(第Ⅳ章完結)【婚約編】友を処刑した王、友に処刑された王
僕たちはグラスに口をつける。
暖炉の火影が部屋で揺れる中、手に持ったグラスの感触はいつも以上に冷たく固い。
僕は、グラスの向こうで幾本にも分かれている指をしばらく見ていた。
ふと、リヒトさんが動く気配を感じて、僕も顔を上げると、
リヒトさんは床に転がる割れた酒瓶を見やっている。
僕は鼻の頭を掻いた。
「僕、手加減が苦手です。」
リヒトさんの顔にフッと光が差し込む。
「そうだ…騎士学校で、神通力なしの百対一で勝ったって聞いたけど…」
「ああ、そんなこともありましたね。
『僕が成績がいいのは、神通力と地位があるからだ』と言われたんです。」
「――でも、結構言われがちな悪口じゃない?」
「『野蛮で臭い猫族がいる時代じゃなくて良かったですね』
と言われたので……
『猫族を悪く言うな、野蛮で臭いのはお前だ。
黙らせてやるから、百人集めてかかってこい』
と言ったんです。」
リヒトさんは、夕日色の瞳で僕をじっと見つめた。
「最高にかっこいいね…
…エーレントに聞かせたかったな。」
僕はうつむいて目を逸らしたが、ふと思い出して言った。
「そういえば、騎士学校で聞きました。
――稀代の残虐王テレシウスは、当時国一番の剣士だったと。」
「テレシウスが?」
リヒトさんが身を乗り出す。
「ええ。神鼠を継承する前は大王の親衛隊長を務めていたらしいです。」
「ただの我儘な王様だと思っていたけど、違うんだね。」
リヒトさんは僕の胸にそっと手を置いた。
「貴方は、ただの残虐王じゃない…なのに、
どうして…友人を……エーレントを処刑したの?」
――テレシウスに呼び掛けるように。
「テレシウス、どうして?
エーレントが【野蛮で臭かった】から?」
リヒトさんの目に涙が浮かぶ。
その潤んだ夕日色の瞳が、僕の心臓をギリギリと掴み上げる。
『だま…れ…雌猫……』
――――髪が白銀に染まっていく。
『エーレントは……
気高く…輝いていた……』
【私】は、雌猫の肩を掴む。
『猫族の……
未来を……』
雌猫の夕日色の瞳が食い入るように私を見る。
エーレント、貴様のような瞳…
『だから……』
雌猫の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ああ、貴様も私も、
最期の瞬間まで涙を流すことはできなかった。
私は……
***
その瞬間、僕はハッと『僕』として気付いた。
「リヒトさん…今、テレシウスが……」
リヒトさんは顔を覆って泣きじゃくり始めた。
「どうして…?
友達を処刑したの?…友達に処刑されたの?」
「…神鼠と猫族だから…」
リヒトさんはキッと僕を見つめた。
「こんなに痛そうなのに!心が!!
テレシウスも…
…エーレントも!!!」
僕は、何も言えない。
心の行き場を失って、
ただ、逃げるように彼女を抱き寄せるしかなかった。
(第Ⅳ章完結)




