第6章:王都の影と迷宮への挑戦
第6章:王都の影と迷宮への挑戦
1. 王立魔法研究所
王都エルシアに到着した翌朝、クロエは早速王立魔法研究所へと向かった。
研究所は王都の北区に位置する白亜の大建築で、高い尖塔が空に向かって伸びている。建物の周囲には魔法的な結界が張られており、許可なく立ち入ることはできない。
「昔の同僚がまだいるはずよ。設備の使用許可を取ってくる」
クロエはそう言い、アレンたちを入り口で待たせた。
アレンは研究所の外壁を見上げながら、セリアに話しかけた。
「王都のギルドに挨拶に行った方がいいか?」
「そうだな。E級のままでは、王都で受けられるクエストが限られる。ランクアップの申請もできる」
「王都のギルドは、エルディリアとは規模が違うのか?」
「比べ物にならない。王都のギルドは、S級冒険者も在籍している。ここで実績を積めば、より高いランクへの道が開ける」
「S級……」
アレンは目を細めた。
S級冒険者。この世界で最高位の冒険者。そして、S級迷宮を攻略できる者たちの称号。
「今の俺では、まだ遠い話だな」
「だが、不可能ではない。お前の成長速度なら、一年以内にD級、二年以内にC級は狙える」
「二年か……」
「通常なら十年かかる道のりだ。それでも不満か?」
「不満じゃない。ただ、もっと速くなりたいと思う」
セリアは少し呆れたような表情をした。
「欲張りだな」
「強くなりたいという欲は、悪いことじゃないだろ」
「……そうだな」
しばらくして、クロエが戻ってきた。
「許可が取れたわ。今日の午後から設備が使える。ただし、術式の解析には数日かかる見込みよ」
「その間、俺たちは何をすればいい?」
「自由にしていいわ。ただ、いつでも呼べる距離にいてほしい。術式の実行には、あなたの魔力が必要になるから」
「分かった。俺はギルドに行ってくる」
「私も同行する」
セリアが言った。
「リリスはどうする?」
「私は……王都の薬草市場を見てみたい。王都には珍しい薬草が集まると聞いたことがあるから」
「気をつけて」
「大丈夫よ。一人で行動するのは慣れてるから」
こうして、四人はそれぞれの目的地へと向かった。
2. 王都冒険者ギルド
王都の冒険者ギルドは、エルディリアのそれとは比べ物にならない規模だった。
建物は五階建てで、一階のホールだけでエルディリアのギルド全体より広い。壁には無数の依頼書が貼られており、様々なランクの冒険者が行き交っている。
「大きい……」
アレンは思わず呟いた。
「王都のギルドには、常時五百人以上の冒険者が登録している。A級以上の冒険者も十数人いる」
セリアが説明しながら、受付カウンターへと向かった。
受付には、エルディリアとは異なり、複数の受付嬢が並んでいる。
「こちらへどうぞ」
アレンとセリアが近づくと、若い受付嬢が笑顔で迎えた。
「ご用件は?」
「転入の手続きをしたい。エルディリアのギルドから来た」
「かしこまりました。腕章をお見せください」
アレンはE級の黄色い腕章を、セリアはA級の赤い腕章を見せた。
受付嬢はA級の腕章を見て、少し目を見開いた。
「A級の方がいらっしゃるとは……少々お待ちください」
受付嬢は奥に引っ込み、しばらくして上司らしき男性を連れて戻ってきた。
「A級冒険者のセリア・ヴァンガード様ですね。お噂はかねがね。王都のギルドへようこそ」
「ありがとう。転入の手続きを頼む」
「もちろんです。こちらの書類にご記入を——」
手続きを済ませた後、アレンはギルドの掲示板を確認した。
「D級迷宮の攻略依頼……」
王都近郊には、D級迷宮が二つあった。一つは「石の迷宮」、もう一つは「水の迷宮」だ。
「D級迷宮か……俺はまだE級だが、挑戦できるか?」
「ランクの制限はあるが、A級冒険者が同行する場合は例外が認められることがある。私が同行すれば、お前もD級迷宮に入れる」
