
「クロエは、どんな魔法を使うんだ?」
アレンが尋ねると、クロエは少し考えてから答えた。
「古代魔法と、現代魔法の複合よ。古代魔法は現代魔法より威力が高いけど、詠唱が長い。だから、短い詠唱の現代魔法と組み合わせて使う」
「古代魔法と現代魔法の違いは?」
「現代魔法は、魔力を特定の形に整えることで発動する。比較的習得が容易で、多くの魔法使いが使える。古代魔法は、世界の法則そのものに干渉する魔法よ。威力は段違いだけど、習得には古代語の理解が必要で、習得できる者は極めて少ない」
「世界の法則に干渉する……」
「例えば、現代魔法の《火球》は、魔力を球状に成形して炎を発生させる。でも、古代魔法の《炎の審判》は、空間そのものに炎の属性を付与して、対象を焼き尽くす。威力の差は、比べ物にならない」
「それを俺も習得できるのか?」
「……可能性はある。あなたの魔力の質と、《限界突破》の能力があれば」
クロエはそう言い、前を向いた。
道中、二度ほど魔物と遭遇した。一度目は荒野に棲む大型の蜥蜴三体。セリアが一瞬で二体を斬り、アレンが《炎刃》で残り一体を仕留めた。
二度目は、空から急降下してくる翼竜の幼体だった。
「ワイバーン!」
リリスが叫んだ。
「私が対処する」
クロエが前に出た。
「《雷の矢》」
クロエが短く詠唱すると、杖の先端から紫色の雷が放たれた。雷はワイバーンに直撃し、翼を痺れさせた。
「《氷の枷》」
続けてクロエが詠唱すると、ワイバーンの翼が氷に覆われ、動きが止まった。
「今よ!」
「《炎刃》!」
アレンが踏み込み、動きを止めたワイバーンに《炎刃》を叩き込んだ。ワイバーンが地面に落ちる。
「……うまい連携だった」
セリアが言った。
「クロエの魔法は、確かに速い。詠唱が短い」
「古代語の略式詠唱よ。通常の詠唱の三分の一の長さで発動できる。習得に時間がかかるけど、実戦では必須の技術ね」
「略式詠唱……それも教えてもらえるか?」
クロエはアレンを見て、少し目を細めた。
「……あなたは、本当に貪欲ね」
「強くなりたいから」
「それは悪いことじゃない。遺跡の中で、機会があれば」
四人は再び歩き始めた。
二時間ほど歩いた後、前方に古い石造りの建物が見えてきた。
「あれが古の遺跡よ」
クロエが言った。
遺跡は、荒野の中に突然現れた。高さ二十メートルほどの石の塔が中央にそびえ立ち、その周囲に低い建物が連なっている。石の表面は苔に覆われ、百年の年月を感じさせる。
建物の周囲には、目に見えない何かが揺らいでいた。
「あれが封印だ」
クロエが言った。
「魔力の壁が張られている。私の血と魔力で解除できるわ」
クロエは遺跡の正門に近づき、杖を構えた。
「《血の鍵》——開け」
クロエの手のひらに小さな傷が走り、血が滲んだ。その血が光り、封印の壁に触れると、壁が音もなく消えていった。
「封印が解けた。行くわよ」
四人は遺跡の中へと踏み込んだ。
6. 遺跡の内部
遺跡の内部は、外観とは全く異なる雰囲気だった。
石の廊下が続き、壁には古代語の文字が刻まれている。天井には魔力を帯びた結晶が埋め込まれており、青白い光を放っていた。空気は冷たく、どこか神聖な気配が漂っている。
「この文字は……」
アレンは壁に刻まれた文字を見た。見たことのない文字だが、なぜか意味が朧げに分かる気がした。
「古代語よ」
クロエが説明した。
「現代語の原型となった言語。今では読める者は極めて少ない。私は祖先の血のおかげで、ある程度理解できる」
「俺にも何となく分かる気がする……」
「え?」
クロエが驚いた表情でアレンを見た。
「あなたが古代語を理解できるの?」
「分かるというか……意味が頭に浮かんでくる感じがする。この文字は『力の間』、こっちは『試練の道』……」
「《限界突破》の影響かもしれない。あの能力は、単純な戦闘能力の向上だけでなく、知識や技術の習得速度にも影響するのかもしれないわ」
クロエは真剣な表情でアレンを見つめた。
「……あなたは、私が思っていた以上に特別な存在ね」
「そんなことはない」
