第12章:黒蛇の牙の影
第12章:黒蛇の牙の影
1. ガルドからの緊急報告
ノースゲートの宿に戻った翌朝、扉を激しく叩く音がした。
「アレン! 起きているか!」
聞き覚えのある声だった。
アレンが扉を開けると、ガルドが立っていた。
冒険者ギルドのマスターにして、この街の顔役でもある大柄な男だ。いつもは余裕の笑みを浮かべているのに、今日は違った。その顔に、明らかな焦りがある。
「ガルド、どうした?」
「中に入れてくれ。他の奴らも呼んでくれ。全員に聞かせる必要がある」
七人が一室に集まると、ガルドは地図を広げた。
「昨夜、ギルドの情報網から緊急の報告が入った」
地図には、王国内の各地に赤い印が打たれていた。
「この赤い印は?」
「黒蛇の牙が活動した痕跡だ。この一週間で、王国内の七箇所の迷宮で、同時多発的な異常が確認された」
「七箇所……同時に?」
「ああ。各地の迷宮で、魔力の急激な増大が観測されている。迷宮内のモンスターが通常より凶暴化し、迷宮の構造自体が変化しているという報告もある」
「黒蛇の牙が、迷宮に何かをしているのか」
「そうだ。俺の情報源によれば、黒蛇の牙は各地の迷宮から大量の魔力を収集している。その魔力を、一箇所に集めようとしている」
「一箇所に集めて、何をするつもりだ?」
ガルドは地図の中央を指した。
そこには、他の印とは異なる、黒い印が一つあった。
「王国の中央に位置する、古代の遺跡——《封印の塔》だ」
「封印の塔……?」
「三百年前、大魔王と呼ばれた存在が封印された場所だ。王国の建国と同時に作られた、最古の封印施設だ」
「大魔王……」
アレンは思わず繰り返した。
「黒蛇の牙の目的は、大魔王の封印を解くことだ」
部屋に沈黙が落ちた。
「……本気か?」
「本気だ。集めた魔力を封印の塔に注ぎ込めば、三百年前の封印が解ける。大魔王が復活する」
「なぜ、そんなことを……」
「黒蛇の牙のトップ——《蛇王》と呼ばれる人物が、大魔王の復活を望んでいる。理由は不明だ。ただ、蛇王は三百年前から存在しているという噂がある」
「三百年前から……?」
「不老不死か、あるいは転生か。いずれにせよ、人間ではない可能性が高い」
「大魔王が復活すれば、どうなる?」
「三百年前、大魔王は王国の半分を滅ぼした。今の王国に、それを止める力があるかどうか……」
ガルドは重い表情で言った。
「俺には、分からない」
「俺たちが止める」
アレンが言った。
「お前たちだけでは無理だ。黒蛇の牙は、組織として動いている。幹部が複数いて、各地に手下がいる。一つの冒険者パーティで対抗できる規模ではない」
「では、どうすればいい?」
「まず、情報を集める。黒蛇の牙がどの迷宮から魔力を収集しているか、その場所を特定して、収集を妨害する。時間を稼ぎながら、王国の騎士団に働きかける」
「騎士団は動けるのか?」
「動けるかどうか、分からない。王国の上層部に、黒蛇の牙の息がかかっている可能性がある」
「……腐敗しているのか」
「可能性として、だ。だから、俺たちが独自に動く必要がある」
「分かった。どこから動く?」
ガルドは地図の赤い印の一つを指した。
「ここ——東の街ウィンドゲートの近くにある《嵐の迷宮》だ。七箇所の中で、最も大規模な魔力収集が行われている。ここを先に叩く」
「《嵐の迷宮》か。等級は?」
「A級だ。ただし、黒蛇の牙が手を加えているため、現在はA級以上の危険度になっている可能性がある」
「了解。すぐに出発する」
「待て。一つだけ、伝えておくことがある」
ガルドは真剣な表情でアレンを見た。
「黒蛇の牙の幹部の中に、《雷帝》と呼ばれる人物がいる。雷属性の魔法を極めた、最強クラスの術師だ。《嵐の迷宮》には、この人物が直接関与している可能性が高い」
「雷帝……」