「なら、挑戦したい。クロエの術式解析が終わるまでの間に」
「どちらにする?」
「石の迷宮は、どんな特徴がある?」
「石属性のモンスターが多い。ゴーレム系が主体で、物理攻撃が効きにくい。魔法が有効だが、石属性への耐性が高いモンスターもいる」
「水の迷宮は?」
「水属性のモンスターが主体。水中戦が発生することがある。雷属性の魔法が非常に有効だが、私たちのパーティには雷属性の使い手がいない」
「なら、石の迷宮だな。《魔力刃》は属性がないから、ゴーレム系にも有効なはずだ」
「その判断は正しい。では、明日から石の迷宮に挑戦しよう」
「ありがとう、セリア」
「礼は要らん。お前の修練のためだ」
セリアはそう言いながら、少し表情を緩めた。
3. 石の迷宮
翌朝、アレンとセリアは石の迷宮へと向かった。
クロエは研究所での術式解析に集中しており、リリスは昨日見つけた薬草市場で珍しい素材の調達を続けていた。
石の迷宮は、王都の東門から徒歩三十分ほどの場所にある。入り口は巨大な岩山の割れ目で、深緑の迷宮に似た構造だが、内部の雰囲気は全く異なる。
「石の迷宮は、名前の通り全てが石でできている。壁も天井も床も、全て灰色の石だ。光源は壁に埋め込まれた魔力結晶で、青白い光が全体を照らしている」
セリアが説明しながら、入り口をくぐった。
内部は、セリアの言った通りだった。全てが石で構成されており、冷たく乾燥した空気が漂っている。
「第一層から第三層は、ストーンゴーレムが主体だ。第四層からアイアンゴーレムが出現し、第五層のボスはストーンジャイアントだ」
「ストーンジャイアント……」
「体長五メートルの石の巨人だ。物理攻撃はほぼ無効で、魔法も石属性への耐性がある。弱点は、体の中心にある魔力核だ。核を破壊すれば倒せる」
「また核か」
「ゴーレム系は全て、魔力核が弱点だ。核の位置は種類によって異なるが、石の迷宮のゴーレムは全て胸部中央に核がある」
「《魔力刃》で貫けるか?」
「試してみる価値はある。ただし、ストーンジャイアントの装甲は石像の守護者より厚い。《魔力刃・極》でも、一撃で貫けるかどうか……」
「やってみなければ分からない」
「そうだな」
第一層に入ると、最初のモンスターが現れた。
ストーンゴーレム——高さ二メートルほどの石の人型。腕は太く、動きは遅いが、一撃の威力は高い。
「《魔力刃》!」
アレンは素早く踏み込み、ストーンゴーレムの胸部に《魔力刃》を叩き込んだ。
純白の光が石の体を貫き、内部の魔力核に到達した。
パキン——。
核が砕け、ストーンゴーレムが崩れ落ちた。
「一撃か」
セリアが言った。
「《魔力刃》はゴーレム系に非常に有効だな」
「そうだ。属性がない純粋魔力は、石の耐性を無視して貫通する。お前の《魔力刃》は、この迷宮では最適の武器だ」
「なら、第五層のボスも——」
「ストーンジャイアントは、通常のストーンゴーレムの十倍以上の装甲を持つ。一撃では貫けない可能性が高い。慎重に行け」
「分かった」
第一層から第三層は、アレンの《魔力刃》が圧倒的な威力を発揮し、スムーズに攻略できた。
第四層に入ると、アイアンゴーレムが現れた。
アイアンゴーレムは、ストーンゴーレムより一回り大きく、体は鉄製だ。動きも速く、攻撃の威力も高い。
「鉄の体……《魔力刃》は?」
「試してみろ」
アレンは《魔力刃》でアイアンゴーレムの胸部を斬りつけた。
しかし、今度は一撃では貫けなかった。鉄の装甲に深い傷は入ったが、核には届いていない。
「《魔力刃・極》!」
アレンは魔力を極限まで圧縮し、再び斬りかかった。
今度は鉄の装甲を貫き、核に到達した。
「貫いた!」
「よし。ただし、《魔力刃・極》は魔力消費が大きい。乱用すると、ボス戦で魔力が足りなくなる。通常の《魔力刃》で傷をつけ、《魔力刃・極》で仕留めるという二段階の戦術を取れ」
