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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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理の外に生まれたもの

窓のない資料室では、燭台の炎が微かに揺れ、棚に並ぶ背表紙に長い影を落としていた。


ムスタファから命じられた教職員名簿の精査。アルテリスは一人、膨大な書類の山と向き合っていた。紙をめくる音だけが、等間隔で静寂を刻んでいく。


本来、こうした地道で孤独な作業は嫌いではなかった。余計な言葉のない空間。ただ役割だけが存在する時間。感情を排し、効率と合理性のみで世界を切り分けるこのひとときは、アルテリスにとって安堵に似た感覚をもたらすものだったはずだった。


——それなのに。


不意に、思考が指先の動きを追い越して、あの瞬間へと引き戻される。

ムスタファとライルが席を外した、ほんのわずかな隙間。そこで自分が取った行動は、合理的とは言い難いものだった。


(なぜ、あのようなことを申し上げてしまったのでしょうか)


視線は文字を追っているはずなのに、脳裏には別の景色が鮮明に浮かび上がってくる。


あの時、アルテリスは自らジャミーラに声をかけた。主からの命令があったわけではない。誰かに頼まれたわけでもない。

それでも——声をかけずにはいられなかった。


背を向けたまま立ち尽くしていた、あの後ろ姿。

震えているようにも見えた、小さな肩。

沈み込むような、孤独な気配。


(……お心を、痛めておられた)


だから、“放っておけない”と、そう思ってしまった。


その自覚に、わずかな戸惑いが滲む。

主であるムスタファに対してであれば、理解できる。彼のために尽くすことは、自分にとって“当然”の在り方だからだ。だが、それ以外の相手に対して、自ら言葉を選び、感情に踏み込み、何かを与えようとするなど、これまでの自分なら有り得ないことだった。


書類を押さえる指先に、じわりと力がこもる。


(ムスタファ殿下のご婚約者だから)


そう自分に言い聞かせたが、それは最初に用意した仮初めの理由に過ぎないことを、本心が拒絶するように告げていた。


今回討伐されたのはリフルマの患者だ。不用意な発言は合理性に欠けるし、効率的でもない。時に自分自身を追い詰め、ムスタファに不利益をもたらす可能性すらある。

それなのに、あえて選んだ。彼女を励まし、次に繋がる何かを差し出そうとした。


そこまで思考が行き着いた瞬間、アルテリスの手が、今度ははっきりと止まった。


自分では制御しているつもりだった。必要以上に踏み込まないよう、一線を引いて距離を保っているつもりだった。

だが、ジャミーラの知らないところで、ムスタファと二人きりで過ごしたあの時間。主の傍らに侍りながら、その視線の先にいるはずの彼女を意識していたあの歪な感覚が、胸の奥で疼く。

あれはムスタファのためだった。そう理解しているし、彼の支えになることこそが自分の存在意義そのものなのだ。それなのに、拭いきれない罪悪感が、静かに底へと沈んでいく。あの場にいなかったはずの彼女の存在が、思考の端に残り続けて消えてくれない。


(……なぜ)


これほどまでに囚われるのか。


『ここにいても、よろしいのでしょうか』


あの時抱いた疑問の正体に、今になって気づいてしまう。

あれは、ジャミーラのために何一つ成せなかった。そればかりか、彼女に後ろめたさを残すような行動を取ってしまった。そんな自分自身への、止むに止まれぬ疑念だったのだ。


ランデュートへ向かう決断も、誰かに命じられたものではなかった。ただ、行かなければならないと、心が告げていた。

理由を問われても、明確には答えられない。義務でも、命令でもない。それでも確かに自分は、ジャミーラのために、彼女のためだけに動こうとしていた。


(……いつの間に)


こうなってしまったのだろう。

思考の軸が、わずかに揺らぐ。自分の中で、確固たるものだったはずの基準が変わり始めている。


ムスタファの婚約者だから。

その理由だけで説明するには——もう、決定的に足りない。


なぜなのか、明確な答えは出ない。

ただ一つ、これまでにはなかった“何か”が、確かに自分の内側に生まれている。

それだけは——どうしても、否定できなかった。

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