「お前たちの実力でも、今の状態では勝てないかもしれない。十分に気をつけろ」
「分かった」
2. 東の街ウィンドゲートへ
七人はその日のうちにノースゲートを出発し、東へと向かった。
ウィンドゲートまでは、馬車で三日の距離だ。
道中、アレンは雷属性魔法の修練を続けた。
《氷の魔法書》に記された基礎術式を繰り返し確認しながら、魔力を「走らせる」感覚を探った。
「……まだ、掴めない」
「焦るな。《ウェントゥス・ラミナ》を習得した時も、最初は感覚が掴めなかっただろう」
「そうだな」
「雷属性は、特に感覚が難しい。炎や氷は「広がる」「凍る」という直感的なイメージがある。でも、雷は「走る」という一瞬の感覚だ。その一瞬を捉えなければならない」
「一瞬を捉える……」
「《全方位感知斬り》を使う時の感覚に近いかもしれない。あれも、一瞬で全方位を感知して、最適な動作を選択する技だ」
「確かに……」
アレンは《全方位感知斬り》を使う時の感覚を思い出した。
魔力感知を全方位に広げ、全ての情報を一瞬で処理する。その処理の速さが、雷の「走る」感覚に似ているかもしれない。
「試してみる」
アレンは馬車の外に向かって手を伸ばした。
魔力を指先に集中させ、《全方位感知斬り》の感覚で「走らせる」イメージを作った。
「……!」
指先に、微弱な電気が走った。
「……出た」
「!」
「微弱だが、確かに雷の魔力が発動した」
「すごいな。もう感覚を掴んだのか」
「掴んだというより、入り口が見えた感じだ。ここから修練を重ねれば、術式として発動できるようになる」
「どのくらいかかる?」
「……分からない。でも、《嵐の迷宮》に着く前に、最低限の発動はできるようにしたい」
「三日で?」
「やってみる」
セリアも、馬車の中で《絶零剣》の修練を続けた。
剣を構え、氷の魔力を剣先に集中させる。
「……少しずつ、形になってきた」
「どんな感じだ?」
「剣に氷の魔力を凝縮させると、剣の周囲の温度が急激に下がる。その感覚は掴めた。次は、その凝縮した魔力を一瞬で解放する感覚を習得する必要がある」
「一瞬で解放……それが《絶零剣》の核心か」
「そうだ。凝縮した魔力を一瞬で解放することで、周囲の全ての熱を奪う。その瞬間、触れたものが絶対零度で凍りつく」
「危険な技だな」
「ああ。誤って仲間に当てれば、即死する可能性がある。制御が非常に難しい技だ」
「慎重に修練してくれ」
「もちろんだ」
カインは馬車の中で、《超高温炎剣》の制御を練習していた。
「《超高温炎剣》を使うと、魔力の消費が激しい。もっと効率よく使えるようにしたい」
「魔力の密度を上げながら、消費量を抑える……それは難しいな」
「でも、できないことはないはずだ。炎の密度を上げながら、広がりを抑える。そのコントロールが鍵だと思う」
「炎を「絞る」感覚か」
「そうだ。広げるのではなく、一点に集中させる」
「それができれば、威力を維持しながら消費を抑えられる」
「やってみる」
三日間の道中、七人はそれぞれの修練を続けながら、ウィンドゲートへと向かった。
3. ウィンドゲートの異変
ウィンドゲートに到着すると、街の様子がおかしかった。
街の入り口に、冒険者や商人が集まっている。その表情は一様に不安そうで、何かを待っているようだった。
「何があった?」
アレンが近くにいた冒険者に声をかけた。
「《嵐の迷宮》が……おかしくなっているんだ」
「おかしく?」
「三日前から、迷宮の入り口付近で雷が鳴り続けている。迷宮の外まで雷が飛んでくることがあって、近づけない。ギルドが立入禁止にしたんだ」
「雷が迷宮の外まで……」
「それだけじゃない。迷宮の近くの村が、雷に打たれた。幸い死者は出なかったが、建物が何棟か燃えた」
「村が被害を受けているのか」
