第11章:氷の迷宮と師の遺志
第11章:氷の迷宮と師の遺志
1. 北方の山脈へ
ノースゲートを出発して二日。
《夜明けの旅団》の七人は、北方の山脈の麓に到着した。
山脈は巨大だった。
頂上は雲の中に消えており、その全容を見ることができない。山肌には常緑の針葉樹が密生しており、その奥に白い雪が輝いている。気温は、平地より明らかに低い。吐く息が白くなり、頬に当たる風が刃のように鋭い。
「寒い……」
カインが体を縮めた。
「北方の山脈は、夏でも雪が溶けない。A級迷宮の中でも、特に環境が過酷な部類に入る」
セリアが静かに言った。
「リリスの《耐寒薬》を飲んでおいた方がいいな」
「もう飲んでいる。でも、それでも寒い」
「《耐寒薬》は体内温度を維持するだけだ。外気の寒さを感じなくなるわけではない」
「なるほど……」
「氷の迷宮の内部は、外よりさらに寒い。覚悟しておけ」
「了解」
山道を登ること半日、七人は氷の迷宮の入り口に到達した。
入り口は、山の斜面に口を開けた巨大な洞窟だった。
洞窟の縁には、巨大な氷柱が並んでいる。まるで、牙のように。洞窟の奥からは、冷たい空気が流れ出しており、その空気に触れるだけで体の芯が冷えていく感覚があった。
「……ここが、氷の迷宮か」
アレンは洞窟の入り口を見上げた。
「全八層構造。第一〜四層は氷属性のモンスター、第五〜七層は氷の巨人の亜種、第八層のボスは『氷の女王』だ」
「氷の女王……A級迷宮のボスか」
「そうだ。単独で挑んだA級冒険者が、複数名、帰還できていない。それだけの強さを持つ」
「七人で挑む」
「ああ。それに——」
セリアは少し間を置いた。
「この迷宮には、師匠の遺したものがある」
「師匠の……?」
「ガルドから聞いた。師匠は死ぬ前に、この迷宮の奥深くに何かを残したと言っていた。何かは分からないが、俺への伝言かもしれない」
「それを見つけるためにも、最深部まで行く必要があるな」
「そうだ」
「分かった。行こう」
七人は氷の迷宮へと踏み込んだ。
2. 第一〜三層の攻略
第一層に入ると、空気が一変した。
温度が急激に下がり、壁も天井も床も、全て氷で覆われている。足元は滑りやすく、一歩一歩慎重に歩く必要がある。壁の氷が光を反射し、空間全体が青白く輝いている。
「綺麗だな……」
ミアが呟いた。
「綺麗だが、危険だ。油断するな」
最初のモンスターが現れた。
氷狼——全身が氷の結晶で覆われた狼型のモンスター。体長は通常の狼の倍ほどあり、口から冷気を吐き出して攻撃してくる。
「《高温炎剣》!!」
カインが踏み込み、氷狼に炎の剣を叩き込んだ。
白い炎が氷の体に触れた瞬間、激しく蒸発した。
「効いている!」
「炎属性が有効か。当然だな」
「でも、カインの炎魔法だけに頼りすぎると、魔力が持たない。俺も攻撃する」
アレンは《ウェントゥス・ラミナ》を発動した。
「《風の刃》は、氷属性には?」
「氷に風を当てると、急激な温度変化で表面が剥がれやすくなる。物理的なダメージも入る」
「なるほど」
「セリアの《氷刃》は?」
「同属性だから、ダメージは入りにくい。ただし、氷狼の動きを予測するのには長けている。氷属性の動きは、俺には分かりやすい」
「では、セリアは予測と指示を担当してくれ」
「了解だ」
第一層を進むにつれ、氷狼の群れが現れた。
「ミア、《闇の拘束》で動きを止めてくれ」
「……《闇の拘束》!」
しかし、氷の床に影が映りにくく、《闇の拘束》の効果が通常より弱かった。
「氷の床は光を反射するから、影が薄くなる。《闇の拘束》が効きにくい」
「どうする?」
「俺が床に影を作る。《光の灯火》を使って、意図的に影を作れば、《闇の拘束》が使いやすくなる」
「なるほど!」
アレンが《光の灯火》を発動し、氷狼の足元に光を当てた。
光が当たることで、反対側に濃い影ができた。
「今だ、ミア!」
「《闇の拘束》!!」
影が足に絡みつき、氷狼の動きが止まった。
「《高温炎剣》!!」
カインが一気に仕留めた。
