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Jardin miniature 神々の箱庭で、少年少女は軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第4章 学園の影で闇は嗤う
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安らかな眠りを

深夜。

聖騎士団の会議室は、闇に沈んでいた。

わずかな燭台の火が、長机を囲む当直の聖騎士と、急遽呼び出された上官たちの険しい貌を、断続的に浮かび上がらせている。


「報告します」


一人の聖騎士が、影から一歩前に出た。


「本日、修道院治療棟・隔離病室にて、患者一名が悪魔化」


室内の空気が、一層張り詰めた。


「修道女二名が負傷。命に別状はありません」


淡々と、事実だけが積み上げられていく。


「現場に駆けつけたジゼル・オリヴィエ副団長殿の指揮のもと、当該区画の封鎖および鎮圧を実施」


報告役は、一拍置いた。


「——対象は、浄化による消滅を確認いたしました」


その言葉に、誰かが小さく息を吐いた。

最悪の事態は免れた。少なくとも、表向きの体裁としては。

だが、それで“終わり”ではないことを、その場にいる全員が肌で感じている。


「……続けろ」


上座からの声に促され、報告役は頷く。


「結界内部での発生という点から、結界石の調査を行った結果——」


報告役は、そこで一度、言葉を飲み込んだ。


「当該区画の結界石が、破壊されておりました」


沈黙が耳を打つ。


「……やはり、か」


「内部で発生した以上、可能性は高いとは思っていたが……」


ざわ、と低い私語が広がった。

予想していた最悪の仮説が、ただの懸念ではなく、冷徹な事実として突きつけられたのだ。


「自然破損ではありません。明確な破壊痕が確認されています」


年嵩の聖騎士が、苦々しく顎に手を当てた。


「魔族、あるいは何者かの仕業か」


「……学園といい、修道院といい。この近辺が狙われているな」


否定の声は、上がらなかった。


「一先ず、全棟の結界石を再点検せよ。夜間巡回の人員を倍に増やし、微細な違和感も見逃すな。以上だ、解散!」


短く、的確な指示が飛ぶ。

張り詰めた空気を引きずったまま、聖騎士たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。


部屋の隅で無言を貫いていたジゼル・オリヴィエは、最後に重い扉を開け、廊下へと出た。

彼女の胸には、予想していたはずの事態と、それでも防げなかった無力感が、冷たい澱のように沈んでいた。


⚜️⚜️⚜️


現場へと続く廊下は、嫌に冷え切っていた。

瘴気はすでに浄化され、壊れた結界にも応急処置が施されている。

形式上は、収束済みの現場。


——それでも。


瞼の裏に焼き付いた黄金の残滓だけが、瞬きをするたびに鮮明に蘇る。

ジゼルは足を止め、かつて少年が眠っていた病室の前に立った。

扉は、半分だけ開いたまま。

中には、もう——誰もいない。

乱れた白いベッド。

引き裂かれたようなシーツ。

床に残るかすかなマナの痕跡が、ここで起きた惨劇の、唯一の証言者だった。

そこには、弔うべき亡骸すら残されていない。


(……間に合わなかった)


治療師として、幾多の患者を診てきた。

救えた命もあれば、指の間から零れ落ちていった命も、数えきれないほど見てきた。

だが——


(こんな、終わり方でいいはずがない)


胸の奥が、焼けるように痛む。

少年は、戦士ではなかった。誰かを傷つけるために力を求めたわけでもない。

ただ、苛烈な痛みから解放され、静かに眠りたかっただけなのだ。


ジゼルは、そっと目を閉じる。

すべてを黄金に呑み込んだあの光の感触が、今も掌に生々しく残っている。

遺骸すら残さず消え去ったということは、すでに少年の肉体は完全に悪魔へ成り果てていたという証。

それは聖なる“救済”という名の、あまりにも絶対的な拒絶だった。

癒やすための手で、その存在そのものを無に帰したのだ。

——だからこそ、どうしようもなく吐き気がした。


(せめて、安らかな眠りを)


最後に見た少年の顔は、悪魔化によって醜く歪んでいた。

それでも、消滅する一瞬だけ——

光に溶けていくその刹那だけ、憑き物が落ちたような、穏やかな表情が見えた気がした。

あれを“救い”と呼ぶのは、手を下した者の傲慢だろうか。


ジゼルは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

肺の奥に溜まっていた暗い感情を、すべて押し出すように。


「……ごめんなさい」


それが、誰に向けた言葉なのかは、彼女自身にも分からなかった。

救えなかった治療師としての悔恨か。

手を下した聖騎士としての罪か。

あるいは、その両方か。

答えは出ない。


それでもジゼルは、再び前を向いて歩き出した。

同じ結末を迎える者を、一人でも減らすために。

それが——

“生き残った側”に課された、呪いに似た役目なのだと、自分に言い聞かせながら。

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