「ああ。このまま続けば、街にも被害が出るかもしれない。でも、誰も迷宮に近づけない」
「俺たちが行く」
「え? でも、立入禁止で……」
「冒険者として、依頼を受ける。ギルドに話を通す」
アレンたちはウィンドゲートのギルドに向かった。
ギルドマスターは、疲れ果てた表情の中年女性だった。
「《夜明けの旅団》か。ガルドから連絡が来ていた」
「状況を教えてほしい」
「三日前から、《嵐の迷宮》の魔力が急激に増大している。迷宮内のモンスターが凶暴化し、迷宮の外にまで影響が出ている。原因は不明だが……」
「黒蛇の牙だ」
「……やはり、そうか」
ギルドマスターは目を閉じた。
「情報は掴んでいたが、確証がなかった。黒蛇の牙が、迷宮の魔力を収集しているのか」
「そうだ。俺たちが迷宮に入り、収集を妨害する」
「危険だ。今の迷宮は、通常のA級より遥かに危険な状態だ」
「分かっている。それでも、行く」
「……分かった。特別依頼として受理する。報酬は、王国の緊急依頼規定に従って支払う」
「報酬は後でいい。今は、迷宮を止めることが先だ」
「……頼む。街を守ってくれ」
4. 嵐の迷宮へ
《嵐の迷宮》は、ウィンドゲートから半日の距離にある丘の上にあった。
近づくにつれ、空気が変わっていくのが分かった。
静電気のような感覚が肌を刺し、髪の毛が逆立つ。空には厚い雲が立ち込め、遠くで雷が光っている。
「……これは、ひどい」
カインが空を見上げた。
「迷宮の魔力が、外の天候にまで影響を与えている。これほどの規模の魔力収集は、前例がない」
「黒蛇の牙は、どれほどの魔力を集めているんだ?」
「封印の塔の封印を解くには、莫大な魔力が必要なはずだ。七箇所の迷宮から同時に収集しているということは、それだけの量が必要だということだ」
「大魔王の封印は、それほど強固なのか」
「三百年間、解けなかった封印だ。当然だ」
迷宮の入り口に近づくと、雷が地面に落ちた。
「!!」
「散開!!」
七人が素早く散開した。
「迷宮の外にまで、雷が飛んでくる。中はさらに危険だ」
「《耐雷薬》はあるか?」
「……ない。《耐寒薬》は作ったが、《耐雷薬》の材料は持っていない」
「リリス、代替品は作れるか?」
「雷属性の魔力を吸収する素材が必要だ。《雷草》があれば作れるが……」
「この近くに生えているか?」
「雷草は、雷が多い場所に自生する。この丘の周辺に生えている可能性がある」
「探してくれ。俺たちは入り口付近の様子を確認する」
「分かった。ミア、手伝ってくれる?」
「……うん」
リリスとミアが雷草を探しに行き、残りの五人が迷宮の入り口を調べた。
入り口は、巨大な岩の割れ目だった。
割れ目の中から、雷の光が漏れている。
「中から雷が……」
「迷宮の内部で、大規模な雷の魔法が発動し続けているのか」
「黒蛇の牙が、魔力収集のための装置を動かしているのかもしれない」
「装置を破壊すれば、収集が止まる」
「そうだ。ただし、装置の周辺には黒蛇の牙の手下がいるはずだ」
「戦闘は避けられない」
「ああ」
三十分後、リリスとミアが戻ってきた。
「《雷草》を見つけた。十本あれば、七人分の《耐雷薬》が作れる」
「何本あった?」
「十二本。少し余裕がある」
「急いで作ってくれ」
「もう作り始めている。あと十分で完成する」
リリスが素早く薬草を処理し、《耐雷薬》を調合した。
「完成。これを飲めば、雷属性の魔力ダメージが半減する」
「半減か。完全には防げないが、ないよりはいい」
「ごめんなさい。材料が少なかったから、これが限界」
「十分だ。ありがとう」
七人は《耐雷薬》を飲み、迷宮へと踏み込んだ。
5. 嵐の迷宮・内部
迷宮の内部は、外以上に激しい雷が飛び交っていた。
