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神鼠の大王は猫を愛せない  作者: むちゃろこうじ
第Ⅲ章 神山ゴテスベルクと猫天神
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【収穫祭編】シリウスの中に住む虐殺王

くじ引きの店で、ようやくリヒトさんが見つかった。


藍色の空がじわりと東から広がり始め、

いよいよ前夜祭が始まると、街は期待で膨らんでいる。


一方、僕は、リヒトさんの泣き腫らした目を見て、嫌な予感しかない。


僕は、祭りのことなんか吹っ飛んで、

彼女の手首を掴み、人の流れに逆らってグイグイと人気のない町の外れに向かった。


「リヒトさん……また、僕のもとからいなくなろうとしていたんですか。」


リヒトさんは黙っている。

それが、答えだ。


僕の心は、激しい苛立ちで掻き回された。


なんなんだ、この人は。

何をしたいんだ。


ついさっきは、売春宿で働くといったことを、自分で馬鹿リヒトとか言っていた。


それなのに、どうして今度は急にいなくなろうとするのか。


あんなに…あんなに激しく口づけしたじゃないか。


僕のことを「こんなシリウスもいい」とか言って…

楽しそうにしていたじゃないか。


僕が少し振り返ると、リヒトさんの夕日色の瞳と視線がかち合った。

困惑し、もの言いたげで、不安そうだ…


********


ああ…僕は何を調子に乗っていたんだろう。


リヒトさんは、男として、僕のことを見ていないんだ。


すべては、複雑な過去や立場の僕を救おうとする彼女の優しさじゃないか。


思い起こせば、全部そうだ。


神鼠(ぼく)が一人で、(リヒトさん)に「恋」だのなんだの踊っているだけだ。


彼女の優しさの上で。

彼女の孤独の上で。


彼女からしてくれる口づけは、いつも僕の痛みを癒すため。


彼女が僕の口づけを受け入れてくれるのは、僕を傷つけないため。


僕は、こういうことすべてを自分に都合よく解釈していただけ。


いつだって彼女は僕から離れようとし、僕は彼女を追いかけるだけ。


猫族(フェリス)だというのは、彼女にとって、

僕と離れるための、都合のいい理由なのではないか?


それを僕が乗り越えようとして、結果的に彼女を困らせているのではないか?


僕の心臓はキリキリと痛んで、激しい苛立ちに囚われる。


***


愛おしい彼女の顔が、次々に目に浮かぶ。


笑顔だったり、

いたずらっぽかったり、

真っ赤になったり、

うっとりしていたり、

よくわからないことで膨れていたり…


***


でも、もういい。


そんな顔を見せてくれなくてもいい。


僕のもとを去るくらいなら、彼女を、鉄格子の狭い檻に閉じ込めればいい。


彼女の身体に密着して、身動き一つ取れない、狭い狭い檻に。


そうすれば、僕は、好きなだけ彼女を見ていられる。


彼女は僕しか見られない。


僕は彼女を自由にできる。


絶対に僕から離れないように、檻に鎖で縛り付けたまま…


****


…何を考えている、僕は。


こんなことは、僕を穢したあの連中やフレディ、ロベルトと同じことだ。


僕は、いつの間にそんな狂気に陥ったのか?


ああ、いつか考えたっけ……彼女に出会ったころだ。


狂気に陥るときが、僕が大王を去る時だと。


彼女を檻に閉じ込め、自分は大王だ大王だと一人高笑いする…

狂気そのものだ!


でも、失いたくない。

あの女性を!

狂気に陥ろうとなんだろうと…

絶対に!!

絶対に!!!


…まさか、ロベルトの計画が正しかったというのか?


目の前がチカチカする。


僕は、自分の心臓が、ギチギチの檻に閉じ込められた感覚がした。


もう、僕は、

僕の心は、

追い詰められて、

どこにも逃げられない!!!!!


***********

カチッ!


胸で妙な音がした気がした。


「ウアァァァァ!!!!!!」


僕は絶叫して、石の壁にぶつかって崩れ落ちた。


痛い、痛い、心臓が破れるほどに痛い!!!


「シリウス――――――ッッッ!!!!!!!!!」


僕の絶叫よりも大きな声で叫ぶリヒトさんの声。


「どうしたの!?!?!?」


僕を抱え込む。


「胸が痛いの!?!?」


僕は頷いた…気がしたが、よくわからない。


「大丈夫、この辺りね?ゆっくり深呼吸して。スーハ―…そうそう。」


リヒトさんは僕の胸と背中をさする。


「ここじゃ叫んでも誰にも聞こえない…」


リヒトさんは周りを急いで見回している。


「でも、大丈夫、私がいるから。

少し楽になったら、もっと先に行って来る。

きっと、大神殿の馬車が来ているから。」


苦しむ僕を安心させようとするのか、優しく力強い声を掛けてくれる。


「喋らなくていいから。まだ痛いよね。

大丈夫、ほら、私に寄りかかって。」


何が大丈夫か分からないが、僕の頭を胸で包み込んで、さすり続けるリヒトさんの手が、

僕の身体に熱となって伝わる。


「胸はまだ痛い?」


僕は頷いた。


「大丈夫。少しずつ楽になるよ。

大丈夫。ゆっくり息をして。」


彼女の温かさにくるまれて、さっきの追い詰められた感覚が弱まっていく。


温かい…夢のようだ…


*****

その瞬間、僕の頭に声が響く。


『夢のよう?…ハッ!あの雌猫の全てが、貴様の()だ。』


(誰だ?僕自身か?)


