邂逅
「あなた方、何をなさっているの?」
凛とした声音が体育館を切り裂いた。
その一声だけで場が支配されるほど、
圧倒的な存在感があった。
「……誰だ、お前」
ハムザが振り返る。逆光で姿は見えにくい。
「“お前”とは失礼ですわね。
他人に名を問うなら、まず己が名乗るべきでしょう?」
涼やかな声音で、
声の主は、全く臆することなく言い返した。
「何だと。よく聞けよ。
このお方は、ルシファニア王国ハウゼン伯爵家の次男——ハムザ・ハウゼン様だ。
分をわきまえろ」
なぜか本人より先に、後ろの取り巻きが誇らしげに名乗りを上げる。
声の主は小さく溜息をついた。
「まあ。お初にお目にかかります、ハムザ・ハウゼン様。
わたくしは——ランデュート王国シャマル侯爵の娘、ジャミーラ・シャマルと申しますわ」
その名が告げられた瞬間、空気が凍りついた。
格でいえば侯爵家が伯爵家に劣るはずもないが、彼らが怯えた理由はそこではない。
「ラン……デュート……」
取り巻きたちの顔が恐怖に染まっていく。
夕陽が差し込み、ジャミーラの黒髪が金の縁を纏う。
その長い漆黒の髪、深紅の瞳——
「……悪魔の民族だ」
ひとりが低く呟いた。
ジャミーラの眉がわずかにひそむ。
“悪魔の民族”——
それはランデュートの民につけられた、心無い蔑称だ。
遥か昔、神王が悪魔を識別するために施した特徴——闇より深い黒い髪と、血のように赤い瞳。
不運にも、それはランデュートの民と酷似していた。
そのせいで、彼らは長く忌避されてきたのだ。
「その呼び名は、おやめくださる?
わたくし達も、同じジャルダンの民ですわ」
ジャミーラは、むっとした表情で告げる。
「何がジャルダンの民だ。
悪魔と同じ顔をして……目障りなんだよ」
取り巻きの罵声が飛ぶ。
「——やめろ」
「……ハムザ様?」
予想外にも、静止の声を上げたのはハムザ本人だった。
取り巻きが目を丸くする中、彼は一歩前に進んだ。
「お初にお目にかかります、シャマル様。
ハムザ・ハウゼンです。
先程は大変失礼をいたしました」
右足を引き、優雅に上体を傾ける。
粗野な彼を知る者なら、信じられないほど丁寧な礼だった。
「いえ……それで、あなた方はここで何を?」
「訓練ですよ」
「訓練、ですって?」
淡々とした答え。
その足元には、傷だらけの少年が倒れている。
明らかな嘘に、ジャミーラの声音が怒りで震える。
「そうです。
近々武術試験がありますので、彼に付き合ってもらっていました。
——そうだな、アル?」
ハムザは少年に視線を落とす。
「……ハウゼン様の、仰る通りでございます」
弱々しい声音。
否定を許さない眼力に、少年は従ったように見えた。
ジャミーラは唇を噛む。
少年が肯定してしまった以上、強く踏み込めない。
「では、訓練も済みましたので失礼いたします」
ジャミーラが止める間もなく、ハムザは軽く一礼すると身を翻した。
倒れた少年には、一瞥すらくれない。
「お、待ちくださいハムザ様ぁ!」
取り巻きの二人が慌てて追いかける。
体育館には、ジャミーラと少年だけが取り残された。