「光と影の連携か。アレンは、本当に頭が回るな」
「状況に合わせて考えるだけだ」
第二層では、氷蜥蜴が出現した。
体長三メートルの蜥蜴型モンスターで、尻尾で床を叩いて氷の破片を飛ばしてくる。
「氷の破片が飛んでくる! 散開!」
七人が素早く散開した。
「《聖なる光・広域》!!」
アリアが広域の聖属性魔法を展開し、飛んでくる氷の破片を光で溶かした。
「アリアの聖属性魔法は、氷にも有効か」
「聖なる光は熱を持っている。氷を溶かせる」
「有効活用しよう」
第三層では、氷熊が出現した。
体長四メートルの熊型モンスターで、全身が分厚い氷の鎧に覆われている。
「鉄の迷宮の鉄巨人と同じ要領で行く。炎で溶かし、氷で急冷して亀裂を入れ、弱点を攻撃する」
「了解」
「ただし、氷熊の弱点は腹部だ。分厚い氷の鎧の中で、腹部だけが鎧で覆われていない」
「腹部を狙うには、氷熊を仰向けにする必要がある」
「そうだ。ミアの《闇の拘束》で足を止め、カインが体当たりで倒す」
「体当たり?」
「カインの筋力なら、氷熊を倒せる。《炎剣》を纏った状態で体当たりすれば、氷の鎧も溶かしながら倒せる」
「……やってみる!」
カインが《高温炎剣》を全身に纏い、氷熊に向かって突進した。
「《炎の体当たり》!!!」
カインの体が白い炎に包まれ、氷熊に激突した。
氷熊が大きく揺れ、後ろに倒れた。
「今だ! 腹部を攻撃!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《古代術式・貫通》!!」
「《聖なる光・集束》!!」
三つの攻撃が腹部に集中し、氷熊が動かなくなった。
「……倒した」
「カインの《炎の体当たり》、使えるな」
「俺自身も驚いた。《高温炎剣》を全身に纏うなんて、考えたことなかった」
「《炎剣》の応用だ。剣だけでなく、体全体に纏わせることができる。それが《炎の体当たり》の原理だ」
「新しい技が生まれた!」
「修練すれば、更に強化できる」
「よし、頑張る!」
3. 第四層・氷の番人
第四層に入ると、空間が大きく変わった。
これまでの層は洞窟のような狭い通路だったが、第四層は広大な氷の平原だった。
天井が高く、視界が開けている。床は完全に凍りついており、足元が非常に滑りやすい。
「広い……」
「第四層は、氷の番人の縄張りだ。この層全体が、番人の支配下にある」
「氷の番人とは?」
「高さ五メートルの氷の人型モンスター。全身が純粋な氷で構成されており、物理攻撃は全て弾かれる。有効なのは、炎属性のみだ」
「カインの独壇場か」
「そうだ。ただし、番人は氷の平原を自在に滑走する。速度が非常に速い」
「速度か……」
「俺の魔力感知で動きを追う。カインが攻撃するタイミングを指示する」
「了解」
氷の番人が現れた。
予想通り、その動きは速かった。
氷の平原を滑るように移動し、七人の周囲を高速で回転し始めた。
「速い……!」
「落ち着け。感知している」
アレンは魔力感知で番人の動きを追った。
「カイン、三秒後に右から来る。その瞬間に《高温炎剣》を叩き込め」
「……三秒」
「二秒」
「一秒」
「今!!」
「《高温炎剣》!!!」
カインが右に向かって剣を振った。
白い炎が、滑走してきた番人の体に直撃した。
「ぐっ……!」
番人が減速した。
「効いた! でも、倒れない!」
「もっと温度を上げろ。氷を完全に溶かすには、通常の《高温炎剣》では足りない」
「もっと温度を……!」
カインは魔力を更に集中させた。
炎の色が、白からさらに青みがかった白へと変化した。
「……《超高温炎剣》!!!」
カインの剣が、これまでにない高温の炎を纏った。
「今だ! 番人が止まっている間に!!」
「《超高温炎剣》!!!」
カインが番人の胸部に剣を叩き込んだ。
青白い炎が番人の体に触れた瞬間、氷が急激に溶け始めた。
「溶けている!!」
「全員、攻撃!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《聖なる光・集束》!!」