「いいえ、そうよ。古代語を初見で理解できる者は、この世界に数人しかいない。それが自然にできるなら……」
クロエは何かを考えるように黙った。
「先に進もう」
セリアが促した。
四人は廊下を進んだ。
最初の部屋は、広い広間だった。中央に石の台座があり、その上に何も置かれていない。かつては何かが置かれていたのだろう、台座の表面に台形の跡がある。
「ここは『展示の間』ね。かつて、ルーン・アルカナが研究成果を展示していた場所よ」
クロエが説明しながら、部屋の隅を確認した。
「……魔物の気配はない。先に進みましょう」
次の廊下に入ると、床に罠が仕掛けられていた。
「止まって!」
クロエが突然叫んだ。
四人が立ち止まると、クロエが床の一点を指差した。
「そこに魔法罠が仕掛けられている。踏むと、電撃が走る」
「どうやって分かった?」
「魔力の流れが違う。罠には特有の魔力パターンがある。私には見える」
「解除できるか?」
「できる。少し待って」
クロエは杖を構え、低い声で古代語の詠唱を始めた。
「《罠よ、眠れ(スリープ・トラップ)》」
床の魔力が静かに消えていった。
「解除したわ。でも、この先にも罠があると思う。私の後を歩いて」
四人はクロエを先頭に、慎重に廊下を進んだ。
途中、三箇所で罠を発見し、クロエが全て解除した。
「罠の設置パターンが、百年前のままね。ルーン・アルカナの罠設置の癖が分かる」
「先祖の癖が分かるのか」
「記録が残っているから。彼の日記を読んだことがある。罠の設置場所と種類が詳細に書かれていたわ」
「準備がいいな」
「当然よ。準備なしで遺跡に入るなんて、自殺行為だもの」
7. 石像の守護者
遺跡の中層に差し掛かった頃、四人の前に大きな扉が現れた。
扉の両脇には、二体の石像が立っている。高さは三メートルほどで、甲冑を纏った騎士の形をしている。
「これは……」
「石像の守護者よ」
クロエが緊張した声で言った。
「遺跡の重要な場所を守るために、ルーン・アルカナが作った魔法の石像。近づくと起動する」
「戦えるのか?」
「戦えるけど……かなり強い。石の体は物理攻撃が効きにくく、魔法にも高い耐性がある」
「弱点は?」
「核となる魔力結晶が、胸の中心にある。そこを破壊すれば止まる。でも、石の装甲を貫くのは難しい」
「《炎刃》なら……」
アレンは先ほどの《炎刃・極》を思い出した。魔力を最大限に圧縮した白熱の炎なら、石の装甲も貫けるかもしれない。
「試してみる価値はある」
「慎重に行動して。石像は二体同時に起動する。一体に集中している間に、もう一体に背後を取られないよう注意して」
四人は扉に近づいた。
十メートルほどの距離に達した時、石像の目が赤く光った。
「起動した!」
石像が動き出した。重い足音が床を揺らし、石の甲冑が軋む音が響く。
「私が一体を引きつける!」
セリアが前に出た。
「《氷刃》!」
セリアの剣が青白い氷に覆われ、石像の腕の一撃を受け流した。金属と石がぶつかる轟音が響く。
「アレン、もう一体を頼む!」
「任せろ!」
アレンはもう一体の石像に向かった。石像はアレンを見つけると、巨大な石の拳を振り上げた。
「でかい……!」
アレンは横に跳んで拳を回避した。石の拳が床に叩きつけられ、石床が砕ける。
「胸の中心……!」
アレンは石像の胸部を見た。甲冑の中心に、かすかに赤い光が見える。あれが魔力結晶だ。
しかし、石の装甲が厚く、通常の《炎刃》では届かない。
「《炎刃・極》を使うしかない……!」
アレンは魔力を全力で圧縮し始めた。しかし、石像が再び拳を振り下ろしてくる。
「くっ!」
アレンは転がって回避したが、石像の拳が床を砕いた衝撃で体が揺れた。
「クロエ! 石像の動きを止められるか!」
「一瞬なら!」
クロエが杖を構えた。
「《石よ、眠れ(ストーン・スリープ)》!」
古代語の詠唱が響き、石像の動きが一瞬止まった。
「今だ!」
アレンは全力で踏み込んだ。魔力を極限まで圧縮し、《炎刃・極》を発動。白熱した炎が刀身を包む。
「《炎刃・極》!!」
石像の胸部の装甲に、白熱の炎が叩き込まれた。
ズドォォォン!