壁も天井も、雷の痕跡で焦げている。床には焦げた跡が無数にあり、以前に挑んだ冒険者たちの装備の残骸が散らばっていた。
「……これは、ひどい」
「気をつけろ。雷は、予測しにくい。いつ、どこから飛んでくるか分からない」
「《全方位感知》で追えるか?」
「……試みる」
アレンは魔力感知を全方位に広げた。
雷の魔力は、確かに感知できた。ただし、その動きは非常に速く、通常の魔力感知では追いきれない。
「……速い。でも、発生源は感知できる。発生源から目を離さなければ、ある程度予測できる」
「発生源はどこだ?」
「迷宮の奥——おそらく第五層以降だ。そこから、魔力が波状に広がっている」
「第五層まで、どう進む?」
「雷の発生源から離れた通路を選んで進む。感知しながら、安全なルートを探す」
「頼む」
アレンが先頭に立ち、魔力感知で安全なルートを探しながら進んだ。
第一層は、雷狼が出現した。
全身に電気を帯びた狼型のモンスターで、体に触れると感電する。
「直接触れるな。魔法で対処する」
「俺の《超高温炎剣》は、雷属性に有効か?」
「炎と雷は相性が悪い。炎が雷を伝導してしまう可能性がある」
「では、俺は使えないか……」
「物理的な攻撃は有効だ。ただし、直接触れないように。剣の柄に絶縁の布を巻け」
「了解」
「《ウェントゥス・ラミナ》は?」
「風属性は雷属性と相性がいい。風で雷を散らすことができる」
「では、俺が前に出る」
アレンが《ウェントゥス・ラミナ》を連続で放ち、雷狼の電気を散らしながら攻撃した。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
風の刃が雷狼に命中し、電気が散らされた。
「今だ! カイン、物理攻撃!」
「《炎剣・薙ぎ払い》!!」
カインが絶縁した剣で雷狼を薙ぎ払った。
「《闇の拘束》!!」
ミアが雷狼の動きを止め、アリアの《聖なる光》が止めを刺した。
「よし、倒した!」
「次の層へ進む」
第二層では、雷蛇が出現した。
体長五メートルの蛇型モンスターで、全身から電気を放出しながら高速で移動する。
「速い! 感知できるか?」
「できる。ただし、動きが複雑だ」
「《闇の拘束》で止められるか?」
「……試みる。《闇の拘束・強化》!!」
ミアの《闇の拘束》が雷蛇の体に絡みつこうとしたが、雷蛇が電気を放出して《闇の拘束》を焼き切った。
「《闇の拘束》が焼き切られた!」
「電気が通ると、《闇の拘束》は切れる。別の方法で止める必要がある」
「《氷壁》で囲むか?」
「氷は電気を通す。危険だ」
「では……」
アレンは考えた。
「《風の壁》を作れるか? 風で雷蛇を囲んで、動きを制限する」
「《ウェントゥス・ラミナ》の応用か。試みる」
アレンは《ウェントゥス・ラミナ》を複数同時に発動し、雷蛇の周囲に風の壁を作った。
「《風の壁》!!」
風の壁が雷蛇を囲んだ。
雷蛇が電気を放出したが、風が電気を散らした。
「効いている! 風は電気を散らす!」
「今だ! 攻撃!!」
「《聖なる光・集束》!!」
「《古代術式・貫通》!!」
「《精霊召喚・風の精霊》!!」
三つの攻撃が雷蛇に命中し、雷蛇が動かなくなった。
「《風の壁》か。新しい使い方だな」
「《ウェントゥス・ラミナ》は、刃として使うだけでなく、壁として使うこともできる。今後の戦闘でも活用できる」
「アレンは、本当に応用が利くな」
「状況に合わせて考えるだけだ」
第三・四層も同様の戦法で突破し、七人は第五層へと進んだ。
6. 黒蛇の牙の手下との激突
第五層に入ると、モンスターだけでなく、人間の気配があった。
「人がいる」
「黒蛇の牙の手下か?」
「おそらく。複数いる。……十人以上だ」
「十人以上か。多いな」
「ただし、魔力の質は高くない。幹部ではなく、下っ端だ」
「下っ端でも、十人以上いれば厄介だ」