「《古代術式・貫通》!!」
「《闇の拘束・強化》!!」
四つの攻撃が番人に集中した。
番人の体が急速に溶け、崩れ落ちた。
「……倒した!」
「カイン、《超高温炎剣》か。また新しい技が生まれたな」
「魔力の密度を極限まで高めたら、炎の色が変わった。これが限界に近い温度だと思う」
「素晴らしい。修練次第で、更に高温にできるかもしれない」
「やってみる!」
4. 第五〜七層と氷の巨人
第五層からは、氷の巨人が出現した。
高さ六メートルの巨人型モンスターで、全身が氷の鎧に覆われている。手には巨大な氷の槍を持ち、遠距離からも攻撃してくる。
「氷の槍の射程に注意しろ。遠距離から狙ってくる」
「《聖なる光・広域》で、飛んでくる槍を溶かせるか?」
「試してみる」
アリアが《聖なる光・広域》を展開した。
飛んでくる氷の槍が、光に触れた瞬間に溶け始めた。
「溶けている! でも、完全には溶けない。速度が速すぎる」
「では、溶かして軌道を変える。完全に溶かさなくても、軌道が変われば当たらない」
「なるほど!」
アリアが《聖なる光》で氷の槍の軌道を変えながら、カインが近距離で《超高温炎剣》を叩き込む——という連携が確立した。
第六層では、氷の巨人の強化版である氷の将軍が出現した。
通常の氷の巨人より一回り大きく、氷の鎧の厚さも増している。さらに、氷の盾を持っており、正面からの攻撃を全て弾く。
「盾がある。正面からは攻撃できない」
「側面と背後から攻撃する」
「俺が正面で注意を引きつける。セリアとカインが側面から攻撃する」
「了解」
アレンが正面に立ち、《ウェントゥス・ラミナ》を連続で放った。
氷の将軍が盾で防ぐ。
その間に、セリアとカインが側面から回り込んだ。
「《超高温炎剣》!!」
「《氷刃・急冷》!!」
二つの攻撃が側面の鎧に命中した。
炎で溶かし、氷で急冷して亀裂を入れる——鉄の迷宮で確立した連携が、ここでも有効だった。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
アレンが亀裂に《風の刃》を叩き込み、鎧を剥がした。
「弱点が露出した! 全員、攻撃!!」
六人の攻撃が弱点に集中し、氷の将軍が崩れ落ちた。
第七層では、氷の将軍の最強版である氷の元帥が出現した。
高さ八メートルという巨大さで、これまでの氷のモンスターの中で最も強力だ。
「……でかい」
カインが思わず言った。
「第七層のボスだ。第八層の氷の女王への前哨戦と思え」
「了解」
氷の元帥との戦闘は、これまでで最も激しいものになった。
氷の元帥は、盾と槍に加えて、広範囲の吹雪を発動してきた。
「《ブリザード》!!!」
吹雪が七人を包んだ。
「視界が……!」
「散らばるな! 固まれ! アリアの《聖なる光》で吹雪を防ぐ!」
「《聖なる光・広域》!!!」
アリアの聖属性魔法が展開し、吹雪を光で溶かした。
「光が、吹雪を溶かしている!」
「聖なる光の熱が、吹雪の氷結を防いでいる!」
「アリア、《聖なる光》を維持しながら後退しろ! 俺たちが攻撃する!」
「分かった!」
アリアが《聖なる光・広域》を維持しながら後退した。
残りの六人が、氷の元帥に向かって攻撃を仕掛けた。
「《超高温炎剣》!!」
「《氷刃》!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《闇の拘束・強化》!!」
「《古代術式・貫通》!!」
「《精霊召喚・火の精霊》!!」
六人の攻撃が氷の元帥に集中した。
「グォォォォ!!!」
氷の元帥が揺れた。
「まだ倒れない!」
「もう一撃!!」
「《全方位感知斬り》!!!」
アレンが魔力感知で弱点を正確に捉え、《全方位感知斬り》を叩き込んだ。
「グォォォォ!!!!!!」
氷の元帥が崩れ落ちた。
「……倒した!」
「第七層、突破だ!」
七人は荒い息をつきながら、互いを見た。
全員が無事だった。
「よし! 第八層へ行こう!」
5. 師匠の遺した場所
第七層と第八層の間に、小さな部屋があった。
