テレシウスとエーレント 奇妙な同居生活
「おい、アンタ!」
…
「おい!起きろ!!!」
「……五月蠅いな……」
呟いた瞬間、
「グアァッ!!!」
思い切り背中に飛び乗られた。
「起きる!起きると言っている!!」
周囲で、女たちの美しい笑い声が奏でられる。
私は思い切り身体をひねって、背中の上の男を振り落とす。
が、その男は、音もなく軽やかに床に着地する。
「ハッ…起こし方まで野蛮だな!」
「どっちが野蛮だよ、この野獣!
俺の部屋に女連れ込んで、昼まで寝てよォ…」
「ここはもう、私の部屋でもある。
…それに…貴様も共に楽しんだろうが?」
「フウ―――」
エーレントは口にしたタバコをの煙を吐き出し、
女たちに金を握らせる。
「まあ、否定できねェな。」
女たちはクスクス笑いながら、軽やかに舞うように去る。
「アァ…やはり、猫族の女は最高だな…」
私は上体を起こして葉巻に火をつける。
「葉巻も最高だな…」
「聞いてる?」
「おい」
「あ?」
「葉巻、最高だな?」
「聞いてるっての!!!
人の話は聞かないのに、自分の話は…」
「腹が減ったな。」
「勝手に食えよ!!」
「どこだ?」
「テーブル!!」
私が立ち上がると…フワリと目の前が白く染まる。
「素っ裸で歩くな!」
「いいじゃないか…同じ部屋で同じ女たちを抱く仲…う”ッ…」
頭にかけられたシーツが締め上げられる。
私は、そのままテーブルに向かう。
目隠しされていても、この部屋ならどこへでも行ける。
私がシーツを被ったまま椅子に座ろうとすると、
「下着をはけ!」
思い切りシーツが引っ剝がされて、下半身に巻きつけられる。
私がテーブルにつくと、エーレントは緑色の液体を私に差し出した。
「毒か」
「おう、そうだ。残らず飲め。」
私は迷いなく喉に流し込んだ。
苦みが舌に残る。
「……不思議な味だな……葉巻が欲しくなる。」
「だろ?」
エーレントは鼻をうごめかす。
「ちょっとな、考えたんだ。
煙草に合う「薬湯」ってやつ。
酒もいいんだけどよ、昼でも気軽に煙草と合わせられて、
そして……健康にもいい!」
エーレントは得意げに胸を張った。
私は机の葉巻に火をつけて、ゆっくり薬湯を味わう。
「おい。」
「早く言えよ。」
「うまい…」
エーレントの顔が輝く。
「だろ?
もっといろんな味の薬湯を作ろうと思ってんだ。
それぞれ、効能も違う。」
「作り過ぎても価値が下がる。
上流層が最も金になる。アイツらに特別感を味わわせる工夫が必要だ。」
気付けばエーレントは、いくつかグラスを私の前に出している。
「試作品だ!」
こういうときのエーレントは、真夏の太陽のようだ。
ドブを這いまわる鼠には眩し過ぎる。
「おい。
……このキッシュもうまい。」
「だろ?隠し味を使ってるんだぜ……って俺は忙しいんだ!」
なにやら怒りながら…そして、私の皿の上にキッシュを追加する。
「いい女、うまい食事、うまい飲み物、うまい煙草に葉巻…お前の部屋は天国だな。」
「ヒモかよ!!!」
「ヒモだが。」
「黙って味わえ!!!
…あ、感想は教えろよ。」
そういうと、エーレントは魔女のごとく、鍋をぐつぐつさせて味見をしては、
何かを足したりして首をひねっている。
「エーレント。」
「何?」
「忘れていた。大量の煙草の注文がディモイゼから来ていた。」
「納期は?」
「明日だ。」
「アンタなぁ!!!!!」
慌ててエーレントは筆をとる。
この国で文字が読み書きできるのは各種族の上流階級の一部なのに、
この男は難解な古代語まで操れる。
「この新しい葉巻も少し入れておけ。
飛ぶように売れるぞ。」
「お、イイねぇ…お試しってヤツな。」
エーレントはふと手を止めて私を見る。
「ここまでの商売になったんだ。
アンタに利益の一部を払う。
無償なのは、俺が落ち着かねェ。」
「ハッ…!」
私は立ち上がって、伸びをする。
「細かいことを言うな、野蛮な猫族の王のくせに…」
「アンタがおおらか過ぎんだよ!」
「ハッハッハ!!!」
おおらかなのはどっちなんだか…
「私は、貴様のおかげで気楽に生きているヒモだ。
この程度クソの足しにもならん。」
エーレントは少し驚いたように私を見ると、
視線を逸らし、やおら忙しそうに筆を動かす。
「もっと大きくしないのか?大産業になる。」
「大きくするには、土地も人も要る。
……だが、猫族に領地はない。
土地を購入することも禁じられている。
人口も少ない。」
そしてぽつりと付け加える。
「アンタらのせいでな。」
しかし、エーレントは顔を上げて、頬杖をついた。
「いいんだよ、俺らはこれで。
ディモイゼから離れて、細々やってりゃ、目も付けられない。
……そうだろ?」
私はその澄んだ夕日色の瞳を見た。
「世界は貴様のように……」
「何?」
「いや……何でもない。」
私は静かに煙を吐いて、立ち上がった。
「ハッ!勿体ないな…こんなに最高の嗜好品。
猫族の煙草があれば、
どこでも人間は幸せにやれる。」
「褒め上手かよ。」
私は着替え始める。
「貴様には108の秘儀があるだろう。」
「……誰に聞いた?」
「ハッ!深酒した貴様だ。」
「ヤベェ…覚えてねェ…」
エーレントは頭を掻いて笑い出す。
「なぜ使わん。」
私は夕日色の瞳を正面から見る。
「使えば、この国は――貴様の思い通りだ。」
エーレントは目を逸らし、静かに煙を吐いた。
「俺は身の丈ってもんを知ってんだよ。
さっきも言ったろ?
猫族が細々と……普通に生きられりゃ、それでいい。」
エーレントは煙草の煙を吐きながら、猫のように目を細める。
「秘儀の研究は、趣味だ、趣味!
…女を悦ばせるためのな!」
私は身支度を終えた。
「ハッ!好きにやれ。
でも、秘儀書を棚の三段目に置きっぱなしにするな。」
「アンタ、なんで知ってるんだよ!」
「女とイクときの貴様が、勝手に喋ったろうが。」
慌てて秘儀書を棚の五段目に移すエーレントを肩越しに見やる。
――――この男はその気になれば、
不世出の傑物としてふんぞり返って生きていけるのに、
勤勉で、
謙虚で、
お人好しで、
隙だらけだ。
私は剣を取った。
「今日は帰って来ないかもしれん。」
「もう帰ってくんな!」
「まあそう言うな。」
私は扉を開けると、エーレントを振り返る。
「私は、ここに帰ることが喜ばしいぞ。」
「アンタ、根っからのヒモ体質だな!」
サッサと行け!というエーレントの声を背中に、私は外に出た。
***
外の空気は刺すように冷たい。
(――エーレントは)
私はマントを口元まで上げる。
(このままでは、いずれ殺される)
国を転覆させるほどの力を持ちながら、
足るを知り、
与えられた枠の中で、
猫族の王という与えられた役目を果たそうとしている。
(だからこそ……)
私の瞼に、澄んだ夕日色の瞳が浮かぶ。
(私が守る。)
星もない暗い夜道には、砂利を踏みしめる私の靴音だけが響いてた。