「囲まれる前に、先手を打つ」
七人は素早く動いた。
アレンが先頭に立ち、魔力感知で手下の位置を把握しながら進んだ。
「右の通路に五人。左の通路に六人。正面に三人」
「三方向から挟まれる形か」
「俺とカインが正面の三人を担当する。セリアとアリアが右の五人、クロエとリリスとミアが左の六人を担当する」
「了解」
「一気に片付ける。長引かせるな」
「分かった」
三方向に分かれた七人が、同時に動いた。
「《夜明けの旅団》だ! 武器を捨てろ!」
正面の三人が驚いた表情を見せた。
「《夜明けの旅団》……!?」
「知っているのか?」
「お前たちの噂は聞いている。B級迷宮を攻略した七人パーティ……」
「なら、分かるだろう。抵抗しても無駄だ」
「……くっ! 《雷撃》!!」
手下の一人が雷属性魔法を放った。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
アレンが《風の壁》で雷撃を散らした。
「《全方位感知斬り》!!」
アレンが三人の武器を弾き飛ばした。
「……!」
「降参しろ。命は取らない」
三人が武器を捨て、両手を上げた。
右の通路では、セリアとアリアが五人を相手にしていた。
「《霜刃連撃》!!」
セリアが五人の武器を次々と凍らせ、使用不能にした。
「《聖なる光》!!」
アリアの光が手下たちを包み、戦意を奪った。
「……降参する!」
左の通路では、クロエ、リリス、ミアが六人を相手にしていた。
「《古代術式・封印》!!」
クロエが六人の魔力を封じた。
「《精霊召喚・風の精霊》!!」
リリスの風の精霊が六人を吹き飛ばした。
「《闇の拘束・強化》!!」
ミアが六人全員を拘束した。
「……!」
三方向の戦闘が、ほぼ同時に終わった。
「全員、拘束完了」
「怪我人は?」
「なし」
「よし。この者たちから情報を聞き出す」
アレンは拘束された手下の一人に近づいた。
「黒蛇の牙が、この迷宮で何をしているか教えろ」
「……言えない」
「言わなければ、王国の騎士団に引き渡す。黒蛇の牙への協力は、王国法で重罪だ」
「……!」
「話せば、俺が保護する。黒蛇の牙から逃げる機会を与える」
手下は迷った表情を見せた。
「……第七層に、《魔力収集装置》がある。迷宮の魔力を吸い上げて、封印の塔に送る装置だ」
「装置の規模は?」
「……大きい。直径十メートルほどの球体で、迷宮の核に直接接続されている」
「核に接続されているのか。それを破壊すれば、収集が止まる?」
「止まる。ただし……」
「ただし、何だ?」
「装置の周辺に、幹部がいる。《雷帝》が直接監視している」
「《雷帝》が、この迷宮にいるのか」
「……ああ。七箇所の迷宮の中で、ここが最重要拠点だ。《雷帝》が直接来ている」
「分かった。情報をありがとう」
「……本当に、保護してくれるか?」
「ああ。ウィンドゲートのギルドに連れて行く。そこで保護を申請する」
「……信じる」
アレンは手下たちを安全な場所に移動させ、七人は第七層へと進んだ。
7. 雷帝との対峙
第六層を突破し、第七層に入ると、空気が変わった。
雷の魔力が、これまでの比ではない密度で満ちている。一歩踏み出すたびに、静電気が全身を走る。
「……これは」
「《雷帝》の魔力だ。この層全体が、《雷帝》の魔力に満ちている」
「《耐雷薬》の効果が追いつかないかもしれない」
「気をつけろ。雷の魔力が濃い場所では、魔力感知も乱される」
「感知が乱される?」
「雷の魔力が干渉して、正確な感知ができなくなる。いつもより精度が落ちる」
「それは厄介だ」
「ただし、完全に使えなくなるわけではない。大まかな位置は感知できる」
「分かった」
第七層の中央に、巨大な球体があった。