通常の迷宮には存在しない、隠し部屋だ。
「……ここだ」
セリアが立ち止まった。
「どうした?」
「この部屋の魔力反応が……師匠の魔力に似ている」
「師匠が、ここに何かを残したのか?」
「……入ってみる」
部屋の扉を開けると、中は小さな空間だった。
壁に、石板が立てかけられている。
石板には、細かい文字が刻まれていた。
セリアが近づき、文字を読んだ。
その表情が、少しずつ変わっていった。
「……」
「何が書いてある?」
しばらく沈黙した後、セリアが口を開いた。
「師匠の手紙だ」
「手紙?」
「石板に刻まれた、俺への手紙だ」
セリアは石板の文字を声に出して読んだ。
「『セリアへ。この石板を見つけたということは、お前が氷の迷宮の第七層を突破したということだ。よくやった。俺が教えた剣技の全てを、お前は超えている。誇りに思う。
俺は、この迷宮の奥に、俺の全てを込めた剣技を残した。《絶零剣》——氷の魔力と剣技を融合させた、俺が生涯をかけて完成させた技だ。お前にしか使えない。なぜなら、この技は、俺の血を引く者にしか発動できないからだ。
俺はお前の師匠だが、お前は俺の娘のようなものだ。だから、この技を受け取ってくれ。
俺の死については、既に知っているかもしれない。俺は後悔していない。俺が守りたかったものを、最後まで守れた。お前が生きていることが、俺の最大の喜びだ。
強く生きろ。仲間を大切にしろ。そして——幸せになれ。
イリス・フロストブレード』」
部屋に静寂が訪れた。
セリアは石板を見つめたまま、動かなかった。
アレンは何も言わなかった。
何も言う必要がなかった。
しばらくして、セリアが静かに言った。
「……泣いていい、か」
「ああ」
セリアの目から、涙が一筋流れた。
それだけだった。
セリアは泣き崩れることなく、ただ静かに涙を流した。
その姿は、悲しみではなく、師匠への感謝と愛情に満ちていた。
「……ありがとう、師匠」
セリアは石板に手を当て、静かに言った。
「必ず、《絶零剣》を完成させる。師匠の技を、俺が継ぐ」
石板の文字が、淡く光った。
その光が、セリアの手に吸い込まれていった。
「……!」
「何が起きた?」
「《絶零剣》の術式が……俺の体に入ってきた。まだ発動できないが、技の感覚が分かる」
「師匠が、術式を石板に封じておいたのか」
「そうだ。俺が触れた瞬間に、術式が解放された」
「《絶零剣》を完成させるには、どうすればいい?」
「修練だ。術式の感覚を体に覚えさせる。時間はかかるが……必ず完成させる」
「一緒に修練しよう」
「……ありがとう、アレン」
セリアは石板を見た。
「師匠、見ていてくれ。俺は、お前の技を完成させる」
石板の光が、もう一度だけ輝いた。
まるで、師匠が答えているかのように。
6. 第八層・氷の女王との対峙
七人は第八層へと進んだ。
第八層は、これまでの層とは全く異なる空間だった。
広大な氷の宮殿——天井は三十メートル以上の高さがあり、壁は透明な氷で構成されている。その氷の中に、無数の光が閉じ込められており、空間全体が幻想的な輝きを放っている。
「……綺麗だ」
リリスが思わず呟いた。
「綺麗だが、危険だ。気を引き締めろ」
宮殿の奥に、玉座があった。
玉座に座っているのは——女性の形をした存在だった。
高さは三メートルほど。全身が透明な氷で構成されており、その中に青い光が脈動している。長い髪は氷の結晶でできており、頭には氷の王冠を戴いている。
目は閉じており、まるで眠っているかのようだ。
「……あれが、氷の女王か」
「そうだ。A級迷宮のボスの中でも、最強クラスの存在だ」
七人が近づくと、氷の女王がゆっくりと目を開けた。
その目は、深い青色だった。
「……久しぶりに、来訪者が来た」
氷の女王が口を開いた。
その声は、美しく、しかし冷たかった。
「B級迷宮を超えてきた者たちか。なかなかの実力だ」
「……話せるのか?」
アレンが思わず言った。
「驚いたか。私は、ただのモンスターではない。かつては、人間だった」