『目を覚ませ。猫族がいる限り、神鼠は襲われ、国が乱れる。

そして、神鼠と猫の悲劇が起こる。』


(神鼠と猫の悲劇?)


神鼠(しんそ)猫族(フェリス)とは一緒に()()()()()運命……どれほど愛しても待っているのは死と絶望だ。』


(お前は…お前は誰だ?)


『私は二百年前の神鼠テレシウス』


(テレシウス!!!猫狩りを行った残虐王か!?)


『ハッ!【残虐王】か。恩知らずな通り名だな……まあよいわ。

聞けよ現大王(シリウス)


――私が処刑した猫族の王エーレントが復活した。』


(エーレントだと?なぜだ?)


『エーレントは、猫族の秘儀を極めていた。

処刑される前に、自分が復活できる秘儀を使っていたようだ。

――あの男は私を恨んでいる。

復活して神鼠とこの国を転覆するつもりだ。』


(なんだと!?待て、そうすると……)


『まずは目の前の雌猫を殺せ。


――そして、エーレントの二百年の怨念を消し去れ。』


急に僕の中にリヒトさんに――いや、猫族に対する巨大な感情が沸き上がる。


猫族(フェリス)を殲滅しろ。

貴様が終わらせるんだ。

確実に、この悲劇の継承を。』


ああ、だめだ…!

僕の中で、怒涛のように何かが膨らんでくる。


『まずはこの雌猫だ。』


殺せ

ころせ

コロセ

カクジツニコロセ

コノフェリスヲ!!!!!!!!!


「ウアァ!!!アアアァァァ!!!!!!」


僕は転げ回って振り払おうとする。

これに飲み込まれれば、僕がリヒトさんを殺してしまうだろう。


僕は、手に当たった石を掴むと、思い切り自分のこめかみをぶん殴った。


「何してるの!!!!!やめて!!!!!!!」


リヒトさんが石を引っ掴んで遠くに投げ飛ばす。

ああ――でも――


――


『ハッ!!!


情けない奴だ。雌猫一匹殺せんのか。

私が殺ってやろう。』


既に神鼠(しんそ)ではない私は、

もう猫族(フェリス)を恐怖しないのだ。


私はこの雌猫を真っ向から凝視する。

白銀に染まる髪が風に流れる。


「――貴方、誰?」


雌猫が呟いた瞬間、私は雌猫を押し倒して首を押さえつけた。


『ハッ!名乗りが多いと疲れるな。

猫狩りをした神鼠、と言えば分かるか?』


「テ、テレ、シ……」


雌猫は茫然となる。


「シリウス……シリウスは……?」


『あの男はお役御免だ。』


「どういうこと……?シリウスは?

シリウスはどうなったの!?」


『ハッ!雌猫一人殺せない役立たずには眠っておいてもらう

――永遠にだ。』


雌猫は力の限り暴れ出した。

が、私と現大王(シリウス)の力の前には遠く及ばない。


「シリウス!!!シリウス!!!!

目を覚まして、シリウス!!!!!」


『残念だな。エーレントが復活した今、この阿呆(シリウス)には任せられん。』


「嫌だ!!!シリウスを返して!!!!!」


雌猫は泣き叫んでいる。


『喜べよ、雌猫。この私に殺されることを。』


雌猫は、涙に濡れた夕日色の目を見開いて私を睨みつけた。


輝く…夕日色の…


『エーレン…』


思わず手の力が緩む。

その瞬間、雌猫は私の手から逃れて、身を起こすと同時に股間に頭突きした。


夕日色の強い瞳が私を捕らえて離さない。


「噛みちぎるよ。シリウス。」


『なに……?』

(……エッ!?)


途端に現代王(シリウス)の意識が、私を押し流していく……


グググ…

実際に歯の力が加わってくる。


(ダメ!ダメ!!リヒトさん!それは!!)


「戻って来て、シリウス!!!!!

戻って来ないなら、噛みちぎる!!!」


(どくんだ、テレシウス!!!

リヒトさんは本気だ!!!)


――ああ……そうだ、貴様もいつも本気だったな?

――夕日色の目を輝かせて……


「戻って来てよ、シリウス!!!シリウス!!!」


(泣かないで、リヒトさん!!!)


「もう一生…一生…させてあげないんだから!!!」


(去れ!!!テレシウス!!!!!!!)


「ウワァァァァァ―――――!!!!!!」



(次話に続く)

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