爆発的な熱と衝撃。石の装甲が砕け、内部の魔力結晶が露わになった。
「今だ! 結晶を!」
アレンは剣の切っ先を結晶に向け、渾身の力で突き込んだ。
パキン、という音とともに、結晶が砕けた。
石像の目の光が消え、動きが止まった。そのまま、ゆっくりと崩れ落ちる。
「やった!」
「こちらも!」
セリアの声が聞こえた。振り返ると、もう一体の石像も崩れ落ちていた。
「セリアはどうやって……?」
「胸部の装甲の継ぎ目を見つけた。そこに《氷刃》を差し込んで、結晶を破壊した」
セリアは剣を鞘に収めながら言った。
「さすがだ」
「お前の《炎刃・極》も、確実に威力が上がっている。前回より速く装甲を貫いた」
「《限界突破》の効果か……」
クロエが近づいてきた。
「二人とも、お見事。石像の守護者を、これほど素早く倒したのは初めて見たわ」
「クロエの《石よ、眠れ》が効いた。あれがなかったら、もっと時間がかかっていた」
「古代魔法の一つよ。石や金属に作用する魔法は、古代魔法の得意分野なの」
四人は扉を開け、先に進んだ。
8. 古代魔法の伝授
扉の向こうには、広い書庫があった。
壁一面に本棚が並び、無数の書物が収められている。しかし、百年の年月で多くの書物は劣化しており、触れると崩れてしまいそうだ。
「ここが書庫ね」
クロエは書庫に入り、本棚を一つ一つ確認し始めた。
「目的の魔法書はどこに……」
アレンは書庫の中を見回した。壁の文字が、また頭の中で意味を結ぶ。
「こっちだ」
アレンは書庫の奥の棚に向かった。
「どうして分かるの?」
「壁の文字が『炎の秘術』と書いてある。そっちに向かって矢印が……」
クロエが驚いた表情でアレンを追いかけた。
書庫の奥、特別な棚に一冊の本が置かれていた。他の書物と異なり、その本は全く劣化していない。表紙は深紅の革で覆われ、金色の文字で何かが書かれている。
「これは……」
クロエが本を手に取り、表紙の文字を読んだ。
「『炎の古代魔法・完全術式集』……これが、探していた本よ」
「それが目的の魔法書か?」
「ええ。でも……」
クロエはアレンを見た。
「あなたが案内してくれなければ、見つけるのに時間がかかっていたわ。ありがとう」
「役に立てて良かった」
クロエは魔法書を開いた。ページには古代語で術式が記されており、複雑な魔法陣の図が描かれている。
「……この中に、私が必要としていた術式がある」
クロエは静かに言った。
「何のための術式だ?」
クロエは少し間を置いてから、アレンを見た。
「……あなたには、正直に話すわ」
「聞かせてくれ」
「私には、弟がいる。三年前から、原因不明の病に冒されている。現代医学では治せない、古代の呪いによる病よ。この魔法書に、その呪いを解く術式が記されていると、祖先の記録に書いてあった」
クロエの声は静かだったが、その奥に深い悲しみが滲んでいた。
「弟のために……」
「そう。だから、どうしてもこの本が必要だった」
アレンはクロエの表情を見た。冷静で感情を読み取りにくい彼女が、今は少し脆く見える。
「弟は今、どこにいる?」
「王都の病院に入院している。私が魔法書を持ち帰れば、術式を解析して呪いを解ける。でも……術式の実行には、強力な魔力が必要で、私一人では足りない」
「俺の魔力を使えるか?」
クロエが驚いた表情でアレンを見た。
「……いいの?」
「弟を助けたいんだろ。力になれるなら、なりたい」
クロエは少し沈黙した後、静かに言った。
「……ありがとう。でも、まずは術式を解析する必要がある。それには時間がかかる。今すぐではなく、準備が整ってから」
「分かった。準備が整ったら、声をかけてくれ」
クロエは頷いた。
その時、セリアが書庫の入り口から声をかけた。
「二人とも、奥に何かいる。魔力の気配がする」
アレンは魔力感知を展開した。確かに、書庫の奥の扉の向こうに、大きな魔力の塊がある。
「ボスか……?」
「遺跡の最深部には、ルーン・アルカナが最後の守護者として封じた魔物がいるはずよ。それが起動したのかもしれない」
「戦えるか?」
「……やるしかないわ」
四人は書庫の奥の扉に向かった。
9. 古代の守護者との戦い
扉を開けると、そこは広大な円形の空間だった。
天井は高く、壁には古代語の文字が刻まれている。空間の中央には、巨大な魔法陣が描かれており、その中心に何かが浮かんでいた。