「なるほど。魔力の温存か」
「戦闘は体力と魔力の管理が重要だ。どんなに強い技でも、使い切れば意味がない」
「分かった。試してみる」
アレンは次のアイアンゴーレムに対し、まず通常の《魔力刃》で装甲に傷をつけ、そこに《魔力刃・極》を叩き込んだ。
「効率がいい……!」
「そうだ。傷口から核に向けて圧縮した魔力を流し込む。装甲を最初から貫く必要がない」
「セリアは、そういう戦術を自然に考えるんだな」
「長年の経験だ。お前もいずれ、自然に考えられるようになる」
4. 第五層・ストーンジャイアントとの激闘
第五層に降りると、空気が変わった。
天井が高く、広大な空間が広がっている。壁には古代の文字が刻まれており、床には巨大な魔法陣が描かれていた。
「ここが第五層か……」
アレンは魔力感知を展開した。
「……いる。ものすごく大きい」
「ストーンジャイアントだ。魔法陣の中心にいる」
二人は慎重に進んだ。
魔法陣の中心に近づくと、巨大な影が動き出した。
ストーンジャイアント——体長五メートルの石の巨人。その体は灰色の岩石で構成されており、目は赤く光っている。手には巨大な石の棍棒を持ち、それだけで一トンはあるだろう。
「グォォォォ!!」
ストーンジャイアントが咆哮し、石の棍棒を振り上げた。
「散開!」
二人は左右に跳んで回避した。棍棒が床に叩きつけられ、石床が大きく砕ける。
「でかい……! 棍棒の一撃で床が砕けた!」
「当たれば即死だ。絶対に直撃を受けるな」
セリアが素早く動き、ストーンジャイアントの足元に回り込んだ。
「《氷刃》!」
セリアの剣が青白い氷に覆われ、ストーンジャイアントの足首に斬りかかった。しかし、石の装甲は厚く、傷は浅い。
「物理攻撃は効きにくいか……!」
「アレン、胸部の核を狙え! 私が引きつける!」
「分かった!」
アレンはストーンジャイアントの背後に回り込もうとした。しかし、ストーンジャイアントは意外と素早く、アレンの動きを察知して振り返った。
「速い……!」
巨大な腕が横薙ぎに振られる。アレンは地面に伏せて回避したが、腕の風圧だけで体が揺れた。
「《魔力刃》!」
アレンは伏せた体勢から素早く立ち上がり、ストーンジャイアントの腹部に《魔力刃》を叩き込んだ。
石の装甲に深い傷が入る。しかし、核には届かない。
「もっと深く……!」
「《魔力刃・極》!!」
アレンは魔力を極限まで圧縮し、傷口に向けて《魔力刃・極》を放った。
純白の光が傷口から内部に侵入し、核に向かって進む——。
しかし、核の手前で止まった。
「届かない……! 装甲が厚すぎる!」
「くっ……!」
ストーンジャイアントが再び棍棒を振り上げた。
「アレン、下がれ!」
セリアが叫んだ。
「《氷壁》!」
セリアが氷の壁を生成し、棍棒の一撃を受け止めた。しかし、ストーンジャイアントの力は凄まじく、氷壁が一撃で砕けた。
「《氷壁》が砕けた……!」
「このままでは埒が明かない。作戦を変える」
セリアが素早くアレンのそばに来た。
「お前の《魔力刃》では、一点集中では届かない。では、複数の傷口から同時に魔力を流し込めばどうだ?」
「複数の傷口から……?」
「私が《氷刃》で複数の傷をつける。お前はその全ての傷口に向けて、《魔力刃》の魔力を拡散させながら流し込む。傷口が多ければ、核への経路が増える」
「拡散させる……それは試したことがない」
「《限界突破》があれば、できるはずだ。やってみろ」
「……やる」
セリアが素早く動き、ストーンジャイアントの胸部に《氷刃》で複数の傷をつけた。
「今だ!」
アレンは《魔力刃》を発動し——今度は一点に集中させるのではなく、魔力を扇状に拡散させながら、複数の傷口に向けて流し込んだ。
「《魔力刃・拡散》!!」
純白の光が複数の傷口から内部に侵入し、核に向かって収束した。
ズドォォォン!
