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「ずっと一緒にいたい」 でも、私も動かなきゃだめじゃない?


「あら、さっきのカステラのお嬢ちゃんじゃないの!

ホラ、アンタたちは散った!散った!」


青年たちを追い払うと、レイチェルさんは私を店の端っこにある椅子に座らせる。


「さっきのお兄さんとはぐれたの?

ここに座っておきなよ。

アンタみたいな品のいい女の子がウロウロしてたら危ない。

お兄さんがきっと戻ってきてくれるよ。

私も通りを注意しておくからね!」


レイチェルさんは、お店に戻っていく。


私は、通りから自分が見えないように椅子をずらして、小さくなった。


殺す側は何も言えない。

殺す側は何もできない。

殺さないように、距離を取るしかない。


シリウスに会いたい…

本当はずっとそばにいたい…

大神殿に一緒に帰りたい。


私の手に、ポタポタと涙が落ちた。


「ちょっと、どうしたの!?」


レイチェルさんが戻ってきて私を覗き込む。


「お兄さんと何かあったのかい?」


私はただ、ポタポタと涙を落とした。


急にレイチェルさんは、店に行くと、


「ごめんよ!今から休憩なんだ!また後で来ておくれ!」


と客を追い出し、【休憩中】の看板を出した。


ドスドスと急いで戻って来ると、

自分も椅子に座って、私に言った。


「私はさ、お嬢ちゃんとお兄さんが誰かも知らないし、知ろうとも思わない。

案外さ、全く関係ない人間に話したら、スッキリするんじゃないかい?」


レイチェルさんは、自分のショールを私の肩に掛けてくれた。


「話さないまま、泣くだけ泣くのもよし!

はい、おばちゃん特製のホット・ココア。」


受け取った私の冷たい手に熱が伝わる。

私はほんの少し唇につけたが、

甘い匂いを嗅ぐと、急に何かが溢れ出てきた。


「私…シリ…

あの人のことが好きなんです。」


ココアを持つ手が震える。


「ずっと一緒にいたいんです。」


ココアに私の涙がじわりと混じる。

レイチェルさんはそっとココアを机に戻した。


「おばちゃんには…あのお兄さん、お嬢ちゃんにベタ惚れに見えたよ?

それでも不安かい?」


「…私と一緒にいると、あの人が死ぬかもしれないんです…」


「えェ!そんなことがあるのかい!?」


私はうつむいて頷いた。


「そう…お嬢ちゃんがそう言うなら、何か事情があるんだろうねェ…

お兄さんは、お嬢ちゃんの気持ちを知ってるの?」


私は首を横に振った。

シリウスのことだから、きっと、私の想いに確信が持てずにいるだろう。


レイチェルさんはため息をついた。


「やり切れないねェ…好き合っているのに、一緒にいられないんじゃァ…

あれかい?

今日のお祭りを一緒に過ごして、余計につらくなっちゃったの?」


私は心臓が破れそうになった。


「つらい…です…一緒にいたい…」


私は激しくしゃくり上げた。

レイチェルさんは優しく私の肩を抱き寄せる。


「ほらほら、お泣き。

お嬢ちゃん、いっぱいつらいんだから。」


レイチェルさんはそのままゆっくりユラユラする。


「そりゃ惚れちまうさァ!

あんだけ男前で、魅力的で、堂々としてるお兄さんだものねェ…

ああ、そうだ。体つきもすごいじゃないの!

おばちゃん、触ったから分かる!」


思わず泣き笑いした私を、レイチェルさんは覗き込んだ。


「でもさ、お嬢ちゃんもさ、

あのお兄さんにはもったいないくらいの女の子だよ?」


私は思いがけない言葉を聞いて、鼻をすすり上げて聞き返した。


「私が…?」


「そうさ!だって、そうじゃないの。

大好きな男が、自分を好いてくれてるのに…

自分の気持ちを隠してさ、

こうやって大泣きして、死にそうになって、その男を守ろうとしてるじゃない!」


私は涙を拭きながら、身を起こした。


「こんな女の子を息子が連れてきたらサ、

あたしゃ何があっても、絶対に、手を離すな!

って言うね!」


レイチェルさんは私の頭を優しく撫でる。


「ねぇ、お嬢ちゃん、

一緒にいてもお兄さんが死なない方法は、

どうしてもないのかい?」


ようやく涙が止まってきた。


「あの人が…色々と考えてくれて…

あの人は、もう大丈夫だと思ってるみたいで…

でも、それでも十分じゃないんです…

う、うまく言えないですけど…」


いいよいいよというように、レイチェルさんは頷く。


「そうか、あのお兄さんもお嬢ちゃんといるために頑張ってくれてるんだねェ。」


その時、通りの方から「リヒトさん!リヒトさん!」と呼びながら、

こちらに来るシリウスの声が聞こえた。

人の流れに逆らっているため、うまく動けないらしく、「ちょっと失礼」を連発している。


私は急いで縮こまった。


シリウスの声が遠のいていく。


レイチェルさんは、シリウスの声の方を見送っていたが、改まったように言った。


「ねえ…お嬢ちゃんが、できることは、ないの?」


「…?」


「お兄さんは色々と頑張ってくれてるんだろ?

