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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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過去のない講師

生徒会室。

分厚いカーテンが引かれた室内には、夜の静寂が降りていた。

ムスタファが執務机に向かっていると、少し離れた壁際で控えるライルの気配が静かに伝わってくる。


不意にノックの音が響いた。


「入れ」


短く応じると、扉が開いてアルテリスが入室してくる。ムスタファが書類から顔を上げると、アルテリスは恭しく一礼し、一枚の羊皮紙を机に滑らせた。


「——殿下。教職員名簿の精査、ならびに裏付け調査が完了いたしました」


「ご苦労だった。……それで、不可解な経歴の持ち主はいたか」


ムスタファは羊皮紙を手に取り、文字の列に静かに視線を落とす。


「はい。一名、極めて不自然な者が浮上いたしました」


アルテリスの声音が、微かに硬くなったように聞こえた。


「ディーター・ボニファーツ。新学期より、学園長の推薦で対魔学の非常勤教師として赴任した者です」


「新学期から……結界石の異常が確認された時期とも重なるな。で、何が不自然なんだ?」


「“着任前の記録が一切存在しない”のです」


アルテリスが、まっすぐにこちらを見据えてくる。


「一切、か」


ムスタファの眉間が微かに寄る。


「学園長の推薦であれば、一部の書類が簡略化されること自体は珍しくない。だが——何一つ残っていないというのは、確かに不自然だな」


呟きに、アルテリスが静かに頷く。


「……ディーター・ボニファーツ、ですか」


ふいに、壁際で控えていたライルが口を開いた。視線を向けると、得体の知れないものに触れたような警戒の色がその顔に浮かんでいる。


「どうした、ライル。心当たりがあるのか」


「直接面識はありませんが……そういえば先日、シャマル様からその教師について、奇妙な話を聞きました」


ライルは少し躊躇うように伏し目がちになり、記憶をたぐるようにゆっくりと語り始めた。


「シャマル様によると、その男は授業でこう語ったそうです。

『完全憑依体というのは——宿主の魂そのものが、悪魔の存在を前提とした形に変質している状態。ですから、その段階で悪魔を排除するという行為は、魂そのものを破壊することと同義だ』……と」


室内の空気が、ふっと冷え込んだように感じられた。

ムスタファは手元の資料から顔を上げ、ライルを鋭く見据える。


「悪魔の排除が、魂の破壊と同義……。対魔学の知識としては、あり得る見解なのか?」


「そこです、殿下。問題なのは、学術的な正誤ではありません」


ライルは静かに、だが確信を持った口調で告げた。


「“魂”は、不可視の領域です。それが読み取れるかのように断言できる存在がいるとすれば、それは——」


「……魔族か」


自らの口から漏れた低い呟きが、冷たい石造りの床に落ちていくようだった。


「学園長の推薦、と言ったな」


「はい」


「あの厳格な学園長が、素性の知れぬ者を無闇に推薦するとは思えん。であれば……学園長に対して精神操作、あるいはそれに近い魔術が使われている可能性がある」


ムスタファは立ち上がり、机上の資料を指先で弾いた。

『敵は、我々のすぐ隣で生徒たちに微笑みかけているかもしれませぬゆえ』——先日聞いた、聖騎士団支部長の冷たい警告が脳裏に蘇ってくる。


「アル、ライル。この情報を直ちに聖騎士団支部長へ報告しろ。それから、他の生徒たちには絶対に悟らせるな。我々も、ディーター・ボニファーツという男には最大限の警戒をもって当たる。……奴の尻尾を掴むまで、決して隙を見せるな」


「御意」


二人の腹心が、深く、力強く頷く。


ふと視線を向けた窓の外、夜の闇に沈む学園は、今日も平穏そのものに見える。

だがその平穏は、すでに内側から静かに書き換えられ始めているのかもしれない。

それが、取り返しのつかない事態になる前に——。


ムスタファは暗い窓ガラスに映る己の顔を、静かに睨みつけた。

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