直径十メートルほどの黒い球体で、表面に雷の紋様が刻まれている。球体の周囲に、雷の魔力が渦を巻いている。
「あれが《魔力収集装置》か」
「そうだ。破壊する」
「待て」
低い声がした。
球体の上に、人が立っていた。
年齢は四十代ほど。長い銀髪に、鋭い目。全身に雷の魔力を纏い、その存在感は圧倒的だった。
「《夜明けの旅団》か。噂は聞いている」
「《雷帝》か」
「そうだ。本名は、ライガ・ボルトスラッシュ。黒蛇の牙の第二幹部だ」
「第二幹部……」
「お前たちの実力は、認める。B級迷宮を攻略し、A級迷宮の《氷の女王》まで倒した。大したものだ」
「なら、退いてくれ。装置を破壊させてくれ」
「それはできない。この装置は、蛇王様の計画に不可欠だ」
「大魔王を復活させる計画か」
「そうだ」
「なぜ、大魔王を復活させる? 三百年前、大魔王は王国の半分を滅ぼした。復活すれば、また同じことが起きる」
「……それが目的だ」
「何?」
「この腐りきった王国を、一度滅ぼす。そして、新しい世界を作る。それが、蛇王様の望みだ」
「……」
「お前も知っているだろう。王国の上層部がいかに腐敗しているか。貴族が民を搾取し、弱者が踏みにじられる。そんな世界を、俺は認めない」
「それは分かる。だが、大魔王を復活させれば、弱者が最初に犠牲になる」
「……」
「腐敗した王国を滅ぼしたいなら、別の方法がある。大魔王に頼る必要はない」
「綺麗事だ。お前のような若者には、この世界の本当の闇が見えていない」
「見えていないかもしれない。でも、俺は、目の前の人を守ることを選ぶ」
「……話は終わりだ」
ライガが球体から飛び降りた。
「《雷帝》の名に恥じない戦いを見せてやろう」
「来い」
8. 雷帝ライガとの激闘
ライガが動いた瞬間、第七層全体に雷が走った。
「《雷帝・万雷》!!!」
無数の雷が、七人に向かって降り注いだ。
「散開!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
アレンが《風の壁》を展開し、雷を散らした。
「《聖なる光・広域》!!」
アリアの光が、残りの雷を吸収した。
「……防いだか。なかなかやる」
「《全方位感知斬り》!!!」
アレンがライガに向かって突進した。
「《雷の盾》!!」
ライガが雷の盾を展開し、アレンの剣を弾いた。
「くっ……!」
「雷の盾は、物理攻撃を弾く。お前の剣では、俺には届かない」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《雷の盾》!!」
風の刃も、雷の盾に弾かれた。
「風属性は、雷属性に弱い。お前の主力魔法は、俺には通じない」
「……」
「《超高温炎剣》!!!」
カインが横から突進した。
「《雷の盾》!!」
炎の剣も、雷の盾に弾かれた。
「炎属性も、雷属性に弱い。お前たちの攻撃では、俺には傷一つつけられない」
「《古代術式・貫通》!!!」
クロエが古代術式を放った。
「……!」
古代術式は、雷の盾を貫通した。
「ぐっ……!」
ライガが初めて傷を受けた。
「古代術式か。確かに、俺の盾を貫通する。だが——」
「《雷帝・連続雷撃》!!!」
ライガが連続で雷を放った。
クロエが後退した。
「クロエ!」
「大丈夫……でも、連続で使えない。古代術式は詠唱に時間がかかる」
「ライガの雷の盾を貫通できるのは、古代術式だけか……」
「《氷刃・急冷》!!」
セリアが氷の刃を放った。
「《雷の盾》!!」
氷属性も弾かれた。
「氷属性も、雷属性に弱い。お前たちの属性は、全て俺の天敵だ」
「……」
アレンは考えた。
雷の盾を貫通できるのは、クロエの古代術式だけ。しかし、古代術式は詠唱に時間がかかる。その間、ライガの攻撃を防ぎ続ける必要がある。
「クロエ、詠唱を始めてくれ。俺たちが時間を稼ぐ」