お嬢ちゃんが動けることは、何かないのかい?」


私はハッと…本当に、頭にガァンと鉄槌が打ち込まれたように感じた。


そういえば…私自身ができることを、探したことはあっただろうか?


「3年くらい前かな?

大工だったお父ちゃんが足を怪我して、動けなくなっちまってねェ。

うちは、子供はもう家を出てってたけど、

5人も子供がある息子が病気で死んじまって、嫁と孫の分もお父ちゃんが働いていたんだよ。

もう、おばちゃん、困っちまって…


そういうときってさ、人間、『神頼み』しちまうんだ。

誰かに何とかしてもらおうってさ。

…おばちゃんどうしたと思う?」


私は首を横に振った。


「大王様に手紙を出したんだよ!

これこれこういう事情だから、

うちのお父ちゃんの足を、神通力で治してくださいってね!」


私は思わずレイチェルさんを見つめた。

レイチェルさんは「驚くだろ?」と笑う。


「藁にも縋る思いだったんだよ。

そしたら、大神殿からペラ紙が帰って来て、

『そのような御依頼は受け付けられません。』って。

まあ、当然さね。


でも、そのときはね、

『もう、神からも大王様からも見捨てられた、おしまいだ』

ってふてくされかけたわけ。

ペラ紙を捨てようと思って裏返したらさ、端っこになんか書いてるの。


よく見たらさ、

『貴女にできることが、どこかにあります。

必ず幸せになってください。』って。


私さ、泣いちまったんだ。

お父ちゃんも泣いてねぇ…きっと、大王様が書いてくださったんだって。」


3年前…おそらく、私がいなくなった後。


私は、毎晩遅くまで仕事をしている13歳のシリウスが、

不受理通知にこっそり一言書き添えた姿を想像した。


「それでさ、おばちゃんができることを考えてね、思い切って商いを始めたんだ!

そしたら、びっくり!

それがうまくいって、今じゃほら、祭りの日はこんな出店を出して、

人生幸せにやってるよ!」


「おい、レイチェル、まだ休憩か?ワシが代わりにやろうか?」


両脇に杖をついた、ガタイの良い年配の男性が現れた。


「おう、おう。こんなお嬢さんと一緒じゃ、ブタと真珠だぞ。」


そう言いながら、店の方へ行ってしまった。


「誰がブタだい!

…ああ、あれだよ。あの杖。杖で商売したのさ。

大工のお父ちゃんは、木の扱いはお手の物だし、

実際足が悪いから実験台になるだろ?

今じゃ立派な杖屋、杖職人夫婦さ。」


遠くから、「リヒトさん!どこですか?」という声が、また聞こえてくる。

レイチェルさんは、急いで私に言った。


「大王様に神頼みしたおばちゃんでも、見つけたんだ。

お嬢ちゃんみたいな優しくて賢い子には、絶対見つかる。


あの大王様の手紙はお父ちゃんとおばちゃんだけの秘密なんだけど、

お嬢ちゃんにも分けてあげる。


『貴女にできることが、どこかにあります。

必ず幸せになってください。』」


店の外で声がする。


「…ええ、探しているんです。

ここでくじを引いた女性を…

青い服で、黒い髪で、可愛い人なんですが…」


「奥にいるよ。」


レイチェルさんの御主人の声がすると、レイチェルさんが立ち上がった。


「青い服で、黒髪の可愛い子はここだよ!」


次の瞬間、びっしょりと汗をかいたシリウスが目の前に立っていた。


「リヒトさん…大丈夫ですか?」


「ちょっと人に酔っちまったみたいだよ。もう大丈夫。」


シリウスは、レイチェルさんを向くと、

Madam(マダム)、助けてくださったんですね?

ありがとうございます」ときちんと礼をする。


私は頭がぐるぐるしている。

まとまりそうで、まとまらない。

私を引っ張るシリウスに流されるように歩き出す。


店を出ようとするとき、


「ちょっと、お嬢ちゃん!」


とレイチェルさんが走ってきて、「これをあげる」と袖の中に、何かを押し込んだ。

私はそれを見てアッと思った。


くじの景品として並んでいた、小さな鼠のぬいぐるみだったのだ。


「くじ引きのとき、お嬢ちゃん、これずっと見てたろ?

お兄さんの髪と同じ色だからかい?」


私は赤くなって頷いた。


「おばちゃん、大王様のおまじないを、これにかけておいたから。

お嬢ちゃんも絶対大丈夫。」


「…ありがとうございます、レイチェルさん…」


シリウスは、少し離れて、くじの出店の端にある杖の広告に目をやっていたが、ふいに、


「幸せになられたようで、良かった。」


とレイチェルさんとご主人に静かに言った。


そして、私に「さあ、行きましょう。」と促すと、

呆気にとられているレイチェルさんとご主人を置いて、

祭りの賑わいとは反対方向に歩き出した。


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