国一番の剣士
気が付いたときは、ガタガタ揺れる幌馬車に鎖付きで転がされていた。
テレシウスは生きているのか…?
なぜこんなことが起きたか、
俺には大体分かる。
80を超えた爺さん大王が、ちょうどあの時死んで、
テレシウスが神鼠を継承したのだ。
そして、そこにいた俺が獣化した…
こういうことなんだろう。
俺…猫族の王が神鼠を襲ったのだ。
ただでさえ、迫害されていた猫族が、今後どうなるのか。
それに、猫族が、神鼠を襲った場合、
例外なく処刑される。
俺が処刑された後、軌道に乗った煙草産業はどうなるのか。
新しい猫族の王のもとで存続できるのか。
テレシウスは、俺が処刑された後も、
この煙草産業に…猫族に、手を貸してくれるんだろうか…
――処刑…?
…ああ、そうか。
俺は、テレシウスに遠からず処刑されるのだ。
――貴様はダチじゃない。
不意に思い出されたテレシウスの言葉に、
心臓が切り裂かれた。
処刑されることより、
テレシウスの「ダチじゃない」宣告の方が余程こたえるとは…
飼われていたのは、
俺の方だったのかもしれない。
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ふいに、俺が転がされている荷台の隅から低い声がした。
「目が覚めたかい?」
俺は顔を上げた。
黒い長髪の、ガタイのいい男が、荷台の隅に座って俺を見ている。
「…ロベルト…」
「お久しぶりだね。」
「テレシウスは…?」
「大怪我も大怪我。
普通の人なら死んでるよ。
でも、あの人は、国一番の剣士テレシウス…
すぐに治るさ。」
俺は安堵すると同時に、驚いた。
テレシウスが、国一番の剣士……
しかし一方で、「やはりな」とも思う。
「ところで、長い間、テレシウスがやっかいになったね…」
その言葉を聞いた瞬間、俺は、怒りを噴出させた。
「何が『やっかい』だ!!クソ野郎!!!」
ロベルトを睨みつける。
「なんで、猫族の俺んちに、鼠のテレシウスを寄越したんだよ!!!
ザケてんのかよ、テメェ、あ!?」
「こっちにも色々ある!」
意外にも、温厚なロベルトがキッとなって言い返した。
「それに、テレシウス…
いや、テレシウス様が、君のところに住みたいと強く希望したんだ。」
「その我がままの結果が……
これかよ……」
馬鹿馬鹿しくなった俺は、またゴロリと横たわった。
しばらく、幌馬車の車輪の振動だけが伝わってくる。
「ロベルト……
――アイツは、何しにきてたんだ?」
「……」
「話せよ。誠意を見せろ。」
ロベルトは深いため息をついて、
ゴトゴト揺れる荷台にもたれかかった。
「――コルデール王に内乱の動きがあって…
その調査と鎮圧のために、テレシウス様が送り込まれたんだよ。」
「……俺んちに泊まる必要ねェじゃん。」
「その内乱に、猫族の王に反発する猫族が加担していたんだ。
神羊コルデールの王は、猫族を使って神鼠を襲う…
その一方で、神羊は、猫族が君を暗殺することに協力する…
そういう計画だよ。」
「…へェェ…」
俺は、「相当数の猫族に狙われている」とテレシウスに言われたことを思い出した。
「密命を受けたとき、テレシウス様は、
『拠点をエーレントという猫族の王の家にする』
と、自分から提案した。
そうすれば、猫族の王の命を守れる、とね。」
「別に、俺の護衛は必要ねェだろ…?」
「そう、そのとおり。
我々にしてみれば、内乱を鎮圧できれば、
猫族の王が死のうと生きようと、どうでもいいからね。」
「はっきり言うねェ。」
ロベルトは整った顔を少し綻ばせたが、
その視線は、膝に置いた自分の手に向けた。
「でも、テレシウス様は違った。
『ハッ!猫族の王を守ってやろう!
つまらん内乱は、そのついでだ。』ってね。」
俺は驚き、そして、呆れ返った。
「ハァ?何様なの?」
「テレシウスは、いつでも『テレシウス様』だよ。
…亡くなった前の大王は、拳闘を観覧するのが趣味だったから、
ディモイゼでは、ひっきりなしに大会や観覧試合があった。
奴隷や猛獣が殺し合うやつだよ。
人間が恐怖で叫んだり、逃げ回ったり、狂ったように暴れたり…
正直、私は、胸糞悪かった。
あるとき、大王のそばにいたテレシウス様が、
『ハッ!つまらんな!私が芸術にしてやろう!』とか言って、
急に剣一本持って、観覧席から飛び入り参加してね。」
「…」
(次話に続く)