「あれは……」
浮かんでいるのは、人型の存在だった。高さは四メートルほどで、全身が青白い炎に包まれている。顔は人間に似ているが、目は赤く光り、表情はない。
「古代の炎の守護者……」
クロエが息を呑んだ。
「ルーン・アルカナが、最後の守護者として封じた魔物よ。炎属性の古代魔物で、現代魔法はほとんど効かない。古代魔法か、それに匹敵する力でなければ倒せない」
「古代魔法に匹敵する力……《炎刃・極》は?」
「可能性はある。でも、あの守護者は炎属性の攻撃を吸収する特性があるわ。炎系の攻撃は効果が薄い」
「じゃあ、どうする?」
「炎を超える温度の攻撃——つまり、魔力を極限まで圧縮した純粋な魔力の刃なら、炎の吸収を突破できる可能性がある」
「純粋な魔力の刃……《炎刃》から炎の属性を取り除いて、純粋な魔力だけで刃を作る……?」
「理論上は可能よ。でも、そんな技術を持つ者は……」
「やってみる」
アレンは剣を構えた。
守護者が動き出した。青白い炎が渦を巻き、四人に向かって炎の球が放たれた。
「散開!」
四人は素早く散開した。炎の球が床に着弾し、爆発を起こす。
「《雷の矢》!」
クロエが雷魔法を放った。しかし、守護者の体に当たると、雷が吸収されてしまった。
「やはり魔法は効かない……!」
「《氷刃》!」
セリアが踏み込み、守護者に斬りかかった。しかし、炎の体に剣が触れると、氷が蒸発してしまった。
「くっ……!」
「セリア、下がれ! 炎系と氷系は効かない!」
アレンが叫んだ。
「では、どうする!」
「俺が試す!」
アレンは剣を握り締め、集中した。
《炎刃》を発動しようとして——止めた。
炎の属性を取り除く。魔力だけを剣に込める。属性のない、純粋な魔力の刃。
「……難しい」
《炎刃》は炎の属性と魔力が一体となっている。そこから炎だけを取り除くのは、水から湿気だけを取り除くようなものだ。
しかし、アレンは《限界突破》の感覚を信じた。
限界を突破する。今まで不可能だったことを、可能にする。
「……やれる」
アレンは深呼吸し、魔力を剣に込め始めた。炎の属性を意識的に排除し、純粋な魔力だけを圧縮していく。
剣が白く輝き始めた。炎の橙色ではなく、純白の光。
「あれは……!」
クロエが目を見開いた。
「純粋魔力の刃……《魔力刃》! そんな技術を、初見で……!」
「《魔力刃》!!」
アレンは守護者に向かって踏み込んだ。純白の光を纏った剣が、守護者の炎の体に触れた。
炎が弾け、守護者が後退した。
「効いた!」
「もっと圧縮しろ! 守護者の核を狙え! 胸の中心に、古代の魔力核があるはずよ!」
「分かった!」
アレンは再び魔力を圧縮した。今度は《炎刃・極》の時と同じ、極限の圧縮。
純白の光がさらに輝きを増し、まるで星の欠片のように輝く。
「《魔力刃・極》!!」
アレンは守護者の胸部に向けて、全力の一撃を放った。
純白の光が守護者の炎を貫き、胸部の核に到達した。
パキン——。
静かな音とともに、守護者の核が砕けた。
青白い炎が消え、守護者の体が光の粒子となって散っていく。
「……倒した」
アレンは膝をついた。全力の魔力放出で、体が限界に達している。
「アレン!」
リリスが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 怪我は?」
「……大丈夫だ。ただ、魔力が空っぽになった感じがする」
「魔力枯渇ね。無理しないで」
リリスがリュックサックから回復薬を取り出し、アレンに飲ませた。
クロエが近づいてきた。
「……信じられない」
クロエの声には、明らかな驚きがあった。
「《魔力刃》を初見で習得して、さらに極限圧縮まで……あなたは本当に、規格外ね」
「《限界突破》のおかげだ」
「それだけじゃない。あの技術は、理論を理解して実践できなければ発動できない。あなたには、魔法の本質を瞬時に掴む才能がある」
セリアも近づいてきた。
「《魔力刃》か。私も聞いたことはあるが、使える者を見たのは初めてだ」
「セリアでも使えないのか?」
「私は剣の魔力付与の専門家だが、属性を持たない純粋魔力の刃は、私の専門外だ。それに、あれほどの圧縮は……」
セリアは少し複雑な表情をした。
「お前は、私より速いペースで強くなっている。正直に言えば……悔しい」