爆発的な衝撃が内部から広がり、ストーンジャイアントの胸部が大きく砕けた。
「グォォォォ!!!」
ストーンジャイアントが苦悶の叫びを上げ、大きく揺れた。
「核が露出した! 今だ!」
セリアが素早く踏み込み、露出した核に《氷刃》を突き込んだ。
パキン——。
核が砕け、ストーンジャイアントの目の光が消えた。
巨大な体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
「……倒した」
アレンは荒い息をつきながら、崩れ落ちたストーンジャイアントを見た。
「《魔力刃・拡散》……また新しい技が生まれた」
「お前は、極限の状況で新しい技を生み出す。それが《限界突破》の真髄だな」
セリアが剣を鞘に収めながら言った。
「セリアのアイデアがなければ、思いつかなかった」
「私はアイデアを出しただけだ。実行したのはお前だ」
「二人で生み出した技だ」
セリアは少し間を置いてから、静かに言った。
「……そうだな」
その言葉には、珍しく温かみがあった。
5. 迷宮核の欠片と新たな発見
ストーンジャイアントを倒すと、ボス部屋の中央に光る結晶が現れた。
「迷宮核の欠片か」
アレンが結晶を拾い上げた。今度は青みがかった透明な結晶で、内部に白い光が揺れている。
「石の迷宮の欠片は、魔力付与の素材として非常に高価だ。武器や防具に付与すれば、物理防御力が大幅に上がる」
「これを使って、防具を強化できるか?」
「鍛冶師に依頼すれば可能だ。王都には優秀な鍛冶師がいる」
「後で依頼してみよう」
アレンはボス部屋を見回した。
壁に刻まれた古代語の文字が目に入った。
「……これは」
アレンは壁に近づき、文字を読んだ。
「『力は技術に宿り、技術は意志に宿る。意志なき力は暴力であり、力なき意志は夢想である。真の強者とは、力と意志と技術の三つを統べる者なり』……」
「読めるのか?」
セリアが驚いた表情でアレンを見た。
「ああ。クロエから古代語を習ってから、読める文字が増えた」
「その言葉は……」
セリアは少し考えてから言った。
「私の師も、似たようなことを言っていた。力だけでは人を守れない。技術だけでは限界がある。意志がなければ、どちらも意味をなさない、と」
「いい言葉だな」
「……ああ」
セリアは壁の文字を見つめた。
「師は、この言葉を知っていたのかもしれない」
「セリアの師は、どんな人だったんだ?」
セリアは少し間を置いてから答えた。
「……厳しくて、でも温かい人だった。私が剣を持ち始めた時から、ずっと傍にいてくれた。私の全ての技術は、師から学んだものだ」
「師の死が、今でも影響しているんだな」
「……ああ。師が死んだのは、私の判断ミスが原因だった。あの時、私が別の選択をしていれば——」
「過去は変えられない」
アレンが静かに言った。
「分かっている」
「でも、過去から学ぶことはできる。セリアは師の死から、何を学んだ?」
セリアは少し考えてから答えた。
「……仲間を守るためには、自分が強くなければならない。そして、判断を誤らないために、常に冷静でなければならない」
「それは、今のセリアに活きている」
「……そうだといいが」
「活きている。俺が何度も助けられた」
セリアはアレンを見た。その目が、少し潤んでいるように見えた。
「……お前は、時々、師のようなことを言う」
「前にも言ったな、それ」
「……また言った」
セリアは小さく笑い、ボス部屋を後にした。
アレンは壁の文字を最後にもう一度見てから、セリアの後を追った。
6. 術式解析の進捗
石の迷宮から帰還したアレンとセリアは、王立魔法研究所へクロエの様子を確認しに向かった。
研究所の一室を借りたクロエは、大きな魔法陣が描かれた台の上に魔法書を広げ、様々な測定器具を使いながら術式の解析を進めていた。
「どうだ?」
アレンが声をかけると、クロエは顔を上げた。その目の下には、うっすらと隈ができている。
「……思ったより複雑な術式よ。レオの病気は、単純な呪いではなく、古代の封印術式が体内に刻まれている。誰かが意図的に施したものだわ」
