(ブロマンス回)妖精のようなユーリは息を飲む 「猫族可愛い」
僕が神兎クローリク州王に就いてからしばらくは、
オスカー先生は、ことあるごとにクローリクに来てくれていた気がする。
もちろん、お礼と称して、僕もコルデールに行った。
そのたびに、僕は神通力や勉学の成果を先生に披露した。
先生は、綺麗な顔で頷きながら、
長い指で拍手をしてくれて、
「シリウス様に報告できますね。」と、
僕の背中をトントンしてくれる。
一方で、僕が神兎として成長するにつれ、「日光に弱い」という特性も強くなる。
先生は、コルデール特産の通気性の良い布に、
日光から遮断する薬や神通力を織り込んだ包帯をプレゼントしてくれた。
僕は、この特性が嫌でたまらなかったが、
「包帯男…と言いたいところですが、
ユーリ君の顔だと、包帯を巻いても兎の妖精にしか見えませんねぇ。
よく見せてください。」
と、オスカー先生は言ってくれる。
僕は、喜んで包帯を装着し、特性も「特別」だと思えるようになった。
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そんな面会も、
一ヶ月に一回、
二ヶ月に一回、
三ヶ月に一回…
僕の成長を見計らうように、その間隔は自然と長くなっていく。
オスカー先生らしい。
僕が10歳になるころには、
「次に会うのは、半年に一度の十二支会議」という状況になっていた。
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もっとも、僕は、クローリクに行ってからすぐに基礎学院
(この国の子供は8歳から10歳までの3年間は基礎学院に行くことが義務付けられている)
が始まっていて、
公務や訓練と相まって、それなりに忙しく過ごしていた。
同年代の子供から向けられる羨望や称賛、上流階級からのおべっかなどは、
オスカー先生への思慕を、
半ば諦めへと昇華してくれる気がしていた。
それでも、オスカー先生から、
「来月の春の十二支会議の後、クローリクで一週間滞在します」
という手紙が来たときは、嬉しいという感情が、体中から爆発した気がした。
僕は部屋中を飛び回り、宮殿を走って、春の花で溢れかえる庭で大の字になり、
手紙を顔にかぶせては、青天と見比べる。
笑いが止まらなかった。
一週間!
何をしよう?
クローリクの名所に小旅行するのもいいかもしれないな。
先生にサプライズパーティをしてもいいかも。
でも、久しぶりに、二人で部屋の中で、じっくり勉強を教えてもらうのもいいな。
一週間もあれば、色々とできる!
僕は、春の庭の花の香りを、胸いっぱい吸い込んだ。
先生が来る来月には、この庭も若葉でいっぱいだろうな。
先生の瞳のような緑の…
僕はガバッと身を起こして、部屋に飛んで行った。
そう、先生の瞳…
僕は、本棚の上の方に置いた箱を取り出した。
被っていた埃が一気に散って、僕は思わず顔を背けたが、
箱を開けると、その中のエメラルドのピアスは、
あの時と全く変わらない煌めき。
くすんだかと思ったのに…
結局、変わらないんだな…
僕は、鏡の前に立つと、ピアスを両耳に着けて、神通力で固定した。
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その、待ちに待った春の十二支会議は…
…何か、いつもと雰囲気が違っていた。
前から話は聞いていたが、
シリウス様の感情の再生計画の鍵となる猫族が見つかった…
しかも、シリウス様の感情が実際に戻ってきているという。
僕が大神殿に到着したときには、大人の十二支王たちは、この話題で持ちきり。
もちろん、オスカー先生も。
久しぶりに僕に会った第一声が、「シリウス様に早くお会いしたいですね。」
何だよ、それ…
僕は出鼻をくじかれ、梯子を外された気分。
実際に神鼠を襲うような野蛮な猫族に感情を再生してもらって、
何が嬉しいんだ?
オスカー先生たちは何年も気を遣って、全然効果がなかったのに…
いきなり野蛮な猫族に、シリウス様が襲われて、
それで恐怖が生まれたからって、何が嬉しいんだ?
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しかし、その後の謁見の儀に現れた猫族には、思わず、
フードと包帯の中で目を丸くした。
この弱々しい…
ちょっと…いや、かなり可愛い女の子が、
シリウス様を襲って、首に大怪我をさせただと?
オスカー先生を見ると、眉一つ動かしていないが、
食い入るようにこの女の子を見ている。
シリウス様に視線を移すと、
あの鉄面皮のシリウス様の口角が、
わずかばかり上がって、
こちらは「嬉しい」と言えそうな視線で女の子を見ている。
あの子に怪我をさせられたのに、なんで?
