(ブロマンス回)オスカー先生は綺麗
俺は、5歳から8歳まで、一日のほとんどの時間をオスカー先生と過ごしていた。
「私と過ごし、私の真似をしなさい。
3年あれば、完璧な貴公子になります。」
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オスカー先生は、綺麗だ。
顔も綺麗、
髪も綺麗、
声も綺麗、
話し方も綺麗、
食べ方も綺麗、
表情も綺麗、
仕草も綺麗、
身体も綺麗、
剣技も綺麗、
神通力も綺麗、
全てが一つの線で弧を描いているように、
綺麗につながっている。
もともと、羊族の名門らしいから、
素性も知れない俺とは生まれから違う。
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俺の6歳の誕生日パーティで、シリウス様に会った後、
オスカー先生は、俺に、自分の呼び方を「僕」に代えろと言う。
俺を引き取ってから1年待つ辺りがオスカー先生らしい。
自分を「僕」というシリウス様を見せたかったのかも。
「いずれ、『私』がしっくり来る王になりますよ。
でも、まずは『僕』に代えましょう。」
と綺麗に微笑む。
こっ恥ずかしいが、断れない。
だから、ここからは、「僕」と言う。
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シリウス様に会った次の日、朝早くに目が覚めてしまい、
一人で着替えて、何となく、オスカー先生の部屋に方に行くと、
乱れた格好の先生が、女を部屋から送り出している。
確か、昨日のパーティに来ていた貴族の…確か、旦那と来ていた女だ。
見てはいけないものを見てしまった。
僕が慌てて隠れて、立ちすくんでいると、急にひょいと持ち上げられた。
緑の石が二つ、僕の前でユラユラしている。
今は分かる。
この緑の石は、少し前にコルデール宮に来た宝石商に見せてもらった「エメラルド」だ。
「おやおや、おねしょの自己申告ですか?」
「違う!!!」と言いたかったが、声が出なかった。
いつも綺麗に撫でつけられているオスカー先生の髪が乱れているし、
乱れた髪の下でいつも通り微笑むオスカー先生の顔が綺麗だし、
どうしていいか分からなくなったのだ。
オスカー先生はクスリと笑って、
「坊や、せっかくですから、外で神通力の特訓をしましょうか?
小便くささも蒙古斑も取れるでしょう。」
と僕を連れ出す。
「ケツは青くねェ!!!」
先生は、僕を全く相手にせず、
片手でボタンを留め、片手で器用に髪を撫でつけながら、外に出る。
外は初夏の朝日が昇るところ。
庭の壁際にはまだくっきりと影が残るが、
日が差し込んできた木々の若葉は、透明な風で心地よく揺れている。
「神路開門 神通力 【羚羊】」
急に僕がフワリと宙に浮いて、先生の指先の動きに合わせてフワフワと飛ぶ。
「ウオォ!!!」
僕がすっかり楽しくなって、「先生!もっと高く!!もっと早く!!」と叫ぶと、
先生は、その通りにやってくれる。
「神通力は、十二支に選ばれた者だけが使える力。
自分自身に通す道…つまり『神路』を通じて力を引き受け、多様なことを行います。」
先生は、自分の前に、僕をプカプカと浮かせ、エメラルドの瞳で僕をじっと見る。
「昨日お会いした神鼠シリウス様だけは、
神路を「開放」して、膨大な神通力を神から引き受けられます。
その他の十一支は神路に繋がる門を「開門」できるだけ…
その開けられた門の隙間から出てくる神通力を引き受けるのみです。
ここが、神の山ゴテスベルクの登頂競争で第一位となり、
ツヴェルフェト大王となる神鼠との決定的な違いです。」
「ハァ?
そんじゃ、一生、十一支は負け組かよ!」
「下衆な考えですね。」
先生は術を解いて、僕をドサリと落とす。
「そんな残念な子供に、遊びは与えません。」
と言いつつ、もう一度プカプカと浮かせてくれる。
こういうところがオスカー先生だ。
「これは、仕組みです。勝ち負けではありません。
一つの国家の中に十二州もある中で、
誰かが絶対的な力を持ち、
各州間の摩擦を防ぎ、
外的環境に対応する力を備え
統一的な繁栄を図る。
その一方で、
各州の特性に合わせた統治は州王が行う。
そういう仕組みです。」
「それに…」とオスカー先生は、遠くディモイゼの方角を見た。
「シリウス様はあのような方。
仕組みを抜きにして、十一支は皆、シリウス様にぞっこんなのです。」
「ハァ?なんで?顔面?」
ドスッ!