「意図的に……?」
「ええ。自然発生する病気ではない。誰かが、レオに古代の封印術式を施した。それが体内で暴走して、生命力を少しずつ削っている」
アレンは眉をひそめた。
「誰が、何のために……?」
「それはまだ分からない。でも、術式の構造を解析すれば、誰が施したかの痕跡が残っているはず。もう少し時間をくれれば、分かるわ」
「急がなくていい。ちゃんと休んでいるか?」
「……少し」
「少し、じゃないだろ。目の下に隈ができている」
クロエは少し視線を逸らした。
「弟のことが心配で……眠れない」
「今夜は早く休め。疲れた状態で解析を続けても、ミスが増えるだけだ」
「……分かった。もう少しだけやったら、休む」
「今すぐ休め」
「……あなたは、師のようなことを言うのね」
「セリアにも言われた」
クロエは小さく笑った。
「セリアと同じ言葉を言うなんて、あなたたちは似ているのかもしれない」
「そうか?」
「二人とも、他人のことを自分のことのように心配する。それが似ている」
アレンは少し考えてから言った。
「それは、大切な人だからだ」
クロエはアレンを見た。
「……大切な人?」
「セリアも、リリスも、クロエも。俺にとって、大切な仲間だ」
クロエは少し間を置いてから、静かに言った。
「……私は、仲間という概念に慣れていない。ずっと一人で旅をしてきたから」
「これからは一人じゃない」
「……そうね」
クロエは魔法書を閉じ、立ち上がった。
「今日はここまでにする。あなたの言う通り、疲れた状態では精度が落ちる」
「賢明だ」
「……あなたに言われたくないわ」
クロエは少し口角を上げながら、研究室を後にした。
7. リリスの発見
宿屋に戻ると、リリスが興奮した様子で待っていた。
「アレン! 見て、これ!」
リリスは薬草市場で購入したという植物を見せた。それは深い青色の花を持つ珍しい植物で、葉には銀色の模様がある。
「これは……?」
「《月光草》よ! 王都でしか手に入らない希少な薬草で、回復薬の効力を三倍に高める効果があるの! しかも、これを使えば……」
リリスは目を輝かせながら続けた。
「《上位回復薬》が作れる! 通常の回復薬とは比べ物にならない回復力を持つ薬よ!」
「それは……すごいな」
「でしょ! 今まで私が作れたのは《中位回復薬》が限界だったけど、《月光草》があれば《上位回復薬》を作れる!」
リリスの調合師としての腕前は、アレンも認めていた。彼女の作る回復薬は、市販のものより効力が高く、これまでの戦闘でも何度も助けられてきた。
「《上位回復薬》があれば、ボス戦での生存率が格段に上がる」
セリアが言った。
「そうよ! だから、今夜から調合を始める!」
「材料は足りているか?」
「《月光草》以外の材料は、全部揃えてきた。今夜中に五本は作れると思う」
「頼む。次の迷宮攻略で必要になる」
「任せて!」
リリスは嬉しそうに調合道具を取り出した。
その様子を見て、アレンは思った。
リリスは戦闘員ではない。しかし、彼女がいることで、パーティの生存率は確実に上がっている。それは、戦闘力と同じくらい重要なことだ。
「リリス」
「何?」
「いつも助かっている。ありがとう」
リリスは少し驚いた表情をしてから、照れたように笑った。
「……そんなこと、急に言わないでよ。恥ずかしいじゃない」
「本当のことだ」
「……もう、アレンは」
リリスは顔を赤くしながら、調合に集中し始めた。
その様子を、セリアが静かに見ていた。
8. 黒蛇の牙の幹部
翌日の朝、アレンが宿屋の食堂で朝食を取っていると、ギルドから緊急の伝令が来た。
「アレン・クロイツ様ですね。ギルドマスターがお呼びです」
「ギルドマスターが?」
「はい。緊急の案件とのことです」
アレンはセリアを連れてギルドへ向かった。
ギルドマスターの執務室に通されると、そこには厳格な表情の中年男性が待っていた。
「私がギルドマスターのガルドだ。昨日、エルディリアとリバーサイドのギルドから連絡が来た。お前たちが黒蛇の牙の構成員を二度にわたって捕縛したと」