謁見の儀が終わってからも、
シリウス様を囲んで、
あの猫族の話ばかり。
大人の十二支王たちの、シリウス様への異常なばかりの心酔は、
正直よく分からないし、
これまでは、特に気にもしていなかった。
でも…
オスカー先生、
僕ができるようになった神通力を、
シリウス様に一緒に報告してくれるんじゃなかったのかな…
そんなときに、ステファニー様が、
サロンに猫族を連れてきたもんだから、
大人たちは大騒ぎだ。
は?
シリウス、
猫族、
シリウス、
猫族…
…
もう我慢の限界だ!
元来、性格が下衆な僕は思った。
「こんな猫族には意地悪をして、
野蛮さを分からせてやる!」
そして、遠慮なく言ってやった。
「みなさん、
そんなに近づいたら引っ掛かれちゃうよ?
その子、野蛮な猫族なんだから…
しかもさ、まだ完璧に調教されてないんでしょ?」
それから後は、ご存じのとおりだ。
シリウス様はご立腹だし(確かに、感情は再生している)、
ステファニー様は巨大化するし、
本当にフェリスは獣化するし…
オスカー先生は呆れ顔。
折角、待ちに待った十二支会議だったのに、
僕は、一気に、
オスカー様に「悪い子」として見放された気がした。
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閉会の儀前夜の晩餐会…
夜だから、包帯を取ることができ、
僕の顔面で皆に騒いでもらえる。
でも、五月蠅い、華やかな、
光溢れるホールにいると、
今でこそ貴公子面をしている僕だが、
「アイツは盗っ人だった」
と、今にも指を差されそうな気がしてならない。
僕は隙を見て庭園に抜け出し、
しばらくウロウロして、
東屋に落ち着いた。
月が割れてユラユラ波打つ池の水面を、
ぼんやり、ただ見つめる。
と、ふいに涼やかな声。
「Master、私は大神殿の者でございます。
いかがなさいましたか?」
振り返ると、地味な黒い官吏の服を着た、
黒い髪にオレンジの瞳を持つ、
ほっそりした少女。
…あの、猫族だ。
僕は一瞬、息を飲んだ。
月光を受けたその顔は、
謁見の間で遠く見たときよりも、
サロンで包帯の隙間から見たときよりも…
…僕には、表現する語彙力がないが、
つまり、遥かに可愛かったのだ。
「なんだ、
シリウス様の猫族じゃん。」
「ユーリ様だよ、
神兎のユーリ様!
何だよ、今さら。」
「猫族って、
野蛮なうえに無能なの?」
可愛い、と思ってしまった自分を否定するように、
乱暴な言葉を投げつける。
でも、猫族は動じることもなく、
僕に詫びすら入れてくる。
昼の獣化した姿とは全く異なるし、
その一方で、何か一つのきっかけで変わりそうな、
黒猫のような神秘な雰囲気がある。
基礎学院で平民の女は普通にいるし(僕は平民の盗っ人だったが)、
さっきは貴族の女をたくさん見たが、
どの女とも違う、不思議な…
つまり、可愛い。
シリウス様は、
オスカー先生の心を独占している上に、
こんな猫族をそばに置いているのか。
圧倒的に、
強く、
賢く、
美しい上に、
僕が欲しいものを、何もかも、
生まれたときから手に入れているシリウス様…
ずるくない?
ずるくない?
シリウス様は…ずるくないか?
僕は最高に苛々してきて、
黒猫のように佇むその女の子に言い放った。
「野蛮な猫族に会うなんて最悪。
不愉快だから、そろそろあっち行ってくれる?」
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事件は、その後に起こった。
シリウス様が、その猫族に襲われ、再び大怪我をしたのだ。
大人の十二支王により、晩餐会自体は滞りなく終了したが、
その後は、深刻な表情で話し合いが続いている。
シリウス様は顔面に大怪我をして、
今は睡眠薬で眠らされているとか、
猫族が大神殿からいなくなったとか…
僕は眠くて、機嫌が悪くなってきた。
シリウス様は、自分から進んで怪我しているようなものだし、
シリウス様の感情が戻って、
さらに、野蛮で危険な猫族が自分からいなくなる…
再生計画という枠の中で、
これ以上おめでたい話が、この世のどこにあるのか、
さっぱり分からない。
ふいにオスカー先生が言った。
「ユーリ君はもうお休みなさい。
後はもう大丈夫ですから。
このことは十二支たちの秘密であることを絶対に忘れてはいけません。」
やれやれ、これで寝られる。
明日の閉会の儀さえ乗り切れば、
オスカー先生とクローリクに帰って、
一週間過ごせる…
僕は、大神殿の豪華な客室でぐっすりと眠った。