「人間が、モンスターに……?」
「長い話だ。戦いの前に、少し聞くか?」
「……聞く」
氷の女王は静かに語り始めた。
「私は、三百年前の魔法師だ。氷属性の魔法を極めた結果、体が氷に変容した。意識はある。しかし、体は氷のモンスターとなった」
「三百年間、ここに……?」
「そうだ。この迷宮は、私が作った。自分の研究の場として、この山脈の奥に作り上げた。しかし、体が変容した後、外に出ることができなくなった」
「なぜ、冒険者を攻撃する?」
「本能だ。体が氷のモンスターになった以上、侵入者を排除しようとする本能が働く。それを抑えることはできない」
「……」
「お前たちは、私を倒しに来た。それは正しい。私を倒せば、この迷宮は解放される。閉じ込められた魔力が解放され、この山脈の生態系が正常に戻る」
「それを望んでいるのか?」
「……ずっと望んでいた。しかし、誰も私を倒せなかった。三百年間、誰も」
「俺たちが倒す」
「そうか。では——来い」
氷の女王が立ち上がった。
宮殿全体が振動し、壁の氷が輝きを増した。
「《永久凍土》!!」
氷の女王が両手を広げた瞬間、宮殿全体の温度が急激に下がった。
床が凍りつき、空気が凍り始めた。
「寒い……! 動きが鈍くなる!」
「《耐寒薬》の効果が追いつかない!」
「アリア、《聖なる光》で温度を維持してくれ!」
「《聖なる光・広域》!!!」
アリアの聖属性魔法が展開し、七人の周囲に温かい光の膜を作った。
「これで、少し動ける!」
「行くぞ!」
7. 氷の女王との激闘
氷の女王との戦闘は、これまでの全ての戦闘の中で最も激しいものだった。
氷の女王は、単純な力だけでなく、高度な魔法を駆使して攻撃してきた。
「《氷の槍・百連射》!!!」
無数の氷の槍が、七人に向かって飛んできた。
「散開!!」
「《聖なる光・広域》!!」
アリアが光の膜で槍を溶かしながら、七人が散開した。
「《氷の牢獄》!!!」
床から氷の柱が無数に生え、七人を囲もうとした。
「《高温炎剣》!!」
カインが氷の柱を溶かしながら突進した。
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
アレンが《風の刃》で氷の柱を砕いた。
「《古代術式・破砕》!!」
クロエが術式で氷の柱を一気に粉砕した。
「《絶対零度》!!!」
氷の女王が最強の魔法を発動した。
周囲の全ての熱が奪われ、空気が凍りつく。
「全員、アリアの周りに集まれ!!」
七人がアリアの周囲に集まった。
「《聖なる光・最大出力》!!!!」
アリアが全魔力を込めた《聖なる光》を展開した。
光の膜が七人を包み、《絶対零度》の冷気を防いだ。
「……防いだ!」
「でも、アリアの魔力が……!」
「大丈夫。まだ動ける」
アリアの顔が青ざめていたが、目には強い意志があった。
「今だ! 全員、攻撃!!」
「《超高温炎剣》!!!」
「《氷刃・急冷》!!」
「《ウェントゥス・ラミナ》!!」
「《闇の拘束・強化》!!」
「《古代術式・貫通》!!」
「《精霊召喚・火の精霊・最大出力》!!」
六人の攻撃が氷の女王に集中した。
「……!!!」
氷の女王が大きく揺れた。
「まだ倒れない! もう一撃!!」
「《全方位感知斬り》!!!」
アレンが魔力感知で氷の女王の核となる魔石の位置を特定し、《全方位感知斬り》を叩き込んだ。
剣が氷の女王の胸部に深く刺さった。
「……」
氷の女王が静止した。
「……三百年ぶりに、傷を受けた」
その声は、静かだった。
「……お前たちは、本物だ」
「まだ終わっていない」
「そうだな」
氷の女王が再び動き出した。
「《氷の嵐》!!!」
宮殿全体を巻き込む巨大な吹雪が発生した。
「クロエ! 術式で吹雪を封じられるか!?」
「……試みる! 《古代術式・封印》!!!」
クロエが全魔力を込めた封印術式を発動した。
吹雪の術式に封印術式が絡みつき、吹雪の勢いが弱まった。
「弱まった! 今だ!!」
「《超高温炎剣・最大出力》!!!!!」
