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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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生と救いの境界線

生徒会室には、重く、粘りつくような沈黙が満ちていた。

放課後のひととき。本来であれば、他愛のない雑談や形式的な報告が交わされる穏やかな時間帯だ。

だが、今日集められた生徒会役員と聖騎士見習いたちの間に、その空気はない。

ムスタファによる突然の招集。理由は知らされていない。

その不明瞭さが、いっそう場を重く沈ませていた。

誰もが口を開く機を測りながら、結局は言葉を飲み込む。


視線の先、部屋の前方に立つ三人——ムスタファ、アルテリス、ライル。

彼らの周囲だけ、明らかに空気が異なっていた。

すでに“何かを知っている者”特有の、冷たく張り詰めた気配。

不用意に踏み込めば崩れてしまいそうな緊張感が、そこには確かに存在していた。


やがて——

ムスタファが、手元の書類に目を落としたまま口を開いた。


「修道院附属治療施設で発生した事案について、共有する」


その一言が、曖昧だった違和感に鋭い輪郭を与える。

ジャミーラは無意識に、スカートの布地をきつく握りしめた。


「昨夜、隔離病室の患者一名が悪魔化」


室内が、不穏な波紋に揺れる。


「修道女二名が負傷。命に別状はなし。

現場は封鎖され、オリヴィエ副団長の指揮のもと、鎮圧された」


——鎮圧。

その無機質な単語が、ジャミーラの鼓動を乱す。


「……つまり」


誰かが、掠れた声で呟いた。

ムスタファは視線を動かさず、ただ冷徹な事実だけを告げた。


「対象は、浄化による消滅を確認済みだ」


それ以上の追及を拒絶するような、絶対的な終止符。

ジャミーラは息を吸うことさえ忘れていた。


(……まさか、あの子が)


脳裏に浮かぶのは、白いベッドと、震えるような浅い呼吸。

痛みに耐え、言葉すら失っていた小さな身体。


違う。そう信じたい。なのに——。

治療施設。隔離病室の患者。

残酷なほど正確に、パズルのピースが噛み合っていく。


「それともう一つ」


ムスタファが低く重い声で続ける。


「修道院に設置されていた結界石が、一つ破壊されていた」


全員の呼吸が止まったような沈黙が落ちた。


「先日の学園に続き、今回の修道院だ。犯人は調査中だが、この一帯が狙われている可能性が高い」


ムスタファは一拍置き、鋭い赤い瞳で一同を見渡した。


「全施設の結界を再点検中だ。見習いである君たちに、直接の任務は出ない。

だが——一層、気を引き締めて事にあたるように」


通達は、それだけだった。


⚜️⚜️⚜️


解散の合図が出ても、ジャミーラは立ち上がることができなかった。

胸の奥に、鉛のような絶望が沈み込んでいる。


(……完全憑依体)


