転がり込んできたテレシウス
テレシウスが、神羊コルデールにある俺の狭いアパルトマンに転がり込んで来たのは2年ほど前。
俺が猫族王の継承者になって7、8年くらいのときか。
知人の神牛ロベルト・ウシオから、
「そちらに鼠が行くからよろしく」と手紙が来てすぐに、
フラリと身一つでやって来た。
現大王の神鼠は80歳を超えている相当な爺さん。
目の前のこの…ブルーダイヤモンドの瞳の、
白銀の長髪の男は、神鼠ではない、ただの鼠族だ。
猫族が獣化するのは、神鼠に対してのみ。
テレシウスのように、神鼠ではないただの鼠族に対しては、獣化しない。
とはいえ、猫族の王である俺の家に、鼠が来ることは歓迎できない。
「何しにきたんだ?」
と突っかかると「居候をしにきたが…」と当然のように言って、
どこで知ったのか、俺の馴染みの女まで何人か連れてきている。
「猫族の秘儀を探りに来たのか?」
と聞くと「違う」と言うし、
「猫族に何か要求があるのか?」
と聞いても「ない」と言う。
「コルデールに野暮用があるが、
知り合いも拠点もない。
やっかいになる」
と言って、女たちに宴会の準備をさせる。
「誰もいいとは言ってねェ!」
と突っかかると、急に近づいて、顔を寄せる。
「貴様、煙草で猫族の生活を安定させようとしているだろう。
――私を使え。」
女たちに聞こえないようにささやく。
「今の貴様の計画は効率が悪い。私なら改善できる。」
絹糸のような白銀の髪が、俺の口元の煙草にかかる。
思わず顔を上げる俺の口から、煙草をとって、吸い始める。
「アア…うまい。
貴様たちは、最高のモノを作るな。」
堂々として、
上から目線で、
ここぞというときには欲しい言葉をくれる、
テレシウスと名乗る鼠を、
俺は、気付けば、飼っていた。
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猫族の王を継承してからというもの、
俺は、「煙草」という嗜好品の存在を知り、
その生産を猫族の産業としようとしていた。
ここ10年ほど、猫族が神鼠を襲う事件が多発していて、
猫族は各地で白い目で見られ、迫害されている。
なんとか、猫族が生きていける産業を定着させたかったのだ。
この事件が多発するようになった理由は簡単だ。
猫族と他種族の混血が多くなって、
気付かないうちにディモイゼで生活し、神鼠に出会ってしまうからだ。
もともとは、猫族は他種族との結婚を禁じていた。
しかし、しばらく前の猫族の王が、そんな規律は時代遅れだとか言って、
結婚を許すようになったのだ。
実際は、自分が他種族の女に惚れて、結婚したくなっただけなんだが。
これがまずかった。
混血は、俺のような純血よりも、属性の発現は鈍いものの、発現しないわけではない。
純血は、ディモイゼから離れたエクウスやコルデール辺りに固まっていたが、
何代目かの混血は、
自分が猫族の血を引いていることに気付かずにディモイゼに行って、
神鼠に偶然会い、獣化して襲ってしまうのだ。
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十二支の種族と異なり、猫族に領地はない。
土地を買うことも禁じられている。
だから、猫族は、各地で点々と暮らしている。
猫族の王は「空間」を操る秘儀を使える。
秘儀は、冥界に通じる魂を具現化する儀式で、
神獣の十二支たちの神通力とは異なり、火などの「道具」が必要だ。
空間の秘儀は、猫族の王が、行こうと念じた場所に行ける儀式。
これで、各地の猫族を統括し、存続が図られているわけだが、
そもそも猫族は自由な種族だから、
この程度の縛りでそれほど問題ないのだ。
神鼠に出会って獣化しなければ、
細々と、つましいながらも普通に生きていけたのだ。
それが、崩れかけている。
今や、他種族との婚姻は一般的になってしまっていて、
禁じてもあまり意味がない。
俺は、「他種族と婚姻してできた子供はディモイゼに行かせない」ことを厳命し、
これを破った者は家族もろとも血祭りにあげた。
その一方で、どこに住んでいても、生活できる技術を広めようとしたわけだ。
俺が開発した猫族の煙草作りは独特で、
現時点では、同様のモノを作り出せる種族はいない。
それに、日々、新商品を研究している。
そもそも、原材料も、隣国クラウンに避難した猫族が生産している植物を用いているが、
これも、俺が空間の秘儀を使ってせっせと各地の猫族に運んでいる。
とにかく、俺は、降りかかる火の粉を払い、
生活を安定させ、
ディモイゼに行かないでも細々と幸せにやっていける、
そんな猫族の自由を取り戻そうとしていた。
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とはいえ、この嗜好品の知名度はまだ低く、
値段も高く設定しないと元がとれないため、
なかなかうまくいかない。
猫族の中での、俺への反発もある。
若い俺の、気概と孤独に満ちた不安な生活にふらりと舞い込んできたのが、
鼠のテレシウスだった。




