【毒殺事件編】リヒト毒殺未遂の犯人たち
午後
次の予定は、リヒトさんのお見舞いに行くことだ。
その前の予定が長引いたものの、
今なら、リヒトさんがお茶をしている姿を見られるのでは?
僕は伸びを一つすると、モレルに「リヒトさんの部屋に行く」と告げて、執務室を出る。
その瞬間、ヤンが急いでやって来るのが見えた。
「ヘラ様とヘスティア様が面会をご希望です。
どんどんこちらに向かっています。」
血の気が引いた。
が、「ここで応対する。」とヤンに告げ、
司法官を呼ぶように言いつけると、立ったまま待つ。
ほどなく、ヘラとヘスティアが来た。
「ご用件は。」
「分かるだろう。結婚、ヘスティアのことだよ。」
「お断りすると伝えた。」
「大王様」
ヘスティアが後方から、手を握り合わせて、哀願するように言う。
「大王様をお慕いするあまり、ご無礼をいたしましたこと、
お詫び申し上げます。
ただ…晩餐会などでお見掛けするたびに、私は大王様を…」
「結論を言え。」
「…私を婚約者の候補としてお考えいただきたいのです。」
「断る。
私には、結婚を申し込んだ相手がいる。」
『エッ』
二人同時に息を飲み、目を見交わす。
その時、廊下の向こうから、窓辺の小鳥のような、
楽しそうなさえずりが聞こえてきた。
「シーッ!エデさん!
ここまで一人で歩けたって、驚かせるんですから…」
廊下の角から、ひょっこりと…
後ろにいるらしいエデを振り返って、
人差し指を口につけて笑っている、リヒトさんが現れた。
バカンティエで買った、あのラピス・ラズリの服を着ている。
リヒトさんは、パッとこちらを向いたが、
その瞬間に真っ青になって凍り付いた。
僕はリヒトさんのところに飛んで行って、彼女を支えた。
そして、低い声で、二人の女に言った。
「私が結婚を申し込んだのは、この女性だ。」
「やっぱり、晩餐会のときの【ヤブサメ家の女】じゃないか!!」
老婆ヘラは、リヒトさんを食い入るように見ている。
「アンタは、猫族だろう?
かなり昔だが、猫族に会ったことがある…
ちょうど、こんな黒い髪で、オレンジの目だった。」
忌々しそうにまくし立てる。
「あの舞踏会で、この娘を見たときから、おかしいと思ったんだ。
何が、ヤブサメ家だ。
あの十二支連中も嘘つきじゃないか!
大王様、うなじを見なさい。猫族の刻印【١٣】があるはずだ。」
「見る必要はない。
私は、彼女が猫族と知っている。」
「なんということ…知っていて、結婚を申し込んだ?」
「そうだ。」
ヘスティアが我慢できないというように割り込む。
「貴女は、前、ここに来たときにいたお役人よね?
黒いフードで包帯をした…」
「はい…」
リヒトさんが律義に答える。
「あら…役人なのに、大王様と良い仲なの?!
仕事にかこつけて、裏で大王様を誘惑したのね!」
苛々した強い声をヘスティアが上げる。
リヒトさんが何か言う前に、僕が答えた。
「リヒトさんは、僕たち十二支の無理な依頼を聞いて、
わざわざ大神殿に来てくれた人だ。
それに、僕が勝手に好きになっただけだ。」
「おばあ様、この役人、夜に、宮殿の屋根で、大王様と密会して…
破廉恥なことをしていましたわ!」
ヘスティアに見られていたのか…
僕は、今にも倒れそうなリヒトさんを抱き上げた。
「あの屋根のことなら、破廉恥なのは僕だ。
彼女は一人でいたのに、僕が勝手に追いかけて、
抱きしめてしまったんだ。
それ以上は何もない。」
僕はヘスティアをジロリと見た。
「リヒトさんは、
勝手に、自分から、
大王で、男性である僕の部屋に押しかけて、
いやらしく誘うようなお前とは違う。」
「…シリウス、お前は…」
「大王様と呼べ。」
「ああ、なんて残念な孫だろう…
尊属である私に向かって…
まあ、いい。
これもソイリ家のためだ。」
「話は終わりか?」
「猫族との混血を残せば、鼠族の中で分断が起こる。
大王様はそれがどんなに争いを生むか、分からないのかい?