「分かった」
「全員、ライガの注意を引きつける。クロエに攻撃させるな」
「了解!」
アレン、カイン、セリア、アリア、リリス、ミアの六人が、ライガに向かって同時に攻撃を仕掛けた。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《超高温炎剣》!!」
「《氷刃》!!」
「《聖なる光》!!」
「《精霊召喚・風の精霊》!!」
「《闇の拘束・強化》!!」
六つの攻撃が、ライガに向かって飛んだ。
「《雷帝・万雷》!!!」
ライガが全方向に雷を放ち、六つの攻撃を全て弾いた。
「くっ……!」
「無駄だ。俺の《万雷》は、全方向の攻撃を弾く。お前たちでは——」
「《古代術式・貫通・強化》!!!!!!」
クロエが全魔力を込めた強化版の古代術式を放った。
「……!!!!」
強化された古代術式が、ライガの《雷帝・万雷》を突き破り、ライガの体に命中した。
「ぐあっ……!!!」
ライガが大きく後退した。
「……!! これほどの古代術式を……!!」
「まだ終わっていない」
「《全方位感知斬り》!!!」
アレンがライガの隙を突いて突進した。
「《雷の盾》!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
アレンが《風の壁》でライガの《雷の盾》を散らし、剣を叩き込んだ。
「……!!」
ライガが床に膝をついた。
「……強い。確かに、強い」
ライガは荒い息をついた。
「……降参する」
「!?」
「俺の負けだ。これ以上戦っても、俺が死ぬだけだ。死ぬつもりはない」
「……」
「装置は、お前たちが破壊しろ。俺は止めない」
「なぜ、急に……」
「俺は、蛇王様の計画に協力していたが、大魔王の復活が本当に正しいのか、確信が持てなかった。お前が言ったことが、頭から離れない」
「……」
「大魔王を復活させれば、弱者が最初に犠牲になる。それは、俺が望む世界ではない」
「なら、黒蛇の牙を抜けるか?」
「……簡単ではない。蛇王様は、裏切り者を許さない」
「俺たちが守る」
「……お前は、さっきから簡単に言うな」
「簡単ではないことは分かっている。でも、本気だ」
ライガはしばらく沈黙した。
「……考える。今は、装置を破壊しろ。それが先だ」
9. 魔力収集装置の破壊
ライガが退いたことで、七人は《魔力収集装置》に近づくことができた。
「どうやって破壊する?」
「装置の核となる魔石を破壊すれば、装置全体が停止する。魔石は球体の中心にある」
「球体の中に入れるか?」
「入れない。球体の表面に、破壊口を作る必要がある」
「《古代術式・破砕》で破れるか?」
「試みる。ただし、装置の魔力が強い。通常の《破砕》では、表面を傷つけるだけかもしれない」
「強化版で試してくれ」
「分かった。《古代術式・破砕・強化》!!!」
クロエの強化版《破砕》が球体の表面に命中した。
球体の表面に、亀裂が入った。
「亀裂が入った! もう一撃!」
「《超高温炎剣》!!!」
カインが亀裂に《超高温炎剣》を叩き込んだ。
亀裂が広がり、球体の内部が見えた。
内部には、巨大な黒い魔石があった。
「あれが核だ!」
「《古代術式・破砕・最大出力》!!!!!!」
クロエが全魔力を込めた《破砕》を魔石に向けて放った。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!!」
「《超高温炎剣》!!!」
「《全方位感知斬り》!!!」
三つの攻撃が同時に魔石に命中した。
魔石が、激しく輝いた。
「……!!!!」
そして、爆発した。
球体全体が、内側から崩れ落ちた。
「破壊した!!」
「迷宮の魔力が……落ち着いてきた!」
「装置が止まった。魔力収集が停止した」