カインが全魔力を込めた《超高温炎剣》を氷の女王の核に叩き込んだ。
青白い炎が、氷の女王の体内で爆発した。
「……!!!!」
氷の女王の体が、内側から溶け始めた。
「《全方位感知斬り》!!!」
アレンが最後の一撃を叩き込んだ。
氷の女王の体が、静かに崩れ始めた。
「……ありがとう」
崩れながら、氷の女王が言った。
「三百年間、待っていた。やっと、解放される」
「……」
「お前たちは、強い。本当に、強い」
「……」
「若者よ、一つだけ教えよう。この迷宮の奥に、私が三百年かけて集めた知識がある。魔法の書だ。お前たちに、贈ろう」
「……ありがとうございます」
「強く生きろ。この世界には、まだ多くの困難がある。しかし、お前たちなら——乗り越えられる」
氷の女王の体が完全に崩れ、青い光が宮殿に広がった。
その光は、やがて天井を突き抜け、空へと消えていった。
宮殿の氷が、ゆっくりと溶け始めた。
8. 遺された知識と新たな魔法
氷の女王が崩れた場所に、一冊の本が残っていた。
表紙は氷のように透明で、内部に青い文字が浮かんでいる。
「《氷の魔法書》か」
クロエが本を手に取り、開いた。
「……これは、氷属性魔法の集大成だ。三百年分の研究が、ここに詰まっている」
「何が書いてある?」
「様々な氷属性魔法の術式が記録されている。中には、私が見たことのない術式も……」
「セリアに関係するものはあるか?」
クロエはページをめくった。
「……あった。《絶零剣》の完成術式が記録されている」
「!!」
セリアが前に出た。
「師匠の技が、ここに?」
「そうよ。師匠のイリスさんは、この迷宮で氷の女王と交流していたのかもしれない。《絶零剣》の完成術式を、氷の女王に預けていた」
「師匠が……」
「この術式と、石板から受け取った術式を組み合わせれば、《絶零剣》を完成させられる」
「……やってみる」
セリアは《氷の魔法書》を手に取り、術式を読んだ。
石板から受け取った術式の感覚と、魔法書の術式が、体の中で融合していく感覚があった。
「……分かった。《絶零剣》の完成形が、見えた」
「今すぐ発動できるか?」
「……いや。まだ修練が必要だ。でも、完成させられる。確信がある」
「よかった」
「師匠、ありがとう。お前の技を、必ず完成させる」
セリアは静かに、しかし確固たる意志を込めて言った。
アレンは《氷の魔法書》の別のページを見た。
「……これは」
「何かあったか?」
「雷属性魔法の基礎術式が記録されている。氷の女王は、氷属性だけでなく、雷属性の研究もしていたのか」
「雷属性は、氷属性と相性がいい。氷の中の水分に雷を流すことで、威力が倍増する」
「俺は、まだ雷属性魔法を使えない。でも、この術式があれば……」
「習得できるかもしれない」
「修練してみる」
アレンは雷属性魔法の基礎術式を記憶した。
《ウェントゥス・ラミナ》の習得と同じように、まず術式を理解し、魔力を流す練習から始める必要がある。
「雷属性魔法が使えるようになれば、氷属性のモンスターへの対処が更に広がる」
「楽しみだな」
「ああ」
9. 迷宮の解放と夜の語らい
氷の女王が倒れたことで、迷宮の魔力が解放された。
壁の氷が少しずつ溶け始め、迷宮全体が変化していく。
「迷宮が変わっていく……」
「氷の女王が三百年間、この迷宮に閉じ込めていた魔力が解放されている。やがて、この迷宮は普通の洞窟になるだろう」
「それでいいのか?」
「それが、氷の女王の望みだった。迷宮として存在し続けることではなく、解放されること」
七人は迷宮を出た。
外は夜になっていた。
北の山脈の頂上に、満天の星が広がっている。
「……綺麗だ」
リリスが空を見上げた。
「ああ」
七人は山の斜面に腰を下ろし、焚き火を囲んだ。
「今日は、色々あったな」
カインが言った。
「ああ」
「氷の女王が、人間だったとは思わなかった。三百年間、一人で……」
「孤独だったんだろうな」
「最後に、俺たちに感謝してくれた。あれは……なんか、こう」
「うん」