「ええ、そうです」
「それについて、重要な情報がある」
ガルドは机の上の書類を手に取った。
「昨夜、王都内で黒蛇の牙の幹部が目撃された。名前はヴェルナー・ダークブレード。黒蛇の牙の三幹部の一人で、暗殺と諜報を専門とする。S級相当の実力者だ」
「S級……!」
アレンは息を呑んだ。
「彼が王都に来た目的は、おそらくクロエ・ルーンスクリプトが持つ魔法書だ。お前たちが二度にわたって部下を捕縛したことで、幹部自らが動いたと見られる」
「クロエを狙っている……」
「そうだ。警戒を怠るな。ヴェルナーは、通常の刺客とは比べ物にならない。A級冒険者でも、単独では勝てないかもしれない」
セリアが静かに言った。
「私が守る」
「頼む。ただし、王都内での戦闘は極力避けてほしい。市民への被害が出る」
「分かっています」
ギルドを出た後、アレンはセリアに言った。
「クロエに知らせなければ」
「ああ。研究所は安全か?」
「研究所には魔法的な結界がある。ただし、S級相当の実力者なら、突破できる可能性がある」
「急ごう」
二人は研究所へと急いだ。
研究所に着くと、クロエは既に異変に気づいていた。
「魔力感知に、強大な魔力の反応があった。誰かが研究所の周囲を偵察している」
「黒蛇の牙の幹部、ヴェルナー・ダークブレードだ」
クロエの表情が引き締まった。
「……ヴェルナー。彼が来たの」
「知っているのか?」
「名前だけは。黒蛇の牙の三幹部の一人。古代魔法の術式を最も多く収集している人物よ。彼が動いたということは……黒蛇の牙が本気になったということ」
「どう対処する?」
「研究所の結界を強化する。それと……術式の解析を急ぐ必要がある。ヴェルナーが動いているなら、時間がない」
「俺たちが守る。解析に集中してくれ」
クロエはアレンを見た。
「……ありがとう」
「礼は後でいい。今は動くぞ」
9. 夜の対峙
その夜、アレンは研究所の外で見張りをしていた。
月明かりの下、研究所の周囲を静かに歩きながら、魔力感知を展開し続けた。
「……いる」
アレンは足を止めた。
研究所の屋根の上に、人影があった。
黒いローブを纏った長身の男。その魔力は、アレンが今まで感じた中で最も強大だった。
「気づいたか。なかなか鋭い感知能力だな」
男が屋根の上から声をかけた。
「ヴェルナー・ダークブレードか」
「そうだ。お前が噂の異世界人か。確かに、魔力の質は高い。だが——」
ヴェルナーは屋根から飛び降り、アレンの前に静かに着地した。
「私の前では、まだ子供だ」
「試してみるか?」
「いや、今夜は戦いに来たわけではない。話をしに来た」
「話?」
「クロエ・ルーンスクリプトに、魔法書を渡すよう説得してほしい。彼女が素直に渡せば、誰も傷つかない」
「断る」
「即答か。理由を聞いてもいいか?」
「クロエの弟を助けるために必要な術式が、その魔法書に含まれている。渡せるわけがない」
ヴェルナーは少し間を置いてから言った。
「……弟のことは知っている。レオ・ルーンスクリプト。王立医療院に入院している少年だ」
「知っているなら、分かるだろ。クロエにとって、あの魔法書は弟の命と同じだ」
「だからこそ、私は直接交渉に来た。力ずくで奪うことは、私の本意ではない」
「では、どうする?」
「魔法書の内容を共有する形にしてほしい。クロエが術式を使う権利は認める。ただし、私たちも術式の写しを持つ」
「黒蛇の牙が術式を持てば、何に使う?」
「世界の安定のために使う」
「世界の支配のためだろ」
ヴェルナーは少し表情を変えた。
「……お前は、私たちの目的を誤解している」
「誤解?」
「黒蛇の牙の本来の目的は、世界の支配ではない。古代魔法の術式が悪用されることを防ぐことだ。古代魔法は、使い方を誤れば世界を滅ぼしかねない力を持つ。それを管理するために、私たちは存在する」
「……本当か?」
「信じるかどうかは、お前が決めることだ。ただ、一つだけ言っておく。クロエが持つ魔法書には、封印術式が含まれている。その術式は、非常に危険なものだ。扱いを誤れば——」
