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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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選べぬままに

早朝。

アルテリスは足早に、寮の自室へと向かっていた。


手には、一通の封書。


——だが、開くことはしない。


そのまま主のもとへ向かう。


扉の前で、一度だけ呼吸を整え、

静かに扉を開いた。


「戻りました」


室内にいたムスタファが、視線だけを向ける。


「……何か来たか」


アルテリスは一歩進み、封書を差し出した。


「ライル様からのお手紙でございます」


その一言で、

空気がわずかに引き締まる。


ムスタファは封書を受け取り、

無駄のない動作で封を切った。


視線が、文面を追う。


沈黙。


アルテリスは何も言わず、控えていた。


やがて——


「読むか」


短く、そう告げる。


「よろしいのですか」


「構わん」


差し出された手紙を、

アルテリスは両手で受け取る。


そのまま、静かに目を落とした。


——読み進めるごとに、

胸の奥が、冷えていく。


『社交界で、シャマル様が聖騎士見習いとなられた件が話題となっております。

噂は既にご実家の耳にも入り、ご家族より強く咎められたようです。


現在、シャマル様は屋敷からの外出を許されておらず、事実上の軟禁状態にあります。

直接お会いすることは叶いませんでしたが、ご無事は確認できました。


状況は、決して良いとは言えません』


アルテリスは、手紙を握りしめた。


「……軟禁、でございますか」


ムスタファは静かに頷く。


「状況は芳しくないな」


淡々とした声音。

だが、その指先はわずかに机を叩いていた。


アルテリスは俯いたまま、言葉を失う。


学園からは動けない。

側近として、殿下の傍を離れることは許されない。


それ以前に——


学園から動けたとして、

自分にできることは、何もない。


分かっている。

分かっているはずなのに——


「ランデュートに、行くか?」


不意に、ムスタファがそう告げた。


アルテリスは、はっと顔を上げる。


「殿下をお置きしては参れません」


反射的に、言葉が出る。


ムスタファは即座に首を振った。


「置いて行けとは言っていない」


そして、間を置かずに続ける。


「俺も行く」


その瞬間、空気が張り詰めた。


「ですが……」


アルテリスの声が、わずかに揺れる。


確かに、ムスタファならジャミーラの状況を変えられるかもしれない。


だが——


ランデュート。

それは、ただの故郷ではない。


王から見放された王子。

冤罪で処刑された母。

王の寵愛を受ける継母と、その息子。


——誰もが知る、忌まわしい噂。


アルテリスがムスタファと出会ったのは、

すべてが起きた後だった。


だから、

王宮にいた頃のムスタファも、

あの日々に何があったのかも、知らない。


それでも——


辺境へ送られた少年が、

何を失い、

何を恐れ、

何を選び取ったのか。


それだけは、知っている。


誰よりも近くで、見てきた。


夜毎、言葉を飲み込む沈黙も。

ふとした瞬間に宿る、鋭い警戒の色も。


留学は、栄誉ではなかった。


ただ——

あの国から距離を取り、

自らの身を守るための決断に過ぎなかった。


「俺のことを思って、躊躇っているなら」


ムスタファは、机から立ち上がった。


「問題ない」


静かだが、はっきりとした声。


「行きたいのだろう?」


アルテリスは答えられない。


——殿下を、あの地に戻すべきではない。


——それでも、ジャミーラを放ってはおけない。


忠誠と、個人的な願いが、

胸の奥で静かにぶつかり合う。


けれど——


「……少し、お時間をいただけますでしょうか」


それが、今できる精一杯だった。


ムスタファは何も言わず、ただ頷く。


生徒会室の外では、

夕闇がゆっくりと学園を包み始めていた。


静寂の中で、

二人はそれぞれ、決断の重さを抱える。


——ここから先は、

もう“様子見”では済まされない。

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