「言葉にならないな」
「言葉にならないことは、言葉にしなくていい」
「……そうだな」
セリアが静かに言った。
「師匠の手紙を読んだ時、俺は師匠に会いたいと思った。もう一度だけ、会って話したいと思った」
「……」
「でも、師匠はもういない。だから、師匠の技を完成させることが、俺にできる最大の追悼だ」
「《絶零剣》、必ず完成させろ」
「ああ。必ず」
アリアが言った。
「今日、私は改めて思いました。仲間がいることの大切さを」
「どういう意味だ?」
「氷の女王は、三百年間、一人でした。誰も来ない、誰とも話せない、ただ一人で存在し続けた。それがどれほど孤独なことか……」
「……」
「私は、一人で旅に出た時、孤独でした。でも今は、六人の仲間がいる。その違いは、計り知れない」
「俺も同じだ」
カインが言った。
「俺とミアも、アリアと出会う前は二人だった。二人でも心強かったが、七人になった今は、比べ物にならない」
「七人で、最難関のダンジョンまで行く」
アレンが言った。
「全員で、生きて帰る」
「ああ」
「うん」
「……ええ」
「もちろん」
「……ん」
「はい」
六人が答えた。
焚き火の炎が、夜風に揺れた。
北の山脈の頂上に、星が輝いている。
10. 帰路と新たな修練
翌朝、七人は山を下り始めた。
下山しながら、アレンは雷属性魔法の修練を始めた。
《氷の魔法書》に記された基礎術式を頭の中で反芻しながら、魔力を流す感覚を掴もうとした。
「雷属性の魔力は、他の属性と少し違う」
「どう違う?」
「他の属性は、魔力を「流す」感覚だ。炎なら燃え広がるように、氷なら凍りつくように。でも、雷は「走る」感覚だ。一瞬で、目的地に到達する」
「稲妻のような?」
「そうだ。一瞬で、最短距離を走る。その感覚を掴めれば、術式が発動できる」
「難しそうだな」
「難しい。でも、《全方位感知斬り》の修練と似ている部分がある。感知と動作を一体化させる感覚——それが、雷属性魔法の発動にも必要だ」
「なるほど」
「少し時間がかかるが、習得できると思う」
セリアも、下山しながら《絶零剣》の修練を続けた。
剣を構え、氷の魔力を剣に集中させる。
石板から受け取った術式と、《氷の魔法書》の術式を融合させる感覚を、繰り返し確認した。
「……少しずつ、形が見えてきた」
「どんな技だ?」
「剣に氷の魔力を極限まで凝縮させ、一瞬で解放する。その瞬間、剣の周囲の全ての熱が奪われ、触れたものを絶対零度で凍らせる」
「絶対零度……それは、氷の女王の《絶対零度》と同じか?」
「同じ原理だ。師匠は、氷の女王から学んだのかもしれない」
「師匠と氷の女王が、交流していたとしたら……」
「ああ。師匠は、氷の女王を倒すためではなく、学ぶために氷の迷宮に来ていたのかもしれない」
「そして、師匠の技を氷の女王が預かっていた」
「……師匠らしいな。戦うだけでなく、学ぶことを大切にしていた」
「セリアも、同じだな」
「……そうか?」
「戦いの中でも、常に学ぼうとしている。それは、師匠から受け継いだものだ」
セリアは少し照れたように、前を向いた。
「……余計なことを言うな」
「本当のことだ」
「……」
セリアは何も言わなかったが、その表情は少し柔らかくなっていた。
山を下りきると、ノースゲートの街が見えた。
「一度、街に戻るか?」
「ああ。《氷の魔法書》の内容を整理して、次の目的地を決める」
「次はどこへ?」
「黒蛇の牙の情報を集める。ガルドから連絡が来ているはずだ」
「黒蛇の牙……いよいよ、本格的に動くか」
「そうだ。俺たちが強くなるほど、向こうも動いてくる。先手を打つ必要がある」
「了解」
七人はノースゲートへと歩き始めた。
A級迷宮を攻略し、七人の絆はさらに深まった。
そして、《絶零剣》と雷属性魔法という新たな力の種が、確かに芽吹き始めていた。
《夜明けの旅団》の旅は、次の段階へと進む。
第11章 了 続く
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