「セリア……」
「だが、それが事実だ。私はお前の師として、お前が私を超えることを誇りに思う。同時に、もっと精進しなければならないと感じる」
セリアの言葉は、アレンの胸に深く刺さった。
「セリアには、まだ追いつけない。剣技では、俺はまだセリアの足元にも及ばない」
「……そうか」
セリアは短く答えたが、その目が少し和らいだ。
10. 遺跡からの帰還と新たな誓い
四人は魔法書を持って遺跡を後にした。
帰り道、クロエは魔法書を大切そうに抱えながら歩いていた。
「ありがとう、みんな。あなたたちのおかげで、弟を助ける手がかりを得られた」
「礼はいらない。困っている人を助けるのは当然だ」
アレンが言うと、クロエは少し驚いた表情をした。
「……あなたは、変わっているわね」
「よく言われる」
「悪い意味じゃない。この世界では、冒険者は報酬のために動く。純粋な善意で動く者は少ない」
「俺は異世界人だから、この世界の常識に縛られていないのかもしれない」
「異世界人……そうね。あなたが特別なのは、《限界突破》だけじゃなく、その価値観も含めてなのかもしれない」
クロエは少し考えてから言った。
「……一つ、お礼をさせて」
「お礼?」
「古代魔法の基礎を教えてあげる。あなたなら、習得できると思う。《魔力刃》を初見で習得できたなら、古代魔法の基礎も時間をかければ習得できるはずよ」
「本当か?」
「ええ。ただし、時間がかかる。一朝一夕では習得できない。でも、あなたの《限界突破》があれば、通常の数分の一の時間で習得できるかもしれない」
「ぜひ、教えてくれ」
クロエは頷いた。
「では、王都に行く前に、少し時間をもらえる? エルディリアに数日滞在して、基礎を教えるわ」
「もちろんだ」
リリスが横から口を挟んだ。
「クロエさん、エルディリアに滞在するなら、私たちと同じ宿に泊まればいいわ。宿のおばさん、いい人だから」
クロエは少し戸惑った表情をしたが、やがて頷いた。
「……そうさせてもらう。ありがとう」
街に戻る頃には、夕暮れになっていた。
宿屋に戻ると、クロエの部屋が用意された。
夕食は四人で食堂を囲んだ。クロエは最初、少し距離を置いた様子だったが、リリスの明るい話術に引き込まれ、少しずつ表情が柔らかくなっていった。
「クロエさんって、普段は一人で旅してるの?」
「……ええ、基本的には一人よ。研究の旅だから、誰かを巻き込みたくなくて」
「一人は寂しくない?」
クロエは少し間を置いてから答えた。
「……慣れていたけど。今日は、久しぶりに賑やかだったわ」
「じゃあ、これからも一緒に旅しましょうよ! ね、アレン?」
リリスがアレンを見た。
「クロエが良ければ、俺は歓迎だ」
クロエはアレンを見た。その目には、驚きと、何か温かいものが混じっていた。
「……考えておく」
セリアが静かに言った。
「お前の弟を助けるためにも、強い仲間がいた方がいい。王都への旅は、一人では危険だ」
「……そうね」
クロエは視線を落とした。
「実は……王都への道中、私を狙っている者がいる。この魔法書を狙っている組織が」
「組織?」
「詳しくは話せないけど……危険な連中よ。だから、護衛がいた方が安全なのは確かだわ」
「なら、決まりだ」
アレンが言った。
「俺たちが護衛する。クロエが弟を助けるまで、一緒に行く」
クロエは少し驚いた表情をしたが、やがて静かに微笑んだ。
「……ありがとう。本当に、変わっているわね、あなたは」
「褒め言葉として受け取っておく」
「そうして」
その夜、アレンは部屋に戻り、今日の出来事を振り返った。
《魔力刃》の習得、古代魔法の基礎を学ぶ機会、そしてクロエという新たな仲間。
「一日で、また色々あったな」
アレンは天井を見上げた。
セリア、リリス、そしてクロエ。三人の仲間が集まった。
「まだ旅は始まったばかりだ」
アレンは目を閉じた。
明日からは、クロエから古代魔法の基礎を学ぶ。そして、いつか王都へ向かい、クロエの弟を助ける。
その先には、D級、C級の迷宮が待っている。
そして、遥か先には——S級迷宮が。
「必ず辿り着く」
アレンの誓いは、静かな夜の中に溶けていった。
第4章 了 続く
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