昨日まで教科書の中の“理論”だったものが、今日、“現実”として牙を剥いた。

宿主が浄化により消滅したということは、悪魔と完全に一体化してしまったということだ。

完全憑依体は、二度と人には戻らない。

理屈ではわかっている。だが、心がそれを拒絶する。


「シャマル様」


穏やかな声が、泥のように沈む意識を掬い上げた。

顔を上げると、アルテリスが立っていた。

いつも通りの、隙のない佇まい。だが、その琥珀色の瞳には、わずかな気遣いの色が宿っている。


「どうかされましたか」


「……悪魔化してしまった方のことを、考えていて。アルテリスさんは、その方をご存知だったの?」


「直接の面会はございませんが、リフルマの患者であると伺っております」


最悪の予感が、最悪の形で裏付けられた。

やはり、あの少年だったのだ。

無機質な白い廊下。消え入るような吐息。何も言えず、ただ苦痛に耐えていた小さな肩。

記憶の断片が何度も脳裏に浮かんでは消える。


「やはり……そうなのね……」


ジャミーラの瞳に滲む痛切な悲しみを、アルテリスは真っ向から受け止めた。


「シャマル様は、その少年にお会いになったことがおありなのですね」


「ええ、見学の時に一度だけ。リフルマで苦しんでいて……。でも、良くなれば……これからたくさんの場所へ行って、色々なものを見られたはずなのに……」


ジャミーラは、溢れそうになる涙を堪えるように言葉を絞り出した。


「それなのに、そんな最期だなんて……」


「……左様でございましたか」


アルテリスは少しの間沈黙を守り、視線をわずかに伏せてから静かに告げた。


「ですが——その最期が、少年にとって、必ずしも悲惨であったとは……言い切れません」


ジャミーラは、弾かれたように顔を上げた。


「リフルマは、日に日に痛みが増す病にございます。

膨れ上がるマナが内側から己を焼き続ける感覚は、ただ耐えるだけで、生きる理由そのものを少しずつ削ぎ落としてまいります」


アルテリスの声には、冷たさとは違う、透明な諦念のようなものが混じっていた。


「これから何年も、出口の見えない苦痛の檻に閉じ込められ続けるよりは……終わることが、彼にとっては、救いであった可能性もございます」


「そんな言い方!」


ジャミーラは、思わず声を張り上げていた。

自分でも驚くほど、激しい感情が溢れ出した。


「命を失ったのよ!?“救いだったかもしれない”なんて……!苦しかったから、死ぬことができてよかったなんて——

そんなふうに、簡単に割り切れるはずがないわ!」


激しい感情の奔流。

だが、アルテリスは、反論しなかった。

ただ、静かに彼女の感情を受け止める。


「……はい」


アルテリスは短く肯定し、重い瞼を閉じた。


「仰る通りでございます。遺された者が、その死を安易に正しかったなどと断じることは——許されることではございません」


それでも、と彼は前置きした。


「それでも——意味も分からないまま、痛みだけを抱えて生かされ続けることは、あまりにも過酷に過ぎます。

その少年が悪魔に身を委ねてしまったということは、もはや限界であったのでしょう。

激しい痛みに耐えてでも“生きたい”と思える理由を、見失っておられたのだと、考えられます」


アルテリスは目を開き、ジャミーラの揺れる瞳をまっすぐに見据えた。


「“生きたい”……理由」


ジャミーラは、掠れた声でその言葉を反芻した。


「はい。明日が今日より良くなる保証がなくても、“そのためなら頑張れる”と思える、心の拠り所にございます」


アルテリスは一歩、歩み寄る。

その声には冷たさではなく、静かな祈りのような響きがあった。


「どれほど些細な未練であっても構いません。

もし、痛みの先に小さな希望を見出すことができていたなら——彼は、自ら命を手放すことはなかったのかもしれません」


静謐な声が、室内に染み渡る。

ジャミーラは、言葉を失った。


(……それは)


治療師として、

命をつなぐことばかりを考えてきた自分が、

見落としていた視点だった。

生きること自体が拷問に等しい時、ただ「生き延びろ」と願うのは、誰のための祈りなのだろうか。


「私は……“生かすこと”ばかりに囚われていて、

あの子の“心”を、置き去りにしていたのかもしれないわね……」


絞り出した呟きに、アルテリスは小さく頷いた。


「現場にいらしたオリヴィエ副団長様も、そのことに苦悩し、心まで救おうと最善を尽くされたはずです。

私たちが後から“別の可能性”を語るのは、差し出がましいことに過ぎません」


一拍、呼吸を整えるように間を置いてから——


「それでも——体だけでなく、心にも生きる意味を灯さなければ、本当の救いにはならない。

失われた命から私たちが学べるのは、その重い事実のみでございます」


彼の声音は、どこまでも誠実で、そして残酷なまでに悲劇的だった。


二人の間に、深い沈黙が落ちる。

それは、失われた命への追悼であり、同時に、次に進むために背負わなければならない重い枷でもあった。


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