「よし!!」
七人は互いに見合い、安堵の息をついた。
「……やったな」
「ああ。でも、これは七箇所のうちの一箇所だ。残り六箇所も、止める必要がある」
「一つずつ、潰していく」
「そうだ」
ライガが近づいてきた。
「……装置を破壊したな」
「ああ。これで、この迷宮からの魔力収集は止まった」
「残り六箇所も、同じようにするつもりか」
「そうだ」
「……俺も、協力する」
「!?」
「黒蛇の牙の内部情報を提供する。残り六箇所の装置の場所と、各地の幹部の情報だ」
「本気か?」
「ああ。お前が言ったことが、正しかった。俺は、間違った方向に進んでいた」
「……ありがとう」
「感謝は後でいい。蛇王様が、装置の停止に気づくのは時間の問題だ。急いで動け」
「分かった」
10. 夜の決意
ウィンドゲートに戻ると、街の人々が七人を出迎えた。
「迷宮の雷が止まった!」
「本当に止めてくれた!」
「ありがとう!!」
街の人々の歓声が、夜の街に響いた。
ギルドマスターが近づいてきた。
「本当に、止めてくれたのか」
「ああ。ただし、これは七箇所のうちの一箇所だ。残り六箇所も、同様に対処する必要がある」
「……王国に報告する。騎士団を動かすよう、働きかける」
「頼む。ただし、王国の上層部に黒蛇の牙の息がかかっている可能性がある。慎重に動いてくれ」
「分かった」
宿に戻り、七人は夕食を囲んだ。
ライガも同席した。
「……お前たちと、こうして食事をするとは思わなかった」
「俺たちも、思わなかった」
「《夜明けの旅団》か。いい名前だ」
「ありがとう」
「蛇王様のことを、話す」
全員が静かになった。
「蛇王様の本名は、ゼルガ・ダークソウル。三百年前から存在する、不老の魔法師だ」
「やはり、三百年前から……」
「三百年前、大魔王と戦った側の人間だった。しかし、大魔王を封印した後、世界が変わらなかったことに絶望した。腐敗した王国が続き、弱者が踏みにじられ続けた」
「……」
「ゼルガは、世界を変えるために、大魔王を復活させることを決意した。一度全てを壊して、新しい世界を作る——それが、三百年間の計画だ」
「三百年間、一人で……」
「ゼルガは、孤独だ。三百年間、誰も理解しなかった。だから、黒蛇の牙を作り、仲間を集めた。しかし、本当の意味での仲間は、一人もいない」
「……」
「俺も、ゼルガの計画に賛同していたわけではない。ただ、この腐敗した世界を変えたいという気持ちは、同じだった。だから、協力していた」
「ゼルガを止めるには、どうすればいい?」
「……封印の塔に向かう前に、ゼルガを直接倒す必要がある。しかし、ゼルガの力は、俺の比ではない。今のお前たちでは、勝てない」
「どのくらい強い?」
「……S級の冒険者でも、単独では勝てない。それほどの力だ」
「S級……」
「ただし、弱点がある。ゼルガは、三百年間、一人だった。仲間との連携を、知らない。お前たちのような、完璧な連携を持つパーティには、弱い可能性がある」
「……なるほど」
「今は、残り六箇所の装置を破壊することに集中しろ。その過程で、お前たちは更に強くなる。ゼルガと戦う準備が整う」
「分かった」
アレンは七人を見た。
「残り六箇所の装置を破壊する。その後、ゼルガと戦う。全員、覚悟はいいか?」
「ああ」
「もちろん」
「……ええ」
「うん」
「……ん」
「はい」
六人が答えた。
「よし。明日から、次の迷宮へ向かう」
夜の街に、静かな風が吹いた。
《夜明けの旅団》の旅は、新たな局面を迎えた。
大魔王の封印を守るために、七人は動き出す。
そして、その旅の果てに——最難関のダンジョンが待っている。
第12章 了 続き
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