いつの間にか持っていた棒で、腹部をドつかれ、ドスンと地面に落とされる。
「イタァァァ!!!」
「ああ、思わず手が出ました。」
全く反省していない綺麗な顔で僕をじっと見る。
「あんなガキなのに、先生にも偉そうじゃん!」
「大王として必須のことです。」
先生のエメラルドの瞳は、僕を捉え続ける。
「まず、大王は、常に、大量の指示を、大量の相手に出すため、
誰が、何を、どうすべきか、二義を与えないようにする必要があります。
だから、シリウス様はいつも短く、端的にお話しになる。」
先生の瞳は、また、遠くディモイゼを向いた。
「また、大王は、自分を頂点としながらも、
それ以外は、年齢、性別、身分に関係なく、差別をしない。
…このため、誰に対しても、同じ口調でお話しになります。
それなのに…一言、ねぎらってくださったり、感謝してくださったりするんです。」
先生は、僕の方を向いた。
が、視線は虚空を見つめている。
悲しそうだ、と僕は思った。
「いずれ分かることですから、先に言っておきますが、
シリウス様には感情がありません。」
一瞬、意味が分からなかった。
「ある出来事をきっかけに、感情をなくされたのです。
喜怒哀楽を全て失っている中で、
懸命に大王としての職務、勉学、教養、剣技などを研鑽しておられます。」
先生は一瞬黙った。
悲しそうだ、と僕は思った。
さっき女が部屋から出たところを見たときより、
もっと、
見てはいけないものを…
見たくないものを見ている気がした。
「先生…」
僕は話題を変えたくなった。
「昨日の、あの儀式は何?…イテテテ、何ですか?」
先生は、また僕をプカプカ浮かせて、今度は右に左に揺らしてくれる。
ウワワと言いながら、僕は笑ってしまう。
「十一支の間では、自分たちがどんな神通力を使えるかは、基本的には秘匿されます。
長い歴史の間で極めて有名な術もあり、知っているものもありますが。
例えば、神鶏の『伝令』とか、神牛の『闘牛』など…
しかし、神鼠が知らない神通力を開発されると、
内乱が起きる可能性がある。
だから、神鼠は、十一支に会うごとに、
新しく使用できるようになった神通力と、
それを発動させる言辞を申告させるのです。」
「ハア?申告…?それで何かなるの?」
「神鼠には、十一支の神通力は効きませんし、
他者に発動している神通力を無効化することもできます。
しかし、事前に申告させることで、
内乱の動きも確認できるし、
その術を発動したときに効率的に無効化する方法も考えられる。
それに、シリウス様レベルになると、
その術を、ご自分でもお使いになれるから、
圧倒的に、我々を抑え込めるわけです。」
「やっぱり負け組じゃねぇか!!!
…イテテテテテテテテ!!!!!!!!!」
「し・く・み、です。」
「言わなきゃいいんじゃねぇ…イテテ!!
…いいんじゃないですか?」
「それが、昨日の神通力【真実の口】です。
絶対に、嘘は言えません。」
「ハア?ダッセェな…ウッ!!!」
「大丈夫。
あの儀式は、いかにも『十二支の王だ』『シリウス様に仕えている』という感じで、
快感になってきます。」
「なんか…ヤバくない?…色々…」
「確かに…シリウス様から溢れ出る魅力は、
なかなか危険ですね。
でも、ブロッコリーは、マヨをかけても、
坊やにはちょっと早いかな?
きっと、数年経てば、シチューに入れて食べているでしょう。」
日は高くなり、石の壁に反射して暑いくらいだ。
「さあ、次にシリウス様にお会いした時には、
『この神通力を使えるようになりました。』と報告できるようにしましょう。
きっと、穏やかなアクアマリンの瞳を、我々二人に注いでくださいます。」
先生は、術を解いて、僕を地面にトンと下ろした。
また、ディモイゼの方を向いている。
僕が、神通力を使えるようになったら、
ディモイゼを見る先生の遠い、エメラルドの視線は、僕に向くのだろうか?
僕は、逃げるように、神通力の特訓を始めた。