「クロエは誤らない」
アレンが静かに言った。
「根拠は?」
「彼女は弟のために、二年間一人で旅を続けた。その意志の強さは本物だ。術式を誤って使うような人間じゃない」
ヴェルナーはアレンを見た。
「……お前は、彼女を信頼しているのだな」
「ああ」
「……分かった。今夜は引く。だが、これで終わりではない。また来る」
ヴェルナーは黒いローブを翻し、夜の闇の中に消えた。
アレンは消えた方向を見つめながら、呟いた。
「……黒蛇の牙の目的が、本当に管理なのか。それとも、支配なのか」
答えは、まだ分からなかった。
10. 術式解析の完了と次なる旅路
ヴェルナーが現れた翌日、クロエが研究室から飛び出してきた。
「できた……! 術式の解析が完了した!」
その顔には疲労の色があったが、目には強い光が宿っていた。
「本当か!?」
「ええ。レオの体内に刻まれた封印術式の構造が、完全に解析できた。そして……誰が施したかも、分かった」
「誰だ?」
クロエは少し間を置いてから、静かに言った。
「……黒蛇の牙の前幹部。五年前に失踪した人物よ。名前は『グレイ・ルーンスクリプト』——私たちの父親よ」
「父親……!?」
アレンは息を呑んだ。
「父は、黒蛇の牙の元幹部だった。五年前に失踪する前に、レオに封印術式を施した。理由は……まだ分からない。でも、父が施した術式なら、解除する方法も分かるはずよ」
「解除できるのか?」
「ええ。ただし、解除には特殊な魔力が必要よ。《限界突破》を持つあなたの魔力が、おそらく鍵になる」
「俺の魔力が……」
「詳しくは、解除の術式を実行する時に説明する。まず、レオの病院に行きましょう」
四人は急いで王立医療院へと向かった。
病室に入ると、レオは昨日より少し顔色が悪くなっていた。
「お姉ちゃん……」
「レオ、術式の解析が終わった。もうすぐ治してあげられる」
「本当に……?」
「本当よ。だから、もう少しだけ頑張って」
レオはアレンを見た。
「あなたが、お姉ちゃんを助けてくれた人?」
「ああ。アレンだ」
「……ありがとう。お姉ちゃんは、一人で全部抱え込もうとするから、心配してた。でも、あなたたちがいてくれて、よかった」
「俺たちで必ず治す。安心してくれ」
レオは弱々しく、しかし確かな笑顔を見せた。
「……うん」
病室を出た後、クロエは静かに言った。
「解除の術式を実行するには、特定の場所が必要よ。この国の南にある『聖域の泉』——古代魔法の力が集まる場所。そこでなければ、解除は難しい」
「聖域の泉か。どのくらいかかる?」
「馬車で四日ほど。ただし、途中にC級迷宮がある」
「C級迷宮……」
「通過するだけなら問題ないけど、迷宮の中を通る方が近道よ。外を迂回すると、さらに二日かかる」
「C級迷宮を攻略しながら進む。その方が、俺たちの修練にもなる」
「……あなたは、本当に修練が好きなのね」
「強くなりたいからな」
クロエは少し笑った。
「分かった。明日、出発しましょう」
その夜、四人は出発の準備を整えた。
リリスは《上位回復薬》を追加で調合し、セリアは装備の点検を行い、クロエは解除術式の手順を確認した。
アレンは部屋で、今日習得した《魔力刃・拡散》の術式を頭の中で繰り返した。
「《魔力刃・拡散》……これは、複数の敵に同時に対処できる可能性がある」
アレンは技の応用を考えた。
一点集中の《魔力刃》、極限圧縮の《魔力刃・極》、そして今日生まれた《魔力刃・拡散》。
「三つの形がある。状況に応じて使い分ければ、さらに戦術の幅が広がる」
アレンは拳を握り締めた。
「次はC級迷宮。もっと強くなる」
窓の外には、王都の夜景が広がっていた。無数の灯りが、星のように輝いている。
アレンはその光景を見ながら、この世界に来てからの日々を思い返した。
最初は何もなかった。力も、技術も、仲間も。
しかし今は、信頼できる仲間がいる。習得した技がある。目指すべき目標がある。
「まだまだ、始まったばかりだ」
アレンは静かに呟き、目を閉じた。
第6章 了 続く
明日で7章まだまだゴールまで遠い!