このディモイゼ州で、鼠族の争い…死人まで出る…」
「黙れ!!!!!!!」
一度リヒトさんをギュッと抱き締めて、エデに渡すと、
僕は、浅ましい女たちに向き直った。
「鼠族の血を流さないためには、
リヒトさんを殺していい…
ソイリ家の血を残すためには、
リヒトさんを殺していい…
そんな理由で、ソイリ家の秘薬ヴェノムを使ったのか。」
女二人はギョッと目を剝く。
「ヴェノムはソイリ家の秘薬。
今は、当主のヘラしか知らないから、
誰にも分からないと思ったのか。
残念だが、我々の侍医はこの国最高の医師だ。
早い段階で毒虫ヴェノムの症状と推察していたし、
僕も、【昔の当主】に教わって、
ソイリ家にヴェノムの秘薬があることを知った。」
僕は、やってきた司法官にチラリと目をやった。
「医師から、ヴェノム患者の症状とリヒトさんの症状が一致するとの報告書…
専門家から、この付近にヴェノムは生息していないとの報告書が、提出された。」
司法官は、黙って二つの資料を女たちに提示する。
「でも、ヴェノムの秘薬なんて、私は知りません!」 ヘスティア
「あんな秘薬など倉庫に埋まっている!」 ヘラ
「僕も不思議だった。
食べ物は厳正に管理されていて、
お前たちが毒物が混入させることはほぼ不可能だし、
実際調べても、毒物は出てこなかった。
リヒトさんは小さなパーティに行ったが、
そこにはソイリ家の者などいない…
どうやったら、リヒトさんにヴェノムを投入できるんだ?と。」
女二人は固唾を飲んでいる。
「…でも、思い出したんだ。
その時、リヒトさんに毒が侵入できる経路を。
…傷薬だ。」
女二人はサッと青ざめた。
「あの日、お前たちは、急に僕と面会した。
実際に、僕が、大神殿にいる【ヤブサメ家の女】と結婚しようとしていた場合、
どうにかして、【ヤブサメ家の女】を毒殺しようと考えていたんだろう。
しかし、面会した段階では、
僕とヤブサメ家の女との関係は分からずじまい。
ヘスティアの方は、なんとか大神殿に宿泊したものの、
色仕掛けは失敗…
…その後、ヘスティア、お前は見たんだ。
屋根の上で、黒いフードと包帯の女を、
僕が抱き締めているのを。
黒いフードと包帯などという特徴的な人間は…
お前がその日に会って、
自分から名前を聞いた『リヒト』という女の役人しかいない。」
ヘスティアは、
口唇を噛んで、僕を睨んでいる。
「早朝…
トロスの山火事で大神殿が大騒ぎになっていたとき、
お前は医務室に行った。」
僕は司法官から供述調書を受け取った。
「お前は、トロスに向かう準備で忙しい医務室に声を掛けた。
『怪我をしたから傷薬と包帯を頂きたいのです。
皆さま、大変なようだから、場所だけ教えてもらえば、少し頂いて帰りますわ。』
そして、お前は、ちょうどそこにあった、
「リヒト様」と書かれた籠に入っていた傷薬を手に取った…」
「大王様とあろう方が、勝手な作り話を…」
「『大王様』だから、言うんだ。
僕に神通力があることを忘れたか。
この話をした医務室の看護師は、
僕に対して、実際に体験した事実しか話せないし、
僕は忘れていた記憶も呼び起こせる。」
僕は司法官に調書を返す。
「昼前、リヒトさんの包帯を取り換えるとき、
看護師は、何も知らずに、
ヴェノムが入った傷薬を、
リヒトさんの目の上の傷口に塗り直して、
包帯を巻いた。
それで、ヴェノムは、リヒトさんの傷口や目から、体内に入ったんだ。
…その包帯と傷薬だが…」
司法官が、厳重に封がされた紙袋を出す。
「この中に入っている。
危険だからここでは出さない…
が、調べれば、
お前たちが持っているヴェノムと一致するだろう。
…今、お前たちは持っているだろう?
ヴェノムを。
出せ。」
女たちはガクガクと震え始めた。
僕は、司法官を振り向いた。
「どうだ、司法官。
もう使っても問題ないだろうか?」
「はい。
現在ある証拠だけでも、十分に、
彼女たちがリヒト様をヴェノムで殺害しようとしたと考えられます。
どうぞ、神通力をお使いください。」
「エデ、リヒトさんを守れ。」
僕の身体から青い光が流れ出る。
「神路開放 神通力【真実の口】」
青い光の帯が、僕と女二人を取り巻いて風をおこす。
「今、ヴェノムはどこだ。」
『ここです。』
神通力には対抗しようもなく、
二人同時に、老婆ヘラの胸元を指す。
その瞬間に、衛兵が二人を取り押さえ、
司法官が、毒の入った小瓶を付けた首飾りを、
老婆の首から抜き出す。
…さあ、神通力【真実の口】は次で終わりだ。
「ヘラ・ソイリ、
お前は、ソイリ家の秘薬ヴェノムをヘスティアに渡して、
大王の妃候補を殺害しようとした…間違いないな?」
「はい、間違いありません。」
「ヘスティア・ソイリ、
お前は、ヘラから渡されたヴェノムを、
ここにいるリヒト・ネコミヤが使用している傷薬に混入させ、
彼女を殺害しようとした…間違いないな?」
「はい、間違いありません。」
女2人の【真実の口】を聞き終わると、
青い光は一瞬で僕の身体に収束していく。
静寂と薄闇が、その廊下に急に訪れた。
「…あの夜、冷たくて、死んだようなリヒトさんの包帯をとったんだ。」
僕は、薄暗い廊下から、窓から覗く、午後の明るいパティオに目をやった。
「顔の傷がひどいリヒトさんに『生きてくれるなら、変な顔でいい』って言ったんだ。」
僕は目線は、光を受けるパティオに止まっている。
「まだ侵入経路が分からなかったとき、
『変な顔』のまま、彼女が死んでしまった夢を見た。
余りにも怖ろしくて、僕は叫んで目を覚ました。
でも、そのとき、侵入経路の当たりがついた。
僕の絶望が、お前たちに繋がったとは、皮肉だな。」
少しだけリヒトさんを振り返ると、彼女はエデの膝から、何ともいえない夕日色の瞳で僕を見ている。
「…驚いたろう?
リヒトさんが生きて、あの廊下の角から出てきたときには…
僕も驚いたよ。
ちょうど、これから、お前たちを捕らえる命令を出そうとしていたときに、
自分たちから来たんだからな!」




